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29  作者: 葵 しずく
4章 錯覚
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第14話 間宮 良介 act 7 ~Two people's future~

 電車での告白から間宮と香坂の交際がスタートした。

 色々な事があり、小さな喧嘩もあったが、お互いがお互いを尊重し合う關係が約2年程続いた。


 2人共仕事も順調で付き合い始めた時から比べると、仕事に追われる時間が増えたが、一緒にいる時間を大切にしようと話し合い、それからは香坂が可能な限り間宮の部屋へ通う半同棲生活を始めていた。


 そんなある日の夜

 夕食を済ませて、香坂が台所で洗い物をしている後ろ姿を見つめていた間宮が

「なぁ、優香。」

「ん?なぁに?」

「今週末なんだけど、どこか出かけないか?」

「週末?いいけど、どこに行くの?」

 洗い物の手を止めエプロンで軽く濡れた手を拭きながら、香坂はリビングへ戻ってきた。

「ん~・・・ちょっと付き合って欲しい所があるんだよ。場所は着いてからのお楽しみってやつだな。」

「なによそれ!まぁ、いいけどね。」

 首を傾げながらも、久しぶりの間宮とのデートを笑顔で了承した。


 週末2人は代官山に来ていた。

 香坂はここでショッピングをするのが大好きで、到着して早々に目を輝かせながら各ショップを巡りだした。

 色々なショップに入る度に、まるでファッションショーのように様々な服装の香坂を見せてくれる。

 大抵の男はこの長いショッピングに付き合うのは億劫なのだろうが、

 間宮は自分の大切な彼女が楽しそうに色んな姿を見れるのが、たまらなく好きでショッピングに付き合うのも苦にならなかった。


 やっぱり優香は何着ても映えるよな・・・


 思わずニヤける間宮の顔を覗き込んだ香坂が

「良ちゃん!どうしたの?ニヤニヤして・・・」

「ん?優香は何着ても似合うなって思ってさ!」

「そ、そう・・・ありがと・・・」

 色々な表情でファッションショーを楽しませてくれた人物とは思えないほど、間宮の言葉を聞いた香坂は、モジモジと恥ずかしそうに俯いた。


 その後も間宮は黙ってショッピングを楽しむ香坂に付き合った。

 暫く歩き回ったところで、目に入ったカフェに入り休憩をとる事にした。


 大好きなミルクティーで喉を潤した香坂は、通りを歩く人達を眺めながら、間宮に気になっていた事を聞く。

「あのね、良ちゃん。」

「ん?」

「今日って何がしたかったの?行きたい所があるって言ってたけど、何だか私のショッピングに付き合って貰ってるだけになってるんだけど?」

「ん?俺が行きたかったのはここで合ってるよ。付き合って欲しい事はまだなだけだから、優香は気にせずショッピングをしたらいいよ。」

「そうなの?わかった。でも、私買い物している時って夢中になっちゃう事があるから、良ちゃんの用事を始める時は、絶対に遠慮なんてしないで言ってね!」

「ハハ、わかったよ。」

 それから休憩を終えた2人は、またショッピングを楽しむ為に通りの散策を再開した。


 ここのところ香坂の仕事が特に忙しかった為に、まとまった時間がとれず買い物も儘ならなかったのを言い訳に、心置きなくショッピングを楽しんだ。

 次々と間宮の両手に荷物が増えていく。

 でも間宮は文句ひとつ言わずに、楽しそうに香坂の隣を歩き回った。


 夕方になり日が傾き出すと各ショップから明かりが漏れ出した頃、

 香坂は満足したのか、ロッカーに戦利品を預けて身軽な状態にして、間宮と腕を組み上機嫌で鼻歌を歌いながら散歩を始めた。


 昼間と違う顔を見せた通りに心地よい風が吹き抜ける。


「良ちゃん、一日付き合ってくれてありがと。」

「どういたしまして。」


「それで?結局私が買い物していただけだったけど、ここで何があるの?」

「あぁ・・・それはな・・・」


 要件の話題になった時、明かりが漏れる通りの中で、一際明かりが目立つショップの前にたどり着いた。

 そのショップは有名なブランドショップで、今ブライダルイベントが開催されていて、メインの大きなウインドウにとても綺麗なウエディングドレスがディスプレイされていた。

 そのドレスを工夫を凝らしたライトアップがされていて、幻想的な空間を作り出している。


「素敵・・・綺麗・・・」


「やっぱり憧れるものなのか?」


 そのライトアップされたウエディングドレスの前で足を止め頬を赤らめながら、ウットリと見入る香坂に間宮はそっと並んで声をかけた。


