第11話 瑞樹と初詣 act 2
こんなに強い口調で怒らせたのは初めてだった。
驚きすぎて思考が停止し、立ち去る瑞樹を呼び止める事すら出来ない程に・・・
思考が再稼働した時は、すでに瑞樹の姿はなかった。
慌てて通りに戻り、周辺を見渡したがいない。
元旦早々に駅前で立っているだけで、声をかけられてしまうような状態の瑞樹を一人にするのはあまりにも危険だ。
間宮は周囲に意識を集中しつつ、人混みをすり抜けていく。
こんな時に普段の営業で培った技が生きるとは思わなかった。
出店が並ぶ長い通りの丁度真ん中辺りに差し掛かった時、間宮の早い足音が止まった。
「いた!」
そう呟いた間宮の視界に、トボトボと歩き辛そうに神社の出口の方向に歩いている瑞樹がいた。
勿論他にも着物を着ている女性が周りに沢山いたが、今の瑞樹の存在感が際立っていて、見間違う事は皆無だった。
そんな瑞樹を見ながら、なにやらコソコソと話し合っている2人組の男達が、瑞樹の後をつけているのも見えた。
その光景を目の当たりにした間宮の足音が、再び早いリズムを刻みだす。
瑞樹もその足音が聞こえたのか、意識を自分の後方に向けようとした瞬間、肩を鷲掴みされるように掴まれた。
ビクッと体が震えた瑞樹は、恐る恐る後ろを振り返ると、少し肩で息をしている間宮が立っている。
「なにやってんだよ!お前は!」
間宮は物凄く心配して探し回り、やっと無事に見つかった安堵から少し強い口調で瑞樹に話しかけた。
「だ、だって・・・」
瑞樹は気まずそうな顔で俯く。
よく見ると薄っすらと目に涙が溜まっているのが見えた。
瑞樹と話をしている最中だったが、彼女の無事を確認してから、後をつけていた男達を睨みつけて、無言の牽制を仕掛けた。
その刺さる視線と、狙った女に男がいた事を知った2人組の男達は舌打ちをしながら、踵を返して神社の奥に姿を消した。
瑞樹の肩に乗せていた手に力を込めて、また通りから外れた場所にあったベンチに瑞樹を誘導した。
おずおずとベンチに座った瑞樹は、終始俯いたままだった。
「ごめんな。」
気まずい空気の中、改めるように間宮が謝った。
てっきり勝手な行動を取って、迷惑をかけてしまった事を怒られると思っていた瑞樹は、少し驚いた表情で目の前に立っている間宮を見上げる。
「軽率な発言だったよな。俺は別に他意はなかったんだけど、その発言で瑞樹がどう捉えるか考えてなかった。ごめんな・・・・」
「・・・・もういいよ。私の方こそ急に怒ったりしてごめんなさい。」
やはり間宮は何故瑞樹が怒ったのか理解出来ていない。
でも、決して瑞樹の心を振り回そうとした訳ではない事が分かって、これ以上空気を悪くして折角の二人きりの初詣が台無しになる方が嫌だったから、この件は終わらせる事にした。
「そっか!よかった!じゃあ、ちょっと冷めちゃったけど、これ!」
間宮は安堵した表情で、食べようとしていたたこ焼きを再度広げた。
「うん。いただきます。」
瑞樹は食べそこなっていたたこ焼きを一つ口に入れた。
冷めたのは表面だけで、中身はまだ温かくトロッとした触感が口いっぱいに広がった。
ようやく待望のたこ焼きが口に入り、さっきまで怒っていたのが嘘の様に幸せそうな顔でたこ焼きを堪能する。
そんな瑞樹の顔を見て、間宮も楽しそうな笑顔を浮かべ、たこ焼きを口に運んだ。
「うん!美味いな!」
本当に美味しそうにたこ焼きを食べる間宮の横顔を見て、瑞樹は懐かしそうに口を開いた。
「こうしていると、何だか合宿の花火大会の時を思い出すね。」
そう話す瑞樹の姿が、ただの照明の明かりなのに、幻想的に浮かび上がらせる。
「そうだな、あの時は色々あったよな。誰かさんが大泣きしたり、特大のぬいぐるみを欲しがったり・・・」
そこまで話すと、間宮の肩回りに小刻みな衝撃を感じる。
小さな衝撃がする方を見ると、顔を真っ赤にした瑞樹が、ポカポカと両手に作った握り拳を交互に間宮の肩を叩いていた。
「もう!そんな事は思い出さなくていいから!」
瑞樹は耳まで真っ赤にして抗議している。
思えばあの頃と比べたら、色々な表情を見せてくれるようになった。
