プロローグ②
僕達勇者パーティーは魔王城に突入してからもたくさんの魔物と戦った。
魔物の巣窟と言っても過言じゃない場所だ。それくらいの覚悟を僕達はすでに持っている。
戦って、戦って、戦い抜いた。そして、ついに魔王の前に僕達は辿り着いたのだ。
「よくぞここまで来たものだ。褒めてやろう。だが、ここが貴様らの墓場となるのだ!」
魔王は異形な姿をしていた。
どこに手足があるのか判別できない。それでいて目は体の至る部位に存在していた。どう表現したところでおぞましい姿としか言えない。
だからといって恐れているわけにはいかない。なぜなら僕は人類の希望を託された勇者なのだから。
「僕の名はレオン! 貴様を倒す勇者と知れ!!」
腹に響くほどに不快な魔王の声。それに負けないほどの声量でボクは叫んだ。
「勇者様がそう言ってんだ。アタシらがびびってるわけにはいかねーな」
アデリーナが僕の隣に立つ。剣を構え魔王を威嚇する。
「うちらの大将にばっかええかっこさせられるかいな。師匠直伝の魔法、余すとこなく見せたるわ!」
パウラの魔力が室内に充満する。これほどの魔力なら魔王だって脅威を感じざるを得ないだろう。
「私達は神に選ばれた魔王を討つ者です。レオンがいる限り、絶対に負けないわ」
トワネットが祈りを捧げる。僕達全員に力が漲ってきた。
誰一人として魔王を恐れてなんかいない。いや、一人だけだったら恐怖に支配されていたかもしれない。だけど僕達には信頼できる仲間がいた。
みんなとの絆があれば魔王なんて怖くないのだ。
「人間風情が。小癪なり!!」
僕達の最後の戦いが始まった。
※ ※ ※
戦いは熾烈を極めた。
アデリーナが剣を振るう、パウラが魔法を放つ、トワネットが祈りを捧げる。
そして、僕は勇者としての力を存分に引き出した。
神から魔王を討伐するための勇者として選ばれた僕には様々な加護があった。その加護のすべてが僕を人類最強と言わしめている力の源泉だ。
だけど魔王は強かった。僕達が想定していたよりもずっと強かった。
攻撃のことごとくが弾かれる。逆に魔王の攻撃は確実に僕達を追い詰めていった。
「くっ、やはりアタシらの力じゃ魔王を倒せないのかっ」
「諦めんなや! うちらにはレオンがついとる。レオンを援護するんや!」
「魔王を討ち滅ぼすためにはレオンの力が必要なのよ。私達では届かないかもしれないけれど、レオンなら大丈夫だわ」
三人が僕に力をくれる。
みんなが傷つきながらも確実に魔王にダメージを与えていく。勇者パーティーとして旅をしてきた中で、彼女達は強くなっているのだ。それは魔王に脅威を感じさせられるほどに。
「くぅっ! 小癪なり! 小癪なり人間どもがぁっ!! 我の邪魔をするでないわっ!!」
魔王が咆哮を上げる。強大な闇魔法が僕達を吹き飛ばした。
「こ、これはっ!? ぐぅっ!」
咄嗟に光魔法で対抗する。勇者にのみ与えられた光魔法なら魔王の闇魔法にも負けないはずだ。
光と闇がぶつかり合い、混沌の衝撃となる。
大地を揺るがすほどの力だった。特別な構造物である魔王城でさえところどころに亀裂が走る。
この瞬間、僕は悟った。魔王を倒すためには僕自身の命を懸ける必要があるのだと。
チラリと仲間の顔を見る。アデリーナも、パウラも、トワネットも、僕を心配そうに見つめていた。
みんなは大切な仲間だ。絶対に死なせたくない。
そのために懸ける命なら惜しくなんてない!
「……みんな、ここから逃げてくれ」
「な、何を言ってんだレオン。こんな時に逃げるなんてできるわけねえだろ」
「そうやで。レオンを置いて行けるかいなっ」
「レオン、あなたまさか……」
トワネットは僕の考えに気づいたようだ。
「……聖剣を使う。下手をすればこの魔王城だってタダじゃ済まないだろう。僕はみんなに死んでほしくないんだ」
「でも聖剣を使えばあなたは……っ」
トワネットが悲痛な声を出す。僕の身を案じてくれているのだろう。
「聖剣なんていらへん! うちらの力を合わせれば魔王やて倒せるはずや」
「パウラだって感じただろう? 魔王の尋常ならざる力を。あれに対抗するためには聖剣が必要なんだ。それは君が一番わかっているはずだよ」
「うっ……」
パウラは黙り込んでしまう。彼女はトップクラスの魔法使いだ。魔力感知に長ける彼女なら僕達と魔王との戦力差に気づいたはずだ。
「……レオンは、覚悟しているんだな?」
「もちろん。勇者になった時から覚悟なんてとっくにできていたさ」
「……わかった。二人はアタシに任せろ」
「うん。お願いするよアデリーナ」
「……絶対に勝てよ」
「当然だ」
戦士であるアデリーナは僕の覚悟を受け取ってくれた。誰よりも戦場での死を覚悟していた彼女だ。きっと僕の覚悟を受け入れてくれると思っていた。
「パウラ! トワネット! 行くぞ!!」
「せやかて……」
「でも……」
アデリーナがパウラとトワネットの手を引く。けれど二人はそれに対して少しの抵抗を見せた。
それが僕を大事に想っていてくれたのだろうとわかったから。こんな時にも関わらず嬉しくなってしまう。
それでも今は逃げてほしかった。アデリーナもそれはわかってくれている。
