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天国  作者: 揺リ
2/11

確か朝、開店後すぐだったと僕は記憶している、強盗は正面の自動ドアから突然入ってきた。突然だった。まあ、強盗の出現というのは大体の場合において予測はしにくいものなのでその辺りはいいのだが、その光景も今思えば、駆け出しの映画監督が売れない俳優、女優を集め、「ちょっと映画撮りたいから、頼むわ」と知人、親戚にエキストラ役をお願いして撮影した低予算シーン、みたいな感じで滑稽なのだが、その場に居合わせた全員にとって強盗の出現は予期せぬものであり、細部までは覚えていないが世間の給料日だったのか客の数は多く、言うまでもなく人々は大混乱に陥った。素人エキストラにしては皆、良い仕事をしていた。

エキストラは良かったが、強盗が大根というか、茶色のニット帽にサングラスにマスク、というB級感で、まあ元々が地方の低予算映画なのでそれはいいのだが、第一声が「全員、殺したる」とか何とかで、横暴で品が無く、威厳に欠けた。素人ドッキリとか言った名目でいかにもヤラセ、ということが見え見えの茶番を見させられている時のような感じで、興醒めした。

なので、外貨預金がいかに魅力的かということについて客相手に説いていた僕は強盗が持っていた銃もどうせおもちゃだとすぐに分かったので勿論手をあげたりはせず、間寛平先生のギャグを思い出せる範囲で一つ一つ思い出すなどしつつ、冷静に思考を働かせつつ、決して恐怖のためではなく偶然にも大便と小便を同時に漏らすなどしつつデスクの下に取り付けられた警備会社直通の非常警報ボタンを押そうと手を伸ばすと強盗の顔がこちらを向いた。サングラスをかけていたのでよくわからないが恐らく目があっていた。奴は真っ直ぐにこちらへ歩み寄り、僕の隣にいた女性職員に銃をつきつけた。

「余計なことしなや、この女にバン、やるぞ」強盗ははっきり僕を見て、言った。僕はすかさず、

「なんて酷いことを、腕力の弱き女性を人質にとるなど卑劣の極み、貴様の行為は軽蔑に値する。おい、今すぐその女性から離れろ、汚い手を離せ。そして銃を向けるなら俺に向けろ、このろくでなしの腐れ外道」とは言わず、僕じゃなくて良かったーと思いながら「あ、すません」といって両手を高くあげた。こういった場合は無暗に犯人を刺激せず、また、おかしなヒロイズムを掲げたりせず、言うとおりに従うのが最善なのだ。

「おい、分かったな、全員。何か変な動きしたら、この女の命ないからな、分かったな」

強盗は、制御不可能になったダムの濁流のように涙と鼻汁を流しぶるぶる震えている女性職員の喉あたりに銃の先を向けながら、そう言ってぐるっと店の中を見回した。僕も一緒になって、その視線を追った。強盗がやってきてからその時初めて店内を見たわけだが、一様に両手をあげた人々が超自然的な力によって起こった海流の変動により突如岩場に叩き付けられた深海魚みたいな顔をしていた。異常に水膨れしているように、見えた。

警備員はこういう時何してんねん、と思って警備服を着たおっさんを見ると、同じように深海魚っぽかった。それがすごく嫌だったし、見てしまったことを後悔したし、彼の給料が気になった。とても。

ここからは推測だが、この後強盗は、強盗らしく女性を盾にしながら金を要求しカウンター越しに札束を受け取り逃走、という構想を思い描いていたに違いないが、それを阻む不測の事態が起きた。

ATMコーナーにびっしりと並ぶ深海魚の中に、入り口に一番近いところで、「手えあげろ」という指示に従わない男が一人、いた。ジャージにサンダル履きという田舎臭い出で立ち。顔の大きさに不釣り合いな程のデカい、黒いサングラスが何とも不細工だった。男は片手をポケットに入れ、あろうことが煙草を吹かす、という非常識な行動を取っていた。銀行内というのは昨今ほとんどの店がそうであるように全面禁煙であるにも関わらず、この男は一体何を考えているのか。

お客様、並びに職員全員の命の安全を最優先に考えていた僕は、何を考えとるんじゃボケナス、恰好つけてんのか知らんがこいつの言う通りにせんかい、俺が撃たれでもしたらどないしてくれんねん、さあ、何でもええから手をあげろ!Raise Your Hands!じゃなかったらお前だけ撃たれて死ね!と念を送ったが遅かった、強盗がその男に気付いた。

「おい、おい、そこのお前や。何考えてんねん」強盗の銃口が職員のお姉ちゃんから、煙草野郎に向いた。サングラスとマスクの隙間から除く皮膚から、焦りのオーラが噴出していた。「何考えてんねん、撃つぞ、ほんまに撃つぞ、俺の言う通りせんかったらやるぞ、まじでやるぞ」

銃口を向けられ、まじでやるぞ、と言われた当の男はそれを無視して煙を吐き出した。僕のところからでは表情までは良く分からなかった。みんなと一緒になって犯人の言いなりになるのが嫌だ、という全く無益なこだわり、所謂「はみ出し者のオレ、カッコいい」というポリシーを貫くために命をも惜しまない馬鹿なのか、或は恐怖のために気が狂っているのか、検討がつかなかった。

