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29  作者: 葵 しずく
4章 錯覚
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第20話 ブレない想いと、揺れる心

「エーーーーーーッ!!!????痴漢にあった!?!?!?」


 受験勉強の息抜きと題して、ゼミ仲間で定期的に使っているO駅前のファミレスで、瑞樹、加藤、神山、佐竹、いつものメンバーでランチを楽しんでいる時、加藤以外のメンバーが大声で叫ぶように驚いている。


「シーーーーー!!声が大きい!てか大き過ぎだってば!」

 加藤が慌てて3人に人差し指を口元に当てて、声の大きさを注意しながら、周りを見渡した。

 いきなりの大声でやはり周りの客達が、こちらを驚いた表情で見ている。

 いや、痴漢にあったって言葉に反応したのか・・・どちらかは分からないが、兎に角、座っている席から半立ちになっている3人に落ち着くように促した。


「もう・・・大声で痴漢にあったとか恥ずかしいんだけど・・・」

「あ、ご、ごめん!いや、でも・・・だって・・・」

「あ、うん!私がいきなりこんな話をしたからだもんね。ごめんね。」

 加藤は自分にも非かある事を認めて謝ったのだが、神山は加藤の表情に疑問を持っていた。


「でもさ!愛菜ってば痴漢にあったって割には、ニヤついてない?」


 確かに神山の言う事はもっともだった。

 普通考えられるのは、怖い思いをしたのだからその事を話すにしても、もっと沈んだ表情の方が自然なのだろう。それに痴漢にあうなんて女性にとって屈辱的で許せない行為で、そんな恥ずかしさと屈辱な思いをさせられたのだから、軽々しく話したくない出来事のはずだ。だが今の加藤からは何故かそれが感じられなかった。


「え?そう?まぁ、色々あったからさ・・・エヘヘ!」

「え?なに?超気になるんだけど!」

 ニヤニヤしながら、詳細を告げずに顔を赤く染める加藤の意味深な言葉に、瑞樹が食いついて、詳細を催促した。


 加藤は仕方がないなと言わんばかりの顔をして、あの痴漢にあった日の出来事を話し出した。

 車内で太ももを触られてから、スカートの上からお尻を鷲掴みにされた事、犯人が2人いて、自分の後方を回り込みむ様に立っていた事、自分は怖くて体が硬直して声も出なくなってしまった事、そして、犯人の手がスカートの中に入ってこようとした時の事まで話したところで、加藤は一旦話を中断させて佐竹の方を見た。

「ちょっと、佐竹!アンタ私の話聞いてて興奮してるんじゃないの!?」

「ばっ!そんなわけないだろ!」

「ほんとに~?何か目がヤバくなかった?」

 まったく・・・人の気も知らないで・・・好きな子が痴漢にあった話をされてるんだぞ!心臓が握り潰されそうな思いだったっての!

