第16話 間宮 良介 act 9~Despair~
「それじゃ!グラスを持って立とうか!」
夕食時、間宮は優香の両親に誘われて、夕食を御馳走になる事になった。
結婚の挨拶に対して反対するつもりがなかった為、事前準備は万端と言わんばかりの豪勢な料理がテーブルを埋め尽くしている。
そのテーブルを4人で囲み、父親が乾杯をするからと席を立つように言った。
各々の飲み物が入ったグラスを片手に立ち上がる。
「それでは、良介君と優香の婚約を祝して・・・・乾杯!!」
「「「乾杯!!」」」
父親の音頭で4人一斉にグラスを合わせて、飲み物を喉に流し込む。
特に父親と間宮の飲みっぷりはすごい勢いで、一瞬でグラスを空にしてしまった。
その飲みっぷりを唖然として眺めていた優香と母親は、飲み干した後のプハッ!と息をついた時の2人の表情を見て噴き出した。
あはははは!
「さっきまでの緊張感ってなんだったの!?」
笑いながら男連中にそう言うと、間宮と父親が顔を合わせて笑った。
「あの緊張感があったから、この美味さなんだよ!」
「そうそう!大きな仕事をやり切った後の一杯がたまらないんじゃないか!優香も働いているんだから分かるだろ?」
男共はこの一杯の美味さについて語りだした。
楽しそうにビールを飲んでいる2人を見ていると、初対面でしかも結婚の挨拶を終えたばかりにはとても思えなかった。
「お父さんも、相当、良介君の事気に入ったみたいね。」
母親が優香の耳元でそう呟く。
「うん。」
それから4人は着席して、豪勢な料理に舌鼓を打った。
婚約が決まったら、当然の様に話題は娘の結婚相手である間宮の事になるのは必然だった。
両親から色々と質問が飛んだが、間宮は一つ一つ丁寧に答えた。
話込めば話し込む程、父親は間宮の事が気に入り今晩は泊っていけと誘っていた程だった。
明日から仕事で何の準備もしていないからと丁重に断って、玄関先へ向かう。
「それでは、今日はありがとうございました。本当に楽しかったです。」
「いや、こちらこそ!これからは家族として宜しく頼むよ!」
「はい!こちらこそ宜しくお願いします。それと来週末の土日に優香さんをお借りします。」
玄関先で父親と挨拶を交わして、来週末は間宮の実家へ出向いて婚約の挨拶を行う為、優香を大阪へ連れていく事を改めて話した。
「あぁ!優香、良介君の親御さんに失礼のないようにな!」
「うぅ・・・分かってるよ・・・いちいち言わないで!ただでさえ緊張してるんだから・・・」
あはははは!
優香以外が優香の反応を楽しむ様に笑った。
プクッと膨れた顔で、優香は間宮の傘と自分の傘を取り出して、間宮に手渡した。
「ん?優香、送らなくていいって。」
「え?でも・・・」
送るつもりで準備していた優香は、そう言われて戸惑っている。
「気持ちは嬉しいんだけど、時間も遅いしこの雨だしさ!駅までの道も覚えてるし心配いらないから。」
「そ、そう?うん・・・わかった・・・」
優香は少し寂しそうな表情をしたが、無理をさせたくなくて断った。
「おやすみなさい。」
もう一度そう挨拶とお辞儀をして、駅に向かって歩き出した。
優香の両親が凄く理解力があって、娘の事を信じている人で本当に良かった。
それは同時に俺を信じてくれているって事なんだし、絶対に期待を裏切るわけにはいかないと、優香とのこれからの生活に気を引き締めた。
雨脚が少し弱くなってきた時、V駅前まで戻ってきた。
そこで、一応両親に報告しておこうかと雅樹の番号をタップしてスマホを耳に当てた。
トゥルルル・・・・
ーもしもし!-
「あぁ、俺や。ってオレオレ詐欺ちゃうからな!」
ーボケ潰しなんて大阪の人間がやる事ちゃうぞ!で?なんや?-
「うん、今、優香の両親に挨拶行った帰りなんやけど、無事に結婚を許してもらえたわ。」
ーほんまかいな!そら、めでたいやんけ!おめっとさんやなぁ!ー
「ありがとな!」
ーしっかし、未だに信じられへんわ!あんなベッピンさんがお前なんかと結婚なんてなぁ!-
「ほっとけや!それで、来週末の土日に泊りで優香連れてそっちに帰るから、宜しく頼むで!」
