第1話 sceneの存在意義
早朝5時過ぎ、目覚ましに設定している携帯のアラームが鳴り響くより遥かに早く目覚めて、ベッドから上体を起こし両足をベッドから降ろして右手を額に沿える。
香坂優香の妹、香坂優希からの挑戦状に似た告白から僅か数時間後のこの時、間宮はどうしようもない空虚感に苛まれていた。
あの夜、優希と交わした口づけ・・・
何故彼女の行動を拒否出来なかったのか・・・
いや、違う!拒否するどころか、唇を重ねる為の最後の距離を自ら詰めて口づけを交わしたのは自分だ。勿論、自分にも彼女と同じ気持ちを持っていてキスをしたのならいい。それは素晴らしい事で、少し出来過ぎたクリスマスになっているのだから。
それなら今朝だって気持ちよく寝ざめて、今頃メッセージなんて送っていたのかもしれない。
だが、現実はこの有様だ。頭の中がごちゃごちゃしていて落ち着かない。
間宮は無言でベッドから立ち上がり、浴室へ向かって頭を完全に起こす為にシャワーを浴びる。
文字通り体を洗うわけでもなく、ただシャワーから流れるお湯を頭から浴びて微動だにしない。目を閉じて流れるお湯の音に意識を向ける。
後悔とは違うが言葉では表現しにくい感情が、今の間宮の体を支配している。
ハッキリと言える事は、これは幸せを感じているのではない事だ。
優希の気持ちが嬉しくなかったわけではない。
ただ、素直に彼女の気持ちがストンと胸に落ちてこない。
嬉しいのだが、どこかで彼女の気持ちが引っかかっているといえばいいのだろうか・・・・
本当に自分の今の気持ちが把握出来ていない。
あのキスの後、暫く彼女の体を抱きしめていた。
その時、優希がどんな顔をしていたのか、自分の胸に顔をうずめていて見えなったから分からない。
そしてその時、自分もどんな顔をしていたのかさえ分からない。
その後、優希の車に乗り込み間宮のマンションへ向かった。
車内でもお互い何も話す事はなかった。何度か話しかけようとしたのだが、言葉が見つからず黙ったままマンションの前に到着した。
間宮はありきたりな挨拶をして車を降りた。
優希の車は外車で左ハンドルだ。
当然助手席側は反対車線側になる。
間宮は車を降りてドアを閉めると、車を回り込む様に歩道側へ移動する。
降りてすぐに立ち去りたかった間宮だったが、その回り込む時間の間が優希にアクションを起こす時間を与えてしまった。
「ねぇ!良ちゃん!」
優希は間宮に声をかけながら、自分も車を降りた。
その時、間宮の腕時計からアラームが小さく鳴った。
午前0時を知らせるアラームだ。この瞬間でクリスマスは過ぎた。
「私の気持ちの返事は貰えないの?遅れてきたサンタさん。」
そう告げる優希の真剣な眼差しは、やはり優香の眼差しと瓜二つにしか見えない。
その眼差しは間宮の心を大きく抉るものだった。
これまでも優しい目、少し怒った時の目、笑った時の目、そして何より今の真剣な目が、どうしても優香を感じずにいられない。
その罪悪感からくる心の痛みが酷くて我慢出来そうにない。
だから間宮は彼女の目を見ない為に目を閉じた。
そしてそのまま彼女に告げる。
「何で俺なんだよ・・・俺にはどうしても君の姿が優香にしか見えないんだ・・・」
「うん。分かってる。入口は気にしないって言ったよね?」
「でも、結局ずっと優希ちゃんの見る目が変わらない事だって十分にあるんだぞ。」
「そうかもね・・・でも、もしそうなっても私がお姉ちゃんより魅力がなかったってだけじゃん!勿論、負けるつもりは全くないけどね。だから良ちゃんは結果なんて気にしなくていいんだよ。」
「いや・・・・でもな!」
「良ちゃん!強引だったとは思うけど、でも最後は良ちゃんから距離を詰めてキスしてくれたよね?あれって軽い気持ちだったの?」
「え、いや、そんなんじゃ・・・」
「だったら、これ以上難しく考える必要は今のところないと思うな。少しでも私に気持ちがあるのなら付き合ってみて!私にチャンスをちょうだい!」
「・・・・・・・」
「何も言わないのは肯定ととっていいの?」
「勝手にしろ・・・」
視線を優希から外しながらそう言うと、彼女の返答を待たずにそのままマンションへ帰宅しようと歩き出した。
ロックを解除して自動ドアを開けてロビーへ入る。
そこから左手にあるエレベーターへ向かうまで、背中に優希の視線が刺さる。
今、彼女は何を考えているのだろう・・・
あんな有名人が何で俺なんかを・・・・