 佐竹はとんでもない勘違いをされて、不服顔を隠さず手元にあった飲みかけのジュースを一気に飲み干した。


「それで?」

「ん?」

「続きだよ。スカートの中に手が入ってきそうになって・・・それで?」

 とんだ濡れ衣を向けられた佐竹から、皆の意識を加藤の話に戻すように続きを神山が催促した。


「あぁ!うん、その痴漢の手が突然離れたんだよ。で!恐る恐る後ろを見たら、痴漢達の手首を凄い力で握ってた人がいたんだよね。」

「じゃあ、その人が助けてくれたって事?」

「うん!」

「誰?私達の知ってる人?」

 もう佐竹の事なんてなかったかのように、助けてくれたナイトの正体に意識が集中している。

「皆知ってる人だよ。なんと!その助けてくれた人ってのは・・・」

「・・・・・松崎さんなんだろ?」

「え?」

 勿体ぶってその人物の正体を明かそうとした時、先に佐竹がその人物を言い当ててしまった。


「え?何でアンタが知ってるのよ!」

「何となくだ・・・なんとなく・・・」

「え?ほんとに松崎さんが助けてくれたの?」


 加藤と佐竹の会話を聞いた瑞樹は、本当に松崎が助けてくれた事を知って、驚いた顔をしたが、それ以上に松崎を言い当てられた加藤の方が驚いていた。


 本当の事を言うと、この予想は外れて欲しかった。

 何故なら、松崎が加藤に接近なんてしてきたら、自分では勝ち目がないのは明白だったからだ。だが文化祭の件でお礼をする為に、食事に誘った話を聞いてから、自覚があるのかどうかは分からないが、加藤の口から松崎の名前が頻繁に出てきた事から考えると、佐竹にとってはその予想は難しい事ではなかった。

 しかも、その話をしている加藤の表情が、どう見ても恋する乙女の表情にしか見えなかったから・・・


 なんなんだよ・・・間宮さんといい、松崎さんといい・・・俺になんか恨みでもあるのかよ・・・

 佐竹は思わず情けない自分に腹がたち、悔しさで涙が溢れそうになって慌てて俯いて気持ちを落ち着かせようと努めた。

「それで?松崎さんはどうしたの?」

 そんな佐竹を横目で見ていた神山が、そう言ってその後の話に耳を傾けた。


「・・・・・とゆうわけで、無事に助けてもらったのでした。」

「すご~い!!」

 瑞樹は話を聞き終えて、拍手をしながら松崎の活躍に驚いていた。


「すごいっしょ!でも、あの痴漢達を睨みつける松崎さんの顔、ってか目が怖かったんだ。でも背中に回った時不思議と安心出来たんだよね。」

「あ!それわかる!私も合宿のお祭りの時、間宮さんにナンパ男から守ってもらった時、そんな感じだった。」


 間宮と松崎の共通点で加藤と瑞樹が盛り上がってる脇で、佐竹はいたたまれなくなり、唇を噛み締めていた。


 トントン!


 イテッ!


 グッと我慢していた佐竹の足元に何かが当たってきた。

 当たった物の方向が正面からのような気がして、下を向いていた顔を上げると、佐竹の正面に座っていた神山が目線で何やら合図を送っている事に気付く。


 松崎の話題で盛り上がっている2人を横目で確認してから、神山は声には出さずに口の動きだけで佐竹にメッセージを送りだした。

 よく口の動きを観察していると、このまま先に店を出ようと言ってきているのが分かり、この場にいるのは辛かった佐竹は小さく頷いて、その提案を了承した。


 ガタッ!


