第8話 元祖ナイトの宣戦布告
カラン、コロン。
カフェのドアが開かれて、そのドアに設置してあるベルの音が店内に響く。
「岸田君。」
カフェの窓際の席に座っていた瑞樹が、店内に入ってきた男に軽く手を上げて、岸田の名を呼んだ。
「ごめん!待たせちゃった?」
少し息を切らして、待たせた事を謝った。
「ううん、私も今来たところだから。」
定番中の定番な会話を交わして、岸田も上着を脱いで瑞樹と向かい合った席に座った。
先にオーダーを通そうと、2人は早速メニューに目を通す。
店員を呼んで岸田はブレンドコーヒー、瑞樹はロイヤルミルクティーを注文した。
普段なら岸田と同じブレンドを頼むところなのだが、朝から既に自宅で珈琲を2杯飲んだ後だったから、偶にはと紅茶にした。
岸田の様子が今朝自宅に来た時と、少し雰囲気が違って見えた。
「もしかして、大学で泳いできたの?」
そう質問した瑞樹は岸田の髪型がかなり乱れている事が気になった。
「そうなんだよ。挨拶にだけいったはずなのに、折角だから泳いでいけって言われてさ。」
流石、スポーツ推薦と言うべきなのだろう。
貴重な練習時間を割いて、まだ新入生にすらなっていない岸田の泳ぎを観ようと時間をとったのは期待の表れなのだ。
岸田は練習を終えて、急いで髪を乾かしてここへ来たのが一目で分かる程、濡髪に近い状態だった。
「そんなに急がなくても良かったのに。そんな頭で出歩いたりしたら風邪ひいちゃうよ?」
心配そうな顔で瑞樹は岸田の体調を気遣うと、岸田は照れ臭そうに半渇きの後頭部の髪をガシガシと掻いた。
「あ、ありがと・・・そんな風に心配してくれるとは思わなかった・・・」
「へ?う、ううん・・・別に普通だし・・・」
別に他意はない。思った事を口にしただけだったが、岸田の照れた表情を見て瑞樹まで恥ずかしくなってきて俯いた。
すると、通路を挟んで隣の4人掛け席に座っていた4人の女性客達の、ヒソヒソと話す声が2人の耳まで届いてきた。
「ね、あの男の子いきなり呼び出されたっぽいよ。」
「あぁ、だから頭があんなだったんだ・・・可愛そう・・クス」
「ちょっと可愛いからって、調子に乗ってるのよ・・・何様って感じよね」
何をどう聞いたらそうなる!
余りの理不尽な会話にカッとなった岸田は、立ち上がろうとテーブルに置いてあった両手に力を込めた。
「聞き耳立てるのなら、しっかり立てて貰えます?お・ね・え・さ・ん?」
少し大袈裟かもしれないが、自分の耳を疑ったって台詞を昔から耳にするが、この時、岸田はまさにそう思った。
あの瑞樹が、性根の悪そうな女供を喰っているのだから。
立ち上がろうとした瞬間はカッとなったせいか、気が付かなかったのだが、自分の左手に瑞樹の手が添えられていた。
瑞樹の手から彼女の気持ちが伝わってくるようだった。
落ち着いて!私なら大丈夫だからと・・・
「は、はぁ!?」
瑞樹達のテーブルではなく、女性客のテーブルがガタンと揺れた。
女性客4人の鋭い視線にも、瑞樹は全く動じる事なく、口撃を続けた。
「彼が来るまでの間、あなた達の会話が聞こえてきてたけど、婚活パーティーで失敗したからって八つ当たりなんて格好悪くないですか?しかも高校生に・・・」
プッ!!
