次の目的地は? 3〜ヴィアンとの決着をつけろ 1(挿絵追加)
理由はどうあれ、レベルが上ったということでメイが嬉しさを表現する。
「やったーー!!」
急に叫んだのでトムとグレイが被害を被った。
「急に叫ぶなよ……耳が痛い」
「だ~て、嬉しいんだもーん」
嬉しかったら喜びを体で表現すべきじゃない? とメイがトムとグレイを誘う。
「そら、嬉しいけどさ……」
「じゃあ皆で叫ぼうよ!」
グレイから本音が聞けたので、メイが一緒にやろうよと誘った。トムも道連れにしてほしそうだ。
「じゃあみんなで叫ぼうよ!」
「え~~、迷惑だろー」
当然宿屋内なので、大声なんて上げてしまったら店主に自分達以外の宿泊客からヒンシュクを食らってしまう。下手すれば宿屋から追い出されることだってあり得るだろう……トムもそれくらい考えられる頭はある。でもメイを納得させる方法として妥協案を出した。
「じゃあちょっと小声でやろうぜ! せーの――」
トムの掛け声に合わせて、遠慮がちに3人ともが嬉しさを表現する。
「やったーーーー!!」
みんなスッキリしたという表情になった。
「さ……ヴァルマーじゃなかったな……ヴィアン戦に向けて休息しよう」
余韻に浸るでもなく、変わり身の早いグレイの一連の動作にちょっとズルッという感じでコケてしまう。
「おやすみ~~」
朝、スズメのさえずりが部屋に響いた瞬間「ん……」トムが目を覚ましかけている。
あくびをして、腕を伸ばすことで体の覚醒を促した。目覚めの良い朝だったので、すぐに起き上がってカーテンを開けるのを難なくこなす(いつもならまどろんだ状態でそんなことをするタイプじゃないのだ)朝日が部屋の中に差し込む。
「んん~~いい朝だ! 戦うにゃ絶好の日和だぜ!」
朝日が射しこんできたので、眩しさからかメイとグレイがほぼ同時に起きた。
「ん~~もぉ~~もうちょっと寝かせてよー」
この言動からもわかる通り、眠い時はなかなか起きたくない気持ちからメイは布団の中に潜ってしまう事実があるようだ。
逆にグレイは目覚めが良かったらしく、宿や備え付けの時計を確認した。
(見……見えねぇ。あっ、そうか。僕ったら眼鏡をかけてないじゃん)
恥ずかしい気持ちを表情に出さないように平静を装って眼鏡をかけて時計を見たら目がテンになった。
「ど……どーしたの? グレイ」
様子のおかしい兄にメイは何かあったのかを聞く。
「ぼ……僕達って眠ったのは何時頃だったっけ?」
「ん~と、あ~~~~……夜の8時くらいだったような??」
「えっ!?」
メイが宿屋の布団から飛び起きた。身だしなみがどうとか女の子としては気になることはあるけど、今はそれより今の状況を優先した。
それというのも、時計の針が朝の9時を指しているからだ。
「わ~~、寝すぎ! 寝すぎたせいでまだ眠気が……ヴィアン戦に向けて余裕を持ちたかったのに~」
グレイはすでに諦めの境地に入っている。
(こりゃ飯抜きだね)
メイが『テレポート』を成功しやすいと調べて気付いた時間の予定をグレイが確認した。それなら予定を先延ばしにすればいいという考えはもっともだが、彼らは即断即決の行動をしないと上手くいかないというジンクスを持っているので慌てているのだ。しかもメイの『テレポート』能力はこの時間以外安定しないという事実があったりする。まだ能力を扱うのに力量が足りないのかもしれない。
「なー、メイ。僕ら...…何時に行く予定だったっけ?」
「9時30分よ!! え~ん、もうっ。寝ぐせを直して……顔洗って……ちゃんと武器防具装備を確認して……よしっ!」
「僕もOK」
「俺もだ」
慌ただしい中の30分なんてあっという間である。主人公らしく、双子ちゃんの思いもこぶするかのように掛け声をあげた。
「さー! ヴィアン戦に向けて行こうぜ!」
双子ちゃんが声を揃えて、手を天に向ける。
「おーーーーーーー!」
「さっ、あたしにつかまって」
テレポート!
