04 吸血鬼。
指先まで、冷えていった気がする。
夜の冷えた風が身体に当たる。
お互いの髪が揺れた。ざわざわと公園を囲う木の葉も。
「……」
少しの間だけ、嫌な沈黙が続いた。
息を止めてたみたい、呼吸を慌ててする。
「……吸血鬼……?」
冗談みたいに笑って言えない。笑えないから。
そんな状況じゃないってわかる。土で固めた地面が、氷みたい。
彼の反応は、笑うだけだった。
薄くて今すぐにでも消えてしまいそうな笑みを浮かべた。
それは、肯定なの?
「……あ……」
言葉が出ない。
肌が白い。身体はいつだって冷たい。消えたり現れたりする。
おまけに予知夢能力があるときた。
それに夜しか会ってない。陽が弱いと言っていた。
人間なら無理な反応もする。
咄嗟に割れた硝子から私を守れるはずない。それも無傷で。
血が苦手、そうじゃないんだ。
「血が苦手は嘘?」
声に出したら、悲しくなった。惨めなくらい震えてる。
「血を嗅いだら……大変なことになるから」
やっと口を開いた彼。
「俺は吸血鬼<ヴァンパイア>だ」
はっきりと告げた。
目の前が真っ暗になった。クラッと足元が歪んだ気がする。
ガッ。
倒れかけて、彼が止めてくれた。
腕を掴んで立たせた彼の瞳は、キャッツアイのようで金色に揺らいでいた。
ああ、よかった……そう思う。
「……座ろう」
小さく言えば、彼は支えながらベンチに二人で座った。
ぐるぐると考えが巡って喋れない。
彼も喋ろうとしない。
「演技?」
「違う!」
今までのは、全て演技なのか。
街灯でちっとも見えない星空を無意味に見上げて私が尋ねたら、璃くんは精一杯否定した。
「信じる」
私はくるって身体を向けて笑う。
璃くんは面食らった顔をした。衝撃を食らった感じ。
「え?」
「本当の璃くんなら、問題ないでしょ」
「え? 待って、茜ちゃん! 君、ヴァンパイアを知らないの!?」
「えぇ? 映画とかで知ってるけど」
かなり多くの吸血鬼映画を見たと自負している。
彼は慌てた様子で私の肩を掴む。
「君の血を飲むんだよ!?」
「飲むつもりならもう飲んでるでしょ?」
不思議なぐらい、私は落ち着いてた。
いつだって、私を襲える。だけど、彼は何もせず隣にいる。
だから落ち着いていられる。
彼は安全だ。そう確信してる。
「君を食べる存在だって、わからないの? 危険なんだ!」
説得をする璃くんは、軽く混乱していた。
「守ってくれた」
危険にするどころか、彼は助けてくれた。二回も。
「それはっ……君が好きだから……守りたくて」
少し静止した。
あれ? 今はっきり……好きって言った? 私を?
「でも、俺は吸血鬼<ヴァンパイア>。君を食べる獣だってのは変わりないんだ、それはわかってよ」
「わかってる」
「本当!?」
ケロッとした私の声が気に入らなかったのか聞き返した。
私は気にせず、彼の口の中を覗く。ひんやりした肌を親指で上げた。
綺麗に並んだ白い歯。牙は、そんなに尖ってない。
「……」
やっぱりわかってない。そう言いたげな璃くんは眉間にシワを寄せる。
彼が大きく口を開けば、にょきっと伸びるように牙が鋭く大きくなった。
「すっご!」
「君って娘は……」
はしゃいだら、彼は落胆した顔をする。
すぐに彼は牙を引っ込んだ。
本物の吸血鬼だ! 興奮状態!
「さっきの暗い顔はどうしたの?」
「わかったから大丈夫になった」
「吸血鬼だってわかったのに?」
「納得したもの」
彼は困り果てた。
「……思ったよりタフだ、君は」
「色んな意味で」
しょうがないよ。君が好きなんだから。
吸血鬼の君に恋しちゃったんだ。
「……」
ポカーンとした顔で、彼は私を見た。
あれ……? やだ、今口に出しちゃった?