瑞樹の口撃内容に、岸田は思わず吹き出した。
女性客達は、図星を付かれ顔を赤面させて言葉を失った。
席を立ったままの硬直状態が続いた為、他の客達の視線が集まり出した事に気がついた女性客達は暖まれなくなったのか、そそくさと店を出ていってしまった。
「ふう!怖かったぁ!」
岸田の手に添えられていた瑞樹の手から、込められていた力がスッと抜けていく。
瑞樹を見ると、左手を胸に添えて本当に安堵した表情をしていた。
「はは!あんな啖呵を切った奴と同一人物には見えないな。」
「自分でもキャラじゃない事は分かってるんだけどね。」
瑞樹は鼻先をポリポリと掻いて、恥ずかしそうに笑った。
「キャラじゃないと思ってるのに、どうしてあんな事したの?」
単なる興味本意でそう聞いただけだった。
だが、この質問の返答から岸田の顔つきが変わる事になる。
「だって、あれくらいの事出来ないと、心配ばかりかけちゃう人がいるから・・・」
そう話した瑞樹の頬がほんのり赤く染まった。
きた!
岸田はそう直感した。恐らくその人物があの心を閉ざしていた彼女をここまで導いてきた人物だと。
これ以上聞くのは怖いって気持ちはある。だが、聞かないと同じ土俵に立てない事も理解していた岸田は、そのまま質問を続けた。
「へぇ、まるで彼氏みたいな人なんだね?てかホントに彼氏とか?」
そう話すと瑞樹の顔が急激な変化を見せる。
首から一気に頭まで湯で上がり、何故か僅かに涙目でわたわたと落ち着きがなくなった。
「か、彼氏!?間宮さんが!?」
そうか!その心配性の男は間宮とゆうのか。
聞き出す手間が省けたと苦笑を浮かべて、引き続き瑞樹のリアクションを観察する事にした。
「ち、違うよ!年上の人で私は妹的な感じでいつも助けてもらってばかりだから・・・・その・・・」
あんなに取り乱して否定しても、説得力は皆無だった。
確かに彼氏ではないかもしれないが、その間宮とゆう人物が瑞樹の想い人で間違いないのだろう。
本音を言うと少し自惚れていたのかもしれない。
瑞樹が自分以外に心を開くなんて事はないと・・・
そう思っていただけに、彼女の心を開く事が出来る存在が、岸田には疎ましかった
だが、まだ勝負が可能なのも知っている。
あの日、電車のホームで電車を待っていた男。
あの男を目撃した瞬間、瑞樹の表情が目まぐるしく変わった。
嬉しそうな表情から困惑の表情・・・そして落胆した表情・・・
あくまで想像の域を出ない事ではあるが、好きな男を見かけて喜び、後からその男の隣に現れた女の存在に困惑して、二人の雰囲気を見せつけられて落胆したのではないか・・・
もし、この推理が正しければ、その男が間宮って事になりあの二人の関係は分からないが、少なくとも瑞樹にとって彼女はライバル的な立場なのではないか?
それならば三つ巴からガッツリと組み合った四角関係に持ち込めばいい。
つまりまだ諦めなくていいはずだ。
「そっか。瑞樹さんにそんな人がいたのは驚いたかな。」
少しだけ皮肉を込めてそう言った。
本当なら俺がそんな存在としていたはずだった。
だが、岸田自身の意思ではないが、志半ばで瑞樹の前から去る事になった現実。
岸田でなくても皮肉の一つくらい許される場面だろう。
「意外だった?中学時代の私を知ってる岸田君から見たらそうだよね。」
正直苛ついた。皮肉を込めて言った事に対して、てっきり慌てながら否定するものだとばかり思っていたのに、肯定されるとは思いもしなかった。
やはり今の彼女は、心を閉ざす前に戻っているのではなく、新しく生まれ変わろうとしている。
焦るな・・・・・って言う方が無理だろ!
