第15話 間宮と初詣 act3
駅へ着いて、丁度ホームへ入ってきた電車に乗り込む。
行きと違って帰りは比較的空いていて、席が空いていたので履きなれない下駄で歩き回った足を休める為に、間宮と並んでシートに腰を下ろした。
シートに体を預けると、立っている時は感じなかった疲れを感じた。
でも、嫌な疲れではない。
充実した心地よい疲れに、思わず笑みが零れる。
「あ!そうだ、間宮さん。」
間宮が隣にいる安心感からか、電車内だとゆうのに妙にリラックスしていると、急に話さないといけなかった事を思い出した。
「実は、この前中学のクラス会に呼ばれて参加してきたんだ。」
そう。この事は自分の過去を知っている間宮には話さないとと思っていた。
心配ばかりかけてしまっていた間宮に、少しでも安心してもらう為に。
「そうか!それはよかったじゃん!クラスメイト達と上手く話せたか?」
「うん!皆凄く歓迎してくれて、本当に楽しいクラス会だったよ。」
クラス会が行われたレンタルパーティースペースで起きた事。
皆、あの頃の事を心底後悔していた事。
そして、参加した全員が泣きながら謝ってくれた事を間宮に話して聞かせた。
間宮は自分事のように、一緒に喜んでくれた。
その事が瑞樹にはくすぐったい感じがして、照れ笑いを終始浮かべていた。
「そっか。それで?瑞樹は皆を許したのか?」
「まだ、ぎこちない感じはあるけど、これをきっかけに時間をかけて皆の事を受け入れられればって思ってる。」
この気持ちに嘘はない。
いつまでも昔の事を気にしていては、前に進めないと実感したからだ。
それに少しでも早く、過去を乗り越えた本当の自分を間宮に見てもらいたいから・・・なんて恥ずかしくて言えなかったが、これが本音なのだ。
「それに・・・」
「ん?」
「え、あ、いや・・・・何でもないよ・・・」
「?」
思わずそのままの勢いで、岸田と再会出来た事を話そうとしたが、喉元まで出かかった言葉を押し止めた。
後ろめたい気持ちがなかったわけではない。
でも、それ以上に岸田の事を隠したのには理由がある。
ここで岸田の名前を出したら、まるで間宮の嫉妬心を煽る為に、話したように思えたからだ。
それは岸田の気持ちを利用して、侮辱した事になる。
そんな事は絶対にやってはいけない。
そう思って話すのを止めた。
間宮とは違うが、岸田も恩人であり大切な存在なのだから・・・
そんな事を考えていると、気が付いたらA駅に到着していた。
少し疲労を回復出来た瑞樹は、元気に電車から降りるはずだったのだが、どうにも足取りが重い。
原因ははっきりしている。
さっき通り過ぎたO駅の上りホームが視界に入ったからだ。
あのホームに立っていた2人の姿を鮮明に思い出してしまったから・・・
「どうする?カフェにでも入って何か温かい物でも飲むか?」
間宮が何か話しかけているのは聞こえていたが、返事する気が起きなくて口を噤む。
そんな瑞樹の表情を見て、間宮は少し目を見開く。
彼の目にはどんな風に映っているのか、彼の顔を見ればすぐに分かった。
今、自分は凄く怯えたような顔になっているのだろう。
実際に怯えているのだ。
聞きたい事がある。でも聞くのが怖いとも思う。
神楽優希との関係・・・・
知りたいでも、知ってしまうと動けなくなってしまう可能性がある。
いや、恐らくその可能性の方が大きいとさえ思う。
口が動かない・・・・
瑞樹は助けを求めるように、俯いていた顔を上げて返答を待っている間宮の顔を見る。
間宮は瑞樹と目が合うと、優しく微笑んだ。
今日は朝から、この時期特有の薄暗い冬雲が殆どない珍しい快晴だった。
太陽が沈む時間が早い季節で、まだ午後4時過ぎだが、日は大きく動き快晴の空と相まって、澄んだ空気を漂わせる中、美しい夕日が空を焦がす。
