第6話 RESTART
その言葉が耳に入った瞬間、思考が停止した。
マイナス方向で色々な事を予想していたが、「ごめんな・・・」その後続く言葉は・・・まさか別れ話!?。
それほどまでに、姉のモノマネをしていた事が気にくわなかったのだろうか・・・
兎に角、謝らないと・・・許して貰えるまで謝らないと・・・
「ご・・・ご、ごめ・・・あの・・・そ、その・・」
停止していた思考を無理矢理動かして、間宮に謝ろうとするのだが、想像もしていなかった事態でパニックに陥ってしまっていた為、上手く言葉が出せないでいた。
気持ちばかりが焦り、謝罪したい気持ちが間宮に伝わらず優希の頬に涙が零れ落ちた。
困惑する優希を見た間宮は、慌てて両手を優希の震える肩に添える。
「違う!そうゆう意味じゃないから、兎に角落ち着いて・・・な!」
優しい口調で優希の動揺を収めようとする間宮の表情には焦りと自分への怒りが見て取れた。
「俺が言いたいのは、俺達の今の関係って、俺が優希に優香を感じて優香への気持ちを優希に押し付けたものだって事だ。」
この言葉に嘘はない。極端な言い方をすればあの日の口づけも間宮は優希に優香を求めたものだとも言える。その事に気が付いた間宮は自分にどうしようもなく腹が立った。
だからこそ・・・
「本当の優希を見せてくれて嬉しかったんだ。だからこれからも改めて俺に、本当の香坂優希を見せてくれないか?
そして、優香の元婚約者の俺ではなくて、ただの俺を見て欲しいんだ。」
リセット、いや、リスタートとゆうべきか。
優希とのこの曖昧な関係では本当の気持ちが見えてこない気がした。
そんな事無視して恋愛を楽しむ事も間違いではないと思う。
自分でも面倒臭い事を言っている自覚もある。
それでも、彼女に対してはどれだけ面倒臭かろうと、お互いの気持ちをハッキリする必要があると思った。
「そうやって本当のお互いの事をこれから知っていこう。そして俺達にその先が見えた時、改めて俺の方から交際を申し込ませてくれないか?」
間宮は優希の両肩に触れたまま、そう提案して辛そうな表情を浮かべた。
「それって・・・今の関係のままじゃ駄目なの?」
「そうだな・・・今の関係のままじゃ気が付かない事が多い気がするし、それに・・・」
「それに?なに?」
間宮は思わず零れた言葉に、しまったと言わんばかりの表情を浮かべた。
だが、優希が先の言葉を待っていると、覚悟を決めて話す事にした。
「それに、俺は東京を離れる事を決めたばかりなんだよ。」
「え?」
突然の話で再び思考が停止した。
もう半分自分の手の中にいるはずの存在が、気持ちだけではなく、本当の距離まで離れると言い出したのだから、色々と二転三転して思考が追い付かなくなってしまうのは当然だろう。
それから間宮は詳細を改めて話し始めた。
入社した時からやりたかったエンジニアとして誘いを受けていた事、研究所が東京になくて新潟県にある為、引き受けたらここを離れないといけない事。
そして、そのオファーを先日了承すると返事をした事を明かした。
そこでさっきの話に戻り、実際の距離も離れてしまう事も含めてお互いを見つめ直したいと付け加えた。
「そうだね・・・確かに面倒臭いし、折角勇気を振り絞って手に入れた関係を壊そうって言われてショックだよ・・・・でも、それだけ真剣に私の事を考えてくれているって事も理解出来る・・・理解できちゃうから反対出来ない・・・ズルいよ、良ちゃん・・・」
「ほんとだよな・・・ごめん。」
間宮が謝ると優希は自分の両肩に乗せられていた間宮の手を、そっと離して距離をとった。
それから大きく息を吸い込み大きく吐き出して、コホンと咳払いをしてから間宮に視線を戻して口を開く。
「でも!良ちゃんの提案を受け入れるには、一つだけ条件があります!」
人差し指を立たせてそう言う優希の顔は真剣なものだった。
「その条件って?」
「良ちゃんの現時点での本音を話して欲しい。私の事を真剣に考えてくれてるのは分かったけど、私の事と引っ越す事以外で隠してる事あるんじゃない?それを話してくれたら、かなり不安だけど良ちゃんの提案を素直に受け入れるよ。」
