救世主(21)
続きです。
汗が染み込んだ下着をズボン越しに引っ張る。
体は冷えないけれど、汗だけはしっかり冷たくなって不快に感じた。
座り直して、顔を手で扇ぐ。
別にこれで涼しくなるわけでもないのだけれど、何度もそんなことを繰り返していた。
「・・・・・・はぁ・・・・・・あ・・・・・・」
息を吸うとあくびがこぼれる。
乾いた喉を空気が通っていった。
何をするわけでもなく、下を向く。
足の間からコンクリートの灰色が見えた。
グラウンドの砂利が転がっている。
その石を見て、ボーっとしていた。
「ほいさ」
「わっ・・・・・・と・・・・・・?」
突然の声に心臓が跳ねる。
誰かと思えば、芹だった。
いや・・・・・・芹以外に話しかけてくる人なんて居ないか・・・・・・。
「終わった・・・・・・?」
見たところサッカー部はまだ忙しそうだが・・・・・・。
「いんや。いっちゃんが暇そーだから抜けて来た。別に部員ってわけでもないしね」
「そ、そう・・・・・・」
芹が汗を拭ってニカッと笑う。
なんだか胸がキュッとした。
「そーんで、話って何さ?」
芹がくるりと体の向きを変えて、蛇口を掴む。
それを上向きにして水を出した。
「わぶ・・・・・・」
芹の顔に思い切り水がかかる。
私の方までその飛沫が飛んできた。
「ちょっと・・・・・・」
「めんごめんご」
水の勢いを弱めながら、芹が言う。
水の高さがちょうど良くなってから、その水を浴びるように飲んだ。
水しぶきがかかったところが濡れて、冷たくなる。
汗と違って、何故だかその冷たさは心地よかった。
自分も喉が渇いているのを感じて、ガブ飲みする芹の隣に並ぶ。
私も同じようにして水道水に食らいついた。
口いっぱいに温い液体と鉄っぽい味が広がる。
不味いけど、こういうのも悪くないと思った。
喉を液体が通り、胸の辺りまで流れていく。
不思議と腹に溜まっていくような感覚は薄かった。
「・・・・・・はぁ」
口元を拭って、水を止める。
体が帯びていた熱はすっかり引いたように感じた。
隣の芹を見る。
未だに全開にした口で噴出する水を受け止めていた。
「ぷはぁ・・・・・・!」
やがて息継ぎでもするかのように顔を上げる。
顎から雫を垂らしながら水を止めた。
「・・・・・・んで、なんだっけ・・・・・・?」
水に濡れた顔で芹が尋ねる。
もう忘れたというのか・・・・・・。
「いや、だから話したいことが・・・・・・」
「あぁ・・・・・・そだった、そだった・・・・・・。そんでそんで、話って・・・・・・?」
聞かれて、淀む。
話さなければいけないのに、依然話の切り出し方が固まらない。
「ん・・・・・・?」
なかなか喋り出さない私に芹が首を傾げる。
私は慌ててとりあえずの言葉を放った。
「あぁ・・・・・・っと、なんて言うか・・・・・・夜中に出歩かないで欲しいなぁって・・・・・・」
目が泳いでいるのが、自分でも良くわかった。
いまいち自信がない。
この言葉で何かが変わるのか、そもそも不自然極まりないだろう。
「・・・・・・ん?別にもともと夜出歩かんよ。早寝早起き二度寝がお決まりだから・・・・・・」
「だ、だよね・・・・・・」
芹の反応はもっともだった。
また、一つの謎が浮上する。
芹の言う通り、普通の小学生が夜遅くに街を出歩くものじゃない。
なら何故芹は夜の街で倒れていたのか・・・・・・。
「と、とりあえず・・・・・・気をつけてほしい。最近色々あるし・・・・・・」
鉄パイプ事件の力を借りて念押しする。
「う、うん」
芹もよく分かっていないなりに、とりあえずは従ってくれそうだった。
飛び散った水に濡れたコンクリートの上でしゃがむ芹に視線を落としつつも考える。
そもそも夜の道に芹のし・・・・・・死体が倒れていただけで、夜に襲われたとも言い切れない。
ずっと夜とばかり思っていたが、そうじゃない可能性だってあったのだ。
だとすればどうすれば・・・・・・。
「おーい。どしたの?そんな険しい顔しちゃって・・・・・・」
芹が腕を膝の上でぶらぶらさせてこちらを見上げる。
その気の抜けた姿を見て、考えを決めた。
「芹、ずっと一緒に居てほしいのだけど」
いつかも分からないなら、いつでも対処出来るようにするしかない。
せめて今日一日だけでも。
それは単純明快な答えだった。
「何それ・・・・・・告白?」
「みたいなもの」
あんまり芹のおふざけに付き合ってる余裕も無い。
今は適当に流させてもらう。
「芹・・・・・・」
「・・・・・・へ?」
一拍遅れて芹の声が漏れる。
なんだか様子が変だが、大丈夫だろうか。
「芹・・・・・・?」
「あ、いや・・・・・・なんでもない」
しっかりしてくれ、と肩を落とす。
あとは必死に別の未来を手繰り寄せるだけだ。
続きます。