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一話 これたぶん最後の方ですね。俺はわかる賢い

「相変わらず、目のくまがすごいなきみは。」


夕暮れに染まる教室の片隅で、少女は少年に話しかける。話しかけられた少年は少女な言葉に一切の反応を見せず、どこか遠くを眺めているような表情で呆けていた


「ちゃんと寝れているのかい?」


少女はそう言って、少年の頬をやさしく触れる。

少女がしばらくそうしていると、少年の瞳に徐々に力を帯びてくる。

定まっていなかった目の焦点が徐々に、少女の顔に集まるにつれ、少年の意識もまた覚醒を始める。

少年の瞳が、少女を完全にとらえた、その瞬間。少年はバネ仕掛けの人形のように不恰好に飛び上がるのだった。


「え、アレ、先輩!?どうしたんですか、こんなに接近して、あれ?もしかしてなんかイベント突入してます?俺フラグを立てちゃいましたか?」


先ほどまで死人のように青ざめていた少年の顔に赤みが差し、年相応の生気が戻ってくる。

少女に見つめられていたことに気が付いて少年は、しばし慌てた様子を見せた後、何やら得心が行ったとばかりに頷く。


「いや、まあ。これは当然ですね。だって俺、選択が必要な場面ではいつも先輩を選んでましたもんね。これだけ一途なら専用ルートに突入しても不思議はないというか、むしろようやくルート突入みたいな?」


少年のその様変わりする仕草を、まるで面白い見世物であるかのように少女は無言で見つめる。


「やだ…もう見ないで。はずかしい。やだ、やだ。みないで。もう。」


恥かしそうに身悶える少年に対して、少女は頬に手を置いたまま何も言わない。

一人芝居に演じる少年も、少女が乗ってこないことに気恥ずかしさを感じたのか、その顔には赤みがさしていくのだった。


「あの…その、知ってます?実は俺先輩のこと好きなんですよ。いや、ウソじゃなくてマジで!そして、俺はRPGで装備足りてなくてボスに挑む男なんですよ。物は試しってやつです。具体的にはゴムの鞘はないですけど、切りかかりたくなるくらいには。」

「そうなのかい?そんな装備はなくても君の剣はいつでも鞘に入っているようだけどね。」

「そんなことはないですよ!?戦闘してない時だけです。戦闘が始まったらすごい勢いで飛び出しますとも!」

「そうなのかい?」

「ええ、そうですよ!!疑うっていうなら、先輩!この勝負は避けられませんよ。」

「それは困ったな、君を敵に回したくない。」

「嘘です。いや違う。言葉を間違った。やるのは対戦プレイじゃなくて、交換プレイです。俺は敵じゃない、愛の補給所です。心を満タンにしていきましょう。お互い。」

「私は君が傍にいてくれるだけで満足だよ。」

「…先輩、先輩はもっと貪欲になっていいと思います。もっとがっつり行きましょう。時代は肉食系女子です。肉を食らう快楽を知りましょう。俺も協力します。」

「…君はいつでも私にやさしいんだな。」

「当たり前です。俺先輩の味方ですから。」


少年はそう言って誇らしげに胸を張る。少女はその姿に思わず俯くのだった。


「味方か…君だけだ。いつも私を助けてくれるのは。」

「先輩。」

「君が…君にしか頼めない。できることなら言いたくはない。でも君になら言える。キミにしか頼めない…お願いだ。私を救ってほしい。」


そう言って少女は少年にすがりつく。少年は動揺した様子でしばらく棒立ちになった後、おずおずと少女の背に手を回す。

暮れなずむ教室で二人はしばし抱擁を交わす。


少女はそれ以上何も言わない。言う必要もないから。


少年は何も聞かない。聞く必要もないから。


暮れなずむ教室で二人は無言で抱擁を交わす。

それが、例えそれ茶番に過ぎないことをわかっていても。やめることはできなかった。


納得しなければならなかったから、例えいくら嫌悪し、憎悪し、忌み嫌おうとも逃れることはできない間柄だからこそ、感情とは切り離した理性は告げる。


少女には必要だったのだ、自らを誇るための圧倒的な力が。

少年には必要だったから、自らの衝動を鎮めるための生贄が。


互いに歪だからこそ、かみ合う奇跡。

皮肉にもほどがある。お互いに殺したいほど嫌悪する相手だからこそ、自らに欠けてはならない部品であることが理解できていたから。

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