ついさっきの事なのに思い出せない。
言ったかと思うと、久しぶりに顔が熱くなるのを感じた。
慌てて顔を背けようとしたけど、彼の両手に包まれて逸らせない。
気付いた時には、冷たい唇が私の唇に重なってた。
びっくりして強張る。離れた彼がゆっくり瞳を開く。
金色の瞳だ。
私達は、同時に微笑む。照れくさそうに。
「君が好き」
そう、もう一度、彼が告げる。
もう熱で倒れそう。
ひんやりした手が冷やしてくれるから大丈夫そうだけど、心臓の方は大丈夫かな。
熱っぽく言う言葉に溶けてしまいそう。
甘い声に何もかも考えられない。
金色の瞳に囚われて息もできなかった。
「もう一度訊くよ?」
甘く染み渡るような声。
「君の隣にいてもいいかい?」
拒めるわけがない。
声が出せず、首を下に振った。
そうすれば、彼は無邪気な笑顔を溢した。
夢なんて見たっけ?
そう思うほど、ぐっすり眠れた。
いや、公園の出来事が夢?
そんな不安が横切って、慌てて飛び起きた。
「……」
ぐるぐると確信を探す。
ケータイを開いても、証拠はない。
首を探っても噛まれた痕はないし、とにかく何もなかった。
彼は吸血鬼……だよね?
あれ?
自問自答を繰り返してたら、ケータイが鳴った。
おはよう、って一言。璃くんからのメッセージ。
急いで両手で打ち込んだ。
おはよう! 昨日は、どうしたんだっけ?
〔どうしたって? 何が?〕
昨日公園に行ったよね?
彼からの返事が、ちょっと遅くて不安になった。
〔忘れちゃったの? 話したこと全部〕
顔文字も何もないから、彼が笑ってるのか怒ってるのわかんない。
ごめんね。覚えてると思うけど……確信がなくって。
泣いている顔文字をつけて送る。
ちょっと……顔文字はやめておいた方がよかったかな。でもこっちの感情を伝えたかったから。
彼の返事が待ち遠しくて、ハラハラしてた。
〔多分、覚えてる通りだよ(笑)それでも不安だったら会った時に話そう〕
了解です……。
だめ、不安だ。
何が本当で、何が夢だったんだ?
フラフラして、お風呂に入った。
夢じゃなかったら、あれは……現実?
告白も、重なる唇も。
そう思うとガァアアって、顔が真っ赤になった。
つ、付き合うことになるのかな!? いや、夢か!?
興奮と混乱状態に陥る始末。
その日は夕方になるまで、長かった。そう感じた。
あんな台詞で告白したって思うだけで恥ずかしい。
極度の赤面だけで、死んでしまいそう。
璃くんからのメッセージないし……。
嗚呼、地獄だ。
彼にまだ会えないの?
夢でもいいから、早く会わせて……。……今のは撤回。
現実であって欲しいです。
そんなことを脳内で繰り返してたら、何もしてないのにもう夕方になった。
慌てて着替えて急いで自転車で学校に向かった。
昨日みたいに約束はしていないから、彼はいない。
不安が膨らむ。
だけど、彼は駐輪場に居た。
「……おはよ、茜ちゃん」
ぎこちない笑顔で挨拶してきたから、こっちもぎこちなく返してしまった。
「おはよう、璃くん……」
自転車を停めて、彼と向き合う。
彼は、私が口を開くのを待っている。
「私……」
何て言おう。
台詞を考えるんだった……。
ああ、考える時間ならたっぷりあったのに。
「君に告白しちゃった……よね?」
「吸血鬼の俺に恋しちゃったって、いう台詞のこと?」
笑って彼は言った。
やっぱり言ってたんだ……。恥ずかしい……。
「全部夢、じゃないんだよね?」
「君ってコロコロ変わるね」
「気分屋なのよ」
熱くなる頬を押さえて、呆れたような声を出した彼に、仕方なく言った。
「そうみたいだね。俺がキスしたのは覚えてる?」
優しく笑って言ったのは、とんでもないこと。
それも現実か!
