ゆーま(15)
続きです。
扉を押すと、途端に視界がひらけた。
建物の裏側は舗装されておらず、砂利が敷き詰められている。
このスペースはひらけていて、背の低い植物がまばらに生えていた。
それらは小さな可愛らしい花を重そうにもたげている。
先程とはうって変わって、日差しを遮るものがなくダイレクトに熱が伝わってきた。
「順路はこっちよん」
みこちゃんのお母さんが私の肩に手をかけて、体の向きを変えさせた。
そちらの方向には、変わった形の花を咲かせる植物を掻き分けて伸びる木製の橋があった。
ただし、非常に短く二、三歩程の長さしかない。
橋と呼べるのかも微妙だ。
風に揺れる植物に視線を落としながら、その橋を渡った。
私の後にみんなの足音が続く。
その軽い音が心地よかった。
私は道がわからないので、お母さんと前後を入れ替わって、その後を追う。
しかし、その視線はあちこちに移り変わり落ち着きがなかった。
木製の道標だったり、花の周りを舞う小さな蝶だったり、周りのものを興味深そうに眺めるみんなの様子だったり・・・・・・とにかく、興味が一方向に定まることがなかった。
「あんた・・・・・・キョロキョロし過ぎ!」
「さくらだって!さっき虫を目で追ってたじゃん。アホ面で」
「あんたねぇ・・・・・・」
さくらの握りこぶしがプルプル震えた。
「まぁ・・・・・・でも、確かにちょっと間抜け面ではあったな」
どらこちゃんが笑う。
拳の行き先がそれで変わったので、私としてはありがたかった。
まぁ、どらこちゃんは自業自得ってことで。
しばらく道を進むと、足元に黒っぽい何かが落ちているのを見つけた。
何かと思って、少ししゃがんでみる。
「あ・・・・・・ちょっ、おまえ!?いきなり止まるな!」
「わわ・・・・・・!」
どらこちゃんが急にしゃがんだ私に躓き、それをみこちゃんが慌てて支えていた。
「なんだよ・・・・・・どうしたんだ?」
体勢を立て直したどらこちゃんが、私の横にしゃがんだ。
「ちょっと何よ・・・・・・あんたら小学生か!・・・・・・って、小学生ね」
言いながらさくらも身をかがめてこちらを覗いた。
道に落ちていた黒い物体に影がかかる。
どうやらそれは虫のようだった。
よく見るとちょっと緑っぽくて、うっすら光沢がある。
何よりも目を引くのは、重そうに引きずる大きなお腹だった。
「何これ・・・・・・変なの。タマゴとか持ってるのかな・・・・・・?」
「キモいニャ」
ゴローの感想に慈悲はなかった。
いや、私も思ったけども・・・・・・。
「何これ?アリ?」
みこちゃんのお母さんも上から覗く。
確かにその姿はアリのようにも見えた。
みこちゃんがそーっと、それを人差し指でつつこうとする。
相変わらず触りにいくことに躊躇いがない。
しかしそれを、ずっと不思議そうな顔をしていたどらこちゃんが制した。
「やたらに触んない方がいいぞ。毒虫だ・・・・・・たぶん」
「え・・・・・・そうなんですか?」
「知ってるの・・・・・・?」
「知ってるっつーか、標本にあったぞ・・・・・・」
「「・・・・・・」」
どらこちゃんの言葉に、二人が黙った。
一番真面目に見ていたのがどらこちゃんというのが少し意外だ。
「なんなの・・・・・・これ?」
どらこちゃんの顔を覗く。
みんなは変な虫を見つめたままだった。
「ツチハンミョウ・・・・・・のはずなんだがな・・・・・・」
「何ニャ?その微妙な反応は・・・・・・?」
ゴローの言うように、どらこちゃんの言葉はいまいち煮え切らない。
「いや・・・・・・季節が違うはずなんだよな。もしかしたら記憶違いかも分からんが、夏の虫じゃなかった気が・・・・・・」
「ほぇー・・・・・・」
