救世主(14)
続きです。
夕暮れの街に、私と怪物の影が伸びる。
動かなければならないのに、体は言うことを聞かない。
ただ目の前の現実と相対して、石のように固まってしまっていた。
遠巻きに眺める人々がひそひそと言葉を交わす。
その音の波の中で、怪物は腕を振り上げた。
ポタポタと体液がアスファルトに垂れる。
「あ、死ぬ」と、その実感が体を突き抜けていった。
鋭い鉤爪が風を切る。
それは私の首を掻き切った。
思わず首を押さえて後ずさる。
しかし、血の一滴も出ていなかった。
「あ・・・・・・え・・・・・・?」
それどころか、怪物はまだ腕を振り上げた状態だった。
自分の見たものと現実の食い違いに頭が混乱する。
確かにさっきあの怪物は腕を振り下ろしたはずだったのだ。
やがて怪物はさっき見たものをなぞるように腕を振り下ろし始める。
固まっていた思考はやっと回り始め、何とかその動きに反応することが出来た。
咄嗟にしゃがみ、その爪を回避する。
頭上すれすれを鉤爪が掠めた。
その姿勢のまま転がるようにして怪物の懐から抜け出す。
そして顔を上げた瞬間、映る光景に目を疑った。
怪物が二体居る。
「いや・・・・・・」
性格に言えば二体居るように見えているだけだった。
振り向いてこちらを睨みつける怪物が一体、そして空中に飛び上がった幻影が一体だ。
片方は半透明、実体がないのだ。
「・・・・・・どういうことだ・・・・・・?」
飛び上がった幻影が私に飛びかかる。
咄嗟に避けるが、やはり実体が無いようだった。
さっきの爪と同じだ。
どういうことだろうかと、状況を観察してみる。
いつでも逃げられるように逃走姿勢はとっておく。
すると、骨張った怪物は再び幻影をなぞるように飛びかかる。
そこに私は居ないのに。
少し分かってきたかもしれない。
「もし正しければ・・・・・・」
怪物に注意を払いつつも、周囲を観察する。
「やっぱり・・・・・・あった・・・・・・」
探していたものはすぐに見つかった。
向こうが私を狙っているから当然と言えば当然なのだが・・・・・・。
幻影は再び私に向かって飛びかかった。
念のため避けるがやはり当たらない。
そしてやはりそれをなぞって本体も動くのだった。
余裕を持って身をかわす。
おそらく、おそらくだが・・・・・・私は少し先の未来を見ている。
そしてその未来は、幻影が出現した時点で確定する。
幻影は再び私に飛びかかる。
「・・・・・・ワンパターンなヤツ」
まるで学習しない。
知性だとかそういったものが全く感じられなかった。
本体が迫る。
その宙を舞う体の軌道上に思い切って拳を置いてみた。
「・・・・・・っ」
影が私に被さったのと同時に、私の拳が腹部にめり込む。
溢れ出した体液が絡み付いて酷く不快だった。
「これは・・・・・・」
纏わりついた体液を払って、一つの可能性に目を向ける。
さっきまで生命の危機すら感じていたはずなのに、胸の内から「勝てる」という確信が湧き上がっていた。
改名戦争。
今日知ったばかりのその言葉を思い出す。
アンキラサウルスはそのための経験値。
これは、芹と一緒にやったようなゲームと同じなのだ。
宝石を与えられた者には、勝つための手段が与えられる。
それが私の場合、予知だったのだ。
「だとしたら・・・・・・」
あまり汚れるのは好きじゃない。
拳打で怪物に応戦というのも、あまり賢くないだろう。
勝ち筋が見えたことにより、一気に脳が活性化する。
ゲームのような煩雑な操作も要求されないから、思った通りに戦える。
異形に対する恐怖が、最初とは真逆の意味で麻痺していた。
名前を変えるつもりはないが、負けるつもりはない。
幻影を頼りに攻撃を避け続け、ついでに誘導する。
怪物が、私が動く度にどよめき、距離を取る人々がなんだか少し滑稽に見えた。
やがて街路樹のそばまで辿り着く。
この状況だ。
誰も咎める人は居ないだろうと、その枝を一思いに折った。
柔らかく、剣のように使えば簡単に折れてしまうだろう。
「・・・・・・だけど、刺すのには申し分ない」
さぁ、ゲームの始まりだ。
格闘ゲームではない、一方的な狩のゲームの。
続きます。