本当の優希はコンプレックスの塊で、自分に自信がもてない女性だ。
だから、幼い頃から優香の後ろに隠れていたのだろう。
でも、ただ隠れていたわけではないようだ。
後ろから周りの人間をよく観察してきたのではないだろうか。
その目は人間の本音を敏感に読み取る力があるのではないか。
そんな事を以前から考えていた。
そのきっかけは、彼女が歌っている歌の歌詞だ。
全て架空の歌詞だと聞いたが、それなのにやたらとリアリティがあって共感できる部分が多く存在したからだ。
恐らく神楽優希のファンも同じ気持ちなんだと思う。
だから、俺の内心に感づいていても不思議ではない。
それなら、ここで本音を隠す事は優希の気持ちを蔑ろにする事になる。
「分かった。何が聞きたいんだ?」
「私以外で気になってる女の子っているんじゃない?」
「!!・・・・いる・・・と思う。」
「随分と曖昧な返事だね。」
「・・・・・正直、自分でも良く分からないんだよ。その子の事が気になるのは確かなんだけど、一人の女性としてなのか、単なる妹的な感じなのか・・・それだけ年が離れててさ・・・・」
「そうなんだ・・・その子のどんな所が気になるの?」
「昔に色々あってずっと心を閉ざして生きてきた女の子でさ。だから最初は心配でほっとけなかっただけだったんだ。それで俺に出来る範囲でそのトラウマを癒そうとしていくうちに、徐々に本当の自分を見せてくれるようになってから、気になりだしたってとこが正直な話なんだ・・・・ごめん。」
「別に謝らなくていいよ。そっか!やっぱりハッキリしなかったのはお姉ちゃんの存在だけじゃなかったんだね。」
「そうだな・・・・ごめん・・・」
「気分は良くないけど、私も結構強引だったのは自覚してるからね。
その子は良ちゃんが東京を離れる事は知っているの?」
「いや、まだ話していない。この事を話したのは仕事の関係者以外では優希が初めてなんだ。」
「そっか・・・最後にもう一つだけいい?」
「なんだ?」
「その子は良ちゃんの事好きなの?」
「いや、多分そんな事はないと思う。そりゃ、嫌われているとは思っていないけど、この年齢差だからな。多分便利な兄貴的な感じて懐いてくれているんだと思う。」
「そう。まぁ、私はその子の事を知らないし、どんな風に接してるのかも分からないけど、良ちゃん鈍感なとこあるから参考にならないかな。」
「はは・・・信用ねぇな。」
苦笑いを浮かべながら、今日はこれで帰ると告げてソファーから立ち上がり、帰り支度を済ませて玄関へ向かった。
革靴を履いて借りていた靴ベラを返して、玄関のノブに手をかける。
「それじゃ、御馳走様。本当に美味かったよ。」
「どういたしまして!」
「それじゃ、またな。」
「あ!ちょっと待って!」
玄関を半分程開けたところで、優希に呼び止められて足を止めた。
それから再度優希に振り返る。
「どうした?」
「え、えっとね・・・この玄関出たら恋人じゃなくなるじゃん?」
「あ、あぁ・・・そうだな。」
「だからさ・・・・最後にもう一度だけ・・」
そこまで告げた優希は、玄関に立ち尽くす間宮に体を寄せ、両手を間宮の首元へ回してそのまま間宮の反応を待たずに唇を重ねた。
納得なんて出来るわけがない。自信なんてない。
でも、受け入れないといつまでも間宮の気持ちを手に入れる事が出来ない。
だからRESTARTを受け入れた。
このキスは決意表明なんだ。
絶対に誰にも負けない。その想いを込めたキスだったが、重ねた唇を離した時初めて自分が涙を流しているの事に気が付いた。
その涙を無言で間宮がそっと指でふき取る。
抱き着いた腕を離して、間宮の顔を見上げると間宮の目からも涙が流れていた事に気付く。
「ごめんな・・・」
それだけ言い残して間宮は玄関を出て行った。
ついさっきまで2人で楽しく過ごしていた空間に一人残される。
いつもの住み慣れた部屋なのに、やたらと広く感じる。
寂しい・・・・
生まれてきて、何度も何度も感じた感情だ。
今までで一番寂しいと感じたのは、姉である優香がこの世から去った時だった。
その時より寂しさを感じる。心が締め付けられる。
後悔している事を自覚した。