言われたところでまるでピンとこないが、ともかく今ここに居るのはどうもおかしいことらしい。
「変ニャ」
「変ね」
「変ですね・・・・・・」
さして興味があるわけでもないので、「変なやつ」ということで片付いた。
再び立ち上がり歩き出す。
道は角度の浅い斜面で徐々に上に登って行っていた。
それぞれあっちこっちを見回しながら、低木に縁取られた道を行く。
砂利道には大きめの石が混ざるようになり、時々低木に混じり岩も姿を見せていた。
ガサッと葉が揺れる音に、発生源を見つめる。
低木で葉っぱからシカの角が飛び出していた。
「へぇー・・・・・・シカも居るんだぁ」
「いやいやいやいや、おかしい!おかしいニャ!」
私が真に受けて感心していると、そこにゴローが割り込んできた。
「そうじゃん・・・・・・!!」
言われて、おかしな点に気がつく。
どう考えてもシカのサイズではないのだ。
小鹿にしたって小さすぎる。
「あ、どこ行くのよ?」
通り過ぎかけていたそこへ、さくらたちを避けて戻る。
角はまだ低木から生えていた。
みこちゃんを見習い、思い切り手を突っ込んでみる。
「こいつ、マジかニャ」
噛まれたりするかなと内心ヒヤヒヤしていたが、指先に感じるのは柔らかい毛皮の感触だった。
ふわふわしていて、あったかくて気持ちいい。
木の枝を避けながら、その生き物を取り出す。
「あら、かわいい」
ヒクヒク動く鼻が、最初に目に入った。
まんまるい黒目が私を見つめている。
「・・・・・・う、うさぎ?」
「角が生えたうさぎもいるんだねぇ」
「いや・・・・・・えっと、えぇ・・・・・・そうなの、かニャ・・・・・・?」
困惑するゴローを尻目にうさぎの前足の後ろに手を通して、持ち直す。
どらこちゃんに聞けば名前が分かるかもしれない。
さくらがうさぎを持ち上げた私を見て、ギョッとする。
「ちょ、野生動物を無闇に捕まえるんじゃないわよ!てか、何それ!」
さくらの声にみんなも集まって来た。
「わ、かわいい。うさぎさんですね」
「いや、うさぎか・・・・・・あれ?」
どうやらどらこちゃんにも正体は分からない見たいだった。
急に視線が増えたのに怖くなったのか、うさぎが腕を蹴って逃げてしまう。
角がちょっと危なっかしかった。
うさぎは低木に隠れ、そのまま姿を消してしまった。
「あー・・・・・・逃げちゃった」
手のひらにはまだ柔らかい感触と体温が残っていた。
「なんだったんでしょうね・・・・・・?」
みこちゃんがどらこちゃんを覗き込む。
どらこちゃんは「さぁ?」と手を広げていた。
「写真撮っとけばよかったなぁ。可愛かったし、お父さんに聞けば分かるかもしれない」
みこちゃんのお母さんは暢気にそう言っていた。
手には既にデジカメを構えており、どうやら取り出している最中に逃してしまったみたいだ。
「まぁ、とにかく!野生動物をやたらに捕まえるのは良くないわよ。お互いに」
「そうだな」
さくらとどらこちゃんに注意される。
「ごめんなさい・・・・・・」
二人に言われて流石に反省する。
確かに考えが浅かった。
「もう・・・・・・ケガしてない?」
さくらの態度が軟化して、私の服についた砂埃を手ではたく。
私はそれにされるがままだった。
すると突然、後ろの方で人々がどよめく。
また、あのうさぎが現れたのかとそっちを見ると、後続の・・・・・・さっきの若い女の人が倒れていた。
「えっ・・・・・・」
私が困惑している間にも、お母さんは駆け出していた。
「大丈夫ですかぁー!」
女の人は同じグループの人に手を借りながら起きあがろうとしているが、立つことが出来ないでいる。
何がなんだかわからないまま、私たちもそちらへ向かった。
続きます。