2話 猟犬は黙々と狩場に出勤する。俺マジ尽くす男
部室を後にした俺はひとり自問する。
先輩といい感じに見つめあっていたと思ったら、いつのまにか…いやいつも通りといううべきか、お使いを頼まれていた。
何をいってるかわ、まあ、理解できるのが悔しい。くそ、なんだそれ。
あれ?これ先輩にいいように使われていない?いわゆるパシリってやつじゃない?
寝起きの無防備で可愛い天使の笑顔を見られたことに動揺して、また安請け合いしたんじゃない?
まじかよ、こんなのまるで都合のいい男扱いじゃないか!
いや待てよ?一応いい男扱いされている?
まじかよ!?先輩、俺にデレデレじゃないか!!!
明日あたり、出会いがしらにスカートを脱ぎさらって、俺を誘ってくるんじゃないか?
ビッチにもほどがあるだろ!!!
俺としてはおしとやかな大和撫子が好みだけど、まあ、据え膳を食わないのは武士の恥だし。
ほらあれだよ、武士の情け。ここで先輩をほっておいてら、かわいそうだろ?
俺にはそんなことできない!先輩一人だけにいいかっこさせられるか、おれも限界だ!脱ぐね。脱ぐとも!
はい、俺勝ち組。確定的に明らか。
上のコメントにツッコミ入れたやつは、さすがに僻みすぎだろ。アンタもう少し学生らしい青春をおくるべきだろ、常識的に考えて。
バラ色の未来に夢を馳せていたら、ふと隣のお目付け役がジト目でこちらを見つめていることに気が付いた。
先輩のことを考えていたら、すっかり忘れていたぜ。まあ、普段から存在感ない奴だし、気にしない気にしない。
俺はコイツのことは気にしないと決めているのだ。
勘違いしないでよね!コイツのことなんて、俺はオマケつきのチョコのチョコぐらいにしか思っていなんだから!!!
いろいろ考えていたら、足が止まっていたのだろう。チョコは訝しげにそう訊ねてきた。
「どうしたのですか?」
「いや、俺はオマケつきのチョコを、オマケが欲しくてチョコを捨てた男なんだ。」
「?ああ、ありましたね。チョコエッグでしたっけ?いろんな動物のフィギュアが入っていたような。」
「そうなんだ。だから、これからお前のことはこう呼ぶチョコと。」
「どういう思考でそこに至ったのひとまず置いておくとして、その流れだと、私はオマケのために捨てられることになりますが…。」
「チョコ、細かいことは気にするな。それに、そのうちオマケも飽きて捨てるから安心しろ。」
「励ますつもりがるなら、オマケを蔑むより、チョコを褒めてください。」
チョコは拗ねたように唇を尖らす。あれこれ好感度下がったね。まあ、俺は先輩ルート一直線なんで、他のモブキャラの好感度なんて別にいいけどね。
ホントだよ。ウソじゃない。僕は泣いてないよ。
「はあ、まったく。アナタは相変わらず、…いえなんでもないです。」
「なんだよ、思ったことは言おうぜ。内に貯めるとロクなことにはならないぜ。俺は風通しの良い職場を目指しているんだぜ?」
「相手が不快になる言葉をわざわざいうことはないでしょう?所詮お嬢様のお使いをこなす使用人同士、本音で付き合う必要なんてなんです。」
「まじかよ!?あんたあれだろ?恋愛経験ないだろ?これだから、処女は困る。俺が先輩の使用人?違うよ、うん。あれだ、俺のと先輩の関係は…関係は…。」
「関係はなんです?処女の私にもわかるよう教えてください。」
「しょ、処女は受け身だから困る…いいか?俺と先輩はなあ…ゴルフに例えるとボールとホール?常に穴をねらうこう絶妙な駆け引きがあってだな…深いんだ。」
「お嬢様とあなたの関係はともかく、あなたの底の浅さは露呈してみたいですね。」
「ぐぬぬ。」
くそ、この女、生意気な!
俺自ら調教してやろうか?…調教って何をすればいいんだろう?鞭?たぶん必要だよな?