ーおう!わかった!オカンがめっちゃ張り切ってたわ!新大阪の到着時間分かったら連絡しろよ。車で迎えに行ったるからな!ー
「それは助かるわ!分かったらすぐ連絡する、んじゃな」
ーおう!またな!ー
電話を切ってホームへ向かおうと改札の手前で、財布を出そうとポケットに手を入れた時に違和感を感じた。
「あれ?財布がない・・・」
他のポケットも全部調べても財布は出てこなかった。
「落としたか?・・・」
落とした場所を考えると、どう考えても一つしか思いつかない。
恐らく香坂の家に落として気が付かず出てきてしまったようだ。
慌てて、香坂の自宅の方向へ再び歩き出そうとした時、スマホの呼び出し音が聞こえてきた。スマホの液晶を見ると着信者が優香と表示されていた。
「もしもし!」
「あっ!良ちゃん?お財布忘れていったでしょ?」
「そうなんだよ!今気が付いたとこでさ、優香の家に戻ろうとしてたんだよ。」
「もう!しょうがないなぁ!今そっちに届けに向かってるから、そのままそこで待ってて。」
「いや!まだ雨も降ってるし、取りに戻るから家に帰ってろ。」
そう言いながら、優香の返事を待たずに歩いてきた道を戻りだした。
「もう半分くらいまで来てるから、心配ないって!」
今まで彼女がそんな口調で話す時は、大概、何言っても聞かない事をよく知ってる間宮は、歩く速さを上げて優香との合流を急いだ。
「それじゃ、このまま電話を切らずに合流しようぜ。」
「あぁ、うん!そうだね、了解!」
お互い耳に当てたスマホから、雨が傘に当たる音が聞こえる。
歩きながら今日の出来事を話し合った。
色々と話したかったが、両親がいる前では話せなかった事で盛り上がりながら、でも歩くスピードは全く落とさず歩き続けた。
優香の周りが騒がしくなってきた。
聞こえてくる音から、交通量の多い国道まで来たのが分かる。
確認すると、やはり予想は当たっていて、今は車の流れが切れるのを横断歩道の手前で待っているらしい。
そうこうしているうちに、間宮の方からも国道が遠目に見えてきた。
その時、スマホから不可解な声や音が間宮の耳に響いた。
<ガシャンッ!!・・・あっ!?・・・ズシャッ!!カシャン!ガラカラ・・・エッ!?・・・キュイイィィィ!!!!!・・ドンッ!!!!!ズシャッッッ!!!!・・・ザワザワザワザワ・・・・>
その不可解な音を聞いて、思わず間宮は足を止めた。
「お、おい!どうした!?何かあったのか!?」
「・・・・・・・・」
何度問いかけても優香から何も返答がなかった。
その代わり優香のスマホから少し遠巻きな声が聞こえる。
<おい!誰か車に跳ねられたぞ!救急車だ!早く!!>
え?跳ねられた?救急車?
そんな声を携帯越しで聞いた間宮の体から一気に生気が失せていく。
だが、崩れ落ちる前にありったけの力を右足に込めて、全速力で走り出した。
はぁ!はぁ!はぁ!はぁ!
優香がいたはずの交差点の前に近づくと、結構な通行人達が集まっていて、間宮の行く手を遮る。
「すみません!通してください!!」
間宮は構わず、その人混みをかき分けようと進もうとしたが、通行人達は間宮を通そうとはしない。
「どけっつってんだろ!!!!邪魔だ!!!!どけぇぇぇっ!!!!!!!」
一刻も早く進みたいのに、思ったように動けない状況に、頭の線がキレた間宮は、目の前の野次馬達に大声で怒鳴りつけた。
怒鳴り声に驚いた通行人達が、間宮の方を睨むように振り向いたが、すぐに道を開けだした。
道を開けた人々は、間宮に何も言ってこない。
いや、誰も口が開けないと言ったほうが正解だろう。
その時の間宮の顔は怒り狂うとゆう表現がぴったりと当てはまる表情をしていたからだ。
道路を見渡すと、上り下りとも車が停止していて騒然としているのが分かる。
止まっている車の間をすり抜けるようにして、反対車線側へ進みだす間宮は道路の丁度半分まで来た時に、自分の足元に違和感を覚えた。
足元に視線を落とすと、雨で濡れていたアスファルトの色がさっきまでとは違って見えた。
これは・・・・・血?