間宮の提案を拒否して駄駄をこねれば、恐らく関係の継続は出来たはずだ。
だが、それをしなかったのはプライドとちっぽけな見栄だった。
「ほんと・・・私って・・・・ばか・・・だな・・ぁ・・」
リビングのガラスの壁に凭れ蹲り、声を殺して泣いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
O駅の上り線ホームで間宮と神楽優希を見かけた後、走り出した下り線に乗っていた瑞樹は無言だった。
岸田がその空気を壊そうと何度か話しかけてみたが、相槌が返ってくるばかりで、2人の空気はどんどんと重たくなっていった。
とうとうA駅へ到着するまで瑞樹は相槌を打つ以外、何も反応がないまま電車を降りた。
改札を抜けて駅の出口付近でようやく瑞樹は岸田に話しかける。
「それじゃ、私は自転車を取りに行くからここで・・・」
笑顔もなく無機質に小さく手を振って、岸田の元を立ち去ろうとする瑞樹の左腕が後方へ引っ張られる。
驚いて後方を見ると、真剣な顔で岸田が自分の左腕を掴んでいる事を知った。
「ちょ、なに?」
捕まれた腕を引き離そうと力を込めるが、当然のように力の差で振りほどけない。
岸田は掴んだ腕を離さないまま、瑞樹に話しかける。
「まだ返事聞いてないから。」
「え?返事って?」
「明日一緒にK大へ行こうって話のだよ。」
O駅で間宮達を目撃して、驚きとショックですっかりその話が抜け落ちていた事にようやく気が付いた。
当然、今の心境で付いていく気になれない瑞樹は、俯きながら表情を曇らせる。
「ご、ごめん・・・・誘ってくれたのは嬉しいんだけど、ちょっと行く気になれないよ・・・ごめん・・・」
そう言って断ると、掴まれている腕にさらに力が籠るのを感じた。
「いや!行こう!絶対に行こう!!」
岸田は強い口調でそう言い切った。
「え?いや・・・ごめ・・」
再度断ろうとしたが、言い終える前に掴まれていた腕が解放されて、岸田は瑞樹から少し距離をとった。
「明日10時にここで待ってる。来るまで待ってるから!!」
「え?ちょ、だから、私は・・・」
瑞樹が慌てて行かないと言おうとしたが、岸田は一方的にそう言うとその場から走り去ってしまった。
「・・・・・・え?」
追いかけるタイミングさえ掴めないまま、その場に取り残された瑞樹は呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。
考えた事もなかった岸田との再会に喜んでいた。
そんな気分をあの現場を目撃してしまって、一瞬でかき消されてしまった。
その昔、確かに岸田に好意を抱いていたはずなのに、だから再会出来て少し舞い上がっていたりもしていた。
瑞樹の中でそんな大きな出来事があったにも拘わらず、現在は間宮と一緒にいた神楽優希への嫉妬感と敗北感で押し潰されそうになっている。
あんなに楽しい時間を過ごせたのに・・・
何か腹が立ってきた・・・・
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
優希のマンションを出た間宮は、自宅へ向けて電車に揺られていた。
優希の別れ際に見せた涙が、間宮の心を抉る。
優希に出会ってから自分勝手な事ばかりしているように思う、
あんなに気持ちを真っ直ぐに伝えてくれて、本当に自分の事を想ってくれているのに・・・・
一体、自分は何が不満なんだと苛立ちが隠せなくなってきた。
でも、この気持ちからは絶対に逃げないと決めたんだ。
逃げてしまったら、本当に前に進めなくなると本能で理解しているから・・・
だから我儘なのも自覚しているし、最低な事を言ったりしているのも分かってるが、もう少しだけ勝手にさせてもらうと決めた。
そんな一人決意表明をしていると電車がA駅のホームへ到着した。
乗客の流れに従って間宮も駅へ降りる。
改札を通過して腕時計で時刻を確認すると、23時を指していた。
そのまま駐輪場の入口に差し掛かると、時間が時間だけに停めている自転車は疎らで、人気がない空間が広がっていた。
最近は仕事が忙しく、似たような時間に帰宅する事が多い為、見慣れた光景でもあった。
ズキッ!!!
