救世主(7)
続きです。
窓の外から車の走る音が聞こえてくる。
家に電話をしたとき、特に怒られるだとかそんなことはなかった。
いつも通り「分かった」の一言。
何を考えているのか、さっぱり分からない。
ただ、母親から見る私もきっとそうなんだと思う。
思えば会話をしたのもいつぶりか分からなかった。
「どう・・・・・・?」
「いいって」
再びベッドの上に座り、バネに腰を沈めていた。
芹は枕元のぬいぐるみの配置を変えている。
「・・・・・・しかし、本当に物が多いね・・・・・・」
枕元にあるぬいぐるみには相当古そうなものも見える。
中には一度修繕をした痕跡のあるものもあった。
「ふふん・・・・・・まだまだ序の口だよ。引き出しの中にだって、隣の物置にだってまだあるよ」
「えぇ・・・・・・」
見えているものだけでもなかなかの情報量なのに、どうやらこれも氷山の一角に過ぎないらしい。
そのことを語る芹は何故だか誇らしげだ。
「見せてあげる・・・・・・」
別に興味はないのだけれど、芹がなんだか楽しそうで止めるのは忍びなかった。
芹に手招きされてその背中を追う。
芹が立ち止まるのは勉強机の前だ。
「じゃーん」と、自分で効果音をつけて引き出しを引く。
タイムトンネルでも広がっていれば面白いのだが、当然そんなものはない。
「何これ・・・・・・?」
引き出しが動くのに合わせて、何かが転がり出てくる。
「鉛筆」
「知ってる」
「聞いたのはいっちゃんじゃん・・・・・・」
そう転がり出してきたのは鉛筆だった。
それも一本や二本じゃない。
本当に数えきれないくらいあるみたいだった。
その中の一つを摘んで拾い上げる。
その鉛筆はひどく短く、もうまともに書けないどころか鉛筆削りが使えないレベルだった。
それと同じものが、何本も。
「これ・・・・・・なんで捨てないの・・・・・・?」
こんなものでも芹には大切なものかもしれないので、ゆっくり引き出しに戻す。
芹はまた別の鉛筆を拾い上げて言った。
「先生がさ・・・・・・勉強にはボールペンを使えって、そんでもって空になったインクの・・・・・・やつは取っておけって言ってだじゃん。自分の努力が目に見えて分かるからって」
どの先生だか分からないが、そんな話していただろうか。
あるいは違うクラスのときの話かもしれないが。
どっちにしろ私の記憶には無いのだった。
「居たっけ、そんなこと言う人・・・・・・。てか、鉛筆だし」
「鉛筆でも変わらんでしょー。あとそんな先生は居ません。作り話でした」
「何故そんな作り話を・・・・・・?」
「さぁ?」
会話ってなんだったっけ・・・・・・?
全く無意味な嘘。
しかもその嘘の意味を本人が分かっていないときた。
まぁ無いのだろうけど。
あまりにも知能に差があると会話が成り立たないと言う話は聞くが、どうやらそうじゃない場合にもあり得る話らしい。
そもそも成り立たせる気があったのかすら微妙である。
「まーまーいーの!!そんなこたどーでも。本当は私がものを捨てられないってだけ」
芹がくるりと一回転して机から離れる。
そして流れるようにクッションに腰を下ろした。
その手はテレビ台のところへ伸び、絡まったコードを漁っている。
「芹・・・・・・?」
「ゲームするべ。いっちゃんたぶんやったことないだろーし」
「う、うん・・・・・・」
芹がまたカーペットを叩いて隣を指定する。
机を軽く手で押して、私はその場所に収まった。
芹は手慣れた動作で準備を始める。
あっという間に絡まっていたコードはバラけ、見たことのない機会が光り始めた。
「はい」
コントローラーが手渡される。
私は咄嗟にそれを両手で受け取った。
ボタンがたくさん並んでいるがよく分からない。
芹がテレビの電源を点け、すぐにゲーム画面に切り替える。
「あの・・・・・・私、操作とか全然分かんないんだけど・・・・・・」
「じょぶじょぶ、やってりゃなんとなく分かる!私も説明書とか一回も見たことないし!」
「それはなんか違うくない・・・・・・?」
しかし、結局よく分からないままゲームは起動してしまった。
芹が何かの選択画面で操作しながら口を開く。
「私さ、ほんと・・・・・・物捨てられないんだよね」
「さっき聞いた」
芹が少しゲームの音量を下げる。
「なんかさ・・・・・・私たちにとっては、数ある鉛筆の一つで、数あるぬいぐるみの一つじゃん。でもさ・・・・・・鉛筆とかぬいぐるみからすればそのたった一つでしかないわけで、そう思うとさ、消耗品でもなかなか捨てられないじゃん・・・・・・?」
「はぁ・・・・・・」
分かるような、分からないような感覚だ。
いや、違う・・・・・・たぶん私には分からない。
「まーさ・・・・・・でも、いつかは整理しないとねって話」
「それは寂しい・・・・・・?」
「そりゃね。物置で埃かぶってるようなのでも、いざ明日から会えないってなると寂しいもんさ」
「物置で埃かぶってる・・・・・・って、持ち主として尊重出来てないやん・・・・・・」
「あはは・・・・・・そうだね。悪い人に買われちゃったもんだ」
芹はそう言うけど、きっと私に買われるよりはずっといいと思う。
私は道具にそこまで感情移入出来ないし、大体の人がそうだろう。
この部屋は散らかっているけれど、なんだかそれも悪い気がしない。
芹にはこんなところにも“お友達”がたくさん居るらしい。
「芹は百鬼夜行出来そうだね。付喪神で」
「何それ・・・・・・?」
「何でもない」
芹が自分のやることは全て終えたのか、コントローラーを置く。
「さ、いっちゃんもキャラクター選択して・・・・・・!」
「どれがいいの・・・・・・?」
「知らん」
とりあえずコントローラーをいじくり回してみるが、いまいち分からない。
「・・・・・・これ、どうやって動かすの?」
「下地の知識が少なすぎたみたいだね」
芹が二人羽織のように後ろから被さる。
柔らかい手がコントローラーを握る私の手を上から押さえた。
耳元で芹の丸い声が響く。
その声は手取り足取り操作を教えてくれた。
「・・・・・・どう?わかた?」
「ごめん・・・・・・最初の方の説明全部飛んだ・・・・・・」
まだしばらく画面は選択画面から変わりそうになかった。
続きます。