竜の泪(4)
続きです。
ランドセルから、用意しておいた線引きを取り出す。
それを抜ききる頃には、既に姿は剣に変わっていた。
「今回はそれだけじゃないよ!」
ランドセルそのものの姿を変える。
サイドから伸びる銀色の翼。
背部の赤熱したバーニアが唸る。
「飛ぶ敵には、こっちも飛んで挑まないとね」
どらこちゃんが不敵な笑みを浮かべる。
脚に力を込めて......飛び上がる!
どらこちゃんと同時に空に飛び出す。
どうせ空で戦うなら、場所なんて関係なかったかもしれない。
「かかってきな」
どらこちゃんが手招きする。
かなり余裕みたいだ。
「言われなくても......そう、するわ!」
最高速度で懐に突っ込む。
切っ先は真っ直ぐに眼前に構える。
その刃は、伸ばした腕に食い込んだ......はずだった。
しかし、あっさりと弾き飛ばされてしまい軌道が逸らされる。
「くっそ」
急いで振り向くも、既に剛腕が振り下ろされる。
咄嗟に剣で受け止めて、なんとかやり過ごす。
剣を構え直し......。
「おわっ、折れたぁ!?」
構えた剣はその中央辺りからひしゃげ、使いものにならなくなってしまっている。
すぐ横を飛んでいるゴローが耳打ちする。
「飛行ユニットだけとなると、いよいよ不利ニャ」
もう一度振り下ろされる拳を横に避け、折れた線引きを放り捨てる。
「剣がなくたって......攻撃手段は、ある!」
飛行ユニットの翼に、ミサイルが生成される。
「流石にこれなら効くっしょ」
翼をはためかせながら近づいてくるその影を睨みつける。
「ま、ますます相性が悪いニャ!」
「何?どういうこと?」
「怪獣相手に、戦闘機。......勝てる未来が見えないニャ」
「はぁ......そんなことぉ?」
ミサイルやぞミサイルと、両翼から撃ち出す。
多少避けるが、追尾が振り切れないと悟ったのか着弾する。
「ほれ見たことか!」
しかし、煙の中から現れたどらこちゃんは全くの無傷だった。
「な、何で!?」
「その猫の言った通り。竜に飛行機はかなわないんだよ」
ゴローがすかさず補足説明をする。
「彼女の中には怪獣が飛行機相手に負けるビジョンが存在しないニャ!向こうがキラキラ力で勝ってる以上、飛行機で勝つことはありえないニャ!」
「はぁ!?何それずるい!」
それならと、地上に降下して飛行ユニットを放り投げる。
ランドセルはゴローが上手くキャッチしてくれた。よく見ると折れた定規も持っている。
夕焼け空と重なるどらこちゃんを見上げる。
上空で翼を広げ静止し、尻尾をくねらせている。
そして、その口元には赤い光が明滅していた。
「何か仕掛けてくるニャ」
ピリピリ空気が震えるのを感じる。
「ゴロー!下敷き取って!」
「あいあいさニャ!」
言いながらランドセルから抜き出した下敷きを私に投げ渡す。
「ありがと」
会話のうちに準備が整ってしまったのか、上空からどらこちゃんの叫ぶ声が聞こえる。
「炎刃・フレアブレス!」
明滅していた光が連なり、一筋の奔流となり私に迫る。
その様はブレスと言うよりは、最早レーザーだった。
急いで下敷きを構え、体の周りに半透明のシールドを形成する。
ゴローがシールドの中で呟く。
「わざと言語化することで、その技のイメージをより確かなものにしてるニャ」
炎の刃がシールドにぶつかり、視界をオレンジで埋め尽くす。
「くぅっ......これは......」
シールドさえも赤熱していき、もう少しで溶け落ちてしまいそうだ。
額を汗が伝う。
なんとか耐えねばならないところだ。
もうシールドに穴でも空きそうというところで、やっとブレスが途切れる。
「あっぶなぁ......」
しかしそれも束の間、急接近したどらこちゃんが傍に回り込む。
急いで下敷きを構えるが間に合わない。
「この距離ならバリアは張れないな!」
「まっず」
真っ直ぐに突き出された拳が、私の腹部を抉る。
体は弾き飛ばされ、公園の砂利の上を転がる。
擦りむいた手足からは、早くも血が滲み出していた。
ゴローはこの一部始終を見て、不思議そうに四肢を動かす。
「な、何でニャ?......まさか!?」
ゴローの視線がゆっくり私に向く。
地面に降りたどらこちゃんも、一向に立ち上がらない私を不審そうな瞳で覗く。
追撃の可能性もあるのだろうが、私は地面にへばりついたまま立ち上がことが出来ない。
ゴローが確信を持って口にする。
「本来ボクが肩代わりするはずのダメージを更に肩代わりしたニャ!」
擦りむいた傷は鋭く痛み、殴られた腹は深い位置で鈍く痛む。
激しい血流は熱となって、患部を埋め尽くす。
状況を理解したどらこちゃんの表情が歪む。
怒りのような怯えのような、そんな表情だった。
「ゴ......ロ......」
私が声を絞り出すと、どらこちゃんは激しく動揺し後ずさりする。
立ち上がろうともがくが、砂に爪痕をつけるだけでどうにも出来ない。
身じろぎするたび、痛みが体に絡みつく。
「あ......あたし......は」
泣きそうな顔になりながら、空に飛び上がる。
「まっ......待つニャ!」
ゴローの制止の声も振り切り、飛び去って行ってしまった。
ゴローが私の側まで寄る。
私は最早、声も出せなかった。
歯の隙間を空気が通り抜けるばかりで音にならない。
「なんでこんなこと......」
その言葉を聞いたとき、私の意識も途切れた。
続きます。