自分の自転車を停めている二階へ移動しようと、足を一歩踏み出した瞬間、突然今まで感じた事がない強い痛みを感じた。
そういえば今月に入った頃から、断続的に襲ってくる胃の痛みに悩まされていた。だが、仕事が忙しく病院に行けなかった間宮は胃腸炎だろうと判断して、市販の薬は飲んでいた。
だが、効果は殆どなかったのだが、暫くすれば治ると楽観視していた。
その考えはどうやら甘かったようだ。
今までの我慢できる痛みとは違い、苦悶の表情を浮かべてしまう程の痛みを感じて、右手で胃を押さえて歩みを止めた。
ズキッ!・・・ズキッ!・・・ズキッ!・・・
ズキンッッッ!!!!!!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
主人の帰りを静かに待つ自転車の横に、自転車が待っている主人を同じように待っている人影があった。
この時間のこのフロアにはもう殆ど停めている自転車はなく、辺りを見渡しても3台しか停められていなかった。
その内の一台はいつ見てもずっと停められている自転車だった。
かれこれ一か月はそこに置かれっぱなしになっていると思う。
恐らく、持ち主が何らかの事情でこの辺りを長期間離れていると思われた。
もう一台は赤と白のコンビカラーが目を引きデザインがヨーロッパを思わせるお洒落な自転車で瑞樹のお気に入りの愛車だった。
最後の一台は、どこにでもありそうな自転車で、街中を走っていると他の自転車と見分けがつかなくなる程、至って普通の黒い自転車だった。
その普通の自転車の前に立っていたのは、赤白カラーの自慢の自転車に跨らずにいる瑞樹だった。
黒の自転車の持ち主である間宮を待っていた瑞樹は、ふと腕に巻かれている時計に視線を落とす。
その腕時計は以前、間宮がプレゼントした物だった。
やはりこんな高価な時計を普段使いに使う気になれず、今回のような外出時にしか使う事をせずに、普段は大切に保管されている時計だった。
その時計の時刻はもうすぐ0時を刺そうとしていた。
時刻を知った瑞樹は溜息を吐いた。
もう終電の時間だ・・・でも間宮さんは帰ってこない・・・・
どうしても確認したい事があった。
あのホームで一緒にいたのは間違いなく神楽優希だった。
瑞樹はどうしても2人の関係が知りたかった。
邪魔をする権利などないから、電話をするのは避けてlineで何度かメッセージを送ったが、既読すら付かなかった為、不安が増すばかりで居ても立ってもいられずに、結局岸田と別れた後ずっと間宮の自転車の前で間宮が帰ってくるのを待ち続けていた。
殆どストーカーと変わらないと自覚はしていたが、そんな羞恥心より真実を知りたい気持ちが勝ってしまったのだ。
とうとう終電まで待っていたが、帰って来なかった。
この事実が皮肉にも瑞樹が知りたかった答えになってしまった。
一緒にいた神楽優希と朝までいるのだろうと考えてしまうのに、十分な状況証拠が揃ってしまっているからだ。
ポツポツとまるで降りだし始めた雨のような雫が、駐輪場のコンクリートの地面を濡らす。
その雫の落ちてくる方を見上げると、俯いた瑞樹が本当に悲しそうな表情で、必死に声を殺して大粒の涙を流しながら泣いていた。
肩を震わせて、持っていた鞄の取っ手を力いっぱい握りしめる。
戦わずして負けたような感覚だった。
どこにも気持ちをぶつける場所がない。
だから、必死に心の中で整理をつけようと懸命だった。
皮肉にも、その行いは中学時代に得た特技になっていたのだが、今回ばかりは簡単に押し殺せそうにない・・・・
暫くして瑞樹は何かを諦めた様に、ずっとその場を動かなかった足を動かしだして、佇んで待っていた自慢の自転車を押し出した。
無言でゆっくりと一階へ続くスロープを降りていく。
一階へ到着するとここも二階と同様に自転車は殆ど無かった。
静まり返った空間を自転車の車輪が回る音と、瑞樹の足音だけが響いていた。
出口付近まで進むとキキッと自転車のブレーキ音と共に瑞樹の足音が止まる。
出入口先に誰かが蹲る様にして倒れていたのを目撃したからだ。
こんな時間にこの人気のない場所だ。
正直倒れ込んでいる人を心配するよりも、警戒心が勝っていた。
