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29  作者: 葵 しずく
4章 錯覚
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第21話 真夜中のドライブ

 瑞樹達が今年最後の期末テストに臨んでいる時、間宮も顧客回りとシステムサポート、更に会議地獄の過密スケジュールをほぼ毎日深夜遅くまで奮闘していた。

 瑞樹に善処すると言ったクリスマスライブの日に何とか時間を作る為に・・・


 そんな師走のある週末、間宮は今日も終電ギリギリまで仕事をして、疲れ切った体に鞭を入れA駅に到着した電車から重い体を引ずるように降りた。

 改札を通過してからポケットに入れていたスマホを取り出して画面を立ち上げると、瑞樹から数件lineのメッセが届いていた。

 内容は期末テストの手応えと、ここのところ根詰めて仕事をしている間宮の体調を心配している内容だった。


 駅を出て近くに設置されているベンチに体を投げ出す様に座り込んで、lineの返信を書き出した。通常ならこんな時間に返信なんてしたら非常識なのだが、そこは受験生って事でまだ起きている事は分かっていたから、とりあえず簡略的に返信を送った。

 送ったメッセの横にすぐに既読マークが付いた。やはり起きていたようだ。


『お仕事お疲れ様。またこんな時間まで頑張ってたんだね(-_-;)体壊したら意味ないんだから無理したら駄目だよ!』

『ありがとな。瑞樹も頑張るのはいいけど、あんまり無理はするなよ。深夜の勉強ってあまり効率が良くないって言うしな』

『うん!分かってるんだけどね、でも勉強してないと不安なんだよ(;^ω^)』

『焦る気持ちはわかるけど、今の状態なら油断さえしなければ大丈夫なんだろ?なら無理すると台無しになっちまうぞ。』

『だよね!わかった!今日はもう寝るね。lineありがと!おやすみ、間宮さん。』

『おやすみ、瑞樹』


 瑞樹とのやり取りを終えスマホをポケットに突っ込んで、駐輪所へ歩き出した。

 もう終電もなくなっている時間だから、停めている自転車は殆どなくて殺伐とした建物から自転車を押し出して自宅へ向けてペダルを漕いだ。


 自宅のマンションが視界に入った時、マンションの前に見慣れない高級外車が横付けされている事に気が付く。

 停めてある車に近づいた時、間宮に向けて車のヘッドライトが数回光った。

 所謂、パッシングってやつだ。

 その光に一瞬目を細めてペダルから足を離して自転車を止めると、車のドアが開き、乗っていた運転手が出てきた。


「お仕事お疲れ様!良ちゃん!」

 そう言って、車から降りてきた運転手は、間宮に向かって大きく手を振っていた。手振る彼女はキャップにメガネをかけて服装はカジュアルで統一されてはいたが、遠目からでも分かる程、立ち姿が優香とダブって見えた。


「香坂か?」


 相手が誰なのか認識出来た間宮は、少し驚いた表情をしていた。

 それはそうだろう。全国的に有名なアーティストである神楽優希が、自分のマンションの前で帰ってくるのを待っていたのだから・・・


「どうしてウチの場所を?」

「ん?茜さんに無理矢理聞き出したんだよ。」

「無理矢理って・・・あははは!」


 間宮の笑う声を聞いた優希は安堵した表情で、間宮との距離を詰める。

「よかった。」

「え?何がだ?」

「そんな感じで笑えるんだって思って。」

「あぁ、色々あったけど周りの仲間に救われて、私生活に支障がない程度にはなれたよ。」

「そっか!それを聞いて一先ず安心したかな。」

 優希は本当に嬉しそうな笑顔で、そう告げるとここに来た用件を話し出した。

「今日は、確認に来たんだ。別に電話やlineでも良かったんだけどさ。」

「確認って?」

「24日のクリスマスライブに来てくれるかどうかの確認だよ。」


 瑞樹の学校で行われた文化祭の日、楽屋で渡された24日に開催されるクリスマスライブ、加藤達が騒いでいた理由をネットで知った。

 ただでさえ、入手困難な優希のライブだが、今回のイベントは24日だけの超プレミアムライブらしく、超入手困難でオークションでも元値の10倍以上で取引されていて問題になっているらしい。