出会った頃は、冷静沈着って言葉がピッタリといった感じだったが、最近は色々な表情を見せてくれるようになった。
瑞樹の過去のトラウマは知っている。
解消するのは容易ではないトラウマだ。
だから、今隣で顔を真っ赤にして肩を叩く瑞樹の姿を見ていると、凄く幸せな気分になる。
そして、その表情が俺の決断をブレさせる。
でも、決して迷惑だとか嫌な気持ちではない。
俺はこの子に何を求めているのだろう・・・・
「ね、ねぇ・・・・」
気が付くと肩を叩くのを止めて、さっきより顔を真っ赤にした瑞樹が声をかけていた。
「ん?なんだ?」
「さっきから、何で私をジッと見つめてるの?」
「え?」
迂闊だった。確かに瑞樹の事を考えていたが、無意識のうちにその間ずっと彼女を見つめていたらしい。
恥ずかしくて目を潤ませている瑞樹が可愛いとは思ったが、それ以上に見つめている事を指摘されて、我に返り間宮も恥ずかしくなってきた。
「さ、さて!早いとこたこ焼き食べて、出店回ろうぜ!他にも色々食べるんだろ?」
「う、うん!そうだね!」
そう言って2人で残りのたこ焼きを平らげて、出店が立ち並ぶ通りに戻って行った。
それから色々な物を花火大会の時と同様にシェアして食べ歩き、色々な出店を回って遊んだ。
間宮はまたメロンパンカステラがないか期待していたようだが、今回は残念ながらそれは売られていなくて、ガッカリする間宮を瑞樹はクスクスと笑った。
そう!兎に角、沢山笑った。
思えば2人でこんなに笑ったのはいつ以来だろう・・・
すぐに思い出せない程、昔の事のように思えた。
出店をしっかりと堪能した2人は神社を出て、駅へ向かって歩いている。
相変わらず間宮のコートの袖をチョコンと掴んで付いてくる瑞樹の姿にも慣れてきた。
「はぁ~!遊んだね!お腹もいっぱいになったし!」
「ははは!ホントに良く食べたよな。太るんじゃないか?」
「失礼な!私は基本的に太らない体質なんです!」
食べ過ぎを指摘されて、口を尖らせて否定した。
「よし!沢山遊んだし、三日まではお休みするつもりだけど、お正月が終わったら、すぐにセンターだから気合い入れて頑張ろ!」
駅前に近づいてきた頃、楽しい一日の終わりを感じた瑞樹が、両手を握りしめて気合いを入れ直す様に話し出した。
「そっか!もうセンターなんだな。受験勉強の調子はどうなんだ?」
「順調だと思うよ。模試もいい結果だったし!でも、油断は禁物だけどね!絶対にK大に現役で受かりたいから!」
「やけにK大に拘ってるよな。教授の事は聞いたけど、それだけなんだろ?」
受けたい講義があるのは以前に聞いた事があるが、それだけでここまで拘るのを不思議に感じた間宮は、他に理由があるのか何となく聞いてみた。
「他にも色々と増えたけど、一番の理由はね・・・」
そう言った瑞樹は、間宮を指さした。
「間宮さんの後輩になりたいからかな!」
「は?」
悪戯っぽく笑いながら、間宮の反応を楽しんでいる瑞樹は掴んでいた袖を手放して、間宮の前に立ち、少し照れ臭そうな顔で以前から言いたかった事を話す。
「受かったら間宮先輩って呼ばせてね!」
「は?せ、先輩!?」
「それとも、パイセンの方がいい?」
「なんでやねん!」
瑞樹の冗談に思わず関西弁でツッコんでしまった。
瑞樹はクスクスと笑いながら、駅へと再び歩き出した。
「なぁ!瑞樹。」
そんな彼女の後ろ姿を見て、間宮は軽く咳をして駅へ向かおうとしている瑞樹を呼び止めた。
「ん?なに?」
足を止めて、こちらを振り向いた瑞樹に、小さい紙袋を差し出した。
「これって・・・」
そう言って紙袋を受け取った瑞樹は、ジッと手に持った紙袋を凝視する。
「開けてみて。」
「うん。」
間宮にそう言われて、瑞樹は言われるがまま袋の中身を取り出した。
中身を引き抜くと、赤い生地のお守りが出てきた。
そのお守りを見てから、瑞樹は間宮に視線を移す。
「ここの神社って学問の神様で有名だからな。普段から受験勉強頑張っているのは知ってるし、油断させしなければ大丈夫だとは俺も思ってる。でも、何が起こるか分からないし、最後の最後に神頼みってのも悪くないと思ってな。」
「嬉しい!ありがとう!でもいつの間に買ってくれてたの?」
