猫人族との奴隷契約
ララの主はまだ決まっていないらしい。
仮としてララの所有者である商人がいる。しかし仮なので強制力は薄いようだ。今なら奴隷契約をしてしまえば簡単に上書きができる。
ここで置き去りにされたとして、ララに生きる術はない。だからこそ僕を主にしようとしている。
「どうか、お願いします」
震える声で懇願される。
ミリシャに目を向ける。彼女は肩をすくめた。
「あたしが決めることじゃないわ。レオンがいいようにすればいいと思うわよ」
と、言われても……。そんな簡単に決められることでもないと思うんだけど。
僕が迷っているとララが足元に縋り付いてきた。
「お、お願いします。な、なんでもしますからっ」
ララは必至だ。彼女にとっては正しく死活問題なのだろう。
こんな醜いオークの体になった僕を頼っている。きっと怖いのだろう。それでも助けを求めているのだ。
助けを求められたら応える。それが勇者として戦ってきた僕の信念だ。
ぐっ、と拳を固める。覚悟を決めた。
「わかった。僕でよければ」
ララの表情がぱぁと華やぐ。そんな笑顔を見て、かわいい娘だなと思った。
契約魔法は僕にだって使える。解除ができない以上、これが最善なのだと自分を納得させる。
こうして僕は猫人族のララを奴隷にした。
とはいえ当面の問題が解決したわけじゃない。僕がオークの姿である限り、他人から信頼を得ることは難しいだろう。
「だったらララに頼ればいいじゃない」
「え?」
ミリシャの言い分はララに仲介役を頼めばいいのでは、ということだった。
少なくとも町で買い物くらいはできるだろう。それなら行動の幅が広がるはずだ。
「オークの姿だって隠せばいいじゃないの。ほら、ララに仮面なりフードなり買ってきてもらえばいいのよ」
「なるほど」
そうか。僕がオークだとバレなければいい。それなら顔を隠すだけでもいいはずだ。
「ありかとうミリシャ。思いつかなかったよ」
「本当? これくらい真っ先に思いつきそうなものだけど」
「あはは……、そこまで考えられる余裕がなかったのかもね」
本当にショックが大きかったからなぁ。絶望感が強すぎて自分の姿が受け入れられなかった。
こんな体になってどうしよう。仲間に信じてもらえなくてこれからどうすればいいのかわからない。そんなことばかりが頭の中をぐるぐると回っていた。
オークの体を受け入れて生きていこうとは思えなかったのだ。いや、今だってそうだ。それでも当面の生活のためにも受け入れていかなくてはならない。そうでなくてはこれからの行動自体に支障が出てしまう。
ララの生活のためにも僕が受け入れていかなくては。元の体に戻るのはその後でいい。
「よし、そうと決まれば町を目指そう。宿を取ってこれからのことをゆっくり考えるんだ」
「は、はい」
ララが賛同してくれる。
町に行けばララの奴隷契約を解除してくれる魔法使いが見つかるかもしれない。さらに働く場があれば完璧だ。
ララの生活基盤を作る。それが彼女を救う者としての最低限の責任だ。
「ねえ、もちろんあたしもいっしょなのよね?」
ミリシャがかわいく小首をかしげた。
「もちろんさ。ミリシャがよければだけど」
「もちろんよろしくてよ。……やった、これで養ってもらえるわ」
「何か言った?」
「いいえなんでもないわ」
そんなわけで僕達三人はいっしょに行動を共にすることとなった。
端から見ればオークとエルフと猫人族か。なんともアンバランスなパーティーになったものだ。
さて、泥棒みたいで気が引けたのだが、ララがいた商人の馬車の中にはいくらかお金があった。路銀の確保をさせてもらう。
「別に気にしなくてもいいのに」
気にします。
こうして町に向かって僕達は歩き出した。
とはいえ土地勘がないのでどの方向に進めばいいのか判断できない。それはミリシャとララも同様だった。
とりあえず商人が逃げたという方向を目指してみることにした。ララのことを知られたら厄介なことになりそうだけど、それでも目印がないと困ってしまう。食料だっていつ底をついてしまうのかわからないのだ。まずは町に辿り着くことを優先する。
「レオン、疲れたわ」
途中、ミリシャが弱音を吐いた。まだ大した距離を歩いたというわけではないと思うのだが。
森の中では大丈夫そうに見えていたのに。いや、だからこそか。彼女だって歩きどおしだったのだ。疲れて当然か。
アデリーナ、パウラ、トワネット。あの三人は冒険に慣れた熟練者だ。少し歩いたくらいではへこたれない体力があった。ミリシャに同じものを求めてはいけないだろう。
「じゃあ休憩しながら行こうか。ララは疲れてない?」
「は、はいっ。ララは大丈夫です」
言葉を向ければララは直立不動になって答える。そこまで硬くならなくてもいいのに。まあ出会って一日も経っていないのだからこんなものか。
「だったらレオンがあたしをおぶって歩けばいいのよ。そうすれば休憩なしで進めるわ」
むしろミリシャは段々わがままを言うようになったなぁ。最初僕を見て怯えていたとは思えないよ。
「ラ、ララはそれで構いません。足手まといにならないようにがんばります」
「……」
「……」
健気なララの言葉を聞いて僕とミリシャは顔を見合わせた。
「……休憩しようか」
「ええ、休みましょう」
僕とミリシャの気持ちは一致した。
奴隷に人権がないことくらい知っている。だからってララをつらい目に遭わせる理由にはならない。
ララに無理をさせたくはなかった。彼女はまだ小さい。こんな子が無理をするのが当たり前だなんて思ってほしくなかったのだ。
僕達はこの後もこまめに休憩を取りつつ先を進んだ。
途中魔物にも襲われたので時間がかかってしまった。でも確実に町に向かっていた。
ララと出会って五日後。ついに町が見えてきた。