 そんなライブチケットを貰ったのだが、そのアーティストが優香の実の妹と知ったのだから参加しないわけにはいかない。


「あぁ、その日休みを取る為に、仕事を前倒しして調整しているとこだ。おかげで連日帰宅するのが、こんな時間ばかりだけどな。」

「そうなんだ・・・何か余計な事しちゃったかな・・・ごめんね。」

 文化祭の凱旋ライブにトラブルに見舞われた間宮達の為に渡したチケットだったが、それが原因で間宮に無理をさせている事を知った優希は、申し訳なさそうに俯いた。

「バッカ!そんな事あるわけないだろ?天下の神楽優希のプレミアムライブなんだぞ?自分が行きたいから頑張ってるだけで、別に香坂の為じゃないんだからな!」

「うん・・・・ありがと・・・・良ちゃん・・・」

 それから少しの間沈黙が流れる。

 走り去る車に乗っている人達が、道路脇に停めてある優希の車を眺めながら走り去って行く。


 確かに目立つ車だ。確かBMWのZ4だったか・・・

 1人暮らしをしているサラリーマンには中々手が出ない高級車だ。

「それにしても凄い車に乗ってるんだな。」

「え?あ、そうなの?私、車の事よく分からなくて・・・」

「よく知らなくてBMWとか凄くね?」

「私は電車の方が東京だと便利だからって言ったんだけど、茜さんが電車移動なんてしたらパニックになるからって・・・」

「まぁ、そうだろうな。俺も車は持ってるけど、ここじゃ必要性を感じないから、実家に預けてて適当に使って貰ってるよ。」

「うん、だから殆ど茜さん任せで、この車にしたのも茜さんが税金対策とか言ってて、自分で選んだのって色くらいなんだよね。」


 そういうと2人は優希の車に視線を向けた。

 道路脇で佇むように停まっている車は、風格と気品があり優希が選んだ真っ赤なボディーは、行き交う人々に視線を奪う役割を果たしていた。


「税金対策て・・・茜らしいっちゃ茜らしいけど・・・はは。」

 マネージャーとはいえ、そんな事まで気にする必要があるのかと疑問に思ったが、そこが茜らしさがあって間宮は思わず苦笑いした。


「こんなの買っても、休みが凄く少ないから殆ど乗ってないんだけどね・・・あ!そうだ!少しだけでいいから、これからドライブに付き合ってくれない?」

「え?今からか?」

「うん!一人で運転してても話し相手がいなくて楽しくないんだよ。お願い!」

 両手を合わせてそう頼まれると、無下に断るのも可哀そうな気がしてきた。

「まぁ、少しだけなら付き合ってもいいけどさ・・・」

「ほんと?ありがとう!良ちゃん!」

 嬉しそうにはしゃぐ笑顔が、優香にそっくりで間宮はまた苦笑いを浮かべながら、優希の車へ向かった。

「あれ?良兄!やっと帰ってきたんか。」

 車へ向かう2人の後ろから、そう声をかけられて2人が振り向くと、コンビニの袋をぶら下げた間宮の弟の康介が立っていた。


「おつかれ!良兄!ってあれ?1人じゃなかったんか?」

 弟の康介は、仮契約していた部屋の本契約と家具を見て回る為に、大学の冬休みを利用して、上京準備を始める為に間宮のマンションに転がり込んでいた。


 康介は駆け足で間宮達の元へ近づいた。


「お、おう!なんだ、コンビニ行ってたのか。」

「うん、雑誌と飲み物買いにな!」

 康介は間宮にそう言いながら、向かい合って立っている優希に目線を移した。


「あ!こんばんわ!俺、弟の康介って言います。」

「こ、こんばんわ・・・香坂です・・・よろしく・・・」

 優希はあまり自分の顔が見られないように、俯きながら挨拶を交わした。

 挨拶が終わっても康介は優希をジッと見ている。

「あぁ、そうだ!康介!」

「ん?」

 康介に話しかけて目線を自分の方に向けさせた。

 その隙にキャップを深被りしてメガネをしっかりとかけ直して、変装のクオリティを少しでも上げようとした。


「悪いんだけど、俺また友達と話があるから少し出かけてくるわ。お前は先に寝ててくれ。」

「あ?それは別にええんやけど・・・」

 俯く優希に康介は再び目線を戻して、自信なさげに話しかける。

「あの~失礼ですけど、どっかで会った事ないですか?」

「へ?い、いえ・・・初対面ですけど・・・」

「そうですか?でもどっかで見た事あるような気がするんですけど・・・」