「なあ、鞭ってどこで売ってると思う?」
「…。」
「おい何を黙ってんだよ!」
「いえ、その問いかけで、あなたが何を考えているのか、おおよそ把握してしまった自分を恥じているだけです。おお、神よ。お慈悲をお与えください。…私は間に合っていますので、隣の男に裁きを。」
「おい!お前は何を言っちゃてるんだ!?お前は俺に、鞭を片手に神の相手をしろというのか?…イエス。オー。イエス。」
「…。私が神ならアナタの尻に、熱した鉄杭をハンマーで打ちつけていることでしょうね。」
「おまえ、処女のくせにそんなハードプレイを望んでいるのか…。業が深すぎるだろ…。」
同僚の思わぬカミングアウトに思わず、俺は顔面蒼白になる。大丈夫か?俺。こいつに背中を預けるんだよな?
「おふざけはこれまでです。ほれ、これで切符を買ってきなさい。」
それまでの雰囲気と一変してまじめな表情になると、チョコは俺に千円札を渡してきた。
「560円の奴です。間違いないように。」
「小学生かよ。俺がそんな間違いをすると思っているのか?」
「こないだ、切符を落とした男の言うことですか。」
「違うし、落としてないし。スラれたって言っただろ!?俺の隣に座った男。今思えば只者ではない眼光を…。」
「あのうつらうつらしていたおじいちゃんがですか?頭大丈夫ですか?尻に鉄杭一本いっておきますか?」
「そんなもん手前の尻に叩き込んでおけ!」
俺はチョコに背を向けると、切符を買いに行く。
言っておくが、別にチョコに反論できなかったわけではない。反論しようと思ったらモチロンできたよ。それこそ理論的に、俺は落としたんじゃない。切符が俺についてこれなかっただけだって。
でも、そんなこと言ったって大人げないだけだし、俺も男だし、女を立てるのも男の器量みたいな?
ふ、女のために身を引く俺マジ男前。
俺は手にした紙幣を、いやらしくも誘う券売機の穴に目仕込む。すると券売機は誘うように怪しげな光をボタンに灯す。
我慢の聞かない女だ。
俺は舐るようにボタンを連打する。耐えきれなくなった券売機は下の口から恥ずかしげもなく、大量の切符とコインを吐き出すのであった。
「はしたない女だ。」
「楽しそうで何よりです。さあ行きますよ。」
「え、何その感想?ここはあれよ。やだ、テクニシャン…私のはしたないボタンを押して下さいみたいな。」
「寝言は…いえ、すみません。アナタはまじめに言っているでしたね。ごめんなさい。私が大人げなかったです。」
「謝るなよう…。」
ボケを殺されるとこっちの心が厳しい。まあ、このボケを拾われても、俺にとってはキラーパスだ。
よくよく考えると俺、なんでこんなこと言ったの?
やだ、私ったらはしたない。
「何を照れているんですか。行きますよ。着いてきてください。」
そう言ってチョコは改札機にICカードをかざし、ホームに向かって歩き出す。俺は慌ててチョコの後を追おうとするが、選んだ改札機はICカード専用だったため、改札機は俺の腰目がけて熱い抱擁を強請ってきた。
もてる男はつらいね、まったく。
チョコの奴は俺に目をくれることなく、どんどん先を行ってしまう。マジかよ。普通待つだろ?
そんなことしてどうなると思う。俺が不安になるだろ!!
改札機の求愛を無理やり突破しようとしたら、今度は駅員が俺と熱い抱擁を求めてくる。待ってくれアンタは男だろ?俺分からないよ。アンタの扱いなんて、俺のポジションは前後ろ、上、それとも下?くそ。どうしたらいんだよ。
そんなこんなで駅員とひと悶着していたら、チョコの奴はあきれた顔をして、戻って来てくれた。
べ、別にうれしくなんてないんだから。ホントよ。私一人でもなんとかできたんだから!勘違いしないでよね。
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人がまばらなホームで、チョコと呼ばれた少女と少年は電車を待っていた。
「おいて行くなんてひどいだろ。」
「そう思うならアナタがICカードを使えばいいんです。」
「だって…。」
少年は俯く。チョコに顔見られないように。表情を悟られないように。
「怖いだろ。自分がどれだけ支払ったのが分からないなんて…そんなの…そんなの俺は嫌だ。」
少年それ以上何も言わなくなる。少女もそれ以上は何も聞かない。聞く必要はないから。
互いに無言のまま、立ち尽くす二人は、奇しくも同じことを考えていた。
やはり彼(彼女)は自分といるべき人間ではないのだと。