仲間との合流
不幸中の幸いか、身体能力はほとんど元の体と変わりないようだった。
それに魔法も使える。ただ一つ使えないのは、勇者特有の力だけのようだ。
聖剣以外にも様々な能力があるのだが、何一つ使えない。
もしかしたら聖剣を使用した時に、勇者の力がすべてなくなってしまったのかもしれない。まだそれは仮定にすぎないのだが。
どちらにせよ、仲間と合流する必要がある。僕だけじゃあ理解に限界がある。
走って走って走り続けた。どれだけ走っても息を切らせることはない。スタミナも元の体と変わりないようだ。気になるのは腹の揺れだけだ。
魔王城周辺にはアデリーナ達の姿はなかった。負傷していたし町の方へ向かったのだろう。
そう思って町の方へと道なりに走る。幸い魔物と遭遇することはなかった。
魔王城から一番近い町、ダルアードが見えてきた。
遠目からでも城壁並みの壁が見える。あの壁は強固であり、幾度も魔物からの攻めから守ってきたのだ。
それに常駐している騎士団の強さも尋常ではない。一人一人がおそらく王国騎士に匹敵する力を持っているだろう。
最強の守りで固められた町だ。まずはここが無事であることに安どする。
門は閉じられていた。外には門番の姿もない。
「おーい! 誰かいないのかー?」
声を張って呼びかける。すぐに反応があった。
「誰だ……おわぁっ!?」
壁の上から身を乗り出した男が驚いて引っ込んでしまう。
無理もない。今の僕は人間の姿ですらないのだ。
でも話せばわかってもらえるはずだ。この町の人とだって仲良くなれた。魔王を倒すと約束したのだ。
まずは僕の現状を報告して、それから魔王を取り逃がしてしまったことを詫びなければならないだろう。
しばらく誰かが出てくるのを待った。
門が開かれる様子はない。魔物の姿だから仕方がないかと自嘲する。
門の前で待ち続けていると、ようやく壁の上に人が現れた。
「あ」
それは一人ではなかった。たくさんの人が集まってきていた。
その中にはアデリーナ、パウラ、トワネットの姿もあった。
彼女達と離れ離れになってから、きっとそこまで日数が経っていたわけではないだろう。
それでも、またこうして出会えたことに涙が出そうなほど嬉しかった。
「僕だよみんな――」
「魔物がこの町に何の用だ!」
アデリーナの厳しい声に僕の言葉は止まってしまった。
今までとは違う彼女の視線。それは敵意に満ちた視線だった。
初めて人から受ける殺気。僕は臆してしまったみたいに喉が引きつった。
だからって話さなければ何も始まらない。話さえできればわかってもらえるはずなんだ。
「僕は魔物じゃない! レオンだ!」
「レオン、だと?」
アデリーナの眉が持ち上がる。パウラとトワネットも反応を見せた。
「何言うてんねん! どっからどう見たって魔物。オークの姿やないか!」
パウラも前に出た。彼女の目も敵意に満ちている。まだ信じてもらえないのか?
「ほ、本当なんだ。僕もどうしてこんな姿になったのかわからない。それでも、僕は勇者レオンだ!」
壁の上にいる騎士団の人達がざわざわとざわめく。
これでわかってもらえる。僕はそう思っていた。
「そんなの嘘だわ!」
僕の楽観的な考えは、トワネットの大声によって砕かれることとなる。
「魔物の中でも知性があれば人の言葉を話せるわ。さらに狡猾な魔物なら人の屍から記憶を読み取ってその者になりすます個体がいると聞いたことがあるわ」
「ほ、ほんまかいな」
「ええ。司祭様から耳が痛くなるくらい聞かされたことだもの。間違いないわ」
パウラが驚愕する。トワネットの話を聞いたアデリーナの目がより一層吊り上がった。
「テメェ……まさかレオンを?」
「レオンは聖剣を使うつもりだったわ。だとしたら命を落としていても不思議じゃない。たぶん、そんなレオンからあいつは……」
トワネットが両手で顔を覆う。
完全に誤解だった。でも、ここまで言われて僕はどんな言葉で説得すれば信じてもらえるのだろうか?
どう言葉を重ねればいいのかわからなくて、口をパクパクさせてしまう。
そんな僕の前にドン! と衝撃が起こった。砂埃が舞う。そこにいたのは戦士のアデリーナだった。
「テメェ、タダで死ねると思うなよ」
「ち、違う……。僕は本当にレオンなんだ。信じてくれアデリーナ」
「まだ言うか! この魔物風情がっ!! アタシの名を軽々しく口にするんじゃねえ!!」
裂ぱくの気合とともにアデリーナから一撃が放たれる。それは確実に命を刈り取ろうとするほどの一撃だった。
それを何とかよける。
「やめてくれ! 僕はみんなと戦いたくない!」
「その口閉じろや!」
「っ!?」
咄嗟に横っ飛びでかわす。僕が元いた位置に炎の魔法が着弾していた。
「パウラ……そんな……。信じてくれ……本当なんだ……」
アデリーナに剣を向けられる。パウラに杖を向けられる。そして、トワネットから憎悪に満ちた目を向けられた。
「レオンを返せ! この化け物!!」
トワネットのこの言葉が引き金になった。
騎士団も僕を敵とみなしたようで攻撃を仕掛けてきた。
みんなを傷つけるわけにはいかない。僕は必死になって声をかけた。傷つけられても声が枯れるまで僕は勇者レオンだと叫び続けた。
しかし、信じてもらえることはなかった。
いくらなんでもアデリーナとパウラの攻撃を受け続けるわけにはいかなかった。
僕は命の危機を感じ、仲間から逃げ出してしまったのだ。
走って走って走り続けて、気がつけば誰もいなかった。
誰もいない森の中だ。僕はようやくしゃがみこんだ。その瞬間、涙が零れた。
「あ、あぁ……うああああああぁぁぁぁーーっ!!」
信じていた仲間に信じてもらえなかった。それを理解した時、もう涙は止まらなくなっていた。
そして、汚らしい声を精一杯上げる。僕は僕とは似ても似つかない声で泣き続けるのだった。