だが着地にまで気が回らず、3人とも無駄な痛みを味わってしまった。
「い……てて。ここがヴィアンの家なのか」
「そうみたいだね」
しかも、トムとグレイは痛みをあまり感じないと思っていたらメイを下敷きにしてしまっていた。当たり前な事に、メイが早く退くように2人の男に怒りをぶつける。
「どーでもいいけどさ……。あんたら……どいてよ~~っ!!」
(バ……バカ! 大声出すなよ)
やってしまった事にはすごい勢いで頭を何度も下げて男2人ともが謝罪しつつも、今の状況からトムがメイの口をおさえる。「むぐ~~~~っ!!」と言葉を発せなくさせられて、怒りをどうにか抑えたメイが彼を恨みがましい目で見ながらも甘んじて受け入れた。それというのも、家の中の誰かが気配を察して外を見る気がしたからだ。
それに気付いたのはデュアである。一応ヴィアンに確認してみる。
「ねぇ、家バカ(こう呼ぶことにした)何か今、聞こえなかった?」
空の上にある以上、そんな物音なんて風の音くらいしかないだろうと思っているヴィアンは興味がなさそうだ。念の為に確認をしますかと天馬が訊ねると、どうでもよさそうに受け答えした。
「気のせいだろ」
(ご主人、私が見てきましょうか?)
「おーっ、シーオン。気になるなら頼むか」
ドアを開けて家の周囲をシーオンが一応見渡す。
(人影や風の音も感じませんでしたが……)
「そうか……そなたの空耳なのだろうな」
耳の良さに自信があるデュアが余計なことまで口走ってしまった。
「聞き間違いなんかじゃないよ!! しっかりメイの声が……」
一瞬意表をつかれたという表情をしたかと思ったら、面白い状況になるかもしれないとヴィアンが含み笑いする。
「なっ、何。この娘を助けに来たというのか……。フフフ、面白い」
返り討ちに合わせる想像をふくらませたヴィアンが不敵な笑みを浮かべた。
「何が面白いのよ!」
デュアの質問には答えず、そいつらがこの場を邪魔しに来る前に全てを済ませてしまうかとヴィアンがデュアに覚悟を求める。
「そなたには悪いがそろそろやらせて頂く」
ほんの僅かでも時間を稼げないかと、デュアが聞くまでもない事を質問した。
「や……やるって何を……?」
余興に付き合ってやるというつもりで、わざとデュアに理解しやすいようにゆっくり話すヴィアン。
「もちろん『優しい心』をそなたから手に入れることだよ!」
身をよじって抵抗の素振りを見せるデュアの意識を魔術によって気絶させる。
「やっ……」
ブレイク・ダウン
抵抗できるはずもなく、対抗策も見出だせないままデュアは気絶してしまった。
(ご主人。本当にやるのですね……)
今ならまだ間に合うかもしれないという感じのシーオンの口調――
「ここで引き下がるわけにはいかん! 私は最初から魔族というわけではないのだが、どんな理由かはともかくとしても魂を売ってしまったのだから……」
シーオンは決意の固いご主人を見守ることしか出来ない。
(ご主人……)
人間だった記憶から決別するかのような、最後の謝罪になりそうなヴィアンの一言。
「すまぬ! 娘!!」
胸の近くを剣で刺して……といってもまずは服を切り破いていく。ヴィアンの作業は刻々と進められていった。
うう……
脂汗を浮かべながらヴィアンが苦悶の表情を浮かべる。
(ご主人……苦しいのですか……?)
シーオンの問いかけに、淡々と自らの体に起こっている異常を伝えるヴィアン。その理由はわかっている、人間としての尊厳を最後まで守り通したいという信念が体を蝕んでいるのだろうと予測できた。
「う……ああ……少し……な。どうも胸がしめつけられるというか……どう表現すべきか……。体が拒否反応を起こしている……か?」
完全に魔族になると決意したヴィアンをシーオンは後押しするしかない。
(ご主人!! 何を言っているのですか……! あ……あなたはクジャク様を裏切るおつもりですか!? そんな事をしたらご主人が……)
「わかっているさ、シーオン……。だけど私の体が拒否してしまっているのだ!! ああ、どうしたら……!?」
その解に答えられているか定かではないが、魔族としての道を進むと決めたのならシーオンはヴィアンに付き従うのみだ。
(甘ったれていてはダメですよ!! 私達は魔族になってしまったのですから)
苦しい思いをしながらも、ヴィアンが魔族のプライドの方を優先するため迷いを断ち切ろうとしていた。
「そうだな。私達にはもう……優しい心なんて存在しないのだから……」
シーオンは本音は別にしても、ヴィアンの決意したことを支持するだけである。
(そうです!! ご主人!! その粋ですよ!! さあ、早くやらないと……)
操り人形として自分のそばにいてもらうかと決めるヴィアンが、デュアの『優しい心』を取り出そうとする。しかし、ギリギリのタイミングでトム達3人が待ったをかけた。
「よし!! さようなら……美しいそなた……。せめて……せめて私のところに一生いてもらうとするか」
「そうはさせねーぜっ!!」
デュアの仲間達が辿り着くまでには全てを終わらせるつもりだったので、ヴィアンは少しでも動揺する。
「!?」
普通の人間に雲の上にあるこの家まで来れるわけがないのだから、天馬も困惑していた。
(な……なぜ、あなた方がここへ……!?)




