ドッペルゲンガー(16)
続きです。
部屋に戻り、また元の位置に落ち着く。
さくらもさっきと同じ場所に座って頬杖をついていた。
どらこちゃんは戻ってこない。
みこちゃんの居場所も分からない。
おまけに、胸の中には今まで感じたことのない感情が絡まっていた。
さくらが目を閉じて息を吐く。
「で・・・・・・どうしたのよ?」
「え?どうしたって・・・・・・どらこちゃんたちのこと・・・・・・?」
その言葉に尋ね返すと、頬杖の手を入れ替えてダルそうに私の足を蹴った。
「違うわよ・・・・・・。あんたよ、あんた。あからさまに落ち込んでるじゃないの・・・・・・。あんたそういうの隠せる程器用じゃないんだから、さっさと話しなさいよ」
「あ・・・・・・」
別に隠していたつもりでもないけど、バレているとは思わなかった。
ちゃんと分かってしまうんだなと、そう思った。
大人しく白状しようとするが、どういうわけかそれを言葉にすることが出来ない。
結果、私は逃げるのだった。
「み、みこちゃん・・・・・・大丈夫かな・・・・・・。ね?」
「はぁ」
さくらはそれにため息をつく。
しかしさくらはそれについて言及せずに話を合わせた。
「まぁ・・・・・・そうね。なんとなく大丈夫な気はするけど。ブランの言葉を信じるなら、もう一人居るのよね・・・・・・」
「あ・・・・・・そっか・・・・・・」
すっかり忘れていたが、確かにそう言っていたはずだ。
だとすれば見つけないといけないのに、気持ちが片付かない。
頭が回らなくて、ただ何かの塊が重く大きくなるばかりだった。
「あーもう・・・・・・!」
何だかはっきりとしない私に痺れを切らして、さくらは机を叩いた。
「もう・・・・・・何があったかは別に聞かないわよ。でも、いつまでもそんな顔されてるとこっちまで気が滅入る!」
「ご・・・・・・ごめん」
「あー・・・・・・違う。違うのよ・・・・・・。そうじゃなくて・・・・・・」
さくらは再びため息をついて、居住まいをただした。
「何があったかは知らないけど、でも・・・・・・その・・・・・・」
さくらの言葉は完成しない。
自分でも何を言いたいかまとまってないみたいだった。
「・・・・・・まぁ、その・・・・・・とにかく、元気出しなさいよ」
「うん・・・・・・うん・・・・・・」
さくらの言葉に目頭が熱くなる。
呼吸がひくつく。
結局私は慰めてもらえればそれで満足だったのかと分かってしまって、でもただその言葉に甘えることしか出来なかった。
「ちょ、ちょっと・・・・・・そんな・・・・・・」
さくらが焦って目を白黒させる。
自分でも泣きかけているなと、はっきり分かった。
もう私が泣いても平然としているさくらはどこにもいないのだった。
しばらくあたふたしていたが、突然落ち着きを取り戻し、そして再びため息。
「はぁ・・・・・・まったく、仕方ないわね。なんか知らないけど、でもそのうち忘れるわよ」
さくらはその手のひらを私の頭の上に置く。
その手のひらはゆっくり私の頭をさすった。
「ん・・・・・・」
さくらのスキンシップは頭にくることが多い。
引っ叩くのも含めて。
さくらの手のひらはゆっくり私の気持ちをほぐす。
それだけで、私の胸に暖かいものが満ちて、少なくとも私は私自身を許せそうだった。
他人を傷つけて、それでも私はこうしていていいんだとそういう気持ちになれたのだ。
だけど・・・・・・。
「ダメ・・・・・・」
さくらのその腕を白羽取る。
「きらら?」
さくらは突然の行動に不思議そうな顔をするが、私の顔を見てそれは微笑みに変わった。
「まぁ・・・・・・なんか片付きはしたみたいね」
「うん・・・・・・!」
さくらが私の両手をすり抜けて手刀する。
やっぱりこれじゃだめなのだ。
何が悪かったのかも分からないけど、私はちゃんといつか謝らなきゃいけない。
だから、こういうのはもうちょっと後だ。
「さてと・・・・・・じゃあ、これからどうするのよ・・・・・・」
「それは・・・・・・」
ひとまず、どらこちゃんとみこちゃんは見つけなければならない。