「あぁ・・・おみくじ引いた後にちょっとな・・・」
「あ、トイレじゃなかったんだね。」
ちょっとした小さなサプライズだった。
だが、その心使いが瑞樹の心を温める。
「瑞樹に・・・その・・・先輩って呼ばれるの楽しみにしてるよ。」
恥ずかしそうに、目線を空に向けながら間宮にしか言えないエールを、瑞樹に送った。
そんなエールを受けて、瑞樹は手に持っていたお守りを胸の辺りでキュッと包み込む様に抱いて、間宮に胸を張って宣言する。
「うん!楽しみにしててね!必ず先輩って呼ぶから!」
2人は駅に到着して、すぐにホームへ入ってきた電車に乗り込んだ。
幸い帰りの車内は比較的空いていて、慣れない下駄で歩き続けた瑞樹をシートに座らせて休ませる事が出来た。
「あ!そうだ、間宮さん。」
並んで座っていると、瑞樹が話そうと思っていた事を思い出して話し出だす。
「実は、この前中学のクラス会に呼ばれて参加してきたんだ。」
瑞樹はそのクラス会に参加する事になった経緯を話した。
「そうか!それはよかったじゃん!クラスメイト達と上手く話せたか?」
「うん!皆凄く歓迎してくれて、本当に楽しいクラス会だったよ。」
クラス会が行われたレンタルパーティースペースで起きた事。
皆、あの頃の事を心底後悔していた事。
そして、参加した全員が泣きながら謝ってくれた事を間宮に話して聞かせた。
「そっか。それで?瑞樹は皆を許したのか?」
「まだ、ぎこちない感じはあるけど、これをきっかけに時間をかけて皆の事を受け入れられればって思ってる。」
瑞樹はクラスメイトに対しての素直な気持ちを間宮に話した。
話を聞いていた間宮は、自分の事のように喜んでくれた。
「それに・・・」
「ん?」
「え、あ、いや・・・・何でもないよ・・・」
「?」
瑞樹は岸田の事を話そうとしたが、咄嗟に話す事を止めた。
後ろめたい気持ちがなかったわけではない。だが、隠したのには違う理由があった。
その後、2人共黙ったままA駅へ到着して、改札を通り駅の外へ出た。
午前中に比べて、人通りが少なくなっている。
そのせいか、吹き抜ける風がいつもより冷たく感じた。
「どうする?カフェにでも入って何か温かい物でも飲むか??」
午後4時過ぎ。確かに夕食には少し早い時間だったが、冷えた体を温める為にどこかへ入ろうかと提案しながら、後ろをついて歩いている瑞樹を見る。
間宮の提案に答えずに、瑞樹は少し怯えたような表情で、間宮をジッと見つめていた。
「どうした?」
クラス会の話を聞き終えた頃から、瑞樹の様子がおかしい。
間宮自身に思い当たる事がなくて、どう対処すればいいか困った顔で、黙っている瑞樹にそう聞いた。
困惑する間宮を見て、ようやく自分がどんな顔をしているのか知った。
決して間宮を困らせようと思っているわけではない。
ただ、聞きたい事があるだけだ。
でも聞きたいけど、聞くのを恐れている自分がいる。
その後、何も言わずに黙って瑞樹が話し出すのを待っている間宮を見ると、いつもの柔らかい笑顔を向けてくれた。
その時、その瞬間・・・
何故か、今の間宮を見ていると懐かしさを感じた。
自分でそう感じていて、自分が一番意味が分からない。
でも、その感覚で胸がいっぱいになり、さっきまで確かにあった不安と恐怖がかき消されてしまった。
間宮に聞きたかった事は、O駅のホームで一緒にいた神楽優希との関係だったのだが、自然と口からでた台詞は・・・・
「ね!温かい飲み物もいいんだけど、折角、着物着てるんだし、記念に一緒に写真撮らない?」
「え?写真?俺とか?」
「他に誰がいるの!駄目?」
こんな綺麗な夕日をバックに、着物を着た瑞樹に上目遣いでこんな事頼まれて、断れる男は一体何人いるのだろう。
正直、写真は苦手な方で集合写真以外は、大概色々な理由をつけて断ってきた間宮だったが、そんな間宮も断れないその他大勢の一員だったようだ。
「い、いや・・別にいいけど・・・」
間宮の返事を聞いた瑞樹の表情が、一気に明るくなった。
すぐに鞄からスマホを取り出して、カメラのアプリを起ち上げて自撮りを撮るようにスマホを空へ構えた。
カシャッ!
