助けた少女
ゴブリンナイトに囲まれている一台の馬車。
護衛であろう鎧を身に着けた人が数人倒れている。遠目からでも死んでいるのがわかった。
生存者はいるのか? 少なくとも馬車の周囲には魔物の姿しか見えない。
生きている者がいるとしたら馬車の中だろう。
「行ってくる。ミリシャはそこで待ってて」
「う、うん」
ゴブリンナイトが今にも馬車の中へと入っていきそうだ。僕は急いで駆け出した。
巨体とは思えないほどのスピードで走る。体が大きくなったからか風の抵抗をよく受けた。
「魔物ども! 僕が相手だ!!」
「ギャギャッ!?」
距離が離れている。まずは僕の方に注意を向けさせる。
ゴブリンナイトの目が一斉にこっちに向いた。同じ魔物でも邪魔者と思ったのだろう。各々武器を構えて迎撃する体制に入った。
しかし、僕の敵じゃない!
数は多いが問題にはならない。構わず馬車を襲われたら対処に困っただろう。けれど全員僕へと注意を向けている。
ゴブリンナイトの動きがよく見える。この程度なら攻撃を受けずに勝てるだろう。
一匹ずつ殴り倒していく。取りこぼしがないように必ず一撃で仕留めるように気をつけた。
さほど時間をかけずにゴブリンナイトどもを全滅させた。
「やっぱりあなたってすごいわ」
ミリシャが近づきながら言った。
これでも人族最強の勇者なのだ。このくらいなら一人でも問題ない。
それでも褒められたら嬉しいものだ。わからない程度に胸を張る。
「それよりも馬車の中を確認しよう。誰かいるかもしれない」
馬車は横転していた。なぜか馬はいなかった。襲われた拍子に逃げてしまったのかもしれない。
中を覗き込む。
「商人の馬車だったのかな?」
いくつかの物品が転がっていた。中には剣もある。
「……」
馬車の周囲を改めて見渡す。商人らしき死体はなかった。逃げたのだろうと推測する。
もう一度馬車の中に目を向けた。
「剣……一本くらいはいいよね」
ずっと無手のままで魔物と相対するのはしんどいものがある。武器が一つでもあればだいぶ違ってくる。
僕は馬車の中へと足を踏み入れた。横転しているため少し屈まないといけなかった。本当にこの体はでかいな。狭い場所に入るのは窮屈でしょうがない。
「ん?」
なんか奥の方が動いたような?
目を凝らす。薄暗いけれど真っ暗ってわけでもない。
よく見てみると誰かがいるのがわかった。
「誰かいるのか? ケガはしていないか?」
「ひっ」
奥から聞こえてきたのは引きつった声だった。
誰かいるのは間違いない。もしかしたらまともに声を出せないほどのケガを負っているのかもしれなかった。
僕は急いで奥へと進んだ。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
そこにいたのは小さな猫耳の女の子だった。
※ ※ ※
馬車の中にあった食料を手に入れて場所を変えた。ちなみに剣も拝借している。
こういうところで食料を手に入れられたのは大きい。盗んでいるようで気が引けるが、放置された物資をいただくことはそこまで悪いことでもない。
それに、今の僕では町で買い物をするなんてなかなかできることではない。そもそも町の中に入ることさえ難しいだろう。
……実際に猫耳少女に怯えられている。しょうがないのはわかってるんだけどさ。
そんなわけで今はミリシャが猫耳少女に話を聞いている。オーク姿の僕がいたらまともに話もできない。
「レオン、こっちに来て」
周囲の警戒をしていた僕にミリシャが呼びかける。どうやら女の子は落ち着いたようだった。
「大丈夫なの?」
近づきながらも確認は取っておく。ミリシャは微妙な表情をしながらも頷いた。
「どっちにしてもレオンには慣れてもらわないといけないし。それにこの子をどうするかはあなたに決めてもらいたいわ」
首をかしげながらも彼女達の元へ行った。
「ひっ」
やっぱり怯えられてるんだけど……。わかっていても堪えるものがある。
「ほらほら、ちゃんと自己紹介しなきゃダメでしょ。あなたを助けてくれた人なんだから」
「は、はい……」
猫耳少女が僕を見る。まじまじと見つめてくる。ミリシャの「人」って単語に対しての疑いの眼差しに見えてならない。
それでも彼女ははっとしたように姿勢を正すと自己紹介をしてくれた。
「えっと……ララと申します……」
ぺこりと頭を下げる。恐々といった感じだ。まあ相手がブタ顔のオークなのだからしょうがない。逃げられないだけマシか。わかってはいても泣きたくなる。
「僕はレオンっていうんだ。今はオークの姿になってるけど、れっきとした人族の男だからね」
「は、はい……」
わかっているのかいないのか、ララはふるふると震えていた。
こればっかりは本人に慣れてもらうしかない。僕がどうこうしたってどうしようもない問題だ。
「あのねレオン。ララは奴隷みたいなのよ」
「え?」
奴隷。聞いたことはあるが見るのは初めてだ。
魔法による契約によってその体を労働力として扱う。人を売買するだなんて眉をしかめたくなるけれど、それは人間社会に必要なものだと聞いている。
仕事を円滑にするため。どうしても奴隷という存在は必要なのだそうだ。
「……」
それでもこんな小さな女の子まで。ちょっとどころじゃない驚きが僕を襲う。
ミリシャがうまくララの状況を聞き出してくれた。
まとめると、奴隷となったララはちょうど市場へと向かっていた。その道中でゴブリンナイトに襲われてしまい自分を管理していた商人が馬を連れて逃げ出してしまったらしい。そこに僕達が通りかかったというわけだ。
ララにはすでに奴隷の首輪がつけられており、あとは主が刻印を刻むだけという状態だった。
今は奴隷の首輪で商人の言うことに逆らえないことになっている。その商人に「逃げるな」と命じられていたため馬車の中から出ることすらできなかったのだとか。僕達が連れ出さなかったら馬車の中から出ることすらままならなかっただろう。
一刻も早く解放してあげたい。けれど奴隷の契約を解除するのは言うほど簡単じゃない。
契約は僕でもできるくらいには簡単だ。でもその逆は難しい。
どうしたものか。奴隷である以上ララはその商人の所有物という扱いになる。ただこの場合この子を拾うことになんの問題もない。
「あ、あのっ」
ララが勢いよく立ち上がる。ぷるぷると震えながらも視線は僕に向けられていた。
彼女は決意したような目になる。そして震える唇が動いた。
「ララを……レオン様の奴隷にしてくださいっ」




