ドッペルゲンガー(12)
続きです。
出来るだけ音を立てないように玄関の戸を開ける。
トイレに行くと嘘をついたので、出来るだけ外に出たとは思われたくなかった。
しかしそんな思いとは裏腹に、戸を引くとガラガラと音が鳴る。
その音に思わず肩が跳ねた。
内心ビクビクしながらも、通路の様子を伺う。
誰かが見に来る様子はなかった。
「・・・・・・こう、なんでこういう時だけデカい音鳴るんだろうな」
あるいは自分がその音に敏感になり過ぎているだけかもしれなかった。
紫色のウネウネが居る手のひらを開く。
するとその見た目からは想像もつかない素早さで逃げようとするから、慌てて指で摘んだ。
この速度だと追って走って行くのは不可能。
だが同時に光明も見えた。
指で挟んだそれはしっかり進路を指し示している。
「・・・・・・なるほどね」
しかも都合のいいことに、直線ではなく道で示してくれている。
謎に高性能なのが裏目に出ていた。
空を見上げる。
雲の少ない高い空に、太陽がギラギラと輝いていた。
この日差しの下、一体どれほどの距離を歩くことになるのかさっぱりわからない。
また本体の元にたどり着ける確証もない。
とりあえず水筒でも欲しいところだが、戻るわけにもいかない。
ふと、庭に生えた木に視線が行く。
正確にはその木の上だが。
なんと言う名前の木だったか、何度も聞かされたが覚えていない。
その木の幹に寄りかかり、太い枝に腰掛けている少女が居た。
右足を折り曲げその上に腕を乗せ、一方で左足は脱力して枝から垂れ下がっていた。
なんと言うか、妙に格好つけた座り方だ。
その少女は夏だって言うのに長袖の真っ白な上着を着ている。
極め付けにネコミミフードだ。
ミニスカートから伸びる脚に履いているニーハイソックスも色は黒だが猫を模している。
暑そう。
明らかに怪しいし、なんなら普通に不法侵入だけど、スライムは反応しない。
対する少女は臆することなくこちらを覗いている。
がっちり目が合っているので、気づいていないはずはない。
挙げ句の果てに携帯電話のようなもので通話まで始めてしまった。
どうしようか迷ったが、とりあえず今はスライムに従うことを選ぶ。
もし彼女が本体だとしても、みこの姿はない。
どっちにしたってあたしに戦う力はないし、みこを見つけることを優先したいのだ。
とりあえずネコミミフードの少女に無意味に敬礼する。
すると意外なことに敬礼し返してくれた。
訳わからない状況に苦笑いしつつも、それを見届けて庭を飛び出した。
スライムに導かれるまま辿り着いたのは、通学路を少し外れたところにある集合住宅だった。
集合住宅といっても、田舎なのでごく小規模のもの。
すぐ近くに田んぼだってある。
距離で言えば案外近くで、覚悟していた程の苦労はなかった。
なにせ通学路の近く。
いつも通るような道と大差ない。
そしてその集合住宅のニ階通路に立っていた。
スライムはその扉の向こうを指している。
「・・・・・・」
どうしようか悩んだが、とりあえずインターホンを押してみた。
蝉の声に混じって、軽い電子音が鳴る。
それに少し遅れて、内側から無気力な顔が出てきた。
今度出てきたのは黒フード。
まるでさっきの色違いだ。ネコミミはなさそうだけれど。
「・・・・・・誰だい?」
現れた黒フードはとぼけているのか、本当に知らないのか分からないが、私の顔を見て首を傾げている。
そこからしばらくお互いに眺め合っていると、黒フードは突然「あっ」と声を上げた。
その指はあたしを差している。
どうやら顔に見覚えがあったようだ。
「お、おまえ・・・・・・何故ここに!?」
黒フードが一歩、後ずさる。
「これ・・・・・・おまえ自身の能力が案内してくれたぞ」
「は、はぁ!?そんな・・・・・・」
黒フードは分かりやすく狼狽えていた。
なんだか表情が非常に分かりやすいというか、豊かだった。
しばし何かを考えるが、その間も表情がコロコロ変わる。
きららもこんな感じだ。
「よし・・・・・・よし!分かった。こうしよう」
「ん?なんだよ・・・・・・」
黒フードがあたしの肩を掴んで深く頷く。
何をするかと思えば、突然握りこぶしを作って殴りかかってきた。
「あ・・・・・・ちょっと、おい!」
慌ててその拳を手のひらで受け止める。
黒フードは驚いた表情をして咄嗟に拳を引こうとするが、しっかりホールドしてるのでそれが手のひらを離れることはない。
「・・・・・・」
そっちがそのつもりなら・・・・・・。
そのまま掴んだ拳を引っ張る。
黒フードは慌てながらもそれに抵抗が追いつかない。
後は目の前に迫った黒フードの首に・・・・・・。
「とう」
手刀を一つ。
相手は断末魔を上げる暇もなく伸びてしまった。
「・・・・・・生きてるよな?」
掴みっぱなしの拳を引っ張ると、情け無い声が漏れた。
そのまま少女を引きずって部屋に立ち入る。
これじゃあたしも不法侵入で人のことが言えない。
この場合あたしの方がタチが悪いだろう。
とりあえず手近なところから、部屋を覗いていく。
一つ目の扉は違った。
台所のようだ。
背の高いテーブルと観葉植物、それにテレビが置かれている。
今度は反対側・・・・・・左側の扉を開く。
すると、途端に冷えた空気が溢れてきた。
カーテンを閉め切ったその薄暗い部屋に、果たしてみこの姿はあった。
とりあえずは無事そうで胸を撫で下ろす。
唖然としているみこに、とりあえず手を上げて挨拶した。
「よっす」
まだ口を半開きにポカンとしているみこに、少し笑った。
続きます。