なんだかチクチクと胃が痛む感覚がある。
きっと色々ありすぎて胃に負担がかかったのだろうとあまり気にせずに、疲れ切った間宮は服を乱暴に脱ぎ捨てて、シャワーも浴びずにそのままベッドに倒れ込んで眠ってしまった。
翌朝、シャワーを浴び終えた間宮は、何かを振り払うように乱暴に頭を拭きながら、珈琲を淹れる。
今朝は食欲がないから、珈琲だけで済まそうとカップに移した珈琲を啜りながらスッキリと晴れた空を眺めて息をついた。
そっと目を閉じて思い出す。
思えば29歳の誕生日を迎えた日からめまぐるしい日々だったな。
それまでは優香を失ってから仕事は頑張ってきたし、狭いけど友人関係も大切にしてきたつもりだ。でも、それだけだ・・・・
何もない凍り付いた生活だったと思う。
いや、自分から凍らせたんだったな・・・
そんな生活に特に疑問も持たずにやってきたはずなのに、彼女との出会いから、らしくない自分がいたんだ。色んな感情を表に出して、本気で怒ったり、笑ったり、他人を心配したり・・・・
彼女が自分を取り戻してから、向けてくれる笑顔が凍り付いた何かを溶かしてくれた気がする。
・・・・・あっ!何考えてんだ俺・・・今は優希ちゃんの気持ちにどう応えるか考えてたはずなのに・・・
クスッと苦笑いを浮かべて、テーブルに置いてあったスマホをジッと見つめる。
やっぱり俺が・・・
自分の中で何かの決断を下した間宮は、そう呟きながらスマホに手を伸ばす。
アドレスを立ち上げて、その中の一人の番号をタップしスマホを耳に当てた。
トゥルルルル・・・トゥルルルル・・・
「もしもし・・・・・」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
間宮は電話を終えた後いつも通りの時間に出社して、迷惑をかけた部署に謝罪して回ってから、溜まった仕事を片付ける為に奮闘している、そんな午後のsceneではカウンターの内側で杏が不機嫌そうに腕を組みながら、目の前にいる2人の客を睨んでいた。
そりゃね・・・アポなしでいきなり誘ってクリスマスを一緒に過ごせるなんて思ってなかったわよ・・・でも送ったlineを既読スルーはないんじゃないかな・・・・・・それにあの出回っていた画像の神楽優希と一緒に写っていたのって間宮さんだよね・・・やっぱりクリスマスは2人で過ごしてたのかな・・・・
「はぁ・・・」
イラッ
俺みたいなオッサンが、いきなりJKをクリスマスに誘うのって、世間的にヤバい事だよな・・・でも、一緒にいたいって思っちまったんだよな・・・直前でビビって誘えなかったんだけどさ・・・イブは神楽優希のライブに行ってたみたいだけど、クリスマスはどうしてたんだろ・・・
「はぁ・・・」
イライラッ!!
「あのさ・・・松崎君、藤崎先生・・・一つ聞いていいかしら?」
「何?杏さん・・・はぁ・・・」「はい、何ですか?・・・はぁ・・」
「間宮一派は、私の自慢のオムライスを溜息交じりで不味そうに食べるの流行ってるのかな?」
棘のある言い方をされて、2人はようやく空気を悪くしてしまっていた事を自覚した。
「杏さんごめん!不味いわけないじゃん!相変わらず美味いよ!」
「うん!ごめんなさい!ちょっとネガティブはいってしまってただけだから!でもオムライスに悪いですよね!すみません・・・」
2人は杏に必死で謝罪して、オムライスを頬張りだした。
しかし、途中で杏の言葉に引っかかりを感じた藤崎は、カウンターの奥に向かおうとしている杏を呼び止めた。
「ごめん、杏さん!さっき間宮一派って言ってたと思うんだけど、間宮さん来てたの?」
「来てたよ!昼から取引先のアポがあるから、早めに食べに来たらしいよ。あの子もあなた達と同じように、溜息ついてオムライス食べてたから、説教してやったわよ。」
流石は間宮の自称、第二の母である。
付き合いが長いとはいえ、客に対して説教なんてあり得ないのだが、そこは2人の信頼関係が成せる業なのだろう。
しかし間宮にとってそんな存在の杏に対しても、悩んでいる事を打ち明ける事はしなかったらしい。
「そうですか。あの、間宮さん何か言ってませんでしたか?クリスマスの事とか、その・・・私の事とか・・・」
思わずカウンターに身を乗り出すような態勢で杏にそう尋ねた。
「クリスマス?いや、特に何も話さなかったよ・・・」
そう答えて杏はカウンターの奥へ消えていった。
何も気にされていないかもと痛感した藤崎は、また盛大に溜息を付いてカウンターに項垂れるように崩れ落ちた。