その夕日の光を浴びている間宮が、いつもと違うように見えた。
夕日の光が、間宮の黒髪を明るく染めて、顔つきも肌が明るく、夕日の色と影のコントラストのせいか、幼く見えて・・・・
何故か、この時だけ、優しく微笑む間宮が凄く年の近い男性に瑞樹には見えた。
黄昏・・・
誰かが昔話しているのを聞いた。
その時間帯は現実を歪ませて、心の奥底にある気持ちを具現化する事が出来る時間だと。
そんなオカルトチックな話を、違うクラスの女子が、私の隣の席の女子と熱心に話し合っている光景を思い出した。
確か高校一年生の時だったと思う。
あの時の話をなぞると、私は彼との年齢差を必要以上に気にしている事になる。
恐らく、願望なのだろう。
でも、年がかなり離れているから、自分に向けられる周りの目が気になるのとは違う。
逆なんだ。
子供の私が彼の傍にいると、間宮さんが冷ややかな視線を向けられるかもしれない・・・だから、周りから見て不自然ではない年齢になりたいと思っているんだ。
だから、もし私がもっと早く生まれていればっていつもどこかで考えてる。
こればっかりは考えたって仕方がない事は分かっているんだけど・・・
だから、今の間宮さんの表情は何だか神様が少しだけ願望を叶えてくれた気がした。
そう考えると、さっきまであった恐怖や不安が溶けていく感じがする。
多分だけど、この前まであった遠くに感じていた距離が戻った感じがするからかも・・・
確かにあのO駅のホームで神楽優希と一緒にいるのを目撃した時は、途方もなく間宮との距離を感じた。
まるで心の一部が抉り取られたような感覚に陥った。
でも、今、目の前にいる彼からはそんな距離を感じない。
あの時は決して偶然会ったわけではないだろう。
それにただの友達とも思えない。
もし2人が恋人同士なら元旦から、自分が我儘言ったといっても流石に今日2人で初詣に行くのを了承したとは思えない。
あくまで、まだ想像の域を出ていないが、2人はまだ付き合っているわけではないはず。
だとすれば、自分と神楽優希はライバル関係にあると言っていい。
フフフ!神楽優希とライバルとか・・・凄くない?
とんでもないライバルのはずなのに、何故か瑞樹の心が躍りだした。
口元に手を当ててクスクスと一人で笑っていると、首を傾げながらまるで不思議な子を見るような間宮の視線を感じて、慌てて表情を戻した。
手を口元から離した時に、着物の振袖が目に入った瑞樹は、閃いたと言わんばかりの顔で、ずっと返事を待っている間宮にようやく話しかけた。
「ね!温かい飲み物もいいんだけど、折角、着物着てるんだし、記念に一緒に写真撮らない?」
「え?写真?俺とか?」
「他に誰がいるの!駄目?」
本当は恥ずかしい・・・・でも、神楽優希がライバルとなると、そんな事言っていられない。
「い、いや・・別にいいけど・・・」
よし!OK貰えた!間宮さんの気が変わらないうちに!
瑞樹は素早く鞄からスマホを取り出して、カメラのアプリを立ち上げて、自撮りモードへ切り替え空にスマホを翳した。
カシャ!
あれ?間宮さんがどうしても見切れちゃうな・・・
「う~ん・・・上手く撮れないなぁ。」
「自分より背の高い奴との写真を撮るのに、背の低い瑞樹が撮ろうとするから見切れるんだよ。」
なるほど!男の人と撮った事なんてなかったから、考えもしなかった。
上手く撮れない理由を説明した間宮は、瑞樹のスマホを手に持って今度は、間宮がスマホを空に翳して、シャッターを切った。
だが、それでも僅かにどちらかが見切れてしまう。
「瑞樹もうちょっとこっちに寄って。このままだと見切れるから。」
うん、分かってた。どのみち今の2人の距離間だと、間宮さんが撮っても見切れる事は・・・・
よ、よし!これなら自然に近づけるよね。
い、いくぞ!
