ドッペルゲンガー(6)
続きです。
薄暗い部屋に携帯らしき機械の着信音が鳴り響く。
「その機械なんなんですか?」
「ああ・・・・・・これか。これはまぁ・・・・・・携帯電話みたいなものだ。他にも使い道はあるがな。特にこの道具に固有の名前はつけられていないよ。まだね」
私の質問に答えて、ノワールはかかってきた電話に出る。
「・・・・・・どうした、ブラン?」
通話相手の声はよく聞こえない。
携帯電話から多少漏れてはいるが、何を言っているのか判然としなかった。
「そうか・・・・・・。一人だけ効いていないか・・・・・・。後の二人の精神抵抗値は・・・・・・?問題ないな。分かった。やってみる」
ノワールの表情が曇る。
何やら上手くいっていないことがあるようだ。
私としては嬉しい限りだけど。
「どうしたんですか?」
「いや・・・・・・なんでもない。結局やるべきことは変わらないよ」
再び水晶に視線を落とす。
水晶玉の中の私たちは今まさに休憩を終わりにして、勉強を再開しようとしていた。
「君、確か名前はみこ、だったよね?」
「・・・・・・?そうですけど」
ノワールが水晶を覗きながら私に尋ねる。
その意図が分からず、首を傾げた。
ノワールはそんなことは意に介さず話し続ける。
「何故君が選ばれたか分かるかい?」
「え・・・・・・?」
「何も私たちだって行き当たりばったりでやっているわけではない。たまたま君が道を歩いていたからではなく、もとより君をさらう手筈だったのさ」
「は、はぁ・・・・・・」
だからなんだと言うのだろうか。
私はその意図を図りかねていた。
ノワールは私が質問しないでも、その説明を始める。
「君が選ばれたのには当然理由がある。君は自分の意思が希薄だ。誰かに何か言われれば必ず同意するだろう。そしてそれだけでいい。だから演じやすいのだよ。私でもね」
言った通りに水晶の中の私が、きららちゃんの休憩延長の提案に同意する。
返ってくる反応は「え?」というリアクションだった。
それを他の誰でもないきららちゃんがしている。
「あの・・・・・・驚かれてますけど・・・・・・」
「・・・・・・」
無言で焦ってないアピールをするが、水晶玉の私は慌ててリカバリーしていた。
いや、出来てるのか・・・・・・これ?
しかし、誰もそこに突っ込まない。
意外と気づかないものなのか・・・・・・。
ちょっと・・・・・・本当にちょっとだけ、嫌だった。
「ま・・・・・・こういうこともあるが・・・・・・見ろ、なんとかなったろ?」
気づいても良さそうな点は、いくつかあった。
あからさまに不審だ。
けれども誰も確信に至らない。
私じゃない私が受け入れられようとしている。
胸の中でどろりとした塊が沈んでいくのが分かった。
少し悔しく・・・・・・いや、悲しくなる。
それに・・・・・・。
「ん?どうした?」
うっすら輝く水晶に手を伸ばす。
せめて、どらこちゃんにだけは気づいて欲しかった。
「お、おい!・・・・・・そんな顔するんじゃない!本当にどうしたって言うんだ!?」
隣のノワールが私を見て、狼狽える。
私がどんな顔をしているかはわからないが、ノワールの眉が八の字なことから恐らくいい表情ではない。
「何だ・・・・・・私何かまずいこと言っちゃったか?頼むから泣くなよ?ちょっとそういうの、どうしたらいいか分かんないし・・・・・・」
ノワールの口調が崩れまくっている。
「べ、別に・・・・・・私が私じゃなくてもいいのかなって、そう思っちゃただけです」
私の言葉を聞いて、わちゃわちゃ動いていた手が止まる。
その腕は私の背中に伸びた。
「何だ・・・・・・そう言うことか・・・・・・。私もちょっと言い方が良くなかったな。大丈夫、大丈夫・・・・・・きっとじきに気づくよ。・・・・・・あ、いや気づかれちゃ困るが・・・・・・」
何だか敵に慰められてしまっている。何なのだろう、これは。
ただ、こんなことをしてはいるけど悪い人でもないのかなと、そう思った。
ノワールが頭を振って、キャラクターを整える。
「ま・・・・・・ともかく、行く末を見届けていくといい。くくっ・・・・・・楽しみだよ」
「そうですね・・・・・・!」
悪い人でもないのだろうけど、素で「くくっ」て笑う人とは積極的に友達にはなりたくないなと思った。
続きます。