「それより、ごめんね。私のせいで嫌な思いさせちゃって。」
「は?いや、瑞樹さんは何も悪くないじゃん!」
「ん~・・・でも、やっぱり・・・ね!」
「何であいつ等を責めないんだよ!完全におかしいのはあいつ等だったじゃん!」
ショックだった。これじゃ、どっちが守っているのか分かったもんじゃない。
苦笑いしながら、まぁ、まぁと俺を宥めてる姿がやたらと大人びて見えた。
それが悔しくて・・・・取り残された気がして・・・俺はつい・・・
「そんなお人好しな所は昔のままかよ!そんなんじゃ、また・・・・あ!」
そこまで言ってしまってから、慌てて手で口を塞いだ。
何が瑞樹を守れるのは俺しかいないだ・・・
なんて薄っぺらい正義の味方だ・・・
他の男が瑞樹を助けていた事に、瑞樹自身に嫉妬して・・・
こんなの只の八つ当たりじゃないか・・・
恐る恐る正面に座っている瑞樹を見ると、何も言わずに目に少し涙を溜めているのが見えた。
「ごめん・・・・本当にごめん・・・」
岸田がそう呟くように謝ると、瑞樹は無言のまま首を横に振った。
顔を動かした為、溜めていた涙が流れテーブルに落ちる。
テーブルに落ちた雫をみて、岸田の胸が強く締め付けられた。
暫く沈黙が流れる。
中学時代、2人でいる時によく流れる事があった沈黙は、別に嫌な感じはしなかった。寧ろ心地よく感じる時があったくらいだ。
でも、今のこの沈黙は辛い・・・自業自得なだけに打開策が思い浮かばない。
こんな顔をさせる為に、強引に彼女を呼び出したわけではないのに・・・
すっかり冷めきってしまった珈琲を口に運ぶ。
冷めた珈琲は苦みだけが増して、決して美味い物ではなかった。
そんな珈琲を渋い顔で飲んでいると、瑞樹が静かに口を開いた。
「私ね・・・3年になったくらいまで、ずっとこんな感じだったんだ。自分の気持ちを押し殺して、常に男子との距離をとって、周りの女子達を敵に回したりしないように神経を尖らせて・・・」
瑞樹のここまでの話は想像していた通りだった。
中学での・・・いや、平田の件の二の鉄は踏むまいと、高校生になって新しい環境でその事だけを考えて生きてきたのだろう。
自分自身の防衛の為に。
「でもね、最近、自分の考えを表に出す事を意識出来るようになってきてたんだ。」
それも再会した時の瑞樹を見たらすぐに分かった。
色々と話して気が付いたって事ではなく、瑞樹の笑顔が本当に眩しく感じたからだ。
だが、この先が分からない。
だから、思わず話の流れに乗るように思わず言葉がこぼれた。
「その変化って瑞樹さんが一人で起こしたんじゃないよね?」
そう!俺はその人物を知っている。
瑞樹を導いた人物・・・
それが間宮って人なんだと・・・でももう少し間宮について情報が欲しい。だから知らないふりをして聞き出してみよう。
「そうだね・・・私一人じゃ絶対無理だったと思う。」
そう答えた瑞樹は、今まで見た事がない程、柔らかくて優しい表情を見せた。
その美しさに岸田は思わず息をのむ。
「5月くらいに知り合った人がいて、その人と知り合ってから私の周りに大きな変化があったの。その都度色々な事があったんだけど、気が付けば私の周りに色んな人がいてくれるようになって、その人達が今の私を支えてくれているの。」
「知り合った人ってどんな人か聞いていい?」
「え?えっとね・・・・凄く芯の強い人で、周りには柔らかい笑顔を向けてくれる温かい人かな。その人には本当に色々と助けられてばっかりで・・・情けない話なんだけどね・・・」
まるで恋人を紹介しているかのように、顔を赤らめて幸せそうに間宮の事を話した。
自分で聞いておきながら、そんな表情を見せられた岸田には辛い時間だっただろう。
その後も暫く惚気話のような返答に耐えながら、岸田はいくつかの質問をして間宮の詳細な情報を聞き出した。
《間宮 良介 29才》
・・・確かに年上だとは言っていたが、てっきり大学生かその辺りの年齢の男だと思っていた。
まさか29才、社会人だったとは・・・
勿論、口には出さなかったが、おっさんに負けてたまるかと、闘志を燃やす岸田がいた。
ピピッ!