真っ赤になれば、彼は顔を逸らした。
私の目が節穴じゃなければ、照れたように見える。
「思い出した?」
すぐにニコッと笑顔を向けてきた。
素直に頷く。思い出した。
「教室に行こう」
笑顔で手を差し出した璃くんに、胸がキュンってなる。
その手を握れば、やっぱり冷たかった。
いつもと違う雰囲気で、席に座る。
なんだろう……嫌な沈黙じゃないけど、気恥ずかしい感じの沈黙。
窓は外されててまだ新しいものに変えてないから、開いていて、冷たい風が入る。
「おはよう、璃くん、茜」
「おはようー」
瑛美とあつきが来て、挨拶を交わす。
付き合うことになったのは、まだ黙っておこう。
言う勇気がないだけなのだけれども。
チラッと後ろを見てみた。頬杖をついた彼は、横目で私を見つめている。
それだけで、幸せな気持ちで一杯になる。
顔が綻ばないうちに逸らした。
どうしようもなく胸が弾んでる。ウキウキした気分が抑えきれない。
チラッとまた目を向ければ、黒板を見ていた彼は目を合わせてきた。
そして笑みを向けてくれた。
幸せすぎて死んでしまいそう!
欠点がない一切ない完璧って言えるほどのルックスに、優しい性格の彼が、恋人だって!
誰が信じる!?
手で顔を押さえていれば、璃くんが小さく笑い声を溢す。
見れば、青い瞳がまた私を見た。
喋らなかったけど、目を合わせるだけで十分だ。
帰り道は、彼と二人っきりだった。
歩くスピードにはついていけなかったのか、英美達は先に帰ったのだ。
「予知夢以外に何か特技はあるの?」
すぐに質問をした。
彼が嫌がらなければいいんだけど。
「どんな特技があると思う?」
彼は無邪気な笑顔で応えてくれた。
「蝙蝠になる?」
「んー、うん」
本当に!?
苦笑いで、彼は頷いてくれた。
「瞬間移動できるの?」
「ううん、瞬間移動じゃないよ。“普通”に移動してるんだ、人間よりちょっと早く移動できただけ」
「普通?」
まぁ彼にとって普通だよね。笑っちゃうけど。
「どのくらい早く?」
「人間の十倍くらいかな」
想像つかない。
「人間よりは全て優れてると思うよ、嗅覚も視力も……力だって超人だから」
「想像……ううん、理想通りの吸血鬼さんね」
「理想? 吸血鬼がいるって信じてたの?」
「まさか! いたらすぐわかると思ってた……君は嘘が下手」
吸血鬼はいたらいいなぁなんて変な理想作り上げてたけど、彼はあまりにも隠すのが下手すぎる。
「君が鋭いんだよ、いきなり秘密を口にして驚いたよ! それに会ってすぐ、君は命の危機が迫るし……君に嘘をつきたくなかった……ドキドキして何でも話したくなっちゃうんだ」
その言葉に目を丸くした。
彼の言葉を頭の中でリピート。
「君が……私にドキドキしたの?」
「今もしてる、君の近くにいるだけで。初めて目にした時なんて周りが見えなかったよ」
あぁ……もう。私も周りが見えないよ。
だから、どうして貴方はそうすんなり言えちゃうの?
心臓が爆発のカウントをまた始める。
頭が熱でショートしそう。
クスッと璃くんは笑い出した。
「何で笑うの」
「真っ赤だから。君って本当可愛い」
そっと手を伸ばして、私の頬に当てる。
それに少し躊躇いがあったのを、私は見逃さなかった。
ひんやりした手が気持ちいい。
「からかわないでよ」
「からかってないよ、本気で思ってるんだから」
心臓はもうクタクタに違いない。
激しい鼓動、でも嫌ではない。
甘くって優しい時間がずっと続けばいいのに。
もう二つ目の信号についてしまった。
「送るよ」
私が立ち止まれば、璃くんが言う。
驚いていれば、璃くんは笑い出した。
「家まで送ったのも忘れた?」
うそ!? 昨日家まで送ってもらったの!?
