救世主(3)
続きです。
「あれ・・・・・・?」
突然聞き覚えのある声が聞こえて、背筋が凍る。
今の私の姿は変人そのものであり、知り合いにそれを見られたくないのは当然だろう。
しかも私は・・・・・・その、言ってしまえばクラスメイトに嫌われている。
好かれようともしていないから当然と言えば当然だ。
幸か不幸か、聞こえて来た声は私を嫌わない変わり者の声だった。
私に普通の態度で接するのは彼女のみだ。
彼女自身は誰に対してもそうで、誰にでも好かれるタイプだが。
「何やってるの?勉強の時間じゃ・・・・・・」
「あ・・・・・・いや、何でもないよ。これは・・・・・・」
私の脳みそは詰め込んだ知識はあれど、咄嗟に当たり障りのない言い訳を思いつく回転の早さは持ち合わせていなかった。
そもそもなんで勉強に当てている時間を把握されているのか。
「どうしたの・・・・・・?なんか変だよ?」
眉を八の字にして首を傾げる。
肩に垂れ下がったおさげが揺れた。
歳相応のあどけない表情。
一眼見れば人当たりのいいのが直感で分かるような顔をしている。
これで成績もいいのだから恐ろしい。
俗に言う天才肌というやつなんだと思う。
「どしたの?そんなジロジロ見て・・・・・・」
「・・・・・・あ、ごめん」
何がおかしいのか、彼女が笑う。
私も合わせるようにぎこちなく笑顔を作った。
「・・・・・・いっちゃんの笑顔は相変わらず可愛いねー・・・・・・へへ」
「そんなこと・・・・・・!」
少し前屈みになって、私の顔を覗き込む。
いつもこんな感じで揶揄われてばかりだ。
可愛いだなんて当然言われ慣れていないわけで、だから冗談だと分かっていても顔が熱くなる。
「そんなこと・・・・・・ないよ」
言っていて、何かが萎むのを感じた。
さっきまでの高揚感だとか、そんなもの嘘みたいに引いていく。
変なタイミングで冷静になった頭の所為で、顔の温度が再び二度程上昇した。
「はぁ・・・・・・」
自分の醜態にため息が漏れる。
「・・・・・・戻ろ」
頭をリフレッシュするのにはいい機会になったかもしれない。
思えば冷房の効いた部屋にこもって陽の光をほぼ浴びない生活を送っていたわけだから、たぶん不健康だったのだろう。
心なしか体も軽くなった。
彼女に背を向けて歩き出す。
とりあえず今は知り合いの視界に収まっていたくなかった。
今はまだどんな醜態を晒すか分かったものじゃない。
「あ、待ってよ」
しかしそんな私の行動はあえなく阻止される。
流石に会話をぶった斬って退散・・・・・・とはいかないみたいだ。
私の左手ががっちりホールドされている。
「・・・・・・何?」
腕を引かれて、顔だけで振り向く。
すると彼女は、熊の刺繍が施された手提げカバンを叩いた。
「今日は機嫌いいみたいだし!勉強もいいなら付き合ってよ!おつかい・・・・・・!」
私の腕を更に引っ張ってニカッと笑う。
どうやら拒否権は無さそうだった。
仕方なく横に並ぶ。
何故か手は離さないままだった。
正直暑い。
「ねぇ・・・・・・?」
「何・・・・・・?」
「いっちゃん、私の名前覚えてないでしょ?」
「・・・・・・」
あだ名が多すぎて混乱するんだ・・・・・・と、頭の中で言い訳をしておいた。
続きます。