瑞樹は少しだけ近づけば問題なかった距離を、見切れない為の距離を必要以上に一気に詰めた。
「え?ちょっと近くないか?」
「これでいいの!この方が撮りやすいでしょ!」
うう・・・近い、近い!近すぎて密着してる部分が多い・・・は、恥ずかしいよ・・・
「ほ、ほら!早く撮ってよ!」
「あ、あぁ!いくぞ。」
えへへ。久しぶりの間宮さんの匂いだ。
やっぱり落ち着くんだよね。
恥ずかしい事は恥ずかしいんだけど、くっついてしまったら離れたくなくなっちゃう。
ドキドキとホッとする安心感が同居してる感じ。
やっぱり私にとってこの人は特別な存在なんだ。
再び空に向かって間宮が構えたスマホに、笑顔を向けながら思う。
また、いつか、こうして2人で思い出を残したい・・・
再びシャッターが切られた。
撮った画像を2人でチェックすると、少し赤くなっているがいい顔をした2人が写っている。
これはすぐにロックをかけて永久保存して、待ち受けに使おうと瑞樹はウキウキと画像を眺めた。
「うん!いいね!よく撮れてるよ!」
「だな!ガン見するのが恥ずかしい位、上手く撮れたな。」
あはははは!
間宮と瑞樹はスマホの画面を見つめながら笑いあった。
「撮ってあげようか?」
そんないい雰囲気の2人の背後から、いきなり声をかけられる。
驚いて振り向くと、希がニヤニヤしながら立っていた。
確か、大晦日に出かけて友達とカウントダウンイベントに参加して、そのまま友達の家に泊まって、翌朝に帰宅する予定だったはずだ。
「希!?」
「ただいま!お姉ちゃん!」
「ただいまって、今帰ってきたの?」
「そうだよ!てか、そんな事よりスマホ貸して!撮らなくていいの?」
貴重な2人の時間を邪魔された感はあったが、希の申し出はすごく嬉しいものだ。
確かにさっきの写真はよく撮れていたが、折角の着物があまり写っていないのは、やはり残念な気持ちは否めない。
希は黙って間宮が持っている、スマホを渡すように手をこちらに差し出している。
撮りたい、撮ってもらいたい。
でも、間宮さんは写真は苦手っぽい感じだったしな・・・
不安げに間宮の方を向くと、間宮もこちらを見ていて目が合った。
何だか、それだけの事なのだが、妙に可笑しく感じて2人でクスっと笑い合いながら頷いた。
「それじゃ、お願いするよ。希ちゃん。」
瑞樹の気持ちを酌んでくれたのか、間宮は希にスマホを手渡した。
「りょーかい!」
敬礼のポーズと撮りながら、希は少し2人から距離をとってスマホを構える。
「んじゃ、2人共もっと寄って!寄って!」
希からそう指示が飛んだが、何だかさっきみたいな勇気が湧いてこない。
恐らく、知り合いとゆうか家族がカメラを構える前で間宮に最接近するのは抵抗があるようだ。
うぅ・・・折角のツーショット写真が撮れるのに、何だか恥ずかしくて近寄りにくいよ・・・・やっぱり2人で撮った時と違って、希に見られているのが恥ずかしくて、さっきみたいな事出来ないよ・・・
チラッと間宮を見ると、向こうもぎこちない表情を隠せないようだ。
ふと間宮と目が合って、2人共苦笑いしてしまう。
瑞樹はこれが今の2人の距離なんだと感じた。
別にバカップルがしたいわけじゃない。
でも、ちょっと知り合いの目があるだけで、寄り添う事が出来ないのはお互い色々と思うところがあるのかもと思う。
この距離を縮める為には、まだやらないといけない事がある気がするから、今はこの距離でいいのかもしれない。