「う~ん・・・上手く撮れないなぁ。」
唸る瑞樹のスマホを覗き込むと、間宮の顔が少し見切れていた。
「自分より背の高い奴との写真を撮るのに、背の低い瑞樹が撮ろうとするから見切れるんだよ。」
間宮はそう説明して、瑞樹のスマホを手に取って、再び空に向かって構えた。
画面から自分達の姿を確認すると、2人の距離が開いている為、どうしても僅かにどちらかが見切れてしまう。
「瑞樹もうちょっと寄って。このままだと見切れるから。」
「う、うん。」
間宮に寄れと言われた瑞樹は、間宮の胸元をジッと見つめて意を決したように、半歩近寄れば問題なかったはずの2人の距離を一歩、歩み寄った。
その結果、間宮と瑞樹の間にあった空間が無くなる。
「え?ちょっと近くないか?」
「これでいいの!この方が撮りやすいでしょ!」
分かっている。近いとゆうより密着してしまっている部分が多い事は、初めから分かっている。
「ほ、ほら!早く撮ってよ!」
「あ、あぁ!いくぞ。」
そう言って間宮はスマホのレンズに視線を移したが、意識は密着している瑞樹に向いたままだった。
瑞樹から着物の独特な匂いがする。
だが、その匂いに嗅覚が慣れるてくると、今度は瑞樹自身からいい香りが鼻に届く。
一瞬心臓が大きく跳ねて、それからは小刻みに大きく心臓が動いているのが分かる。
ドキドキする・・・・まるで思春期の子供のような気分だ。
いい大人が情けないとは思う・・・でも、心地の良い気分だ。
ずっとこうしていたい気持ちだったが、そうはいかないと気持ちを切り替えて、スマホの位置を微調整してからシャッターを切った。
スマホを2人の間に移動させて、撮った画像をチェックする。
画面に写っていたのは、どこからどう見ても、ラブラブ絶好調のカップルにしか見えない程、よく撮れていた。
2人共、頬を僅かに赤らめながら、いい顔をしている。
「うん!いいね!よく撮れてるよ!」
「だな!ガン見するのが恥ずかしい位、上手く撮れたな。」
あはははは!