 返答を受け取った神山は、間髪入れずに席から立ち上がった。

「え?なに?どうしたの?結衣?」

「うん!ごめん、ちょっと急用を思い出したから先に帰るね。」

 そう言って瑞樹と加藤の反応を待たずに、荷物を纏めだす神山を見て、佐竹も欲しい参考書を受け取りに行くと嘘の用事をでっちあげて席を立った。


「急にごめんね!それじゃ、またね。」

「お先に!」

 神山と佐竹は代金をテーブルの置いて、そのまま店を出て立ち去った。

 電光石火のような行動で、何も言えなかった2人は呆気に取られていた。



「まったく!嬉しいのは分かるけど、もうちょっと気を使わないと駄目だよね!」

 腕を胸の前で組んで、2人に苦情を漏らす神山に申し訳なさそうな顔つきで、後をついていく佐竹が立ち止まった。


「何か、僕に気を使わせて2人との空気悪くさせてしまってごめんな。」

 神山に空気を壊させてしまった事を謝罪すると、神山はスマホを取り出して得意げな表情を浮かべた。


「ふふん!私達の関係をナメないでもらえるかな?」

「え?」

 ニヤリと笑みを浮かべてスマホを持っていた手を振っていると、すぐに電話がかかってきた。

 ほらね!と言いたげな顔で電話にでる。


「もしも~し!」

「うん!うん!ほんとだよ!あはは、いいよ!こっちは任せてくれて構わないから!じゃね!」


 電話を切ってスマホをニッコリと眺めている。

「あの、加藤達から?」

「ん?うん!電話は志乃からだったけどね。」

「瑞樹はなんて?」

「佐竹君の事を考えないで、無神経な事してごめんってさ!」

「そ、そうなんだ・・・」

「うん!だから言ったでしょ?私達の関係をナメるなってさ!」

 自信満々でそう言ってのけたが、電話を切った後の表情を見る限り本当は心配だったのだろう思う。

 そんなリスクを負ってまで自分に気を使ってくれた彼女は、本当に良い人でそんな人に無用な心配をかけてしまった自分が情けなく感じた。

 きっと、今の自分に足りない事はこんなところなのだろう。

 だがらいつまでもモタモタしてしまって、加藤の気持ちをグラつかせてしまった。それなのに、受験を言い訳にして・・・僕は・・・


「佐竹君ってさ、まだ時間大丈夫?」

「え?別に大丈夫だけど?」

「そっか!んじゃ、ちょっと付き合ってよ。」


 神山に誘われるまま、電車に乗って移動を始めた。

 移動中に目的地を訪ねたが、はぐらかされまま到着した場所が・・・・


「こ、ここって?何かの道場?」

「そうだよ!私のお爺ちゃんがやってた古武術の道場だよ。」

 そういえば、文化祭の時に言っていた。

 祖父が古武術道場の主で彼女は小さい頃から手ほどきを受けていたと。


「それで、どうしてここに?」

 この道場に連れてこられた理由が分からず尋ねると、神山はニッコリと笑いながら説明を始めた。


「佐竹君は自分のどこが悪いか気付きだしたんじゃないかなって思ってさ!」

「え?どうしてそれを?」

「フフ!やっぱりね!それでね、佐竹君の欠点って気持ちの問題が大半のウエイトを占めてると思うんだよ。」

 確かにこれは気持ちの問題で、何も間宮や松崎の様に身体的に強くある必要性はあまり感じられない。


「それで?」

「うん!だからね、ここで精神を鍛えるってか、整えれば変な言い訳をしないで、大事な事から逃げずに済むんじゃないかなって思ったんだよ。」

「大事な事」

「うん!あるよね?もちろん受験も大事だけど、受験と同じくらい大切な事、ううん!もしかしたら受験より大切な事!」

 神山が言わんとしている事は、佐竹にも分かった。

 大切な事。それは自分の気持ちを相手にぶつける事。

 結果はともかく、もうぶつけないと前に進める気がしないのは自分でも分かってはいた。

 だから、気持ちの問題なんだと言いたのだろう。


「わかったよ。ありがとう、前に進む為に、後悔しない為に頑張ってみるよ。」

「うん!その意気だよ!佐竹君!」


 気持ちを引き締めて、2人は道場へ入り神山の手ほどきを受けた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「何か佐竹君に悪い事しちゃったな・・・」

