ドッペルゲンガー(4)
続きです。
埃っぽい空気を吸う。
それは季節にそぐわない冷えた空気だった。
背中にかいた汗も冷えている。
その背中が触れているのは壁。
腕は後ろに回され縛られている。
私はどこかの部屋に閉じ込められているようだ。
「・・・・・・大丈夫だ。隙をみて必ず仕留める。あっ・・・・・・と、仕留めちゃいけなかったか。まぁ似たようなものだ。そっちは任せた、ブラン」
細く目を開くと、さっきの黒フードの女の子が見慣れない機械を片手に何か話しているのが見えた。
使い方からして携帯電話のようだけれど、折り畳み機構もボタンもない。
あるのは通常の携帯電話より一回り大きい画面だけで、そこから白い光が漏れていた。
少女が私に気づいて振り返る。
「おっと、お目覚めかい。私はノワール。本名だ。安心してくれ、君に乱暴はしないさ。ただ逃げられたら困るから縛らせてもらったけど。まぁクーラーも点いてるし、寛いでるといい」
「どういう、ことですか・・・・・・?」
そこで初めてノワールと名乗った少女はフードを脱いだ。
口調のわりに子供っぽいワンサイドアップの頭が露わになる。
眼帯とは逆側の、左側の髪が結ばれていた。
「君は何も知らなくていい。本命は・・・・・・まぁ誰だかはもう分かってるだろう。全ては進化の為さ」
「きららちゃん・・・・・・ですか?きららちゃんがなんだって言うんです?」
ノワール・・・・・・さんの表情は存外豊かだった。
言葉の抑揚があまりないからてっきり無表情で話しているものだと思っていたけど、その表情はコロコロ変わる。
この状況を楽しんでいるようだった。
「あの大イカを倒したそのポテンシャルを見込んでいるのさ。彼女は必ず私たちに恩恵をもたらしてくれる」
私・・・・・・たち。
どうやら彼女は一人ではないらしい。
さっきも誰かと電話していたようだし、きっと仲間がいる。
そこで思い出したのは、彼女が口にした“ユノ様”の名だった。
「ユノ様・・・・・・って?」
ノワールがその名前を私が言ったことに少し驚く。
しかし、それが言葉に滲むことはない。
「救世主さ。人類を次の段階に導いてくれる」
「よく分かんないです!」
「じき分かる時がくるさ」
飛び出してくるのは、なんだか危ない宗教みたいな言葉。
何を言ってるのかさっぱり分からないし、これ以上踏み込みたくない感じだった。
ノワールが私の体を引き寄せる。
彼女の手のひらの上にはどこからともなく現れた水晶玉が浮いていた。
「丁度いい。ずっとこの閉め切った部屋で過ごすのは暇だろう。今どうなっているか、それを見せてやる」
確かに、この部屋には極端に物がない。カーテンも閉めているので、外も見えなかった。
言われた通りに、水晶に視線を落とす。
それには私の姿が映っていた。
「こ、これは・・・・・・!?」
きららちゃん、さくらちゃん、それにどらこちゃん。みんながそこにいるはずのない私とテーブルを囲んでいる。
「これは今向こうに居る君の目を通して見ている映像。もちろん向こうの君は偽物だ」
「偽物の目を通してるのに三人称視点なんですか・・・・・・?」
ふっと湧いた疑問を口にする。
「・・・・・・肉体についてる目じゃなくて概念の目で見てるから。その・・・・・・これでいいの」
考えてもみなかったことのようで、分かりやすくノワールが狼狽える。
どうも顔に出やすいタイプみたいだ。
フードはそれを隠す為なのかもしれない。
どらこちゃんが席を外す。
すると偽物が、足を崩した。
「あ、みんな!気づいてください!私あんなかっこしません!」
「無駄だよ。声は届かない」
そんなことを言っているが、表情は「えっ、そうなの?」と言っていた。
逆になんで私があんな姿勢をすると思ったのか。
私の姿勢の変化にきららちゃんが気づいたようで、それを見つめている。
「そうです!おかしいですよね!」
しかし偽物の私に視線について言及されると、その視線を外してしまった。
「ちょっと危なかったか・・・・・・?」
ノワールは内心の焦りが声に出ていた。自分では気づいていないみたいだ。
やがてどらこちゃんが部屋に戻ってくる。
どらこちゃんもやはり私の姿勢に引っかかっているみたいだった。
どらこちゃんならきっと気づいてくれるはずだ。
しかし、偽物は足を再び正座に戻してやり過ごしてしまった。
ちょっとあからさますぎる姿勢変更だったが、誰もそこに切り込まない。
「うぅ・・・・・・」
なんで誰も何も言わないのだろうと、奥歯を噛み締める。
一方ノワールは安堵しているようだった。
続きます。