竜の泪(1)
続きです。
「わたしぃ......のなま......」
「起きるニャ。もう夕飯できたニャ」
「おかあさ......もらっ......」
「......」
「......はっ」
ゴローに体を揺すられて目を覚ます。
「今何時......?」
部屋はすっかり薄暗くなっている。
「六時......半くらいニャ」
「あちゃー、夕飯手伝ってない」
寝ぐせの酷い頭を掻いて、体を起こす。
「まぁ、仕方ないニャ」
ゴローは私の周りをゆったりと周って寝ぐせをペシペシ叩く。
「やめて」
「ご、ごめんニャ」
ベッドから飛び降りて、首を鳴らす。
あくびを一つして、夕飯を食べに向かった。
風呂上がり。
コップ一杯の水を飲んで、部屋に向かう。
「おやすみ」
途中ですれ違ったおばあちゃんに挨拶をした。
部屋の扉を開け放して、閉めずにベッドに飛び込む。
この時期はこうした方が涼しいのだ。
「電気消さないのかニャ?......あれかニャ?電気消すの怖いタイプの人かニャ?」
「ちがーうにゃ」
ゴローの口調を真似して答える。
「じゃあ、なんでニャ?」
その理由は単純明快。
ベッドの上で大の字になって言う。
「寝られん!」
昼にあれだけ寝てしまったのだ。当然といえば当然である。
「ゴローって寝るの?」
天井の木目を見ながら尋ねる。
「寝られるけど、まぁ必要はないニャ」
「じゃあ、ここ来て」
言いながら枕元をボフボフ叩く。
「ボクの定位置机の上じゃないのかニャ?」
やっぱりそういう認識だったのか。
「寝られないから、なんか面白い話してよ」
「考え得る最悪のフリニャ......」
言いつつもふよふよやってくる。
そう言えばと、昼間のことを思い出して尋ねる。
「なんかさぁ、私にしてほしいこととかある?」
これからたくさん痛がらせることになるわけだ。少しバランスをとってやらないと、一周回って変な性癖に目覚めてしまうかもしれない。
「特に無いけれど......急にどうしたニャ?」
枕元から届く声は、どこかくすぐったく感じた。
うつ伏せになって、ゴローの方を向いて言う。
「なんでもないよ」
しかし、特に無いというのはちょっと困った。
食べ物を食べるわけでもないし、どうしたらいいかちょっとわからないぞ。
「明日、どうしたらいいかちょっと考えないとね」
「何をニャ?」
考えなくちゃならないことは、ゴローのご褒美と......。
「どらこちゃんとどう戦うかなぁってさ」
「彼女、キラキラ力がかなり高かったニャ。あのとき駆けつけたのも、おじさんが呼んだから。たぶんキラキラ粒子を蓄えるために、アンキラサウルス駆除担当みたいなポジションに収まっているニャ。となると経験もそれなりに積んでいるはずニャ」
「ほぇー」
「初戦からだいぶハードになりそうニャ」
でも今日会ったとき、一つ突けそうなところがあった。
「なんだか、腑に落ちないような表情をしてるけど、どうしたのニャ?」
「本当にあの子、自分の名前嫌いなのかなぁって思ったの」
「ん?どうしてニャ?」
「だってさ、あの子ドラゴンの姿してたじゃん」
あの赤い翼は、間違いなく鳥類のものではなかった。
「だからさ、そこが引っかかって。もし、自分の名前が嫌いじゃないなら戦わなくて済むじゃん」
戦う場合でも何か迷いがあれば、それは利用できる。
この考えについては、ゴローが気に入らないだろうから黙っておいた。
「なるほどニャ。でも、今回もそうだったみたいに、たぶん次会うときも話し合いは出来なそうニャ」
次会うときは敵同士という言葉を思い出す。わかりやすく敵意に満ちた言動。
もしかしたら、一人で学校から逃げた私を恨んでいるのかもしれない。
「結局戦う......のかな」
「まぁ、その場合を想定しておいたほうが安全ニャ」
今日で超能力の感覚は結構掴めたと思う。だとすれば、今できることは戦い方を考えることだ。
「ねぇ、超能力って具体的にどこまで出来るっていうのはあるの?」
「言ってしまえば限界はないニャ。けど、一度使ってしまえばそれ以外の運用法は極端に難しくなるニャ。一度人間に生まれたら、鳥の生き方は出来ない。それと同じで、最初に覚えた使い方からかけ離れたものを使うのは難しいニャ」
筋が通っているような、いないような理屈で、いまいちピンとこない表現をしているが、つまりは私の戦い方はほぼ確定ということになるのだろう。
「私の超能力って何だと思う?」
「言葉で表現しちゃうと、それだけで出来ることが限定されちゃう場合があるから、あんまり考えないほうがいいニャ。まぁキミの能力は見た感じ既に結構狭いから問題なさそうだけど......」
「狭い......?」
ちょっと考えた後、ゴローが説明する。
「例えば、雷を使える能力者がいたとするニャ」
「ふん」
「それは、雷を自由自在に操れるとも、天候を操作出来るとも解釈できるニャ」
「ふんふん」
「つまり、使用者がどっちかと思っているかによって能力の幅が変わるわけニャ。だけどキミの能力は、ものの形や性質を変えることに見えるし、それ以上の広がりは見せそうにないニャ」
なんか、サポート役にダメ出しされてしまった。
「で、でも、力とかも強くなってたよ......絶対!」
「もしそう感じていたんなら、絶対その感覚に疑問を持っちゃいけないニャ。キミの能力は付加効果で身体能力を向上させるってことで正しいニャ」
「な、なるほど......?」
「ま......まぁ、こういうことだから、自分の能力を言語化しないほうがいいニャ。他にもまだあるかもしれないし」
あまり考えない方がいいと言うならば、超能力の分析はこれ以上しない方がいいだろう。
「ただまぁ、どの能力にも共通して言えるのは、理屈を超えるというところニャ」
理屈を超える......。
つまり何でもありってことか。
一度使った能力に縛られるというのも理屈。ならば、限界がないと言えてしまうわけだ。
「なるほどぉ」
私の中で、戦いの準備が順調に整い始めていた。
続きます。