救世主(24)
続きです。
少年が首を捻りながら、ため息を吐く。
冷たい視線で私を貫き、そして指を鳴らした。
「これは・・・・・・」
するとその音で世界が、溶ける。
太陽の光も、グラウンドの砂利も、校舎の白も、何もかもがぐちゃぐちゃに混ざり合って歪む。
「・・・・・・」
捻れていく色の中で、少年は何も言わなかった。
やがて全てが混ざり合った色が、どろりと溶け落ちる。
その隙間から覗く景色は、今まで居た場所と全く違う場所だった。
ガムテープの張り後がある黄ばんだ窓と、既に動いていない換気扇の隙間から太陽の光が差し込む。
その光が照らすのは、何もないがらんとした室内。
足を下ろす地面はコンクリートで、ところどころに何かの跡があった。
「ここは・・・・・・廃工場?・・・・・・どこだ?」
私の生活圏には思い当たる風景はない。
「驚いた・・・・・・?」
少年はポケットに手を突っ込んで、ぶっきらぼうに言う。
コンクリートの壁と堅牢な扉で周囲と隔絶された空間にその声はよく響いた。
「・・・・・・超能力」
こんなことが出来る理由は一つしかない。
この少年は私と同じ条件の下に居るのだ。
「そう・・・・・・その通り。だから俺も戦ってるあんたを見て、何も不思議には思わなかったよ」
言いながら少年は片膝を立てて座った。
「これが・・・・・・あなたの能力?」
「違うね。この程度のこと、慣れれば誰だって出来る」
少年はそうやって自分のやったことを何でもないかのように言い放った。
「何が目的?変えるの・・・・・・名前?」
少年は私の質問を無視して話し始める。
その瞳の奥には冷たい怒りが揺れていた。
「あんたさ・・・・・・何で自分が嫌われてるか分かってる?」
「そんなの・・・・・・!」
そんなの分かっている。
そう言うつもりだったが、言いかけて自分の手のひらにその答えがないことに気づく。
私の言葉は勢いを無くし、霧散した。
「はぁ・・・・・・。どうせ、よく分からないけど嫌われてる・・・・・・けど、どうでもいい。そんな風に思ってんだろ」
「・・・・・・」
そんな風に思っていたわけではないはずだが、じゃあどう思っていたのか、それはまるで分からなかった。
「自分がどう思ってたかすら分からない?もしそうなら、それが何よりの証拠たよ。あんたは周りの人間なんてどうだっていいんだ」
「そんなこと・・・・・・ない!あなたに私の何が分かる・・・・・・!私はそうじゃない。だから芹だって助けようとした!」
「だって芹居ねーじゃん。あんたに泣かされて、逃げてったじゃん」
「だってそれは・・・・・・!」
芹の言う通りにしていたら、当然芹は救えない。
だけどそれは言うことが出来ない。
芹に拒絶されてしまった今、どちらにせよ私は何かを謝ったからだ。
結果が伴わない以上、言うだけ無駄なのだ。
「あんたさ・・・・・・俺の名前知ってる?一回聞いたら忘れないと思うけど」
少年は私が続きを話せないのに呆れたように話し始める。
当然、私の記憶に少年の名はなかった。
「別に俺じゃなくでもいい。誰か一人でもクラスメイトの名前、言えるか?」
「・・・・・・せ、芹」
苦し紛れに芹の名を口にする。
当然求められている回答にその名は含まれていないだろう。
「・・・・・・以外でだよ。まぁどうせ言えないんだろうけど」
この少年は私自身がいかに周りがどうでもいいと思っているのか思い知らせようとしている。
依然自分がそれに当てはまるとは思えないままだが、少年の理屈では当てはまってしまうのが悔しかった。
続きます。