だが、ここを通らないと外には出られない為、倒れている男から一番遠い場所を通るように自転車を押して歩き出した。
通過しようとしている最中、視線は進行方向ではなく倒れている男に向けながら歩く。
しかし、倒れている人物に近づくにつれて瑞樹の表情が序所に警戒している目から、驚いている目に変わっていく。それから顔から血の気が引いたのを自覚したと同時に、自転車が倒れる音が響き渡った。
倒れた自転車の籠から瑞樹の鞄が落ちて中身をまき散らしてしまったが、瑞樹は気にも留めずに倒れている男の元へ駆け寄る。
「間宮さん!!ど、どうしたの!?」
瑞樹が血相を変えて駆け寄ったのは、倒れ込んでいた男が間宮だと気が付いたからだった。
「うぅ・・・」
瑞樹が声をかけるが、苦しそうなうめき声しか返って来ない。
これはただ事ではないと判断した瑞樹は、中身をまき散らした鞄の元へ走って、そこからスマホを取り出してすぐに119番へ電話した。
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痛みが急に酷くなり、たまらず膝をついて倒れ込んだ。
それから暫く歯を食いしばって痛みに耐えていると、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえてきた気がした。
聞き覚えがある声のような気はしたが、痛みに耐えるのに必死で誰の声なのか考える余裕はない。
だが、自分の状況を必死に聞いてきている事を理解して、何とか一言、二言だけ答えたのを覚えている。
それからは痛みが限界を迎えてしまった間宮は、意識が遠のく事に抗わずに気を失う事を選んだ。
真っ暗な視界に僅かに光が差し込むのを感じた間宮は、ゆっくりと目を開いて意識を覚醒させた。
光の正体は間宮が眠っているベッドの横にあるカーテンを開けた時に差し込んだ朝の光だった。
「あら?気が付いた?」
開かれたカーテンの裾を握って立っていた女性が話しかけてくる。
「こ、ここは・・・」
差し込む光を眩しそうな顔をして、すぐ横に立っている女性にそう質問した。
「ここは病室よ。あなたは昨日遅くにここへ運び込まれたのよ。覚えてない?」
病室?そう聞かされた間宮は、そう答えてくれた女性が看護師だと理解した。
それから昨夜の事を思い出そうと試みた。
確か前々からあった腹痛が急に酷くなって倒れ込んだんだよな・・・
それで、その時誰かに呼びかけられたのは覚えてる・・・
そこから先は覚えていないが、恐らく救急車に乗せられてここへ運ばれたんだろうな・・・・
だとしたら・・・気になるのは・・・・
「それにしても、ここに運ばれてきて緊急オペになったんだけど、その時から大変だったのよ。」
「何かあったんですか?てか緊急オペって、俺何か病気だったんですか!?」
「急性虫垂炎ね!所謂、盲腸ってやつだよ。発症してから結構痛みを我慢してたでしょ?でも、盲腸は切ったら終わりだから、もう大丈夫よ。」
「俺盲腸だったんですか!どうりで下腹部が痛むはずですね。それで大変だったってのは?」
「救急車を手配して身内だからと言って、一緒にここへ来た女の子がいたんだけど、オペに入ってからずっとオペ室の前から離れようとしなくてね。オペが終わってここに移動してきても、目を覚ますまで看病させて欲しいって泣きながら頼み込まれちゃってね。」
恐らく、その女の子が気を失う前に呼びかけてくれた子で間違いないと確信した。
「随分心配してたわよ。盲腸だから大丈夫って何度も説明したんだけど、その度に頭まで下げられちゃってね。」
「そうだったんですか・・・何かすみません・・・」
何となく申し訳ない気持ちになり、間宮は平謝りした。
「別に謝る事じゃないわよ。それに彼女もただ泣いていたんじゃなくて、間宮さんのご家族に連絡してくれたりしてね。テキパキと動いてくれて助かったわよ。それにしても凄く可愛い女の子だったわね。高校生くらいだと思うんだけど最初は妹さんだと思ったんだけどね。」
その話を聞いて気になっていた、間宮は呼びかけてくれた女性が誰だったのか見当がついた。
「いえ・・・妹ではないですね。とても、とても大切な友人なんですよ。」