腕時計にセットしていた時刻がきた事を告げるアラームが小さく鳴った。
アラームを止めて、軽く溜息を付きながら岸田は瑞樹に電車の時間だからと、席を立ちながらそう話した。
そこでようやく瑞樹は、夢中で間宮の話ばかりしていた事に気が付き、真っ青な顔をして岸田に頭を下げた。
苦笑いを浮かべながら、頭を上げるように促してどうにかその場を取り繕ったが、内心は想像以上のダメージを負った。
精神的に深刻なダメージを負った岸田だったが、気丈に振る舞い瑞樹に負い目を感じさせないように努めながら、駅へ向かおうとする。
そんな岸田を特急に乗り換える駅まで見送ると言ってきたが、そこまで気丈に振舞える自信がなかった岸田は、無難な言い回しで瑞樹の申し出を断った。
それならせめてと、目の前にあるA駅のホームまでと言い出したので、そこまでならと瑞樹に見送って貰う事にした。
A駅へ入り改札を抜けてホームに到着した岸田は、少し後方からついてきていた瑞樹にホームから見える景色を見渡して、わりとこの辺りも変わったなと話しかけた。
「私は生まれた時から、ここを離れた事がないからよく分からないけど、岸田君から見たらそうなんだろうね。」
瑞樹も岸田と同じように周りを見渡しながらそう話した。
同じ時間を過ごせていない期間がお互いの感想に違いを生じさせた。
やはり時間とゆうものは残酷だと痛感させられた岸田は、一瞬だけ顔を歪ませる。
だが、自分にだって変わらないものがある。
それを伝えたくて、わざわざ名古屋からここまで来たんだから・・・・
間もなく電車が到着すると、アナウンスがホームに流れた。
「瑞樹さん。」
反対側のホームを見つめながら、自分の後ろに立っている瑞樹に体全体を背けたまま、瑞樹の名を呼んだ。
「なに?」
背中からそう瑞樹の声を聞き取ると、岸田はゆっくりと瑞樹に方に振り向いた。
「色々と変わった事もあるけど、昔から全く変わらないものもあるんだ。」
「・・・・・・・」
岸田がそう告げると、瑞樹は何も言わずに話している岸田の顔を見つめた。
「俺は中学の時から、今でもずっと・・・・瑞樹さんの事が好きだ。」
中学時代からの想いを告げた瞬間、電車がホームに滑り込んできた。
瑞樹の綺麗な髪が、電車の走行風でサラサラと綺麗に流れていく。
だが瑞樹は、流れる髪を全く気にする事なく、岸田を見つめ続けていた。
そして電車が止まり切る前に、それまで何も言わなかった瑞樹が口を開いた。
「ありがとう。凄く嬉しい、本当に嬉しいよ。でも、ごめんなさい。」
今まで色んな男から想いを告げられてきた。
だが、どれもまともに取り合おうとせずに、時には嫌われるように、時には冷たく引き離すように、まるでフり文句マニュアルがあるかのように、本心を全く見せる事なく鉄壁女なんて言われる程、寄ってくる男達をぶった切ってきた。
そんな瑞樹が初めて、真っ直ぐに相手の目を見つめながら、真剣な表情で言葉を選びつつも嘘がない言葉で、岸田にはっきりとそう告げる。
少し前の瑞樹からでは想像すら出来なかった事だ。
それだけ、瑞樹にとって岸田は大切な存在なのだろう。
彼が傍にいてくれなかったら、今の私はいない。
その恩は今も確実に感じている。
だが、いや、だからこそ、自分の本心を隠さずに向き合わないといけない。
それが、今の瑞樹に出来る最大限の事だった。
電車が停車してドアが開き、乗客達から雑音が溢れだす。
岸田は足元に置いていたバッグを持ち上げて肩にかけた。
「一応理由を聞かせてもらっていい?」
一応と付けたのは、どんな返答が返ってくるのか分かっているから・・・
「好きな人がいます。本当に好きな人がいるの。」
雑音が響き渡る人の行き交いが激しい駅のホームでも、ハッキリと聞き取れる力強い声だった。照れや恥ずかしがっている様子は微塵も見られない。
真っ直ぐに岸田を見て、何も包み隠さずにそう言い切った。
「そっか・・・それは残念だよ。でもね・・・」
そこまでは苦笑いで話した岸田だったが、そこからは真剣な眼差しを瑞樹に向けて、話を続けた。
「俺は自分が思っていた以上に諦めが悪い男だったみたいなんだ。予定通りにいけば、春から同じ大学に通う事になるんだし、アタックは続けさせて貰うから!よろしく!」
負けた男の目には見えない。
そんな目で瑞樹に、そしてここにはいない瑞樹の思い人に宣戦布告した。
「いいよ。でも、私はかなり重い女だって自覚はあるから、無理だと思うよ?」
「それはどうかな?そうゆう女の子程、実は変わりやすいって言うしな。」
プッ!あはははは!