あのボロアパートを披露してしまったの!?
完全に忘れてるってわかった彼は、自転車のハンドルを持って私の代わりに転がした。
「だめ……公園のあとから記憶ない」
両手で自分の顔を押さえて、ちょこちょこと璃くんのあとを追う。
彼はおかしいのか、声を殺して笑ってる。
「それで……他に質問は?」
彼の横顔は、薄い笑みを浮かばせていた。
一番、聞きづらい質問を待ってるようだ。
彼の食事。
私は迷った。
だからあえて、違う質問にした。
彼が答えたくないなら聞かない。
「君は不死身?」
ちょっと見開いた目を彼は向ける。
そっと優しく微笑まれて、クラッときた。綺麗すぎて、もう見ていられないくらい。でも視線は外せなかった。
「不死身と言えばそうだよ、永遠を生きれるって言っても過言じゃない」
「……そう、なんだ」
「俺が何年生きたか知りたくない?」
くりっと振り向いて悪戯な笑みを向ける璃くんに、少し肩を震わせる。
彼の青い瞳は、私の考えを読み取ろうとしていた。
「知りたい……けど、知りたくない。かけ離れてたら……」
ショックだもの、なんて言えなかった。璃くんがまた不安そうな顔になることが嫌だった。
「うん……そうだね」
璃くんは、また前を向く。
「……」
いつから、吸血鬼だったの?
気まずい質問だ。
予想も宛にならないだろうし、彼を見つめてもわからない。
「もう質問ないの?」
「あー……んー……」
困って笑う。やっぱり迷う。
彼の食事も彼の吸血鬼歴も訊けない。
璃くんが悲しげに笑った。
「苦手な物は?」
慌てて質問をぶつけた。
「苦手……?」
「ニンニクとか、木の杭とか、聖水とか……」
「最後しか当てはまらない」
肩を竦めて彼は、私の胸にある十字架を見た。
普通のアクセサリーだ。
「これも?」
「吸血鬼は悪魔と同じってこと」
哀しげにまた笑った。
悪魔? 人相が悪く性格が最悪の悪魔が、彼だって言うの?
違う。
彼は例えるなら天使。ミルクみたいな肌も優しくて綺麗な青い瞳だって……天使だよ。
「清められたものは……だめ?」
「そう……太陽もダメなんだ、ちょっと痛くて」
答えた彼は、急に照れくさそうに笑った。
どうしたの、と訊いたら。
「初めてだから、人間に……ましてや恋人にこういうの話せたから」
そう笑った璃くんに、ドキッとした。
恋人とはっきり口にしたのだ。
「ほんと……?」
私は確認してみる。
「うん、君だけ、特別」
璃くんはキラキラした青い眼差しで見つめてきた。
なんて綺麗なんだろう。
「君が怖いと思わないなら、だけど……」
冗談で言う。
「よかったら、明日、俺の家に来ない?」
お誘い。私はうんうんと頷いてみせた。
だって、行きたいと思っていたからだ。
「じゃあ明日ここに来て」
璃くんが指差したのは、一つのマンションだった。
「え、ここに住んでるの?」
「うん、ここの三階だよ。あそこ」
マンションは三階建て。
角部屋を指差した。結構高いのでは?
一人暮らししたくて調べたことあるから知っている。
高校生には高すぎるけれど、彼はただの高校生ではない。
予知夢能力者。お金には困らないらしい。
「わかった。明日行く。何時がいい?」
「君が好きな時間でいいよ。でも早い方がいいな……早く会いたい」
笑顔でさらっと言われてしまい、私は頬を赤らめる。
「じゃあ……十時頃でいいかな」
「うん」
余裕を持っていける時間を指定した。
璃くんに家まで送ってもらう。もうボロアパートに住んでいることはバレてしまっているので。
また明日、と額にキスを受けて、私は家に入った。
ホクホクと熱さを感じたまま、ベッドで眠りにつく。
翌朝は、弟達の朝の支度で目覚めた。いつもならば二度寝をするけれども、今日は別だ。
ベッドから降りた私を見て、妹は「珍し」と笑った。
私はそんな妹達に「いってらしゃい」と見送ってから、朝食をとる。あまり味わっていなかったと思う。
シャワーを浴びて、すっきりさせた。気に入っているシャンプーの香りを嗅ぎながら、ドライヤーで長い髪を乾かす。念入りに乾かし、ブラシでとかした。
服選びに呻きたくなる。何を着ていけばいい?
