ゆーま(16)
続きです。
女性は自分でも訳がわからないといった感じで、軽くパニックに陥っている。
浅い呼吸を繰り返し、額に汗を浮かべて何度も立ちあがろうとするが、その度に崩れる。
「・・・・・・なんで・・・・・・なんで・・・・・・?」
その動作は彼女を補助する人々の手を振り払ってしまう。
しかし、女性は止まることが出来なかった。
どうしていいか分からず、ただ状況を眺めていると、リュックのポケットからゴローが飛び出す。
「こんなこともあろうかと・・・・・・担架を持って来たニャ!」
言って私のリュックから担架を取り出した。
一体どうやって小さいリュックの中に入っていたのか、そもそもどこから持って来たのか、それは完全に謎だ。
状況が状況だから、今は考えないことにした。
「落ち着いて・・・・・・!」
呼吸を乱しながらも、みこちゃんのお母さんを含む周囲の人に担架に乗せられていった。
女性もとりあえずは自分の身に起こったことの整理がついたのか、担架の上で脱力する。
「きららちゃん、ありがとう。とりあえず一旦建物まで戻ろう」
担架の前を見知らぬ男性が持ち、後ろ側をお母さんが持ち上げる。
原因も何もかもが今は分からないので、あまり時間を無駄にしてもいられないのだろう。
そう言い残すと、すぐさま来た道を駆け戻って行った。
「えと・・・・・・どうしよう?」
「どうしようったって・・・・・・流石にあたしらで観光を続けるってわけにもいかないだろ」
「そうね」
二人の言うように、流石に観光を続けられる状態じゃない。
何が出来るかは分からないが、とりあえず私たちも来た道を戻った。
建物内に入ると、急遽用意されたベンチの上に女性は寝かされていた。
体は依然上手く動かないみたいだが、落ち着きを取り戻し、仲間の男性と何やら会話をしている。
さっき入ったときは静かだった建物内も、施設の関係者と思われる人が慌てて救急箱の用意やどこかに電話をかけていた。
横たわる女性の傍らに立つお母さんの元へ駆け寄る。
「大丈夫そうですか・・・・・・?」
みこちゃんが不安気にお母さんの顔を覗き込んでいた。
「そうだね・・・・・・。ちょっとお母さんにも分からない。ただ、とりあえずは落ち着いたみたいだけど・・・・・・」
横たわる女性に視線を落とす。
すると、女性はゆっくりとこちらに顔を向けた。
「・・・・・・ごめんね。君たちも、ありがとね・・・・・・」
声も震えて、口も思う通りに動かないみたいだ。
震える筋肉で無理矢理微笑んで、無事を取り繕っていた。
「ちょっと待つニャ・・・・・・」
「あ、ゴロー・・・・・・!」
するりとゴローが女性の元へ向かう。
捕まえようとするが、女性の体の上に乗っかってしまった。
「ちょっと・・・・・・何やって・・・・・・!」
こんな時に一体なんだっていうのか。
さっさとゴローをどかそうとするが、しかしあるものを捉えた瞬間に手が止まった。
「まさか・・・・・・これの所為・・・・・・?」
女性の袖から這い出して来たのは、あの黒い虫だった。
「それは分からないニャ・・・・・・けど、毒がある、んだよね・・・・・・?」
ゴローの視線がどらこちゃんに向く。
女性は動くぬいぐるみに多少驚いていた。
「ああ・・・・・・のはずだが、しかしこんな大袈裟なもんかは分からんぞ」
「でも、どっちにしろ毒虫なら取ってやりなさいよ」
「それもそうニャ」
さくらに言われて、ゴローは尻尾で虫をはたき落とした。
すると、床に叩きつけられたそれは光の粒となって散った。
それはしっかりゴローに吸収されていく。
「え・・・・・・!?」
予想外の出来事に思わず声が漏れる。
あの虫ははなから虫ではなかったということだ。
「これは・・・・・・どうも原因はこいつで間違いなさそうね・・・・・・」
さくらが呟く。
一仕事終えたゴローは私の肩に戻って来た。
「てかゴロー・・・・・・あれ、アンキラサウルスだって分かんなかったの?」
前は確かキラキラ粒子濃度とか何とかというものを感知していたはずだ。
「う・・・・・・」
ゴローが目を逸らす。
「きららも分かってなかったし、しょうがないニャ」
「そういうものなの・・・・・・?」
「そういうものニャ・・・・・・たぶん」
今までのアンキラサウルスも生き物の形はしていたが、明らかに現実と異なる特徴を兼ね備えていた。
まさかこうも実際の生き物そのままの姿で存在しているとは思わなかったのだ。
「・・・・・・おそらく、この姿についてはこの場所の生物の情報を取り込んで、その姿を借りることで道行く人々を襲っていたわけニャ。アンキラサウルスだと思わなきゃあまり警戒しないからニャ」
「逆にアンキラサウルスって、そんなに警戒するべき生き物なんですか?」
みこちゃんが首を傾げる。
そりゃそうだぞ、アンキラサウルスじゃないか、とも思うが、確かに私も実際に人が襲われるのを見たのは初めてだ。
「アンキラサウルスは生き物ではないニャ。滅煌輝結合という現象の結果でしかない。理由は分からないけど、積極的に人を襲う。それがアンキラサウルスを警戒すべき理由ニャ」
「それは・・・・・・そう、ですね・・・・・・」
思い当たる節があるのか、みこちゃんが俯く。
その肩にどらこちゃんが優しく手を置いた。
「まぁ・・・・・・何はともあれ、とりあえずは安心、なのかな・・・・・・」
この様子なら、女性も何とかなりそうだし・・・・・・。
「それがそうも言ってられないみたいよ」
ところがさくらが難しい顔をして、窓の外を見ている。
女性の元を離れ、私も背伸びをして窓を覗いた。
「な・・・・・・え?」
「どうしたニャ・・・・・・?」
固まる私の頭の上に、ゴローが登る。
「な、何これニャ!?キモい!!」
さっきまで美しい花々や可愛らしい蝶が舞っていた砂利道の姿はもうそこにはない。
「何ですか・・・・・・これ」
「うへぇ・・・・・・」
流石のどらこちゃんもあまりにもおぞましい光景に青ざめる。
窓の上を黒い影が這う。
辺り一面が、例の虫・・・・・・いや、アンキラサウルスに埋め尽くされていた。
続きます。