そのもう一人というのはブランと繋がりがあるようだし、その人に会えばブランにもう一度会えるかもしれない。
「ただいまぁー」
「お、お邪魔します・・・・・・」
玄関の戸が開く。
「「え・・・・・・?」」
二人して玄関の方を向く。
「今度はちゃんと本物よね・・・・・・?」
「わ、分かんない」
そう言っている間にも、部屋の障子が開け放たれる。
「あっちー・・・・・・」
「あ、みんな・・・・・・見てましたよ?」
入って来たのは声の通り、どらこちゃんとみこちゃんに見える。
「あの・・・・・・本物?」
どらこちゃんが眉を曲げる。
「は?そうに決まってるだろーが」
「二人とも気づかないなんて酷いです!」
みこちゃんもその隣でプンスカしていた。
「いや・・・・・・もう一人敵が居たんじゃ・・・・・・」
「あ、そうだよ!そいつはどうしたのさ!」
さくらが当然の疑問を口にする。
それにも、どらこちゃんは平然と答えてきた。
「んなもん、あたしがのしてきたわ!てかきらら・・・・・・目がちょい腫れぼったいけど、泣いた?」
「は?泣いてないし。・・・・・・ていうかどらこちゃん、偽物だって気づいてたの・・・・・・?」
さくらが小声で「泣きかけてたじゃない・・・・・・」と言うのが聞こえた。
どらこちゃんがみこちゃんを座らせて、その隣に腰を下ろす。
「ありゃ気づかん方がおかしいだろ・・・・・・」
言われて振り返ってみると、確かにという感じだった。
能力の影響で仕方なかったとはいえ。
「まぁ宿題も結構進んだし、メシ食ってく?」
「あ、食べる」
「あんたよく即答出来るわね・・・・・・」
「私宿題進んでないんですよね・・・・・・」
こうして、私たちは再び全員揃う。
もうここはギャグ漫画時空じゃない。
流石に間違うことはないだろう。
みんな、本物だ。
たぶんだけどね。
閑散とした町の中を、悪態をつきながらポケットに手を突っ込んで歩きまわる。
既に太陽は沈み、空には月が煌々と輝いていた。
ぬるい風に夏の虫の声が溶けている。
「ちくしょう・・・・・・せっかく超能力を手に入れたのに・・・・・・」
何度修行しても手にすることの出来なかったそれは、ある日当然手に入り、そして当然失われた。
家にはそれから戻っていない。
もしかしたら姉が探し回っているかもしれない。
「まただ・・・・・・また平凡に戻るんだ・・・・・・。進化など我には訪れなかった」
怒りと悔しさに任せてアスファルトのカケラを蹴る。
すると、蹴ったそれが転がる先に誰かが立っていた。
見上げると、その異様な姿に息を呑む。
その体の周りにはいくつもの光の粒が漂っている。
風に揺れる長い髪は、まるで月の光のように白く輝いている。
その姿は知らないけれど、でもその人は知っていた。
いや、最早その神々しいまでの姿は人を超越しているようにさえ見える。
求めていた“非凡”そのものだった。
「ユノ・・・・・・様・・・・・・そ、その髪の色・・・・・・一体何をしに・・・・・・?」
ユノ様の静かな声が、空気を揺らす。
「やぁブラン・・・・・・。君の進化を見せてごらん」
「な、何を・・・・・・?」
何を言っているのだろうか。
私は進化など出来なかった。
ただ負けたのだ。
その心を読み取ったかのように、ユノ様は続ける。
「大丈夫。無価値なんかじゃない。活かしてやるさ。安心して」
その白い手のひらの周りに、光の粒が集う。
それは一方のエル字型の鉄パイプを形作った。
「ユノ様・・・・・・何を・・・・・・?」
ユノ様はこちらに歩み寄る。
不思議とそれを眺めるばかりで、動くことが出来なかった。
「これはだいぶ使い慣れていてね。殺さないで壊すには丁度いいんだ」
その瞬間、体にゾッと寒気が走る。
助けを呼ぼうにも声が出ない。
ここに姉・・・・・・ノワールが居れば・・・・・・。
しかし、ここは漫画の世界ではない。
都合よく助けはやって来ないのだ。
残酷に、避けられない結果だけが迫る。
空に大きな月が浮かぶ夜。
鉄パイプの重い音が鳴り響いた。
続きます。