救世主(16)
続きです。
ちょっとしたアクシデントもあり、家に着く頃にはすっかり日が落ちてしまっていた。
家に着くまでに時計を見ていないが、真夏でこの暗さじゃそれなりに遅い時間だろう。
たどり着いた玄関の前では、街灯や他の家の明かりが闇を薄めていた。
扉の取手に手を伸ばして、そこで止まる。
「・・・・・・」
アンキラサウルスと遭遇したとは言えそんなこと私の親は知らないわけで、だから何かしら文句を言われるのは確定だろう。
「・・・・・・はぁ」
そのことを思うと、自然とため息が漏れる。
俯き加減で重い扉を押した。
扉の開く音がやたら大きく聞こえて、驚く。
誤魔化せるはずもないのに忍足で家に上がった。
廊下の電気は消えているが、リビングからは光とテレビの音が漏れる。
廊下を歩く自分のつま先を見つめながら、その光が溢れる部屋に立ち入った。
「・・・・・・ただいま」
テーブルの上にはラップをかけられた私の分の夕飯。
母さんはその奥の部屋でソファに座ってテレビを眺めていた。
意外なことに、特にこれといって反応がない。
昔は少し成績が落ちただけで怒られたりしたものだが、私を咎めることはなかった。
だから私も、無言で食卓に着く。
少し居心地の悪さはあるが、食事には問題なかった。
ラップを外してもそもそ冷めた夕飯を食べていると、風呂場の方から父さんがやってきた。
パンツ一丁で肩にはタオル。
体から湯気を立ち上らせた分かりやすい風呂上がりだ。
黙って食事を続ける私を、頭を拭きながら覗き込む。
その目はいかにも不満があるようだった。
「・・・・・・あんまり遅くなるんじゃないぞ。遅くなるにしても、僕らにきちんと知らせてくれないと・・・・・・」
「うん・・・・・・」
「・・・・・・」
父さんが別の部屋に消えていく。
父さんとは、もうずっとこうだった。
お互いに距離感を掴みかねて、今ではもうほとんど他人。
一体いつからこうなったのか、それは思い出すことが出来ないのであった。
食事を終えて、台所に食器を運ぶ。
母さんの後ろを通ったが、こちらを身もしなかった。
食器を適当に洗って、リビングを後にする。
何だかモヤモヤした、訳の分からない嫌な気持ちを抱えて自室に逃げる。
自室の扉を閉めると、やっとそこで喉に詰まっていた息を吐き出せた。
電気を点けて、布団に体を投げる。
ただ無感動に照明で白く染まる天井を眺めた。
こうしていると、私自身が拡散していく。
空気に溶けて、消えていく。
だから、バラバラになりそうな四肢を抱いて背中を丸めた。
閉じた瞼の裏側に、芹の顔が浮かぶ。
「・・・・・・なんで今・・・・・・」
なんで今、芹なんだ・・・・・・と思うが、自然と笑みが溢れた。
私の部屋は、芹の部屋と違ってものが少ない。
それが無性に寂しい気がした。
たぶん気のせいだけど。
何も目に入らないように、瞼を閉じる。
少し眩しいくらいの照明が照らす部屋の中で、秒針が時を刻んだ。
続きます。