悩んで悩んで、黒のストライプのブラウスを着ることにした。大人っぽいそれに藍色のスキニーを合わせて決まりだ。そのブラウスに十字架のネックレスがついていたのだけれど、外しておく。
だって、吸血鬼のカレシの家に行くのだもの。
吸血鬼のカレシ。
なんていい響きだろうか。
十分前にはつけるように早めに家を出た。
けれども、十分前は流石に早すぎると思い、ゆっくり自転車をこいだ。
それでも十時の五分前についてしまった。
自転車置き場に、置かせてもらい、階段を上がる。
ピンポンと鳴らそうとしたら、先にドアが開いたものだから驚いた。
璃くんだ。
「いらっしゃい、茜ちゃん」
陽射しを避けるように少しだけ開けたドアの隙間で、微笑んだ璃くんの顔がある。クーラーでもつけているのか、ひんやりと感じた。
「おはよう、璃くん。入ってもいい?」
「どうぞ」
「お邪魔します……」
緊張した笑みのまま、私は入っていく。
やっぱりひんやりしている。
廊下を進むとトイレとバスルームに繋がるドアがあった。
璃くんに続けば、リビングを見る。キッチンがあって、間にカウンターテーブル。ちらっと見えたけれど、フライパンなどの生活用品が見えた。そう言えば、彼はレストランで働いていたと言っていたから、料理が出来るのだろう。人間のような食事もするのかな。
「鞄はカウンターに置いていいよ」
「あ、ありがとう」
言われた通り、私は何も置いていないカウンターテーブルに置かせてもらう。
「何もなくてごめん」
照れくさそうに笑う璃くんは、リビングの真ん中に置かれた大きなソファに寄りかかった。そのソファはテレビと向かい合うように置かれている。
なんとなく、スライドドアが開かれている寝室であろう部屋を見て気付く。そこには、何もなかった。
「あれ? ベッドは?」
「あー……言ってなかったね、俺達は睡眠時間が二時間程度でいいんだ」
「嘘?」
「本当。棺桶がなくて残念?」
私は思わず、璃くんに顔を近付ける。
「それなのにクマがないのは酷い」
「酷いかな?」
気を良くしたように笑う璃くん。そんな彼の顔は、綺麗だ。間近で見つめることに慣れてきたと思いながら、私は璃くんが寄りかかっているソファに視線を落とす。黒い革のソファだ。高そう。
「じゃあ、ここで寝ているの?」
「蝙蝠に変身して天井にぶら下がって寝てる」
「ええ?」
「冗談。ここで寝てるよ」
驚いて目を見開いてしまったけれど、すぐに冗談に笑う。
クーラーに目をやれば、ついていない。厚手のカーテンは締め切られていて、電気だけがついている。
「こうして、人間を招待するのは初めてだ」
璃くんは、首をさすった。落ち着かないみたい。
今日はネックウォーマをつけていないと今気付いた私は、男らしい太い首に注目してしまった。喉仏まである。かっこいい。
キュンとしてしまう。
「正直、何をするか決めてない……何したい?」
「んー。無理に何かするより、テレビでも観てまったりしよう」
「賛成」
真っ黒だったテレビの電源がつけられる。
璃くんに手を引かれて、ソファに腰を下ろす。
並んで座って、テレビを眺めた。
「あ。明日、曇りのうち雨だって。昼間にデートしよう」
「大丈夫なの?」
デートに気持ちが上がる前に、璃くんを心配する。
「大丈夫だよ。例え陽射しが出てても、多少痛いって感じるだけだしね」
痛いってどのくらいだろう。
「俺とデートしてくれる?」
首を傾げて上目遣いをしてきたから、拒めなかった。
そんな仕草も声も、私は弱い。
「喜んで」
そう返事をした。
「どんなデートをする?」
「そうだな……どこに行きたい?」