「アタシらがここにいたってレオンの足手まといにしかなんねえんだよ!! 今できることは、レオンが力のすべてを尽くせるようにアタシらっていう不安を取り除いてやるだけなんだ!!」
アデリーナの一喝。二人ははっとした顔になり、最後には涙を流した。
「ごめんなレオン。うちは最後までレオンの力になりきれんかった」
「レオン……、私にもっと力があれば……本当にごめんなさい……っ」
最後に謝罪か。謝らなければならないのは僕の方なのにな。
僕は笑ってみせた。最後くらい、笑顔を覚えてほしかったから。
「僕こそ約束を守れなくてごめんね。それと、今まで本当にありがとう」
ここまでずっと同じ目的を持って歩いてきた仲間達だ。これが別れになるのはつらいけれど、彼女達が生き残ってくれるのなら後悔はない。
僕の笑顔につられてか、三人は笑ってくれた。よかった。最後にみんなの最高にかわいい顔が見られて本当によかった。
三人は魔王の間から出て行った。この場にいるのは僕と魔王だけだ。
「ほう、我に挑もうというのに仲間を逃がすとはな」
「逃げるまで黙って待っているとは思わなかったよ。なんで見逃してくれた?」
「ふん、ザコには用はないからだ。人類の希望である貴様さえ倒せばどのみち人間どもに残るのは絶望だけだ」
「そんなことはさせない!」
僕は自分自身の中にある勇者の力をありったけ引き出す。
そうして現れるのは光輝く剣。勇者にのみ許された聖剣である。
「なっ!? まさかそれは……っ!」
魔王が驚愕でいくつもある目を見開かせる。
奴にも感じ取れたのだろう。この剣に秘められた強大すぎる力の本流を。
僕は目の前に現れた聖剣を掴む。
「そうさ。これが勇者の切り札、聖剣だ!」
聖剣。勇者の力をすべて注ぎ込むことによって現れる光の剣。その光の太刀は闇の支配者である魔王すら消滅させることができる。
だが、この聖剣には一つだけ問題があった。
それは勇者の力とともに、その命さえ使ってしまうことである。一撃で魔王を滅ぼす力があるとともに、たった一撃を放つだけで勇者は命を落としてしまうのだ、
だから仲間からは使用するなと言われ続けていた。そのためにみんな力をつけがんばってくれていたのだ。
みんなは僕に聖剣を使わせないようにしていた。できるなら僕も聖剣を使わずに魔王を倒したかった。
だけど、魔王を倒すためにはもうこれしかない。
ここで僕は命を落としてしまうだろう。でも、それで世界が平和になるのなら悔いはない!
「最後だ魔王! この一撃がたむけと知れ!!」
「な、何ィッ!? ぐおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!」
僕は、全力で聖剣を振った。
光の斬撃が魔王を襲う。闇の波動が放たれるものの、聖剣の力の前では無力だ、
闇の波動ごと魔王を斬る! ……そのはずだったのに。
「ま、魔王様ぁぁぁぁぁぁーーっ!!」
魔王と光の斬撃の間に飛び込んできたのは、たった一匹のオークだった。
ブタ顔のオークだ。牙があり、腹が出ている。醜悪な見た目をしているものの、勇者パーティではすでに敵ではない魔物だ。
なのに、なぜ今ここで出てきたというのか!?
「オラは魔王様を守るんだぁぁぁぁぁぁーーっ!!」
ただのオークの叫び。それは彼の強い意志だった。
光の斬撃がオークごと魔王を貫く。まばゆい光がすべてを包んだ。
次に目を開けた時、天井がなくなり魔王城は半壊していた。
そして、魔王は……体の半分が消し飛んでいたものの、確かにそこに存在していた。
「なっ……!? バカな……」
たった一度限りの聖剣の一撃を、魔王は耐えきってしまったのだ。
「ぐぅ……。あのオークめがいなければ我は消滅させられていたであろう。……感謝するぞ」
「そんな……」
最後の最後で僕は失敗してしまった。たった一匹のオークのせいで魔王を討ち取れなかったのか。
一気に力が抜けていく。命を使い果たしたのだ。直に死が訪れるだろう。
「ぐはっ! まさか我がここまで追いつめられるとはな……。聖剣の力か。このままでは我は消滅してしまうだろう。だがまだ死ぬわけにはいかぬのだ」
魔王はひらりと宙に浮いた。
「ぐふっ……。ここは体勢を立て直すこととしよう。ではな勇者よ。もう貴様とは会うことはないであろうがな」
「ま、まて……っ」
魔王は転移魔法を使ったのか消えてしまった。
まさか聖剣を使って仕留め損なうとは。あのオークが間に入らなければ魔王を倒せていたはずなのにっ。
何を言おうと僕は魔王を倒すことができなかった。それが事実。勇者として、役目を果たせなかったのだ。
もう立ってられるほどの力もない。膝から崩れ落ちる。
抜けていく力の代わりに胸中に広がるのは無念だった。
ごめん……。アデリーナ、パウラ、トワネット。君達は生きてくれ。
その思いを最後に、僕は意識を手放した。
これで死んだと思った。最後だと思ったからこそ、目が覚めたのはそれだけで驚きでいっぱいになってしまう。
でもすぐにそれ以上の驚きを味わうこととなる。
だって目が覚めた僕の体が、ブタ顔のオークになっていたのだから。




