竜の泪(3)
続きです。
「終わったぁぁぁ......」
あの後の授業は全て受けた。
先生はみんな私に気を使っていたけど、ひとまずホッとしている見たいだ。
何度かさくらからの口撃を受けるもぎりぎりで耐え抜いた。
事前にゴローに教わっていた嫌な相手への対処法は、正直頭から抜け落ちていて活用出来なかった。
机の上で溶けている私の頭に、さくらが下敷きでチョップする。
もはや反撃に出る体力も残ってなかった。
この後には、どらこちゃんとの戦いが控えてると思うと......。
「うへぇ」
「何よ、張り合いのないやつね」
さくらはそう言い残してさっさとどこかへ行ってしまった。
このタイミングで「何だかんだ無視が一番効くニャ」とゴローが言っていたのを思い出した。
横から「みこは先に帰ってて」という声が聞こえる。
どらこちゃんの声だ。
「えぇー......そんなぁ」
みこと呼ばれた女の子は不満を垂れ流している。
慕われているんだなぁと、少し羨ましく思った。
しばらくして、私の側にどらこちゃんが歩み寄る。
「さぁ、始めようか」
気がつけば、教室には二人きり。ゴローも含めれば三人だ。
その言葉に顔を持ち上げる。
「教室でやるの?」
ゴローも鞄から這い出してくる。
「ここで始めたら、教室も無事じゃ済まないニャ。場所の変更を提案するニャ」
久しぶりに真面目な調子の声だった。
「分かってる。当然ここで始めたりしねーよ」
頭を掻いて、私に背を向ける。
「ついて来い」
そう言って、ランドセルを拾い歩き出した。
「あ、ちょっと!待ってよ!」
慌てて私もランドセルを背負って後を追った。
前を歩くどらこちゃんの背中を、ただ黙って追いかける。
ゴローは既に戦いに備えて、私の肩の上あたりを飛んでいる。
沈黙に耐えかねて、どらこちゃんに話しかける。
「ね......さ、何で名前変えたいの?」
どらこちゃんは振り向きこそしないが、その口を開く。
「別に......。そんなこと聞いてどうすんの」
「いや......別に......」
再び沈黙が流れる。
なんとなく気まずくて、無理矢理言葉をひねり出す。
「あ......えと、どらこちゃんと一緒に居たあの子......仲良いの?」
見ればわかることだが、他に何を話したらいいかは分からなかった。
「私はあなたの名前を変えさせない為に戦います」なんて言ってしまうのもたぶんよくないだろう。
どんな反応が返ってくるか分かったもんじゃ無い。
「みこのこと?」
「う、うん」
「別に仲が良いって言うか、モンスターに襲われてたから助けたら懐かれただけ」
そう言って少し俯いた。
その意味は私には読み取れなかった。
次は何を話せばいいだろうかと話題を探していると、突然どらこちゃんが立ち止まる。
「うぉっ......と」
急停止でバランスを崩し、どらこちゃんのランドセルにぶつかってしまう。
「ご、ごめっ......」
ぶつけた鼻を押さえながらも、謝る。
どらこちゃんはゆっくり振り返って、心配そうにこちらを伺う。
「大丈夫か......?」
正直怒られるかもしれないと思っていたので、拍子抜けする。
「ふぅん」
「なんだよ?」
「いや......なんか、案外優しいんだなって」
敵同士とか言いつつも、相手を心配している。
なんか変な感じだった。
「......別に、優しくなんか......」
どらこちゃんの表情が陰る。
私から一歩離れて、睨みつけてくる。何か地雷を踏んでしまったのかもしれない。
襟元の宝石が、きらりと輝く。
「きらら......勝負だ!」
場所は通学路の途中にある公園。
そこにランドセルを投げ捨て、翼を広げる。
更には角と尻尾まで生えていた。
公園の砂が舞い上がり、空気に複雑な模様を描く。
「きらら、来るニャ!」
ゴローの声を聞き、身構える。
私たちの戦いの火蓋は唐突に切って落とされた。
続きます。