誰もが二人を見守った。

その空気が耐え難い程の圧力で皆を締め上げた。首から下を鋼鉄でプレスされているような。締め付けられ、臓器がせり上げられ、やがて血液を纏った塊が口から飛び出した。肝臓だろうか、それとも胃だろうか。見るとそこいら中に似たような造形の赤黒い塊が散乱している。やはり皆プレスの圧迫に耐えられなかったのだ。飛び出したばかりの内臓はうねったり小刻みに震えたり床を這ったりして動き回っている。突然体外へと放り出され、何が起きているのか分からず困惑しているようにも見えたし、ただ呑気に遊戯しているようにも見えた。おや、あそこでぴちぴちと跳ね回っている小さいのは、母親の手をしっかりその小さな手で握っていた幼児のそれだろうか。流石に若い内臓は新鮮で活きが良く、水揚されたばかりの鰯のようだった。

「やってみんかい」男はそう言った。ヤッテミンカイ?と僕は思った。言葉の意味を僕はその時理解しかね、ただ頭の中でひたすら反響していた。僕はそれに聞き入った。動き回る内臓を拾い集めることも忘れて。

「やってみんかいって、お前。え?びびっとんのか。そんなおもちゃで俺の(たま)はとれへんぞ、やれるもんならやらんか。今すぐ、ほら来いや、来いって。ほらほらほーら」

オーケー、分かった。お前だけ撃たれて死ね。

奇遇にも僕と強盗の思考はシンクロしたらしく、引き金が引かれた。強盗は何かを喚いていたが、銃声に消えた。凄まじい音だった。

当たり前だが弾は全く目にとまらぬ速さで、誰かが何かを考える隙も与えない内に、男の煙草を持っていた方の腕、それも二の腕の辺りへ埋まっていったらしかった。

僕はその時のことを思い出すといつも、煙草が男の指から離れ、地面に落下するまでの映像がやけにスローになって頭の中に現れた。ばらばらっと離れた手の指、そして吸いかけの煙草が、白い床へ向かって吸い込まれていくわけだが、その様子にはどこかしら決意のような物が感じられた。そして床へ、着地、細かい灰が、何か申し訳なさそうに飛び散った。わずかに。スロー・モーション。

馬鹿げた話だ。そもそも僕は、コンタクトレンズをつけていても両目共に視力が〇.五程しかなく、思えば僕のいた場所からは十メートルも離れていない店の入り口付近に立っていた男の表情もよく見えていなかったというのに、煙草が落ちて行く様が細部まで見えていたはずも無かった。あたかも記憶のような顔をして図々しく出張って来る件の煙草落下シーンは、後になって僕の脳が作り出した単なるイメージに過ぎない。こういうことを言うと、それは使い古された在り来たりな説明だ、とか、きちんと根拠はあるのか?とか、お尋ねになる論理的でロジカルな思考をお持ちの方も少なからずいらっしゃるだろうが、では僕からそういう方々に申し上げたい。土突きまわしたろかい。

言うならば、どちらでも言いのだ。何かの弾みによって僕の秘められた能力が覚醒し、その時だけ劇的な視力を発揮したというのが真実だったとしても、僕にとってはどちらでも良い。僕は現に今も目が悪く、視力は落ちる一方で、目の中に丸く透明な異物を入れ、不快な思いをして過ごしている。レーシック手術は怖いのでこれからも受けることはないだろう。僕の気持など、誰にも分かるまい。

どちらにしろ、男の手から煙草はすり抜けて落下し、僕はその後気絶した。

もっと厳密に言うとその直後、思考が現実から遮断された、というわけではなく、どちらかと言えば、泥沼に放り投げられた石がゆっくりと沈んでいくような、水の中で氷が徐々に溶けていくような、そんな感じの穏やかな気絶だった。まず、視界が〇(ぜろ)になった。文字通り目の前が真っ暗になる、というやつで、黒い遮光布を頭から被せられたように、全く何も見えなくなった。次に方向の感覚を失った。上下左右の区別が全くつかなくなり、無重力空間に突如放り出されていた。体はバランスをなくし、僕は自然と立っている事ができなくなったわけだが、仰向けに倒れたのか、うつ伏せに倒れたのか、はたまた宙に浮いたのか、分からない。頭を打ち付けた痛みが無かった。或は痛みを感じていたことを思い出せない。

その後、銃声が一発あった。僕はその時、自分が撃たれたのだと思った。死ぬのかあ、嫌だなあ、といったことを考えようとしたが考えるのも面倒だった。誰かの悲鳴が聞こえた。どこから声出してんねん、と言いたくなる感じの悲鳴だった。

店内は大騒ぎになっていた。僕の耳には、まるで室内プールの中にいるように、ぼわんぼわんと膨張し収縮している音声が入りこみ、それが奇妙に心地よかった。何でや、頭撃ちよったぞ、死んだんか、怖い、怖い吐きそう、子供は見るな、見たあかん、誰か倒れてる、誰か警察、先に救急車も、早く、早く。

どこか遠い、遠いところで、泣きわめく男の声が聞こえた。嫌やー、死ぬのは嫌やー、助けてくれ誰かー、痛い、痛い。

僕はそれが、腕を撃たれた男の声だと分かった。さっきまで、それもつい何分か前まで強盗相手にあんなにイキっていた男が、死にたくない、痛い痛いと喚いている。暖かい湯の中に、全身がすっぽりと覆われて行くような感覚の中で、確実に意識を失っていきながら僕は本格的に思った。あの男は阿呆なのだろうか?生きている間は誰にも屈したくないし良い恰好もしたいから、現状に抗う、歯向かう、突拍子も無い行動を取る、就職せずギターを持って上京するなどする、イキる、けれど痛い目にあった途端、幼児のように喚き、命乞いする。あの男は阿呆なのか、それともあれが人間らしい、ということなのか。だとしたら、嫌やなあ、すごく。

何にせよこの果てしない阿呆が探偵で、これが僕と、探偵の出会いだった。友人との出会い方として、珍しいと言えば珍しいし、有りがちと言えば有りがちかも知れないし。


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