「あはは、どこにでもある顔ですからね・・・」


「香坂!そろそろ!」

「あ、うん!」

 一向に怪しむ態度をやめない康介に危機感を覚えた間宮が、優希の車に向かいながら、彼女に助け船をだした。

 その助け船に素早く反応して、「それじゃ」と会釈して康介の視線を振り切るように小走りで優希も車へ向かいすぐさま乗り込んで走り出した。


 車を走らせながら、康介の姿をミラー越しに確認して姿が完全に見えなくなってから、2人は溜息をついた。

「ごめんね、良ちゃん!私のせいで変な気を使わせてしまって・・・」

「いや、仕方がないだろ・・・気にしなくていいよ。」

「うん・・・」

 バレなかった事に安堵して、優希は被っていたキャップを脱いでダッシュボードの上に置いて、かけていた伊達メガネを襟元に引っ掛けて変装を解いた。


 2人を乗せた車は高速に乗って暫く走り、普段からあまり車の出入りが少ないトイレと自販機しか設置されていないマイナーなパーキングエリアで車を停めた。


 車から降りた優希は、体をグッと伸ばしてから冬の澄んだ空気を吸い込んで白い息を吐いた。

「たまにはドライブもいいよね。」

「ああ、そうだな。」

「とか言ってるけど、良ちゃん高速に乗った辺りから居眠りしてたでしょ!」

「うっ!連日の激務で疲れてるんだから、仕方ないだろ・・・」

「そうだけどさ・・・」

 優希はそこまで話して、間宮の前で振り返り人差し指を間宮の胸に突き当てて話を続けた。

「私の助手席に座っていて、居眠りする若い人って多分、日本じゃ良ちゃんだけだと思うんだけど!」

 もはや人気絶頂のプロアーティストである優希だからこそ言える台詞だった。

「大した自信だな!」

「まあね!てか自信がないと、この世界でやっていけないよ!」

「まぁ、そうなんだろうな。ほらっ!」

 間宮は優希の自信に満ちた顔を横目で見ながら、自販機で缶コーヒーを買ってそれを彼女にトスするように投げ渡した。

「おっとっと!ありがと!良ちゃん!」

「ん!」

 2人はほぼ同時に缶のプルタブを開けて、珈琲を口に含んで喉を潤した。

「ね!普通なら女の子に買うなら紅茶が鉄板だと思うんだけど、何で迷う事なく珈琲を買ってくれたの?」

「ん?昔、優香の両親に結婚の挨拶をしに行った時に、お義父さんが優香以外は珈琲党だって言ってたからな。」

 間宮はそう説明しながら、街灯に凭れかかって珈琲の香りを楽しんだ。

 とはいえ珈琲好きには缶コーヒーでは満足いかないものだったが、こんな夜中にこんな場所で飲む缶コーヒーは妙に美味く感じた。

「なるほど!そんな昔の事覚えてくれてたんだね。てか、まだお義父さんって呼んでくれるんだ。お父さんが聞いたら喜ぶよ。」

「バーカ!そんなわけないだろ。俺は恨まれてるんだぞ?二度と顔も見たくないって思ってるよ。」

 間宮が凭れている街灯のそばにあるコンクリートの塊で出来ている突起物に腰を下ろして、寂しそうな表情を浮かべて優希は声をトーンを少し下げて話し出した。


「そんな事ないよ。お父さんあの日の事を凄く悔やんでたよ・・・俺は何て事を言ってしまったんだってね・・・」

「悔やむ必要なんてない。俺もお義父さんと同意見なんだからな。」

 飲み干した缶をクズカゴに投げ入れた間宮は、少し溜息を付いて優希にそろそろ帰ろうと促して、彼女の愛車の元へ歩き出した。


 その背中は悲痛な感情が滲み出ているように優希には見えた。


 優希は何も言わずに間宮の言われた通り、車に乗り込み間宮のマンションを目指して車を走らせた。

 道中、車内の2人には会話が全くなった。

 後方から車のエキゾーストと、高速道路の継ぎ目を跨ぐ度に鳴るだけが、車内に響く。

 優希は何度か隣に座っている間宮の顔を横目で見たが、間宮は終始窓から流れる景色を眺めていてどんな表情か窺えなかった。

 でも、見えなくてもあの事故の事を思い出して、辛そうな顔になっているのだろうと察するのは容易だった。

 それと同時にどれだけこの人は姉を想っていたか、今更のように痛感させられ、優希もまた生前の姉を思い出して辛そうな表情を浮かべた。


 やがて間宮の自宅であるマンションの前に到着して車を道路脇に停めた。

 それじゃ、と一言だけ述べて間宮は車を降りて、マンションのエントランスへ歩き出す。

