ゆーま(23)
続きです。
「ここはどーこー・・・・・・?私は誰ぇ?」
とりあえず喚いてみるが、声がこだまするだけ。
ウサギの声に従い歩いているが、これといって進展はない。
周りの景色も流石に見飽きてきた。
これだけ鬱蒼としていると、最早観光向きではないのだ。
「大丈夫ですか・・・・・・?」
「ん・・・・・・あれ?今のみこちゃん・・・・・・?ウサギ?どっち・・・・・・?」
苔のカーペットに足を沈めて、振り返る。
「私ですよ、私。ウサギさんは“大丈夫ですよ”です。ね?」
そう言ってみこちゃんは腕の中のウサギに視線を落とす。
ウサギは鼻をヒクつかせてその顔を見上げていた。
なんだか画になるなぁ・・・・・・と、そう思った。
「ね、ね?私も触っていい・・・・・・?」
既に疲労が溜まり出した足を止めて、みこちゃんに聞く。
「へ・・・・・・?別に、私はいいですけど・・・・・・」
そう言って、腕を前に突き出す。
私が手を伸ばすと、私に触られるのは嫌なのかウサギは手足をジタバタさせていた。
「なんてやつだ・・・・・・こいつ・・・・・・」
ちょっと意地になって何としても触ろうと手を動かす。
しかし、ウサギを抱えたみこちゃんの腕は引かれてしまった。
「あぁ・・・・・・」
「嫌がってるから、やっぱりダメです!」
仕方なく記憶の中の温もりに触れることにした。
結局、このウサギについては何も分かっていない。
シカの角が生えていることと、かわいいこと。
分かっているのはそれくらいだ。
額に浮き出た汗を拭う。
みこちゃんもウサギを抱いている分だけ私より暑そうだ。
日はもう天辺に登っただろうか。
森の中とはいえ、いよいよ夏の暑さが牙を剥きだしていた。
「わっ・・・・・・!」
「どうした・・・・・・!?」
突然声を上げたみこちゃんの方へ振り返る。
もしかしたらウサギが何かしたのかもしれない。
あるいは別の何か危険な生物が現れたのかもしれない。
完全に視認する前に、足に触れた感触に何が起きたのかを察する。
私の足を撫でたのは、柔らかなウサギの毛だった。
「な、何がされた!?」
見かけでは特に異常は見られないが、みこちゃんに問いかける。
「とっ・・・・・・特に何もっ・・・・・・。ただ、急に腕を飛び出して・・・・・・」
森の緑色の中で、ウサギの後ろ姿を探す。
それは一直線に、落ち葉を蹴って走っていた。
「あ・・・・・・ちょ、待てっ!」
「待ってください!」
呼びながらも追う。
足場が悪くて上手く走れなかった。
しかし、まだウサギの姿は捉えている。
柔らかい地面を踏みしめて、その白い姿を目指した。
「どうしたんでしょう・・・・・・」
みこちゃんが心配そうに言う。
「分からない・・・・・・」
当然私はその答えを知らなかった。
しばらく経って、やっと追いつく。
向こうのほうが足が速かったが、立ち止まっていたようで追いつくことが出来た。
ウサギは木の幹に寄り添うようにして、ただ目の前を見つめている。
私もその横に並び、乱立した木の隙間からその先を見つめる。
そこには、一箇所だけ全く木が生えていない空間があった。
ぽっかり空いたスペースに眩しいくらいに陽の光が溜まっている。
空気中の細かな粒子が光を浴びてキラキラ輝いていた。
その位置だけ、道中では見ることのなかった背の低い植物が生い茂っている。
その植物たちは小さな白い花を咲かせていた。
「何ここ・・・・・・」
それは周りの鬱蒼とした森と違って、明らかに異質。
一種の神聖さのようなものまで感じられた。
私たちが追いついたのを確認して、ウサギがのそのそ前へ進む。
私がついて行くべきか悩んでいると、みこちゃんがそのままついて行ってしまった。
「え・・・・・・」
ところが足を踏み入れた瞬間、みこちゃんが何かに怯えたように後ずさる。
「どうし・・・・・・」
心配になって、私もその空間に踏み込む。
私が発しようとした「どうしたの?」という言葉は、目に飛び込んできた光景の前に消えてしまった。
「なん・・・・・・ですか、これ・・・・・・。こんなの、酷いですよ・・・・・・」
私はその光景の前に言葉が出ない。
訳が分からない。
何故?
どうして・・・・・・?
目の前に広がる凄惨な光景に、頭の中が真っ白になってしまった。
暖かなひだまりの中、豊かな植物に彩られた楽園に数匹のツノの生えたウサギが血を流して横たわっていた。
続きます。