竜の泪(8)
続きです。
全ての授業を終えた今、することは決まっている。一部奪われた筆記用具を前に座る頭をひっぱたいて取り返す。
あーだこーだ言っているさくらは無視した。
ランドセルに沢山の武器を詰め込む。新調した線引きに、下敷き、以前はなかったリコーダー。
午前中のうちに作戦の準備も整っている。
ランドセルを背負って机を立つ。
向かう先は、どらこちゃんの席。
私が近づくと、どらこちゃんは黙って頷いた。
この前のように、二人で歩く。
今度は私も目的地を知ってるので、横に並んだ。
足を前に運ぶたびに、ランドセルのストラップや防犯ブザーがカチャカチャぶつかる。
顔に視線を感じて横を向くと、どらこちゃんが私の方を覗いていた。
「どうしたの......?」
「......いや、なんか変な感じだなぁって......」
「え。私の顔が......」
「なわけないだろ!」
慌ててどらこちゃんが否定する。
その様はちょっと面白かった。
「そろそろニャ」
ゴローが前を見て言う。
塗装の剥げたベンチと、背の順に並んだ鉄棒。
遊具は滑り台とブランコくらいで、他には遊べそうなものは無い。
実を言うと、どらこちゃんと戦う前は公園とすれら認識出来ていなかった。
謎の広い場所という認識で、いつもは通り過ぎていたのだ。
二人微妙に距離をとりながら、公園に踏み込む。
そこから更にお互い数歩離れ、見つめ合う。
どらこちゃんが開始の合図を口にする。
「じゃあ......始めようか」
どらこちゃんの背中から翼が伸びる。
燃え盛る炎のような赤い翼だ。
「かかってきなよ」
対する私は挑発するように手招きする。
それを見たどらこちゃんが飛び上がり、そして鋭い眼差しで狙いを定める。
「来るニャ......」
空中で身を翻し、翼を折りたたむ。
出し得る最大の速度で突っ込んでくる。
「見ててゴロー......これが、私の......!変身!」
衝突と同時に私の体は光で包まれる。
直撃したがダメージはない......はず!
「ドラゴンにゃあ......騎士でしょ」
服は全てが鈍色の鎧に変わり、おまけにランドセルも赤いマントに変える。
どらこちゃんが次に備えて飛び退く。
「ゴロー!線引きと下敷き!」
「いや、ランドセルの中ニャ......」
「え?へ?ランドセ......マントは無し!」
ランドセルが音を立てて地面に落ちる。
そこからあらかじめ一番上にしておいた線引きと下敷きを取り出す。
「て......あれ?リコーダー......?」
手探りだった為間違えてしまったようだ。
「きらら!」
ゴローの叫び声に振り向く。
しかし、既にどらこちゃんの拳が迫っていた。
「おわっ!?」
背中を打ち抜かれて、強い衝撃か走る。
あえてその衝撃に身を任せて、地面を転がった。
背中に手を回すと、鎧が凹んでいるのが分かる。
「気をつけるニャ!鎧が壊されたら全裸コースニャ!」
鎧は服が変わったもの。
壊れるということは、そのまま服が破けるということだ。
「まぁ......リコーダーでも問題ないか......」
ランドセルは先程の位置に転がっている。しかし線引きを取りに行っている場合ではない。
リコーダーを構えて、剣に変える。
下敷きは円形の盾に姿を変えた。
これでこちらも準備が整った。
両手を広げて、走ってくるどらこちゃんを盾を突き出して待ち構える。
接触した瞬間体が少し浮く。
それでも全体重を乗せて押し返す。
「......っ」
お互いに弾かれる。
しかし体勢を立て直すには私の方が早かった。
鎧を鳴らして地を蹴る。
空中で力を溜めて、真っ直ぐに脳天めがけて剣を振り下ろす。
腕で受け止められてしまうが、ダメージは通った筈だ。
そこから更に体を捻って水平に薙ぐ。
しかし、後ろに下がったどらこちゃんの腹部を掠めるだけだった。
そこからどらこちゃんの反撃が始まる。
「オラァッ!」
前傾姿勢になっている私の背中に肘がめり込む。
そのままバランスを崩し、受け身もとれず地面に叩きつけられてしまった。
視界が地面で埋まる私を更に尻尾が弾き飛ばす。
視界が地面と空交互に入れ替わって目が回る。
四肢を広げて、着地だけはなんとか成功させた。
鎧のパーツがひしゃげて揺れているのが分かる。
「まっず......」
立ち上がったら、その振動で上半身の鎧が落ちてしまった。
これでは裸......ではなく。
「水着を着ているのであった!」
部位破壊も想定済み。
抜かりないぜ。
鎧の内側から現れたのは、紺色のスクール水着。
「ふぅん。でも鎧は無いよ」
どらこちゃんが眼前に立ち塞がる。
その顔を見上げて、ニヤリと笑う。
「そう鎧は無いよ」
けれども、鎧と引き換えに得たものがある。
一度鎧を着込んで、そしてそれを脱ぐという過程を踏んで得られる効果。
どらこちゃんに向かって走り出す。
「なっ!?消えたっ!?」
「「後ろ!!」」
ゴローと声を揃えて、どらこちゃんに告げる。
そのどらこちゃんの振り向く動作に合わせて剣を腰の位置から素早く斜めに切り上げる。
その剣尖は確かな手ごたえと共にどらこちゃんにクリーンヒットする。
どらこちゃんが仰け反ったところに、駄目押しで盾を突き出す。
その盾も胴体にしっかりと命中し、どらこちゃんの体を大きく突き飛ばした。
「くっ......」