「藤崎先生、あいつにクリスマスデート誘ってフラれたんか?」
露骨に落胆する藤崎を横目で見ていた松崎が、そう声をかけた。
そう言われた藤崎はムッとした表情で、カウンターに並んで座っている松崎を疎ましそうにチラっと見て、少し苛立った顔で口を開いた。
「別にフラれていませんよ。ただ、lineで誘ったのに既読スルーされてモヤモヤしてるだけです・・・」
藤崎はそう松崎に弁解すると、何とも言えない表情で前髪を掻き上げた。
「なるほどね。それは気になって溜息もつくよな。」
「ええ、だから嫌な事ばかり頭を過るんですよね・・・クリスマスに他の女性と過ごしていて、無視されたんじゃないかとか・・・」
そう話しながら、当日返信をじっと待っている時の事を思い出したのか、僅かにだが藤崎の目に涙が溜まるのが見えた。
「どうゆう経緯で返答してこなかったのかは分からないけど、あいつがクリスマスに何をしていたのか知ってるよ。」
「え?ほ、ホントですか!?」
思わぬところで当日の間宮の行動を知る事が出来る事態になり、藤崎は思わず寝そべっていた上体を起こして、二席開けていた空間を飛び越え松崎に詰め寄った。
「あ、ああ。あいつイブに神楽優希のクリスマスライブに行くのに、当日休みを取る為に仕事をギチギチに詰め込んでたんだけど、その反動で体調崩して大風邪ひいたみたいでさ、結局当日のイブと翌日のクリスマスは家で寝込んでて会社も休んでたんだよ。」
「風邪!?間宮さんって1人暮らしだよね?だ、大丈夫なの?あ、看病しに行っていいのかな?ってもう治ってるんだった・・・」
ついさっきまで、間宮に誘いを流されたっと嘆いていた藤崎が、間宮が風邪をひいて寝込んだと聞いた途端、突如冷静さを失い慌てふためく姿を見て、目を丸くした松崎が思わず吹き出した。
「プッ!あはははは!本当にあいつの事が好きなんだな藤崎先生は。」
松崎の吹き出し笑いに我に返った藤崎は、顔を赤らめて思わず立ち上がって元の席に座り直して俯いた。
「すみませんね!馬鹿みたいに取り乱して!」
横目で睨むように、笑っている松崎にそう言うと、笑うのを止めた松崎は急に真剣な眼差しを赤面する藤崎に向けた。
「笑ってごめん。藤崎先生でもそんな事で取り乱したりするんだと思ったらついな・・・でも」
そこまで話すと、藤崎に向ける表情が柔らかいものに変わっていく。
「正直藤崎先生が羨ましいかな・・・気位の高い藤崎先生が、好きな男の事となるとプライドなんて捨て去って、あんなに心配出来る事がさ・・・・」
そう話した時、松崎の表情が少し辛そうに藤崎には見えた。
「いるんですね、松崎さんにもそんな女性が・・・」
藤崎はそう言うと、松崎に優しく微笑んだ。
「まあね・・・でも、藤崎先生みたいに出来なくてな・・・なんてゆうかプライドみたいなのが邪魔してるみたいでな。」
「それ、何となく分かります。私も間宮さんと出会う前はそんな感じでしたから・・・」
クスリと笑いながら藤崎は松崎の気持ちに同意した。
だが、あくまでそれは過去の自分だ。今はそんな感情を持ち合わせていないように、毎日必死に間宮を想っている。
そんな自分が凄く好きで、そしてそんな自分が嫌いでもあった。
もっと格好良く仕事も恋愛もこなせる女だと思っていた。
でも実際は、仕事も間宮に救われた事で軌道に乗せる事が出来て、恋愛はプライドを捨てて本気で思いを伝えても、拒否されるのが現実で情けなくて泣きたくなる時がある。
だから、今はそんな自分だからこそ、松崎の気持ちは凄く理解出来る。
でも、その壁を越えた先に本物があると信じている自分にとっては、松崎の考えがもどかしいく感じた。
「藤崎先生!大丈夫か?」
そんな事を一人で考え込んでいると、ふと松崎からそんな事を聞かれて、頭の中に?マークが浮かんで、黙って松崎を見ていると、
「俺はこれから外回りだから問題ないけど、藤崎先生は講義の時間じゃないのか?」
そう言って、松崎は自分の腕時計を藤崎に見せた。
その時計の刺す針の位置を見て、一瞬で血の気が引いていくのが分かった。
「あ!!ヤバい!すぐに戻らないと間に合わない!!」
慌てて席を立ち、鞄から財布を探し始める。
気持ちが焦ると、いつもならすぐに出来る事が出来なくなるなんて事はよくある話だ。藤崎も例に漏れず鞄の中を必死に漁るが、中々財布が見つからない。