「待って!良ちゃん!」

 その後を追うように優希も車から降りて、間宮を呼び止めた。

 呼び止められた間宮は、何も言わずに顔だけ優希の方を向いて、次の言葉を静かに待つ。

「お父さんの気持ちは嘘じゃない。だから今度会ってあげてくれないかな?お願い・・・します・・・」

 最後の方は掠れるような声になりながら、間宮に頭を下げた。

「悪いけどそれは無理だ。でも、勘違いしないで欲しいんだけど、俺はお義父さんを恨んだり嫌ってるわけじゃない。大事な娘を事故で失ったんだ、その怒りのやりどころが必要だろうし、その矛先を俺に向けてもらって一向に構わないって思ってる。だから、お義父さんが気に病む必要はないって伝えてくれ。」


「なにそれ・・・」


「俺自身が自分に腹が立っているし、許す事なんて出来ない。そんな俺なんだから、恨まれる人間の1人や2人増えたところで、何も問題ないって事だよ。」


 パアァン!!


 真夜中の静まり返った間宮のマンションの前で、平手打ちした音が響き渡る。

 間宮の顔が優希の方向から外れる。

 その間宮の前には右腕を振り切った格好の優希が、歯を食いしばって間宮を睨んでいた。

 引っぱたかれた間宮は、叩いた優希の方へ向き直る事なく、そのまま無言で静止している。


「私のお父さんを馬鹿にしないで!!!」


 そう怒鳴った優希の目から悔し涙が流れ落ちる。


「もういい!!」

 そう言い捨てて優希は車に乗り込んで、間宮の前から走り去った。


 深夜の静寂が戻った。1人取り残された間宮は、星が見えない空を見上げる。

 自分は優香に関わる人間関係の修復など望んでいない。

 全て、自分が悪いのだから、それを許して欲しいなんて一度も思った事がない。また、そんな自分の考えを理解して欲しいなんて思わない。


 これでいい・・・

 別にお義父さんの事を馬鹿にしたつもりは決してない。

 でも、彼女が取違いして自分に怒りを覚えて離れていくのなら、それはそれで都合が良かった。

 彼女は、優希は、優香の事を強く意識してしまう存在だ。

 だから、あまり近くにいられると錯覚を起こしそうで怖い。


 間宮は優希が走り去って30分程道端でそんな事を考えてから、自宅へ帰宅していった。

 明日からまた心を落ち着かせて生活が出来ると、優希には悪いがどこか安心して眠りについた。


 しかし、間宮と優希の状況が一変する出来事が、翌日起こる事になる。


 それは間宮がまだ眠っている時、リビングから康介の驚いたような大きな声から始まった。

 ドタバタと寝室に向かってくる物音がする。

 その音で間宮の眠りが急激に浅くなり、半分意識が覚醒を始めていた。

 部屋のドアが勢いよく開いて、康介が一直線に間宮が眠っているベッドに駆け寄ってきた。

「良兄!!」

「なんだよ・・・朝っぱらからうるさいぞ・・・」

「昨日一緒にいた女ってどっかで見た事あると思ったわ!あの子、神楽優希やろ!」

「!!」

 上手く誤魔化せたはずの事が、一夜明けたらバレていた事に驚いて、半分まだ寝ていた意識が一気に覚醒した。

「な、なんでそれを・・・」

「これや!これ!」

 康介はそう言って自分のスマホの画面を、間宮の目の前に突き出した。

 その画面を見て、間宮の両目を見開いて「あっ!」と思わず声が漏れた。

 そこに映し出されていたのは、昨晩、間宮のマンションの前で、自分が優希に引っぱたかれている画像だった。


 なっ!?!?


 その画像は某有名SNSにUPされていて、その画像の詳細を見ると凄い勢いで拡散されているのが分かる。


「なぁ!何で良兄と神楽優希が一緒におるねん!どうゆう事やねん!なぁ!」

 康介の畳みかけるような問いを無視して、康介からスマホを取り上げてその投稿を見ると、その投稿にはこう書き込まれていた。


『飲んだ帰りに通りかかった路上で、神楽優希っぽい女が男を引っぱたいてたんだけど・・・これって本物?』


 呆然としてその画面を凝視していると、間宮の携帯が鳴った。

 画面を見ると着信者の名前が間宮の妹で、神楽優希のマネージャーである茜からだった。

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