プロローグ
ある所に、7歳の男の子が居た。それはそれは魂が綺麗な男の子がいた。だからこぞって精霊達はこの男の子、佐々木歩に契約を迫った。
「歩くん!僕と契約したら手先が器用になる恩恵が手に入るよ!」
「誰がそんなカス恩恵欲しいと思うのよ!こんなカスより歩君!私と契約してよ!私と契約したら物が浮かせられるよ!」
「浮かせるってそんな大層なものじゃないだろ!2ミリしか上がらないくせに!!」
何故歩はこんなに精霊に契約を迫られるのか。それは彼の魂が綺麗だから。この世界は、人と精霊が契約することができる。契約した暁には、精霊の力の一部を人は使用することができ、精霊は契約主の魂の力を使用することができる。
魂の力は、その魂の純度によって変わってくる。より綺麗であればあるほど力が増すのだ。 だからこそ皆、魂が通常の数千倍も綺麗な歩と契約したがるのだ。
「もう、みんな喧嘩しないで?僕みんなと契約したいなあ」
ふにゃっと顔を柔らかくし笑顔で答える歩。
「えー歩君知らないの?この世界では1人しか契約できないんだよ?
「そうよ!だから誰と契約するか決めてって言ってるんだよ?誰と契約するの???」
そう言い歩に迫る精霊達。小さい体を歩の頬に擦り付ける。パタパタと可愛らしい羽音を響かせながら。
「もーみんなしつこいよ!もう知らない!」
そう言い歩は家を飛び出した。
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歩は田舎に暮らしていた。山々に囲まれたど田舎。だがそんな自然豊かな場所が、歩は好きだった。夕方ごろになると山へ登り、頂上に行って日が沈む瞬間を見るのが歩の日課だった。そして今日もいつもと同じように日が沈むのを見て、満足して帰ろうとする。
その時だった。
後ろを振り向いた先にあったもの、それは
「…熊?な…な…なんでここに…」
この森は別に立ち入り禁止な場所でもない。熊が出没したこともない。ましてや歩は8歳、恐怖で足がすくみただただその場所でガクガクと足を震わせていた
「い…や…く、くるなあ」
その言葉とは裏腹に熊は一歩一歩歩に近づき、
「う…うわあああああああああああ」
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「ゆむ……歩。起きてよ…」
「…ん…ここ…どこ?」
気づくとそこは暗闇だった。ただただ家族の声だけが聞こえた。
「歩!!起きたのね…良かった。。。」
「ねえお母さん、僕起きてるのに目が真っ黒だよ…?
お母さんもしかして僕の目隠してる?」
何故か母はなにも答えない。歩自身も、心のどこかで薄々勘づいていたのかもしれない。
「失明したんだ…」
「あなた!!まだ歩は8歳なのよ?なんでそんなこと言うのよ!!」
「遅かれ早かれ言うんだ!今のうちにに行ったほうが歩も心の整理がつくだろ!!」
「だからって」
お父さんとお母さんのそんな声が聞こえた。声だけが聞こえた。真っ暗な暗闇の中で。そしてどんどん声が遠くなっていく。
「そっか…僕目見えないのか。もう、何にも。お空もお日様もお父さんもお母さんも」
目から温かいものが流れた。止まらなかった。
もう辛かった。悲しかった。何故あの時夕日なんかみたんだろう。考えれば考えるほど自分が嫌になる。
そしてこの日から全てが壊れていった。
歩の父と母は毎日喧嘩するようになった。喧嘩がない日なんてない。物を投げる音も聞こえ始めた。そしてある日を境に、母の声が聞こえなくなった。仲直りしたと思い父に聞くと、出てったと言われた。 また僕のせいだ。
そしていつも僕を笑わせてくれた精霊も、日に日に減っていった。そして最後の1人となった。
「ねえ精霊さん。僕とお話ししよう」
いつも通り話しかける。唯一まだ僕に離れずに居てくれる精霊に。そして今日契約しようと誘ってみることにした
「うん、いいよ。僕もちょうど話したかったんだ。」
いつもより声が無機質だった。多分気のせいだろう。
「前に僕に契約しようって言ってくれたじゃん?だからその…契約しようかなって…ダメかな?」
ドキドキしながら歩は問う。
「……」
「…?精霊さん?聞こえて」
「ぷはははははは!!!歩くーん、なに言ってるの??ぷはははは…ヒィお腹痛いよ僕は。」
突然笑い声が聞こえた。僕を嘲笑った声が。
「君が失明した途端魂の色が汚くなった。他の精霊は目先のことしか考えてないからすぐに君を捨てたけど僕は捨てなかった。僕が励ましてやれば綺麗になるかなーって。
それなのに、君は一切綺麗にならない。こんなんなら捨てなかった僕が馬鹿みたいじゃないか。はあ残念。」
「え…契約はもういいの?」
精霊の声が冷たくなる。
「契約?は?なに言ってんの。魂が汚くなった君に何も用は無いよ。前はあんなに綺麗だったのに今じゃあ都会にいるホームレスの人よりも汚い。そんな奴、誰が契約するかよ。
いい加減気づいたら?元々君に近づいたのは君目当てじゃ無い。君の魂目当てだって」
「そんな…だって。あんなにみんなで楽しく遊んだり…いっぱい…」
「だから君の魂目当てだって言ってんじゃん。頭まで悪くなったのかな?って泣いてるの?」
精霊のパタパタという羽音が聞こえてくる。だんだん近くなり、そしてその精霊の小さな手で僕の涙を拭う
「ごめんねえ、だって事実なんだもん。君は一体なんの為に生きてるの?」
そういうと精霊の羽音が再び聞こえ、そしてピタリと音は止んだ。きっと出ていったのだろう。
そしてまたひとつ失った。家族に精霊、目。
次は何を失うのだろうか。真っ暗の中、ただ漠然とした大きな不安が幼い歩に重くのし掛かる。
僕は一体何のために居るのだろうか。
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