海といろいろ(15)
続きです。
トイレから戻ると既に昼食の準備は整っていた。同時にスイカの準備も済んだようで、定位置とばかりに置かれている。その下にもまたビニールシートが敷かれており、ばっちりスイカ割りに備えていた。
流石に無造作にスイカが転がしてあると人の目を集める。通り過ぎる人々が無視するように振る舞いながらも、その目は必ず一度はスイカに向いていた。
「ほんとにスイカ割りやるんだ・・・・・・」
分かってはいたけれど、思わず声が漏れる。
みこちゃんのお母さんが、いつの間にか拾っていた流木を振って私に手招きした。
「これ、結構立派でしょ?」
歩み寄ると、流木を渡してくる。
確かに持った感じではしっかりしていてなかなか丈夫そうだった。ただ軽いので、スイカに太刀打ちできるかは分からない。まぁいざとなったら剣にでも棍棒にでも変えられる。それでいいのかは置いといて。
「ふぅん・・・・・・」
試しに受け取った流木を振ってみる。
まず水平に薙いで、その後その軌道と交差するように垂直に振り下ろした。
流木の先が砂浜を打つ。
手には鈍い振動が伝わってきた。
「おお・・・・・・なかなか様になってるね」
「え・・・・・・そうかな?」
みこちゃんのお母さんが音無しの拍手をして褒めてくれる。
実際棒状のものの扱いには多少慣れてしまっている。
「おい、きらら!そんなとこで突っ立ってねーで飯食おうぜ!」
「ただのコンビニ弁当です!でも美味しいです!」
どらこちゃんたちに呼ばれる。
二人はすごい勢いで、がっついていた。どらこちゃんの口元は汚れるが、何故かみこちゃんは綺麗なままなのが不思議だ。きっと性格の違いとか、そういうのなのだろう。
「今行くよ」
流木をお母さんの手に戻して、シートに上がる。
空いてるスペースに収まり、ビニール袋から取り出した唐揚げ弁当の蓋を開いた。
「ちょっと寄越しなさいよ・・・・・・」
「え・・・・・・」
隣からさくらの手が伸びる。
早めに食べてしまったのと、量が少なめだったのもあってちょっと物足りないのだろう。
「この隅っこの漬物ならいいよ」
好きじゃないし。
「ケチニャ」
そこに横槍を入れるのは何故かゴローだった。
そんなゴローは箸で捕まえて、クーラーボックスにしまっておく。
私が唐揚げを頬張るうちに平然と脱出していた。
さくらもそこまで本気で強請っていたわけではないらしく、諦めて漬物を摘んでいた。
「あ、ほんとに漬物食べるんだ」
「あんたどうせ食べないでしょ」
何から何まで図星だった。
ナマコだったり、カニだったり、イソギンチャクだったり。
色々な生物が住まう海も、ただ砂浜から眺める分にはとても穏やかなものだった。
普段は雑音に過ぎないはずの喧騒も、波の音と混ざると不思議と嫌な感じがしなかった。たぶん海があって、人がたくさんいて、みんな楽しそうな顔をしている。そういう雰囲気自体が好きなんだと思う。
ときどき弁当に伸びるさくらの手をあしらいながらも、唐揚げを噛む。
衣は少ししっとりとしてしまっているが、舌に広がる味はすんなりと染み込んだ。よく知る唐揚げの味。普通に美味しかった。
「やっぱ一個くらい寄越しなさいよ・・・・・・!」
「だーめ・・・・・・って、ああっ!?」
腕の隙間を突いて滑り込んださくらの指は、無駄のない動きで唐揚げをつまみあげ、そして自らの口に放り込んでしまった。
咀嚼に合わせて、頬がもごもご動く。
「あーあ」
「まぁ唐揚げね」
「ぶち転がすぞ」
このアクシデントでご飯と唐揚げのバランスが崩れてしまった。
それは由々しき事態であるが、失くした唐揚げを取り戻す術はもうない。
とりあえずどらこちゃんのおかずを奪うことで解決した。
「あっ・・・・・・おまえ!?」
「あんたねぇ・・・・・・」
「いや、さくらが責める権利はないって」
「それには同意ニャ」
どらこちゃんの手の中で、箸がわななく。
「あ、ああ・・・・・・」
「ちょっと・・・・・・どらこ壊れちゃったじゃない」
「ああ・・・・・・私のあげますからっ!」
負の連鎖はみこちゃんの手によって断ち切られた。
やや一悶着ありながらも、昼食の時間は平和に続く。
するとそこに、みこちゃんのお母さんが空気を読まずにその口を開いた。
「早くスイカ割りやりたいから早く食べて!」
一人流木を抱えてウズウズしている。
「あ、あはは・・・・・・すみません」
みこちゃんが頭をかいて笑う。
「ほんとに・・・・・・大人にも色々居るんだね」
「そうね」
みこちゃんのお母さんに注意を奪われていると、また一つ唐揚げが奪われた。
続きます。