そんなパニック状態の藤崎を見て、松崎はクスっと笑って涙目になっている藤崎に漁っている鞄にそっと触れて話しかける。
「もう行っていいよ。ここは俺が御馳走するからさ。」
「何言ってるんですか!松崎さんにそんな事して貰う理由なんてありませんよ!」
そう言われても漁る手を止めずに視線も鞄の中に向けたまま、松崎の提案を断った。
「いや、元々、俺が愚痴ったのが原因で時間押してしまったんだから、奢る理由はちゃんとあるじゃん。だから、遠慮なんてしなくていいから、早く戻った方がいいって。」
助けようとしてくれた理由を聞かされて、ようやく漁る手を止めた藤崎は店にある時計を確認すると、本当に時間がないと観念したような表情を浮かべた。
「そ、それじゃ、甘えさせてもらっていいですか?でも御馳走なんてしてもらうような事はしていないので、お金を貸してくれるだけでいいです。後日必ず返しますから。」
別に今日が初対面って関係ではない。だが、間宮繋がりで知り合いはしたが、たまにここで鉢合わせた時に、挨拶をする程度の関係だった。
正直に言えば、私は彼にいい印象はなかった。
どこか軽薄そうで軽そうな印象をうけて、警戒すらしていたからだ。
どうして間宮さんはこんな人と仲良くしてるんだろうと、割と本気で思った事がある程だ。そんな彼に借りを作るなんてあり得ない!そう思ったけど、何だかさっきの彼の話を聞いてしまったら、そこまで拒絶する事が出来なかった。
「別にこんな事で遠慮なんてしなくていいのに。ま、覚えてたらでいいよ。午後からも仕事頑張ってな!」
そう言って飲みかけの珈琲カップを手に取った。
「ありがとうございます!それと、杏さん御馳走様でした。また来ますね!」
そう言って店のドアの手前まで来て、足が止まりもうこっちを見ていない松崎の方に振り返った。
「あの、松崎さん!やっぱり借りるのではなくて、御馳走になります!」
「え?お、おう!」
突然の方向転換に驚いた表情をする松崎に、「その代わり」と話を続けだした。
「ただ愚痴を聞いただけでは、対価としてバランスが悪いですから、私でよければ相談にのりますよ。その・・・なので、今度ここで飲みませんか?私も間宮さんの事で聞きたい事がたくさんあるので・・・」
話の後半から声がたどたどしくなったが、最後までちゃんと言い切った藤崎は、少し呼吸を整えた。
要するに藤崎はお互いの目的の為に協定を結ぼうと提案してきたのだ。
松崎は目を丸くして呆気にとられた様子だったが、すぐに少し笑みを浮かべて「わかった」と藤崎の提案を受け入れた。
提案を受理された藤崎は足早に松崎に近づいてメモをカウンターにそっと置いた。
「それ、私の連絡先です。ここで会うのに都合がいい日が分かったら連絡下さい。」
藤崎は一方的にそう言って、そのまま急いでsceneを出てゼミへ急いで走り去ってしまった。
藤崎の一歩的な行動に呆気に取られて、固まっていた松崎は藤崎が立ち去った後に、カウンターに置かれたメモを眺めてフフっと微笑んでそのメモを大事そうに財布へ仕舞いこんだ。
「ん~!なんだか青春の匂いがするねぇ!」
そんな2人のやり取りをカウンターの奥から眺めていた杏が、取り出した財布をポケットに入れた松崎にそう話しかけてきた。
「青春て・・・・俺はもうとっくにそんな年じゃないよ、」
そう青春だと言う杏の言葉を否定した。
「青春は若い連中の物だなんて誰が決めたの?いくつになっても気の持ち方次第で、青春って味わえるものだと私は思ってるよ。」
そう言い切る杏に何も返す事が出来なくなった松崎は、参ったとゆうような動きをして苦笑いを浮かべた。
「また2人で飲みに来るんなら、何時もより腕を振るってシェイカーを振れって旦那に言っておくから。」
そう言って、杏は楽しそうに笑った。
「ははは!じゃあ、期待してるって伝えておいて下さいね。」
そう言って、藤崎と二人分の代金を支払って、店を出ようとすると杏が一言声をかける。
「午後からも仕事頑張ってね!」
ドアを開けて背中越しにその言葉を受けた松崎は、杏の方に顔だけ振り向いてニカっと笑顔を作り何も言わずに、親指だけ立てて店を出て行った。
カフェバー[scene]
いつの間にかその店は間宮達、大人組にとって色々な運命の糸が交錯する大切な存在になっているのかもしれない。
大変お待たせしてしまって申し訳ありません。
これより第5章連載再開させていただきます。
変わらずお付き合い下さると嬉しいです。
これからも宜しくお願い致します。




