救世主(15)
続きです。
案の定怪物の幻影は私に飛びかかる。
あとはその位置にこの木の枝を残していくだけだ。
街路樹のそば。
となると当然土があるわけで、だからそこに枝を突き刺しておけば問題ない。
手早く折った枝を突き立て、ついでにもう一本枝を折ってその場を離れた。
見れば今まさに枝に向かって飛び込んでいっている。
怪物は自らその枝に刺さりにいった。
「・・・・・・おっ」
枝の先端が背中側から突き出し、怪物が呻き声を上げた。
飛び散る体液に少し驚く。
「・・・・・・傷口からは血が出ないんだな・・・・・・」
血も通っていなければ、知性も感じられない。
その生物的な外見からは考え付かないほど生物とは遠く、そのギャップが不気味だった。
怪物が枝の突き刺さった腹を抱えて、アスファルト上にうずくまる。
「痛みはあるのか・・・・・・?」
本当に、アンキラサウルスというのは何が何だかさっぱり分からない。
身動きが取れないなら好都合。
自分で作った体液の水溜りをその四肢でもって掻き回す怪物に歩み寄った。
そして、その丸まった背中に・・・・・・。
「せっ・・・・・・!」
先程折った木の枝を肌に食い込ませる。
最初は抵抗が強かったが、「ばつん」という何かが破けるような音と共に深々と突き刺さった。
枝が筋繊維を引き裂いて肉に潜っていく感触を手のひらに感じる。
あまり心地良いものではなかった。
「・・・・・・アッ・・・・・・ガ・・・・・・」
怪物の喉から声が漏れる。
不快だったので、一度枝を引き抜いて喉に突き刺した。
瞬間、幻影の鉤爪が私の顔を通り抜ける。
「・・・・・・うっ」
実体がないと分かっていても、それなりにヒヤッとする。
体は咄嗟に距離を取ってしまった。
どの道距離を取ることにはなるが、枝が回収出来なかったのは少し痛い。
「フッ・・・・・・ガァァァアッ!!」
怪物が叫びながら空振る。
喉を壊しても声という機能は失われないもののようだった。
「・・・・・・っと」
幻影が私にさらに追撃を仕掛ける。
手負いになって、いくらか素早さを増したように見えた。
「ここは・・・・・・」
怪物の攻撃が来るのを待つ。
安全に立ち回りたいのは山々だが、喧嘩慣れしていないから徒手空拳で対処なんて出来ないし、そもそも素手で戦うこと自体がこの体格差だとリスキーだ。
だからここは踏ん張って、枝の回収を狙う。
怪物が幻影の軌道をなぞる。
タイミングは分かっている。
運動能力が優れているわけではないが、この場合あまり運動能力は関係ない。
怪物の爪が鼻先に迫る。
その瞬間思い切り手を突き出して体を横にずらした。
怪物の攻撃は空を切り、そして手のひらには・・・・・・。
「来たッ・・・・・・!!」
木の枝の感触。
それを掴まえて、思い切り地面に倒れ込んだ。
地面と衝突した衝撃が骨に走る。
飛び込み方が雑すぎたのか、枝の折れる音も聞こえた。
しかし息を吐く暇も与えられない。
既に私の体と幻影が重なっていた。
「一か八か・・・・・・」
折れた枝を握りしめて、それを突き出すように振り向く。
それは怪物の二撃目とピッタリ重なった。
腕に重い衝撃が走り、二の腕には怪物の爪がしっかりと命中してしまう。
しかし、私の枝もまた胸に深々と突き刺さっていた。
私の腕を冷たい体液が伝う。
慌てて私に被さるその重い体を蹴り飛ばした。
怪物の体は思ったよりずっと遠くまで飛び、そしてアスファルトにぐちゃっと落下した。
その体が再び動き出す様子はない。
「・・・・・・思ったよりも、危なかったな・・・・・・」
鼓動がバクバクうるさい。
平静を装おうとはするが、体は正直だった。
膝に手をついて立ち上がる。
「・・・・・・身体能力もある程度上がってるか・・・・・・。それに、これならある程度無茶しても構わないか」
攻撃を受けたはずの腕を撫でる。
痛みはおろか傷一つついていなかった。
野次馬たちが、恐る恐る怪物の亡骸に歩み寄る。
その無惨な死骸はやがて光の粒に分解されて、私のポケットに吸い寄せられていった。
「・・・・・・いや、正確に言えば宝石か・・・・・・」
ポケットから宝石を取り出す。
少しヒビが入っている分は腕に受けたダメージか・・・・・・その宝石は柔らかい光に包まれていた。
野次馬の興味の対象が私に切り替わる。
もちろんどこの誰とも分からない人々の相手をするつもりはない。
疲れたし。
幸い、私には未来が見えるのだ。
歩み寄る人々を掻い潜るのは容易いことだった。
続きます。