間宮が立っている場所から反対側の車線に向けて血の色に変わっている。
それを見た間宮の呼吸が荒くなる。
息苦しい・・・・冷や汗が止まらない・・・
間宮は恐る恐るこの血のような液体の出どころに向けて、視線をゆっくりと上げる。
・・・・・・・・・・・
視線を上げた先には、まるで赤い絨毯にうつ伏せで寝そべっている様に倒れている女性が視界に入ってきた。
その女性を確認すると、ここに来るまで全速力で走ってきたのに、今は足が素早く動かない。体中に重りを巻き付けたかと思ってしまう程、全身が重くて仕方がなかった。
うつ伏せで顔が反対側の歩道側に向いていた為、顔で誰なのか判断出来ない。
だが、見覚えのある服装だった。ついさっきまで見ていた服装を忘れるはずがない・・・・それにあの服は・・・欲しがっていたから誕生日に間宮がプレゼントした物だ・・・・
重い足を引きずりながら、倒れている女性の近くまでたどり着いた。
少し辺りを見渡すと、自転車を倒した若者が頭を抱えて蹲っている。
恐らく彼女を引いてしまった車の運転手が大声で電話をかけている。
出血が酷い彼女の周りには誰も近寄ってこないようだ。
改めて倒れている女性の元へ近づくと、周りの人々が今は動かさない方がいい等と話しかけてくる。
・・・・・・・・うるせぇよ。
間宮は倒れている女性の反対側に回り込んで顔を確認すると、膝から崩れ落ちる様に、血の絨毯に跪き茫然とした。
荒かった呼吸がさらに小刻みになる。血の気が一気に引いていく。
恐る恐る女性の首から肩にかけて自分の腕を通して、女性の上半身を起こした。
着ていたスーツが女性の血で真っ赤に染まる。
「・・・・・・・・ゆ、優香・・・・」
外れて欲しい予感が的中してしまった。
真っ赤な絨毯に倒れていたのは、間宮の婚約者である香坂だった。
「う、うぅ・・・・・」
弱弱しい声で優香に呼びかけると、僅かに反応が返ってきた。
「ゆ、優香!!優香!!しっかりしろ!!」
その今にも消えてしまいそうな声を聞いた間宮は、優香の名前を大声で叫んで更に呼びかけた。
僅かに優香の目が開き、抱きかかえている相手の方へゆっくりと視線を移す。
その表情は真っ青で生気があまり感じられない。
抱きかかえている腕が、いや、全身を恐怖が支配し震える。
「りょ、・・・・良ちゃ・・・・」
「あぁ!そうだ!しっかりしろ!すぐに救急車が来るからな!頑張れ!優香!」
間宮は声を張って優香を励ましながら、上着のスーツを脱いで出血が酷そうな箇所に脱いだスーツを押し当てて、少しでも出血を抑えようとした。
「わ、わた・・・わた・・・し・・・ね・・」
「も、もういい!出血が酷くなるから今は喋るな!喋らないでくれ!」
間宮は必死に香坂にそう叫ぶように言いながら、傷口を抑える手に力を込めた。
「こ、これ・・・を・・・」
握りしめるように持っていた間宮の財布を、震える手で差し出した。
「ば・・・か・・・そんなのどうだっていいだ・・・ろ・・・」
車に撥ねられても間宮の財布だけは手放さなかった香坂を震えながら抱きしめた。
間もなく救急車とパトカーが到着して、優香をストレッチャーに乗せて運び込みだした。
その際自分は身内だと説明して、優香と一緒に救急車へ乗り込む。
救急車が到着するまでの間に、関係者から事故を発生させた原因を簡単に聞いた。
自転車に乗っていた男が黒の傘をさしていて、前がまともに見えない状況だったらしく、気が付いたら目の前に横断歩道で渡るタイミングを計っていた優香が現れたらしい。
その彼女に衝突して自転車は横転、優香は車道に押し出されて倒れた。
そこへ車が止まれずに優香を跳ねてしまったのだ。
自転車に乗っていた若者は気が動転して蹲って何もしなかったのだが、車の運転手がすぐに救急車を手配して、周りの通行人は優香を動かすのは危険と判断して、交通整理をして彼女にこれ以上余計な衝撃を与えない様にしてくれたと聞かされた。
救急車はすぐに搬送する病院と連絡をつけて、急いで移動を開始した。
その間救急隊員が止血などの応急処置に尽力する。
間宮は祈るように見守りながら、少しでも元気づけようとずっと香坂に声をかけ続けた。