「ううん!志乃が悪いんじゃなくて、私が浮かれすぎたのがいけないんだよ・・・ごめんね・・・」


 佐竹の気持ちを知っていて、助けてくれた相手の事とはいえ、他の男の話で盛り上がってしまったのは、モラルに欠けていたとファミレスに残された2人は反省していた。


「それで、愛菜はどうしようと思ってるの?」

 佐竹がいない時にしか聞けない、加藤の本音を聞いておこうと、瑞樹は茶化す事をせずにそう質問した。

「う、うん・・・えっとね・・・正直言うと男の人にあんな風に助けてもらった事なんてなかったから、凄くドキドキしたんだ。てか今もしてるんだけどね。」

「そっか・・・・その気持ちは分かるけど、佐竹君の事はどうするの?」

「うん・・・・佐竹にもう気持ちがないってわけじゃないんだけど、小さくなってしまっているのが本音かな・・」

「そう・・・愛菜の気持ちの問題だから、そこは私には何も言えないけど、佐竹君の気持ちを蔑ろにするのは駄目だよ。」

「うん・・・分かってる・・だから暫く考えようと思う。」

 加藤の現在の本音を聞いた瑞樹は、気持ちの移り変わりな仕方がない事だと理解したが、佐竹の気持ちを蔑ろにせずに、答えはちゃんと伝える事を約束させた。


 暫くしてファミレスを出た2人は、無言のまま駅に向かう。

 もうすぐクリスマス・・・冷たい風が吹き抜ける中、悩める高校生達の本当の青春ストーリーが今始まったのかもしれない。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 12月に入り、センター試験まで約一か月に迫った。

 その上、更に間もなく期末テストが始まる、3年生にとっては実質最後の公式テストとゆう事でクラス全体にピリピリムードが漂っていた。

 勿論、瑞樹もそんな雰囲気を醸し出している1人だったのだが、あの文化祭以降、クラスメイト達と本当の意味で打ち解けられて、毎日受験勉強に追われているが、充実した日々を送っていた。


「志乃~!ここ教えて!全然意味わかないんだけど」

「ん?どこ?」

 元々一年から仲が良かった麻美達が、瑞樹の席に張り付いて臨時講師状態になっているのも、もはや瑞樹のクラスの風物詩になりつつあった。


 充実はしているし、受検勉強も順調にきている。クラスメイト達との関係も良好で特に元々仲が良かった麻美達とは、本音で言い合える関係になれつつある。

 でも、そんな日々を過ごしていても連日の勉強の疲れが溜まり、息苦しくなる時が存在する。

 そんな時は、こっそりクラスを抜け出して一人になる時間をもつようにしている。

 なるべく人気がない場所を選んで、肩の力を抜く時間の大切さをここ一か月程前から実感していた。

 そんな時は必ずと言ってもいい程、間宮にlineを送るようにしている。

 内容の殆どが受験勉強の愚痴ばかりなのだが、返ってくる返信からは間宮が嫌がっている雰囲気を全く感じられず、面白可笑しい返信が返ってきて笑わせてくれる。これも大阪人特有のスキルといったところなのかもしれない。

 そんなやり取りで、最近気が付いた事がある。

 それはどんなに受検勉強の愚痴を送っても『頑張れ』とゆう単語が一度も返ってきた事がない事だった。

 何故なのか気になったが、不思議と嫌な感じは全くしていなかった。


 そして今日はゼミの日。

 大切にしている1人の時間を使って、今日の間宮の帰宅時間を確認する為に、lineを送ると、久しぶりにゼミの終わる時間とほぼ同じ時間に終われると返事が返ってきて、瑞樹は小躍りしながら、いつものホームで待っていると返信してクラスへ戻っていった。


