救世主(12)
続きです。
時計の針は進み続ける。
芹が眠っているわけだから、当然そこに会話はない。
目を閉じているだけなのに不思議と退屈とは感じなかった。
下の階から掃除機の音。
芹の母親が掃除をしているのだろう。
こうしている間にも、周りの人たちの生活が続いているのが何故だか不思議な感じだった。
当たり前のはずなのに、新鮮で、妙に安心する。
また一つ、家の前を車が通り過ぎた。
「ん・・・・・・」
太ももの上で芹が身じろぎをする。
もうそろそろ目覚めが近いのかもしれない。
目を閉じたまま、その頭の上に手を置く。
寝癖なのか何なのか分からないけれど、髪の毛がぴょこんと指の間から飛び出した。
「・・・・・・んー・・・・・・?」
「起きた・・・・・・?」
声は漏れるが、まだ目は覚さない。
窓から差し込む光にその横顔が照らされていた。
寝心地はあまり良くないのか、表情は微妙に険しい。
今更だがベッドの上で寝かせた方がよかったかもしれない。
私も先程まで目を閉じていたのもあって、やけに光を眩しく感じる。
焦点もしばらく合わなかった。
すぐにこの部屋は精細さを取り戻し、やがて元通りの姿に戻った。
しばらくそれをボーっと眺めていると、芹がボソボソと小さな声を上げた。
「・・・・・・寝てた」
「知ってる。てか、寝かせた」
やっと目を覚ましたようだった。
芹は体を起こすことはせず、膝枕のまま私を見上げた。
「どれくらい寝てた・・・・・・私?」
「今・・・・・・三時半、くらい・・・・・・」
私が思っていた以上に時間は進んでいたようで、少し驚いた。
「えっと・・・・・・寝たのが一時半くらいで・・・・・・だから・・・・・・」
「まぁ、大体二時間だね」
本当はもう少し寝るのが遅かったと思うが、まぁ重要ではないだろう。
「うぅ・・・・・・体バキバキ・・・・・・」
「ベッドで寝かせた方が良かったね」
伸びをして関節をポキポキ鳴らす芹の目はまだ眠そうで、放っておいたらまた眠りについてしまいそうだった。
「あ゛ー・・・・・・ごめんね。せっかく来てくれたのに・・・・・・」
「別にいいよ。ただそろそろ体は起こしてほしいかな・・・・・・」
この二時間で人間の頭の重さを思い知った。
足がすっかり痺れてしまって、指先の感覚がほぼない。
「・・・・・・あぅー」
芹が体を起こそうとするが、溶ける。
体を起こしはしなかったが、くねりながら足からはずり落ちた。
芹がどいてしばらくすると、あのジンジンするような感覚が足にやって来る。
そこに再び体を起こそうとした芹が手を置いた。
「あぅっ・・・・・・!」
ブワッと痺れの感覚が強くなり、足裏まで駆け回る。
「わっ・・・・・・どしたの?」
「ちょっと足が痺れてまして・・・・・・」
それを言うと芹は面白がるように何度も足をペチペチしてきた。
やめてくれ。
「・・・・・・芹」
「ごみんごみん・・・・・・」
体を起こして、あくびをこぼす。
首を捻ると、また関節が鳴った。
「んー・・・・・・膝枕に幻想を抱きすぎた。次は添い寝にしよう」
「いや、しないよ。・・・・・・そんなに寝心地悪かった?」
足を犠牲にした私からすれば心外だ。
「いや・・・・・・ポケット何か入ってるでしょ・・・・・・。それが気になって寝られなかった」
「寝てたじゃん・・・・・・」
何のことかと思い、ポケットに手を入れる。
右ポケットの中の硬い感触で、宝石の存在を思い出した。
「あ・・・・・・忘れてた・・・・・・」
浮かれていた自分が嘘のようだ。
こんなにもあっさり忘れてしまうだなんて。
おまけに、そのことを思い出しても前のような高揚感は生まれなかった。
「何・・・・・・?」
芹がポケットの中で宝石を掴んだ私の手を引っ張り出す。
「何・・・・・・?」
その宝石を見た後も、見る前とリアクションは変わらなかった。
「何だろね・・・・・・」
「や、いっちゃんのじゃん・・・・・・」
芹はもの珍しそうに目を丸くして、その宝石を眺める。
「これ・・・・・・本物?」
「なんの本物よ・・・・・・」
たぶんガラスの塊か否かということなのだろうけど、これが何で出来てるとかは私にも分からなかった。
芹が宝石を指でつつく。
それで何かが分かった様子はなかった。
「何・・・・・・?」
「何だろね・・・・・・」
言いながら宝石をポケットにしまう。
芹は今度は肘を鳴らしていた。
よく鳴る。
「あー・・・・・・」
芹は立ち上がり、そしてもう一度同じ場所に座った。
その行動の意味は分からない。
「・・・・・・もうこんな時間か・・・・・・」
そう言う芹の表情は寂しそうだったけれど、すぐに眠気に侵食された。
「もう帰った方がいい?」
「まぁ・・・・・・どうだろ・・・・・・」
芹は目を擦り、窓の外を見た。
乾いた唇を舐めて、ちょっと掠れた声で言う。
「・・・・・・もうちょっとだけ、ここに居て・・・・・・」
私はその言葉に耳を傾けながら、伸びをする。
芹ほど威勢よく音はならなかった。
崩れた姿勢を正して、短く答える。
「分かった・・・・・・」
不思議と頬が緩んだ。
続きます。