竜の泪(7)
続きです。
「イカスミパスタって美味しいの?」
「食べたことないニャ」
お昼におばあちゃんがイカめしを買ってきてくれて、そこからイカの話に広がっていた。
まったく予想だにしなかったことだけど、結果的に長々とイカ談議をして時間を潰せた。
「ていうかゴロー、何にも食べられないじゃん」
「実はキミを通じて、味を感じることが出来たりするニャ。キミの口はボクの口ニャ」
「え......ちょっと気持ち悪いんだけど......」
「だからまだ一回もやってないニャ。......できればやりたいニャ」
ゴローのお願いを聞いてあげたいという気持ちはもちろんある。
色々困らせてばかりだし、非常に悩ましいところである。
「んー......」
ゴローが自分のしたいことを口に出すのは、たぶんそれなりに珍しいことだ。確かにものが食べられないっていうのは、もったいない。
「わかった。許可しよう......!」
「別にそんなつもりで言ったんじゃ......。嘘ニャ。そのつもりだったニャ。ありがとうニャ」
ゴローが変な言い回しで、礼を言う。
「苦しゅうない」
とりあえずは辛いものを食べて、反応を見たいと思った。
窓の向こうから学生の帰宅を促す放送が流れる。
それが何重にもこだまして、町を包む。
「む。もうこんな時間か......」
暇だなんだと言っていた時間は既に遠い過去のように感じられた。
「明日は学校行けそうニャ?」
「問題ないよぉ」
言いながら明日に思いを馳せる。
明日、またどらこちゃんに会って戦う......のだろうか。
たぶん何かしらあるとは思うが、どういう形で訪れるのか分からない。
「どうしたニャ?珍しく真面目な顔して」
「なんでもな......」
言いかけたその時、玄関からおばあちゃんの声がする。
「きららぁ、お友達がお見舞いに来てくれたみたいだけどぉ?」
「お友......だち......?」
ゴローと顔を見合わせる。
「キミ友達居ないもんニャ」
「うっさい」
そんな私たちのことは当然お構いなしに、その“友達”は部屋に現れる。
ゆっくりと開かれた扉の隙間から覗くのは、どらこちゃんだった。
私とゴローが固まる。
私なんかは腕を中途半端な位置に持ち上げたままだ。
そんな私たちを見るや否や早歩きで近寄って、そしてその頭を下げた。
「ごめん」
「「へ......?」」
ゴローと私の混乱は加速する。
何がどうしてこの結果を招いたのだろうか。
「いや......あの、悪いのは全部私で......自業自得っていうか、むしろごめんっていうか......」
どらこちゃんは頭を下げたまま、動こうともしない。
それを見て、私もどういう態度で接するべきく見つけることが出来た。
寝間着で格好がつかないけど、ベッドの上で正座をする。
膝に手をついて、頭を下げる。
「ごめんなさい。私、たぶん酷いことした。その......とにかく、ごめんなさい!」
戦争のルール上、どらこちゃんは何も間違っちゃいない。
ゴローが言っていた他の子の気持ちを台無しにする行為。少し違うかもしれないけど、それに近しいことをしてしまったのは私だ。
「ま、まぁ二人とも......頭を上げるニャ」
私が顔を上げると、どらこちゃんもゆっくり顔を上げた。
そしてその場にへたり込んでしまう。
「あたしっ......あたし、あなたをっ......!」
その頰に涙が伝い出す。
そのまま静かに泣き出してしまった。
「お、おぉ、おち......落ち着いて」
「落ち着くニャ」
ゴローがペットボトルの水を差し出す。
それを涙を拭いた手が受け取った。
どらこちゃんは、誰とも目を合わせないまま話し始める。
「竜は強くて、優しくて......自分の力を人のために使える。そういう存在なんだ」
「ん?」
何の話かわからずに、出だしでつまずく。
「名前ニャ......」
どらこちゃんはペットボトルキャップを捻る。
「そう、名前。おまえが訊いたんじゃないか」
「あぁ......あの時......」
帰り道での会話を思い出す。
確かにそんなことを訊いた覚えがある。
「竜のように優しい子にって。そうやって私の名前が決まったんだ......。変な名前だけど、別段イヤでもなかった」
「それなら、どうして......?」
どらこちゃんも名前を変えさせないために......という感じではなさそうだった。
「あたしについてちゃいけない名前なんだ。あたしは優しくなんか......ないから」
そう言う目はうつむきがちだった。
「いや、ボクが見た限りではキミは優しかったニャ。ちゃんと竜のように優しい子だったニャ」
ゴローが励ますように言う。
しかし、効果は見られない。
「モンスター退治を始めた時も、みんなあたしのことを優しいって言った。みこもそうだった。そうやって話すようになったんだ。だけど、おまえらなら知ってるだろう?全部自分のためなんだ。全部、分不相応な名前から目を背けるためだったんだ。それなのにみんな言うんだ。おまえは優しいって!」
どらこちゃんの表情に怒りの色が滲み出す。
「......」
私には何て言えばいいのか分からなかった。
「でも、名前通りに育たなくちゃいけないなんて決まりはないニャ。その名前が嫌いじゃないなら、そんなに気にすることもないニャ」
どらこちゃんが、ゴローに視線を向ける。
「きらら。おまえは優しい仲間を持ったな。あたしのは無口なもんで」
そう言って立ち去ろうとする。
「待って」
その後ろ姿に声をかける。
言うなら今だと思った。
正々堂々と戦うと宣言するつもりで、口を開く。
「私は名前を変えさせないために戦ってる。だから、あんたは私が倒す!そんで、あんたの優しいところ何百個でも見つけてやる!」
お互い戦う理由を述べることで、同じ土俵に上がる。
「あ......もうあんなことはしないから大丈夫」
少し遅れて付け足す。
どらこちゃんは少し呆れたように笑った。
「そんな理由で戦ってたの......。まぁ楽しみにしておく。私の考えは変わらないよ。せいぜい頑張りな」
扉が閉じる。
「ゴロー」
「何ニャ......?」
「勝とうね」
いよいよ名前を変えさせるわけにはいかないという思いが膨れ上がる。
この悩みは、どらこちゃんが自分の名前を大切に思っているからこそ生まれるものだ。
ちゃんと、どらこちゃんは優しいと思い知らせてやらなくちゃならない。
「ボクも最初はあれこれ言っていたけど、この子は名前を変えるべきじゃないニャ。......必ず勝つニャ!」
戦いの鍵を握るのは何なのか、これではっきりした。
「ゴロー」
ゴローの目の前に手のひらを突き出す。
「?......気が早いニャ」
遅れて理解したゴローが、その腕で私の手のひらを打つ。
ハイタッチってやつだ。
「さぁて、いっちょやってみるかね」
続きます。