そこまで話すと、お互い同時に吹き出してしまった。
とても告白をしてフラれてしまった空気だとは思えない。
「それじゃ!受験絶対に合格しろよ!」
発車時刻が迫り、岸田はそう言って右手を差し出す。
「うん!ありがとう、頑張るね!」
瑞樹もそう返して、差し出された手を握って握手を交わした。
「受かったら連絡くれよ。何かお祝い考えとくからさ。」
「フフ!ハードル上げて楽しみにしてるね。」
2人でクスッと笑い岸田は電車に乗り込む。
電車が走り出して、お互い頷き合い手を振って別れた。
「ごめんね・・・・」
電車が完全に見えなくなり、瑞樹は人通りが少なくなったホームで、俯いてそう呟き涙を流した。
岸田を求めていない自分、岸田の気持に応えられなかった自分、そして、こんな時でも間宮の事を考えている自分の中で、言葉にし難い複雑な感情が渦巻く。
笑い合える資格なんて本当はなかったのに、また甘えた。
私は彼を、岸田君を傷つけたんだ。
期待を持たせるだけ持たせて、結局拒んだんだ。
あんなに優しい彼を裏切ったんだ・・・
一人駅を出てトボトボと歩く。
岸田の断った時の一瞬だけ歪めた顔が頭から離れない。
足が段々進まなくなってきた。
もう重い足を無理矢理前に進ませる事に嫌気がさして立ち止まる。
立ち止まった先の左側はわりと大きな幹線道路が通っていて、車の行き交いが激しく、陽が沈み暗くなった通りをヘッドライトが明るく照らした。
そして右側も比較的に明るい光が立ち止まった瑞樹を照らしていた。
そこで瑞樹は違和感を感じた。
A駅から自宅へ向かって歩いていたはずだ。
なのに・・・・・
気が付くと間宮が入院している病院を見上げていた。
腕時計で時刻を確認すると、まだ十分面会可能な時間だった。
自然と足が病院へ向く。ついさっきまであんなに重かった足が羽でも生えたかのように軽い。
すぐに間宮の病室前に着いた。
室内から話し声が聞こえない。
恐らく今は誰も面会に来ていないようだ。
フゥと軽く深呼吸をして気持ちを落ち着かせながら、間宮の病室のドアをノックする。
「はい、どうぞ。」
聞き慣れた優しい声で病室から応答があった。
思わず顔がにやけてしまう・・・
「失礼します。」
何だか懐かしいやり取りだと感じた。
何でだっけ・・・
そうだ!ゼミの合宿で自主学時間の時、講師が待機している部屋に入る時のやり取りだ。
わずか数ヵ月前の事なのに、妙に懐かしく感じるのは多分合宿で間宮と出会ってから今日まで、本当に色々な事があったからだと思う。
そんな事を思い出しながら病室へ入る。
病室は個室だから、勿論ベッドは一つだけ。
そのベッドは窓際に設置されていて、背もたれを起こした状態だった。
間宮は背もたれに上半身を預けて、窓から流れるように走り去っていく車を眺めていた。
「よう!」
「こんばんわ、間宮さん。」
相変わらずの柔らかい笑顔で迎えてくれた間宮を見て、無事に手術成功したのだと安堵した。
茜から手術の結果は聞かされていたが、自分の目で確かめないと安心出来なかった。
ホッと安心した顔をしていると、間宮が急に頭を下げてきた。
「迷惑かけてごめんな。本当に助かったよ、ありがとう!瑞樹。」
礼なんていらない。今まで助けて貰った事を考えれば、まだ全然足りてない。子供が出来る事なんてたかが知れているが、少しでも返していきたいとずっと思っていた。
だから当然、礼なんて言われる事なんてしたと思っていなかったが、ここ最近距離を感じていた瑞樹の心が温かくなる。
「ほんとだよ!あんな所で倒れてるんだもん。凄く驚いたんだからね!」
「はは・・・面目ない。」
後頭部をガシガシと掻いて苦笑いを浮かべた。
「退院したら何かお礼しないとな。」
間宮のその言葉を聞いて、一瞬で顔が赤くなり目を見開いて口が微かに震える。