土の上をどらこちゃんが滑る。
「あたしは!負けるわけには!いかないんだよぉっ!」
姿勢を崩したままだが、どらこちゃんは反撃に出ようとする。
口元で揺れる炎。
「炎刃・フレアブレスッ!!」
声に一瞬遅れて光が弾ける。
私はその渦巻く炎を盾で受け止めて距離を詰める。
しかし、最初に食らったときより明らかに威力が増している。
「まずいニャ!盾が!」
「分かってる......」
恐らく押し負けるだろう。
だけれど、もうそろそろ最終兵器が到着する頃合いだ。
盾が溶けて、徐々に面積が小さくなっていく。
隙間から溢れた炎が、体を焼く。
「くっそ......!後少しなのに!」
盾は最早完全にその姿を消そうとしていた。
ゴローの宝石に亀裂が走る。
そのときだった。
「どらこちゃん......!」
公園に炎の轟音にも負けないくらい大きな声が響く。
間に合った......と心の中でガッツポーズをする。
ブレスはガス欠にでもなったかのように突然止み、どらこちゃんの視線が声の主に向く。
「みこ............」
私の知る中で、誰よりもどらこちゃんの優しさを知る人物だ。
「きららさんから全部聞きました。どらこちゃんが悩んでること、私は全然知らなかった。だから、今度は!私が助けたいと思いました!」
どらこちゃんがよろめく。
「違う!おまえを助けたのは全部自分の為で......助けたなんて、そんな......」
みこちゃんが一歩踏み出す。
「助けてくれました。どらこちゃんは私の命の恩人です。だから、どらこちゃんが困ってるなら私だって助けたいし、どうにかしてあげたい!」
「違う!だから違うんだ!あたしは、あたしは......」
どらこちゃんの言葉が勢いを失っていく。
そんなどらこちゃんに更に歩み寄り言葉を投げかける。
「何にも違くない。優しくても優しくなくても......どらこちゃんはどらこちゃんです。私の大切なお友達です。だから......悩んでるなら打ち明けて。私一人じゃさみしいよ」
どらこちゃんが俯く。
どらこちゃんは自分の優しさに気づけていない。
だから自分の名前と、周りの人から言われる優しいの言葉が負担だった。
優しいからこそ、そこで悩みを抱えてしまった。
どらこちゃんの体の力が抜けて、その場に座り込む。
途端に胡座をかいて空を見上げる。
「はぁーあ。なんかわけわかんね。もう、なんなんだよ。どうすりゃいいんだよ」
どらこちゃんの肩が揺れる。
聞こえてくるのは笑い声だ。
「なんかもう......バカバカしくなっちまったよ......」
みこちゃんが私のところに歩いてくる。
みこちゃんと並んで、胡座をかくどらこちゃんに言葉を放る。
「戦うんだよ。わけ分かんないから。どらこちゃんが抱えてる悩みは名前じゃない。そのわけ分かんない気持ちを終わりにするために、白黒つけるんだ」
自分の優しさを知るのに、時間はかかるのかもしれない。
どらこちゃんの優しさに対する抵抗はまだまだ拭えないのかもしれない。
けれども、だからって名前を変えてしまうべきじゃない。
みこちゃんが私の剣に手を触れる。
そこから刀身に光が流れ込んで輝き出す。
「やってやろうじゃねぇか!」
立ち上がったどらこちゃんを炎が包む。
その炎から姿を現したのは、ドラゴンそのものだった。
その鎌首をもたげ、熱い息を吐く。
「やれるもんなら、やってみろ!!」
口から炎が溢れる。
お互いに最後の一撃で勝敗が決するだろう。
「この剣は、どらこちゃんの悩みを断ち切る剣だ!」
今じゃなくても、いつかは。
どらこちゃんの巨体に駆け寄る。
「フレアブレスッ!!」
炎が一直線に伸びる。
しかし、避けもせずその中に突っ込んでいく。
一瞬熱に飲まれるが、剣を振り払い炎の柱を引き裂く。
その隙間から覗くのはガラ空きの胴体。
剣を体の前に構えて、跳躍する。
剣は私の体ごと一筋の光となって、その体を貫く。
耳元で宝石の砕ける音がした。
私の着地と同時に、倒れるどらこちゃん。
そのもとに、みこちゃんが駆け寄っていった。
「どらこちゃん!」
どらこちゃんは四肢を投げ出して、公園の中央に寝転がる。
「負けたか......」
その表情には陰が残る。
「どらこちゃん......」
その言葉に、どらこちゃんは表情を切り替えた。
「まったく......おまえのせいで、名前変えられなかったんだからな?」
みこちゃんの顔を覗いて、笑う。
「おまえには、名前と向き合う、その手伝いをしてもらうからな」
みこちゃんはその言葉を聞いて、優しく笑う。
「......はい!任せてください!」
その様子を意図的に距離をとって見ていた私は黙って手のひらを上げる。
すると直ぐにそこにゴローの腕が重なった。
ハイタッチってやつだ。
「一件落着だね」
「まぁまだ踏まなくちゃならない行程はいくつかあるけどね。彼女たちなら大丈夫ニャ」
余韻に浸っていると、突然背後から声をかけられる。
「おめでとう。......そして、残念でした!」
「なっ......!?」
声と同時に蹴りが飛んでくる。
神経が興奮状態だったので、なんとか咄嗟に避けられた。
「あらら。これが当たれば仕留められたのに......」
ゴローと一緒に振り返る。
「あっ、あんたは!?」
「キミは!?」
そこで腕を組んで立っていたのは、さくらだった。
続きます。