 その夜、ゼミが終わった瑞樹は小走りで駅へ向かった。

 到着して改札を素早く通過して、いつものベンチへ一直線に向かう。

 ベンチ前に到着すると、まだ間宮の姿がなかった為、ベンチに座って今着いた事を知らせるlineを送った。

 相変わらずビジネス街にある駅の為、この時間は帰宅を急ぐ会社員の姿が多くみられた。

 そんな騒がしい音をシャットダウンする為にイヤホンを耳に付けて、お気に入りの音楽を流して、今日ゼミで習った部分の復習をする為にテキストを開いた。

 間宮と出会ってから、目を見張るほどの勢いで成績を伸びてきて、周囲からも高評価を受けるようになり、日に日に自信を持つ事が出来るようになった。

 気持ちがそうなると、勉強の捗り方も加速していき、まさに絶好調とゆう文字がよく似合う雰囲気を醸し出していた。


「な~んか・・・The受験生って感じだな。」


 耳に優しく響いて、直ぐにすっと馴染む声が聞こえた。

 テキストを物凄いスピードで読み込んでいた目線が一瞬で止まる。

 目線の動きが止まるのと同時に声が聞こえた方に顔を向けると、缶コーヒーを片手で2本持っている間宮が立って、こちらを見て微笑んでいた。


「間宮さん!お仕事お疲れさま!」

「ん、瑞樹もご苦労さん!ほい、いつものな。」

 間宮の姿を確認した瑞樹は、すぐさまベンチからすぐさま立ち上がって、挨拶するとこの駅で販売されている中で一番よく好んで飲む缶コーヒーを手渡された。

「ありがとう!いつもごめんね。」

「ん?ついでだから気にしなくていいよ。」

 そう言って、瑞樹が大好きな間宮のトレードマークになっている、いつもの柔らかい笑顔を向けてくれた。


「あ!そうそう!愛菜と松崎さんの事聞いたよ!何か、松崎さん大活躍だったらしいじゃん!」

「あぁ、ちょっと出遅れたらしいけどな・・・全く詰めの甘い奴だよ。」

「でも、嬉しかったって言ってたよ。佐竹君には申し訳ない話題だったんだけどね・・・」

「佐竹君がいる前でその話したのか?落ち込んでなかったか?」

「うん・・・結衣がフォローしてくれたみたいなんだけど・・・悪い事したって反省してる。」


 その話を聞くだけでその現場の空気が見えるようだった。

 彼には同情はするが、こればかりは外野がどうこう出来る事ではないなと、溜息交じりに「検討を祈る」と心の中で呟いた。



「それゼミのテキスト?」

「あ、うん!そうだ!疲れているのに申し訳ないんだけど、教えて欲しいところがあるんだけどいい?」

 瑞樹が少し申し訳なさそうに英語のテキストを開きながら、そう言ってきた。

「うん?別にいいけど、ゼミで質問しなかったのか?」

「しようと思ったんだけど、今日の担当講師が藤崎先生で、講義が終わった途端、質問したい生徒の列が出来ちゃって、並んでると間宮さん待たせちゃうかと思って諦めたんだよ。」