間宮と瑞樹はスマホの画面を見つめながら笑いあった。
「撮ってあげようか?」
スマホを眺めていると、前方からそう声をかけられた。
その声を聞いた2人はほぼ同時に顔を上げると、そこにはニヤニヤしている希が立っている。
「希!?」
「ただいま!お姉ちゃん!」
「ただいまって、今帰ってきたの?」
「そうだよ!てか、そんな事よりスマホ貸して!撮らなくていいの?」
希がそう言いながら、間宮が手に持っている瑞樹のスマホに手を伸ばした。
確かにさっき撮った画像では、折角の瑞樹の着物がアングル的にあまり写っていない。
表情的には上手く撮れたと思うが、着物が勿体ないと思っていた間宮は、隣にいる瑞樹の方を見た。
瑞樹は間宮と目が合うと、クスッと笑って頷いた。
「それじゃ、お願いするよ。希ちゃん。」
それを返事と受け取った間宮は、希にスマホを手渡す。
「りょーかい!」
敬礼のポーズと撮りながら、希は少し2人から距離をとってスマホを構える。
「んじゃ、2人共もっと寄って!寄って!」
希からそう指示されて、2人は照れ臭そうにモジモジと近寄った。
「あれ?さっきみたいにくっつかないでいいの?」
やはりあの密着状態を見られていた。
そう思うと、尚更恥ずかしくてとても出来そうにない。
「い、いや、今度はこんな感じで頼むよ。」
間宮は極力冷静さを装ったが、果たして希を誤魔化せたのかは微妙だ。
チラリと瑞樹の方を横目で見ると、さっきまでの積極性は影を潜めていた。
やはり妹が見ている前では、姉の威厳があるのかさっきと同じようにはいかないようだ。
そういう俺も、茜や康介が見ている前で同じ事が出来る自信はない。
「そう?んじゃいくよ!はい!チーズ!」
カシャッと子気味の良い音と共に、ぎこちない2人の写真が撮れた。
希は納得がいっていなかった様子だったが、今の俺達には丁度いい画像だったのではないかと思う。
「間宮さん。希も帰ってきたし、今日はこれで帰るよ。」
「ん、そっか!分かった。気をつけてな。」
「うん!ありがと!じゃあね。」
瑞樹は挨拶を交わして、希を連れて間宮から離れていく。
そんな2人の姿が見えなくなるまで見送ってから、間宮も自宅に向かって歩き出した。
歩き出してから、痛み止めが切れたのか、患部に痛みを感じだして苦笑いを浮かべる。
今まであまり痛みを感じなかったのは、もしかしたら着物姿の瑞樹に緊張していたのかもしれない。
フゥっと大きく息を吐く。
冷たい空気に触れて、吐いた息が白く変化して宙に舞う。
2019年は俺にとって激動の年になるのだろう。
仕事は長年の目標だった事のスタートラインに立つ。
積み上げてきた物を殆ど捨てる事になるが、迷いや後悔は一斉ない。
不安は正直あるけど、そんな気持ちでさえ今は楽しんでいる。
プライベートも、今年は色々とあるのだろう。
ずっと止まっていた時間が動き出す事になるかもしれない。
こっちの不安は楽しめない。不安は不安でしかないようだ。
でも、今回は絶対に逃げたくはない。
一歩、前へ歩き出した。
俺がこんな事を思える日がくるなんて、29歳の誕生日を迎える日まで考えた事すらなかった。
色々な事を考えないといけない。
色々な選択肢を選び答えを導き出す。
ずっと後ろを向いていた心に、しっかりと前を向かせる。
後悔しない選択肢なんてないと思ってる。
全てを拾うなんて事は不可能だ。
何かを選ぶ度に、誰かを傷付かせてしまうのだろう。
大事なのは流されない事だと思う。
周りの感覚に流されないで、自分の意志で選択しないと、どんな結果が出たとしても、今度は本当にずっと立ち止まったままになってしまうと思うから。
本気で悩もう。そして悩み切った先に出した答えを、全て受け入れよう。
暖かくなる頃には、もう20代ではなくなっているのだから・・・
自宅へ帰宅して、冷えた体を温める為に、湯船にお湯を張ってのんびりと風呂に入る。
体が冷えていたのだろう。全身がジンジンする感覚があった。
この感じは子供の頃から好きだった。
急激に血行が良くなった為なのだが、子供の頃は隠された力が覚醒したのではないかと、ワクワクしたものだ。
しっかりと体を温めて風呂を出て、バスタオルで髪を拭きながらリビングへ戻った。
冷蔵庫を開けて、風呂上りにビールを飲もうと一本取り出す。
すると、リビングのテーブルに置いてあったスマホのバイブ通知が鳴っている音が聞こえる。
少し急いで置いていたスマホを覗き込むと、発信者名が松崎と表示されていた。
ビールのプルタブを器用に片手で開けて、そのまま勢いよくビールを喉に流し込んでから、スマホをタップして電話に出る。
「もしもし!どうしたんだ?正月早々に・・・」
「間宮!俺ヤバいかも!?どうしたらいい!?」
やはり、激動の年になりそうだ・・・・