「何がいい?」
何も反応しない瑞樹に不思議そうな顔でそう尋ねる。
想像した事がなかった。
神楽優希が現れてから、凄く距離を感じていた間宮から、そんな事言われるなんて考えていなかった。
今まで助けてもらったお返しのつもりだったのだから、お礼されるような事ではない。
だが、この申し出を断るのはあまりにも勿体ないのではないか・・・・
「初詣・・・」
「ん?」
「初詣連れていって・・・その・・・二人で・・・」
最後の方は声が掠れて消えてしまいそうだったが、何とか両手を力一杯握りしめながら、最後まで言い切れた。
「初詣か・・・・昨日までだったら断ってるとこだったんだけど・・・」
間宮は年末年始は実家へ帰省する予定だったのだが、この有り様で今年は帰るのを諦めていた事を話した。
「だから年末年始は何も予定がない、暇なおっさんと初詣付き合ってくれるか?」
あくまで頼んだのは瑞樹だが、何時の間にか間宮が瑞樹に頼んでいるようになっていた。
「う、うん!勿論!・・・・ってあれ?私が頼んで・・・」
「細かい事はいいじゃん!」
間宮はそう言って、いつもの瑞樹が大好きな柔らかい笑顔を向けていた。
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瑞樹が帰って暫くして、間宮はテーブルに置いてあったスマホを無造作に取り出して、アドレスを立ち上げタップしてスマホを耳に当てた。
ーもしもし!ワシは誰や?ー
「知らんがな!たまには普通に電話出れんのかいな。」
ー無理やな!そんな事したら大阪人の恥やろう!ー
「いや、大阪人でもいちいちそんな事してるの親父だけやからな!」
と毎度のように中々、本題に入れない会話をしたあとで、痺れを切らした間宮が少し強引に年末年始の話を始めた。
「年末年始、特に年始の話なんやけどな・・・」
ーん?盲腸で入院してるから、年末は無理になって元旦からこっちに来るって話やろ?それなら茜に聞いてるで?ー
「あぁ、それなんやけど、ごめん!帰省するの来年でもいいか?」
ーおいおい!どうゆう事やねん。ワシも久しぶりに良介と飲もうと楽しみにしてたんやぞ?ー
雅紀の声が少し沈んだのが分かった。
「ごめんな、ほんま急で悪いんやけど、俺にとってどうしても外したくない予定が入ってもうたんや。ほんま、ごめん!」
電話越しなのに無意味に頭を下げる間宮。
職業病みたいなものだろうが、間宮が本気で悪いと思っている証拠でもある。
ー女か?ー
「は?」
ーせやから、正月来られへんのは女のせいか?って聞いてるねん!ー
「せいって言い方は気に食わんけど、まぁ、そうや!」
ーその子の事、好きなんか?ー
「は?正月の話にそんな事関係ないやろ。」
ーええから!聞かせろや!ー
ずっと暮らしてきた息子としての経験上、こう言い出したら中々引っ込めようとしない事はよく知っている。
だから・・・・
「まだよく分からんわ!でも・・・・大事な存在やとは思ってる!」
電話越しで聞いていても、声が少し上擦っていたのを雅紀は聞き逃さなかった。
ーそうか・・・それなら、しゃーないな!その代わり、来年まで待てんから盆には帰ってこいよ!ー
「分かった、約束する。ありがとな。」
息子からの電話を切った後、妻の涼子に電話の内容を話した。
年始に良介がこれなくなった事を雅紀から伝え聞くと、不思議そうな顔で雅紀を見つめる。
「・・・・なんや?」
「すんなり了承するなんて珍しいって思って・・・」
痛いところを突かれたような顔をした雅紀は、天井の方を向いて話し出した。
「初めてやったからや。」
「何が?」
「優香さんがあんな事になってから、初めて俺に優香さん以外の人を大事な存在なんて言うてきたのがや。」