「はは!そう言われたら断れないな。で?どこが解らないんだ?」

「えっと、ここなんだけど・・・」


「・・・・・・・て事なんだけど解るか?」

「うんうん!なるほど!そっか、そっか!」

 間宮の臨時講義を受けて、力強く頷きながらテキストの空白欄に一生懸命書き込みをしていた。

「間宮さん、ありがとう!これで今日の分はスッキリしたよ。」

「そっか、それはよかったよ。ところで藤崎先生の時は混雑しているのか?」

「うん!もう凄い人気だよ。すっかり英語のエース講師って感じだしね。」

「そうか!藤崎先生頑張ってるみたいで安心したよ。」

 嬉しそうな表情をした横顔を見て、瑞樹は少し面白くない気分になった。

「やっぱり間宮さんも藤崎先生の事気になるの?凄く綺麗な人だもんね!」

「ん?いや、やっぱり一緒に合宿を頑張ってきた仲間だしな。活躍してる話を聞いたらやっぱり嬉しいじゃん。」

「ほんとにそれだけ?」

「あぁ、何で?」

「べ~つに~・・・」

 口を尖らせて、飲みかけの缶コーヒーを一気に飲み干す姿は、まるで一杯目の生ビールを飲み干すサラリーマンに見えて、間宮は思わず噴き出した。

「な、なに?」

「ククク・・・いや、別に・・・」

「もう!何よ!」

「ほんとに何でもないから‥‥クク」

 笑いを堪えようとしている姿が、逆に瑞樹には気に入らなくて、追及しようとしたが、間宮も負けじと要求に応じる事はなかった。

 少し前なら、こんな感じに話す事なんて出来なかったはずの瑞樹だったが、本当に間宮に気を許している証明になる光景だった。


「私だって頑張れば藤崎先生みたいになれるもん!」

「別にそうなる必要はないだろ。藤崎先生は藤崎先生、瑞樹は瑞樹なんだから。」

「でも・・・・」

 間宮の意識を独占したい。瑞樹の本当の願い・・・いや、欲望と言っても差支えないだろう。

 その為には瑞樹の知っている中では、一番間宮の意識を奪っていると思われる藤崎にライバル意識を持つのは必然なのだが、間宮はその考えを否定した。


「瑞樹が一番にやりたい事、なりたい自分をしっかりイメージして進めばいいんだよ。その為の足掛かりにK大を志望してるんだろ?」

「それはそうなんだけど・・・」

 まだ納得していない様子の瑞樹に、間宮は少し溜息をついて話を続けた。

「瑞樹はなりたい自分を追いかけていい資格があるんだよ。だから、誰かの真似なんかしていたら、もったいないじゃん!」

「資格?私に?」

「あぁ、瑞樹は昔色々あったせいで少し前まで色んな事を諦めてきたんじゃないか?」

 間宮が言っている色々とは、中学時代のイジメからくるトラウマの事だ。

 でも、彼女なりに腐らず何とか人並みの高校生活を送ろうと努力してきた。だが、それは自分の心を押し殺す事になり、結果周りに合わせる癖がついてしまっていた。

 そんな彼女だったが、ゼミの合宿で間宮と出会って間宮との距離が近づくにつれて、少しづつではあったが、自分の考えや気持ちを行動に表すようになってきた。

 その証拠に自分の将来を見据えた進学先を決めて、ここまで日々努力を続けてきて志望校の模試判定をA判定まで持ち上げてきたのだ。

 それと、あの文化祭から積極性が増して今では大抵の人間とも構える事なく気軽に話せるようになったとも聞いた。


「だから、これからは瑞樹がなりたい自分になれるように頑張っていいんだと思う。それなのにわざわざまた周りの真似事なんてする必要性を感じないんだけどな。」

「うん・・・でもまだどうしたいってイメージが出来上がって無くて、どう頑張ればいいのか解らないんだよね・・・・兎に角、今は周りの人と楽しく過ごせるようになった事が、メッチャ楽しいって感じるだけで・・・」