「あれ?さっきみたいにくっつかないでいいの?」
希が相変わらずニヤニヤした顔で、そう話しながら首を傾げた。
やっぱりさっきの密着した状態を、見られていたようだ。
身内にあんなところを見られるのが、こんなに恥ずかしい事なんだと初めて知った。
「い、いや、今度はこんな感じで頼むよ。」
間宮がこの距離のまま撮るように頼んだ。
ホッとしたような残念なような複雑な気持ちになる。
でも、せめて・・・
瑞樹は間宮の横に立ち、スマホを構える希には見えない角度で、そっと指で間宮のコートの袖をキュッと摘まんだ。
間宮はその事に気が付いたが、何も言わずに視線も希に向けたままだったが、少し口の端が上に上がったように見えた。
「そう?んじゃいくよ!はい!チーズ!」
撮った画像を確認すると、やはりぎこちない2人が写っていた。
でも、2人共この画像に納得した表情を見せて、希は解せない様子だったが瑞樹がスマホを回収した事で、撮影会は終了した。
「間宮さん。希も帰ってきたし、今日はこれで帰るよ。」
「ん、そっか!分かった。気をつけてな。」
「うん!ありがと!じゃあね。」
瑞樹は挨拶を交わして、希を連れて間宮から離れていく。
「ね!初詣デートどうだったの?」
間宮の視界から完全に出た途端、希が目をキラキラさせてそう聞いてきた。
「べ、別にデ、デートってわけじゃ・・・」
「え~!?あれがデートじゃないのなら、一体どれがデートなのか希ちゃんには分からないなぁ!」
まだそんな事言っているのかと呆れているのが、希の顔を見ればすぐに分かる。
これはデートとよんでいいのだろうか。
確かに形だけ見ればそうなのだろう。
でも、強引に我儘をきいてもらっただけなのも事実だ。
多分嫌われていないとは思う。だって我儘をきいて嫌々付き合ってる子の手を握るなんてしないはずだ。
少なくとも私なら絶対にしない。
期待してもいいのかな・・・・
そんな事を考えると、あのホームでの神楽優希の姿が鮮明に蘇る。
苦しい・・・・胸が苦しいよ・・・・間宮さん・・・・
コツン!
苦しい表情を浮かべながら俯いて歩いていると、頭を軽く小突かれた。
隣で歩いている希に目を向けると、小突いた手をそのまま動かす事なくこちらをジッと見つめていた。
「何かあったの?」
妹に心配されるなんてね・・・
ううん・・・今までだって希に本当に助けられてばっかりだ・・・・
情けない姉だよね・・・・
神楽優希の事を話せたら少しは楽になるのかな。
口を少し開いて何か話そうとした時、喉まで出てきた言葉を慌てて止めた。
駄目だ!これ以上頼っていたらこれからもずっと周りに甘えないと、何も出来ない気がする。
そんなの嫌だし、きっと変わりたい自分になんてなれっこない。
好きな人が年上だからって、甘えていればいいわけじゃないと思うし、間宮さんはもちろん、希達に頼られる人間になりたいんだから、これからは怖くて不安でも、一人で何とかするんだ。
そうしないといつまでたっても、昔の自分から完全に卒業出来ないと思うから。
「ううん!なんでもないよ!」
瑞樹の顔を覗き込むように見ている希に、力強い目をしてそう言い切って、優しく微笑んでみせた。
可能性があるのなら諦めない。
これからは欲張りに生きていく。
欲しいものは欲しいと言う。
今まで我慢して殺してきた感情に、これからは素直に従おう。
それが、後悔しない生き方だと思うから・・・・
だから・・・・・
覚悟しろよ!間宮 良介!
・・・・・・・・なんてね。