あと少しで病院に到着する距離まで来た時、優香の手がゆっくりと間宮に向けて動いた。
間宮は慌ててその手を両手でしっかりと握る。彼女を勇気づけようとしているのに、握る両手の震えが止まらない。
「優香!もうすぐ病院だからな!絶対大丈夫だ!だから頑張れ!!」
励まそうと必死に声を絞りだす。
すると、香坂は激しい痛みに耐えて、震える口を小さく動かした。
「りょ・・・良ちゃ・・・・ん・・・・ごめ・・・・ん・・・・ね・・・」
「・・・・・・え?」
香坂が必死にそう告げると、差し出されていた手の力が抜けた。
もう指すら動かない・・・
救急隊員達の動きが激しくなる・・・・
「ゆ・・・・ゆ・・・う・・・か?」
僅かに開いていた目が閉じている。
青ざめていた顔色が更に血の気が引いていく・・・
搬送先の病院に到着して、すぐに救急治療室へと運ばれたが、間もなく死亡が確認された。
間宮は救急車を降りて、病院の救急搬送口付近で力が抜けて崩れるように座り込んで雨が降り続ける空を光を失った目で見上げる。
何故こうなった・・・ついさっきまで2人の未来を光に満ちた目で見つめていたはずなのに・・・
そのまま座り込んでいると、事情を知っている看護師が処置室の前に警察が来ていると告げに来た。
恐らく現場にいた間宮にも事情聴取をとりにきたのだろう。
間宮は無言でゆっくりと立ち上がり、フラフラした足取りで案内された処置室へ向かった。
深夜の病院は静かすぎて落ち着かないものだ。
自分の足音が妙に院内に響き渡る。指定された階に到着してエレベーターの扉が開くと、そこにはすでに何名かの警官が待っていた。
その病棟には患者用に設けられた休憩場が設けられていて、何脚かのテーブルと椅子が設置されていた。
そこに座って警察からの事情聴取を受ける事になった。
とはいえ、間宮自身も事後からしか見ていない為、救急車が到着する前に聞いた話をするしかなかった。
被害者との関係性と見た事と聞いた事を話し終えると、警察から解放された。
そのまま処置室へ向かう事にしたのだが、より一層足取りが重く感じられて、中々目的地へ着かなかった。
ようやく到着して室内へ入ると、部屋の中央に処置が施された香坂の遺体があり、その脇の椅子に茫然とした彼女の両親が座って俯いていた。
両親は間宮が入室しても視線を移すことなく、父親は床を見つめて、母親は肩を震わして泣いていた。間宮は優香の遺体を殆ど見る事なく俯いている両親の前に立ち、膝をついて2人に話しかけた。
「お義父さん、お義母さん。僕が彼女の気持ちに甘えてしまったせいで・・・・申し訳ありません。僕のせいで・・・本当に・・・ほんと・・・に・・・」
間宮は両親にそう謝罪しながら土下座して頭を床に擦り付けた。
暫く、2人は無言のまま時間が経過する。間宮も土下座を崩さずに沈黙を守っていた。
「そう・・・だな・・・」
そう父親が小さく呟くと、ゆっくりと立ち上がった。
そして土下座する間宮を見下ろしながら話しだした。
「そうだな、お前が、お前のせいで優香は死んだんだ。お前が殺したんだ!!優香を!娘を返せ!!」
そう怒鳴りつけて、間宮の横腹を蹴り上げた。
「ウグッ!!」
父親の蹴りがまともに入り、苦悶の声を上げて横倒しになった間宮だったが、すぐにまた土下座の体制に戻り、頭を床に押し付けた。
その態度が癇に障ったのか、父親は間宮の胸倉を掴んで無理やり立たせた。
「土下座して謝れば、俺達の気持ちが落ち着くとでも思ったか!?それとも自分の罪の意識が軽くなると思ったのか!?」
父親は間宮を締めあげながら、そう怒鳴り散らした。
「す、すみません・・・」
間宮は感情を表さないでそう呟くように謝った。
ドサッ!!
父親は胸倉を掴んでいた間宮を、部屋の入口付近へ投げ飛ばした。
「お前なんかに父と呼ばれる筋合いはない!お前が優香を殺したんだ!通夜にも、葬式にもお前は来るな!2度と俺達の前に姿を見せるな!!」
息を少し切らせながら、父親は間宮に自分が娘を殺したんだと吐き捨てて、出ていけと怒鳴った。
「・・・・・はい。」
間宮は小さくそう返事をして、フラフラと病院を出ていった。