 間宮のアドバイスを受け、両手を組みながら考え込む仕草を作って、現状の自分の考えを話した。

「あっ!」

 そこで会話の中から気になっていた単語があった事に気が付いた瑞樹は、思わず声を上げた。

「ん?なりたい自分のイメージでも湧いたか?」

「違くて!聞きたい事があったんだ!」

「ん?なに?」

「えとね、何で私とのlineのやり取りで、私に頑張れみたいな事を送ってこないのか気になってたんだよ。私の記憶違いじゃなかったら、一度もなかったと思うんだよね。」


「あぁ、それは、あくまで俺の持論であって正解かどうか分からないんだけど・・・」

「うん!」

 瑞樹は興味津々といった感じで、間宮の顔を覗き込む勢いで話に集中している。

 何でも疑問に思った事を積極的に知りたがる姿勢が、瑞樹のこれまでの原動力になっている一つの要因なのかと感じながら、間宮は話を続けた。


「頑張っている人に頑張れって言うのは、失礼なんじゃないかって思ってるんだ。まるで頑張ってないって思われてるって誤解されないとも限らないしさ。」


「あぁ!・・・・・そっか、なるほど!」

 間宮の持論を聞いて、瑞樹は指を顎に当てて納得したようだった。

「半分同意でもう半分は少し違うかな。」

 珍しく、間宮の言葉を否定した台詞が返ってきて、半分驚いて、半分は何だか嬉しい感情が沸き起こる。


「異論、半分の説明を聞いてもいいか?」

「うん!えっとね、確かに間宮さんの言う事は理解出来たよ。例えば、勉強しようとした時に、親から勉強しろって言われて、気分が悪くなる的な事だよね?」

「う、うん、まぁ、そんな感じかな。」

「だから半分は同意!もう半分の異論は、相手によるんじゃないかなってうから・・・」

「相手に?」

「うん!私は間宮さんには頑張れっていつも言って貰いたいって思ってるよ。」

「そ、そう?」

「うん!そうなんだよ!えへへ。」

 少し照れ臭い顔をしている間宮を覗き込むようにして、本当に楽しそうな笑顔を向けてくる。

 彼女が喜んでいるのなら、応援の言葉を届けるのは吝かでない。


「後、もう一息だ!頑張れ!瑞樹!応援してる。」

 間宮は瑞樹の頭に手を優しく置いて、彼女がしっかりとした目標を手に入れてからは、あまり言ってこなかった言葉を伝えて瑞樹の頭を撫でた。


「うん!ありがとう!私、メッチャ頑張るよ!だから、見ててね。」

「ん、わかった。」


 12月に入り本格的に冷え込んでいたO駅のホームだったが、2人の周りだけポカポカとした空気が流れているような優しい時間が流れた。

 電車がホームに滑り込んできて、2人は会話を続けたまま電車に乗り込んだ。

 比較的空いている車両で、ロングシートの端に並んで座る。

 寒かった場所から温かい車内へ乗り込んた事と、連日の寝不足がたたりシートに座った途端、頭の中がぼんやりしてきた。

 まだ話した足りないのに、頭が上手く働かない・・・

 そんな瑞樹に気が付いた間宮は、少し彼女の顔を覗き込みながら小声で話しかけた。

「少し眠ったらいいよ。着いたら起こしてやるから。」

 その声があまりにも優しくて、色んな人がいる車内なのに、まるで自分の部屋のベッドに潜り込んだような安心感が体全体を優しく包み込んでいく。

「ん、ありがと・・・少しだけ寝るね・・・」

「あぁ、おやすみ。」

 間宮は瑞樹にそう言うと鞄からイヤホンを取り出して、スマホをタップした。

 隣に座っている電車ので、何故だろう・・・こんな時、会話が弾まないのは気まずくなるはずなのに・・・心地いいと感じた。

 電車の揺れと適度な硬さのシート、それに隣にいる彼の雰囲気がそう思わせてくれる。

 そんな事をぼんやり考えていると、いつもなら恥ずかしくて絶対出来そうにない事がしたくなった。


 とんっ・・・・


 瑞樹がそっと自分の頭を間宮の肩に乗せた。

 乗せた瞬間、間宮の肩がピクリと反応したが、瑞樹の様子を見て優しく微笑み何も言わずにイヤホンから流れる音楽に意識を戻す。


 間宮の温もりを感じながら、序所に意識が遠のいていく。

 微かな意識の中、間宮の体からイヤホンで聞いている音楽が僅かに流れ込んでくる。


 この曲知ってる。誰だっけ・・・・・

 あ、神楽優希の曲だ。

 そういえばクリスマスライブのチケット貰ってたんだ。

 間宮さん来れるのかな・・・前に聞いた時は平日だから断言は出来ないけど善処するって言ってな・・・・

 2人きりじゃなくて皆いるけど、クリスマス間宮さんと過ごしたいな・・・

 サンタクロースを信じてたのって小2までだったけど、また信じたくなった・・・サンタさん・・・クリスマスに私の元へ彼を届けてください。


 サンタクロースへお願い事をしながら、瑞樹は意識を完全に手放した。

 自分には安心して眠れる場所がある。

 その事がたまらなく嬉しくて幸せだった。



 今年も1か月を切った。

 年が明ければセンター試験が控えている。

 ここまでは自分も驚いてしまう程、順調にきている。

 残りも油断しないで頑張ろう!

 そしてK大に合格出来たら、この人に私の想いを全部伝えるんだ。

 それが、今の私の最大で最高の目標なんだから!


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