「私は駅ビルでもいいよ」
テレビそっちのけでデートの計画を立てる。
すぐ近くの駅ビル。ショッピングモールだから、適当にぶらぶらするのもいいと思った。
「茜ちゃん達がいつも遊んでいるところだね」
「そう。璃くんはまだ行ってない?」
「うん」
「じゃあ、案内がてらデートしよう」
そう提案したけれど、璃くんはちょっと浮かない顔をする。
「どうしたの?」とすぐに尋ねてみた。
「初デートだから、俺がリードしたいな」
私の手を握って、そう笑いかける。
「前から思ってたけど、璃くんのアプローチってイタリア流?」
「まぁ、そんな感じかな。父の真似」
父親がイタリア人なのか。そう納得しつつ、私は握り返した。
両親も吸血鬼なのかどうか、それを問うことはまだ出来ない。
「いいじゃん、明日は私が知っているところでデート。次は璃くんのリードで楽しもう」
二回目のデートのことも考えているからなのか、璃くんは喜んだ目をする。また青い瞳が輝いていた。本当に宝石みたいで素敵だ。
「宝くじを当てるって言ったの、覚えているかい?」
「覚えてるけれど、当てなくていいよ。明日は普通にデートしよう。高校生らしく、あまりお金を使わずに」
「んー君に貢ぎたい」
「やだっ」
大金を使い込むなんて、高校生らしくない。
悩んでいるような璃くんに、私は笑いながらも拒んだ。
璃くんは今回ばかりは折れてくれる。
「あと、予知夢はなしだよ。ネタバレはなし!」
「危険がないか、見るのはいい? 毎日君に危険がないか、見ることが日課なんだけど」
予知夢能力者くんが挙手をした。真面目な顔。
「それは許可する」とか言っちゃって何様なんだろう。
いつの間にか、時間は十二時になった。
「お腹空いただろう? 何か作るよ」
「本当? シェフさん、何を作るの?」
「パスタにしようと思うけれど、どうだい?」
私は食べる! と示すために、首を縦に振った。
「寛いでて」
「あー、何か手伝う」
「お任せください、お姫様」
ソファから立ち上がろうとしたけれど、璃くんはお辞儀をする。
お客さんどころか、お姫様扱いなのね。
まぁ悪くない扱い。
でも料理する彼を見たくて、カウンターテーブルにいく。
「レストランで働いてたんだよね?」
「うん。この見た目だから、下働きばかりしてたよ。でも味は保証する」
手慣れた動きで、璃くんは冷蔵庫から材料を出して、鍋やフライパンを出す。そして、私にウインクをしてみせた。
ときめきを感じながら、私は頬杖をつく。
「ということは……いくつものレストランで働いてたんだ?」
「うん。イタリアにロンドンにアメリカ」
彼は相当生きていると確信した。
「なんで高校生に戻ったの?」
「君に会えるから」
たくさん経験したのなら、高校生なんてやり飽きただろうに。
でも璃くんは楽しそうに笑って見せる。
私には理解出来ないかな。学生を繰り返すなんて。勉強嫌いなせいか。
どんなレストランで下働きをしてたのか、璃くんの思い出を聞きながら、手際よく料理をする姿を眺めた。
トマトパスタの出来上がり。
私の分のみ。盛り付けも手慣れた様子でしたお皿を私の前に置く。
フォークを受け取り、早速食べさせてもらうことにした。
「んー美味し!」
「よかった。口に合って」
璃くんはとても嬉しそうに笑みを溢し、私が食べる姿を眺める。
なるべくちまちまと食べたけれど、やっぱり美味しい。
午後はまたソファに並んで、互いの話をした。好きな映画や歌手。そのうち、ケータイに入っている音楽をかけて、璃くんに聴かせる。聴いていたら、歌いたくなって、璃くんは眩しそうに歌う私を見ていたのだった。