救世主(8)
続きです。
やっているのは格闘ゲーム。
芹に言わせれば、適当に操作していても何かしらよく分かんないまま動いてくれるからという事らしいが、ゲーム入門には少しハードルが高い気がする。
あと芹の動きが確実によく分からないままわちゃわちゃ動かしている感じじゃない。
「いやー・・・・・・私強!」
「初心者相手にこの野郎・・・・・・!」
といっても、手を抜けばいいかと言われればそれもなんだか違うので結局何が正解なんだか分からなかった。
「いやぁ・・・・・・いっちゃんは狙いすぎだよ。変に操作だけ把握しちゃってるのが裏目に出たね。技術が追いついてない!」
「うるせー」
私の残機は既に最後。
芹はダメージこそある程度蓄積しているがまだ一度も負けていない。
せめて一機は撃墜したところだ。
芹はガードで私の攻撃を防いでいる。
場所は画面端。
ここでガードブレイクが入れば・・・・・・!
まだ覚えたばかりの入力をして、ガードブレイクに移行する。
しかし、芹のキャラクターはそれを待ち構えていたかのような反応速度で回避を入力。
無敵時間で私のキャラをすり抜け、位置関係が逆転した。
「あ・・・・・・あっ・・・・・・!」
しまった、やられた。
たぶん待ち構えていたようにというより、実際にそれを待っていたのだろう。
その一瞬の隙をついて角から抜け出したわけだ。
私のキャラの攻撃は空振り、その大振りなモーションによって大きな隙を晒していた。
操作は受け付けない状況なため、ガードも出来ない。
「もらったね」
芹のコンボの起点となる攻撃がガラ空きの背中に食い込む。
仰け反りや打ち上げで操作が出来ないままただダメージだけが蓄積していった。
動かないと分かっていても、指は忙しなくボタンを押し込む。
結果、私は芹を一度も落とせずに敗北を喫した。
「強すぎ」
「これでも他のみんなには勝てないんだなぁ・・・・・・。さっきいっちゃんに言ったことも、前に私が言われたことだし」
敗北した私のキャラが勝者である芹に拍手を送っている。
スポーツマンシップなんかとは無縁な私はリアルファイトで第二ラウンドばっちこいな気分だった。
ゲームの音声に紛れて、玄関の戸が開く音がする。
「ん・・・・・・?」
「あー・・・・・・誰か帰ってきたみたいね」
芹がコントローラーを置いて、部屋の外を覗きと直ぐに、母親と思しき人の声が聞こえてきた。
「ちょっとー!台所まで持って行ってっていつも言ってるでしょ!」
「あー・・・・・・はいはーい」
一瞬なんの話だろうと思ったが、恐らく買い物の成果のことだろう。
台所まで持っていかなければならないところを、どこかで怠けて適当な場所に置いたんだと推測出来る。
芹が適当に返事をして扉を閉じようとしたところに、再び母親の声が響く。
「せりー・・・・・・?」
「今度は何・・・・・・?もう・・・・・・」
芹が扉にしがみつくようにして項垂れる。
みんな親との距離感はこんな感じなのだろうか。
「今日は何人?お昼は?」
「あー・・・・・・今日は一人。お昼は要る」
芹が言うと、今度こそ母親の声は止んだ。
芹が扉を閉め、クッションまで戻ってくる。
「何人って・・・・・・?」
「ほら、私ってば冬将軍じゃん?」
「は・・・・・・?」
「あ・・・・・・いや、寂しがり屋って言いたかった」
どう考えても二つのワードは繋がらないのだが・・・・・・。
あと寂しがり屋なことを知ってるのをさも当然のように語られても・・・・・・。
「まぁ・・・・・・だから、いつも誰かしら呼んだり呼ばれたりしてるの」
「なるほど」
流石芹だ。
交友関係が広い。
私が誰かを呼んだり呼ばれたりだなんて、たぶん今まで無かっただろう。
「こうなるとご飯まではすぐだよ。お母さん結構張り切るから・・・・・・」
芹が言いながら苦笑いをする。
何やら苦い思い出があるらしい。
「まぁ後一回くらいやって丁度いいくらいかな」
芹がコントローラーを傾ける。
「分かった」
私もそれをみてコントローラーを握り直した。
続きます。