ドッペルゲンガー(9)
続きです。
どらこちゃんが退室した後の部屋は静かだった。
まぁ一番うるさい私が黙ってるからだろうけど。
騒ぐのにも体力は要るのだ。
いくら子どもとはいえ、体力は無尽蔵ではない。
その上、今日はいつもと体力の消耗の仕方が違う。
いっぱい体動かして疲れたね、じゃないのだ。
普段使わない筋肉をちょっといじめるとすぐ筋肉痛になるのと同じで、頭を使ったことの疲労は大きい。
・・・・・・って、これじゃまるで普段頭を使っていないみたいじゃないか。
「あづぅー・・・・・・」
寝転がっていると、当然体の下の畳が熱を持つ。
それから逃げるように寝返りをうった。
「・・・・・・近づくんじゃないわよ。暑苦しい」
そう言って脛を蹴ってくるのは、さくらだ。
暑苦しいならじっとしていてほしい。
「さくらが離れればいーじゃーん・・・・・・」
「いやよ」
さくらは断固として拒否した。
「あの・・・・・・二人とも、ほんとに寝るんですよね?」
お腹の上で指を組んで仰向けになるみこちゃんがテーブル越しにこちらを覗く。
その表情はやや不満気だった。
「まぁ寝ようと思ってるけど・・・・・・ほら、暑いじゃん?」
「何ですか!煽げばいいんですか!私が!」
「えぇ・・・・・・」
みこちゃんがワークを持ってキレ気味に言う。それで煽ぐつもりなのだろうか。
「いや・・・・・・別にそんな・・・・・・ね、さくら?」
さくらにも意見を求める。
ところが返事が返って来なかった。
「ちょ・・・・・・さくら・・・・・・?」
多少ムッとしながらもさくらの顔を覗く。
その瞼はしっかりと閉じていて、時折まつ毛が少し揺れるだけだった。
「うっそ・・・・・・あの流れで一番最初に寝るんかい・・・・・・」
「きららも寝ろよ・・・・・・です」
みこちゃんが不機嫌そうにワークをテーブルに戻す。
もしかしたらみこちゃんって、なかなか怒らないけど一度怒ったら恐いタイプなのだろうか。
それにしたって怒るポイントが謎だけど。
「・・・・・・そんなに暑いんなら、服脱げや!」
「えっ、ちょ・・・・・・」
みこちゃんがテーブルの下から手を伸ばす。
その指先が掴むのは私の半ズボンだった。
それがみこちゃんとは思えない程の力で引っ張られる。
みこちゃんがこんなに力持ちだなんて知らなかった。
次から接する態度を改めようと思う。
こう・・・・・・舎弟みたいな感じで。
私も必死にズボンを引き上げるが、ものすごい力で引っ張られ徐々にズリ落ちていく。
このまま抗い続けたところでズボンが破けるだけだ。
「ちょっと!さくら!起きて!助けて!身の危険を感じる!色んな意味で!」
「・・・・・・きむち」
割と至近距離で叫んでるのにさくらの目は一向に開かない。
それどころか場違いな寝言までこぼしている。
「ゴロー・・・・・・!ゴローは居ないか!?」
ゴローは・・・・・・居ないんだった!
今日はおばあちゃんの手伝いでゴローはこちらに来ていない。
ダメージが発生しているわけでもないから気づくこともない。
「ちょっと・・・・・・これはまずいって!」
ズボンが完全に降ろされる。
下着もそれに巻き込まれて半ケツ状態だ。
「ほら、寝ろ!寝ろよ!もっとも最早その必要はないがなぁっ!!」
私のズボンを投げ捨ててみこちゃんが立ち上がる。
とりあえずその隙にパンツは履き直しておいた。
テーブルを回り込んでくるみこちゃんから、情け無い格好で逃げる。
しかし、その背中は押し入れの襖にぶつかり阻まれる。
「あ・・・・・・っと、お、お手柔らかに・・・・・・」
逃げ場を失いただ座っている私に、みこちゃんの影が被さる。
威圧感からかいつもよりその体が大きく見えた。
みこちゃんが手刀を振り上げる。
「うっ・・・・・・」
そして・・・・・・止まった。
止まった・・・・・・?
いや、ここはズバーッとやるところじゃない?
急にみこちゃんがおどおどと慌てふためく。
その視線が私のパンツに行き、その動きも止まった。
「何・・・・・・?え?え?」
全く状況が飲み込めないでいると、みこちゃんの輪郭が歪む。
「なっ・・・・・・は?」
ウネウネ蠢きながら、みこちゃんだったものは紫色のスライムのようなものに姿を変える。
そしてそれはその外見に似つかわしくないスピードで逃げていった。
「あっ・・・・・・おい!待てい!」
慌てて追いかけようとするが、ズボンを履いていないことを思い出して立ち止まる。
何が何だかさっぱり分からないけど、とりあえずさくらを蹴って起こした。
「・・・・・・何よ?寝るって言ったのあんたでしょ?・・・・・・って何でズボン履いてないのよ・・・・・・」
寝ぼけ目のさくらに状況を説明しようとするが、状況が突飛すぎて言葉がまとまらない。
「と・・・・・・とりあえず行くよ!」
パンツのゴムを引っ張るさくらをもう一度蹴っておいた。
さっさと目を覚ましやがれ。
続きます。