「それはそうだよ。こんな素敵なドレスでヴァージンロード歩けたら、幸せ過ぎて泣いちゃうかもね・・・えへへ・・・」

 照れ臭そうに笑う横顔に優しい風が吹き、前髪が揺れる。

 ライトアップされた光が、香坂を優しく照らした。

 自分を見つめる間宮に気が付いて、微笑んだ彼女の姿が目の前にあるウエディングドレス姿に見えて言葉に詰まる。

 視線を間宮からウエディングドレスに戻した香坂の後ろに回り、微かに震える口を開いた。


「そうか・・・なぁ、その嬉し涙を俺に見せてくれないか?」

「え?」

 少し驚いて、香坂は後ろにいる間宮に振り向くと、優しい眼差しが視界に入った。

「あはは、なにそれ?まるでプロポーズみたいに聞こえるよ?」

 その眼差しに照れて人差し指で頬を軽く掻きながら、間宮の言葉の真意を確かめる為に、わざとはぐらかす様に返した。


「そうだよ。」

「あ・・・・」


 間宮はプロポーズの言葉だと認めて、ポケットから小さなケースを取り出して香坂に差し出した。


「優香、俺と結婚してほしい。」


 話す口調はいつもの間宮だったが、声色が僅かに震えているのが分かる。

 間宮が差し出したケースをゆっくりと開けると、中には散りばめられているダイヤモンドを今時にデザインされた指輪が入っていた。

 その指輪を見て、目を丸くした優香は、間宮の目と指輪を交互に何回も往復させてから固まってしまった。


 信じられないと言わんばかりに目を見開いて間宮を見つめる香坂は、真剣でそれでいてどこか緊張している彼を見て、本気で言っているのだと分かった。まだ間宮のプロポーズが終える前から目頭が熱くなり、肩が小さく震えだす。


「このウエディングドレスを着て式を挙げよう、優香!」


 最後まで聞き終えると、ヴァージンロードで流すと宣言した涙を、この場で流し始めた。

 ライトアップされた光がより一層、流れる涙を美しく照らしだし雫となって頬を伝って落ちる。

 ポロポロと流れる涙を拭う事なく、ずっと間宮を見つめていた香坂は、少し間をおいて小さく頷いた。


「嬉しい・・・本当に嬉しい・・・ありがとう・・・良ちゃん・・」


 声が震える、どうしても涙声になってしまう。

 以前から考えていた事・・・

 もし、プロポーズされる事があったら、笑顔でしっかりと気持ちが伝わるように、泣いたりしないで色々な事を伝えようと・・・

 でも、現実はこんな有様だ・・・・

 想像はした事がある。この人からプロポーズされたら、どんな気持ちになるんだろうと。

 嬉しすぎて抱き付いたりするのだろうか・・・

 それとも、意外と冷静に受け止めてクールに受けるのか・・・いや、これは無理だな、うん!

 でも泣きじゃくって何も言えないのは嫌だな・・・



 なんとかこれだけは言えたが、想像以上に幸せ過ぎて立っていられない状態になった。

 一歩、また一歩とゆっくり足の震えを堪えて、間宮の胸元まで来ると、あとは感情が一気に溢れ出して、倒れこむ様に間宮の胸に顔を沈め、両腕を間宮の背中に回して抱きしめた。


「必ず、幸せにするからな。」


 耳元で間宮がそう呟くと、香坂は顔を挙げて微笑む。


「はい!私を貴方のお嫁さんにして下さい。」


 間宮にそう告げた香坂は、静かに目を閉じる。

 少し踵を上げると、足りない高さを間宮が埋める様に近づき、優しい誓いのキスを交わした。


 お互いの唇が離れ、見つめ合う2人が自然と笑顔になった時


 パチパチパチパチ!!!


 ウエディングドレスをディスプレイしているショップ側から、拍手が起こった。

 2人は驚いて、拍手が起こっている方を見ると、ショップのスタッフ達と店にいた客達が、店前に出て2人を祝福する為に拍手を送ってくれていたのだ。


 拍手を送るスタッフや客達が、2人を囲んで祝福する。

「ありがとうございます。」

 間宮達は、お互いの両手を掴んだまま周りの人達に笑顔でお礼を述べた。

 そして改めてディスプレイされているウエディングドレスを眺めて、店長らしき人に婚約話がまとまったら、改めてお邪魔させてもらうと約束して、その場を立ち去り、夕食を食べに通りの奥にあるイタリアン料理の店に入った。


 コース料理をオーダーしてから、先に運ばれてきたワイングラスを2人で構える。

「それじゃ、婚約を記念して乾杯!」

「うん!乾杯!」


 チン!


 ワインで喉を潤して、運ばれてくる料理に舌鼓を打ち、これまでの話題とは打って変わり、両親の挨拶の日取り、式はいつ頃?とか新居の事、新婚旅行はどこへ?等、2人の未来への話題は尽きなかった。

 最後のコーヒーが運ばれてきた時、香坂はさっき受け取った婚約指輪が入ったケースを間宮の前にオズオズと差し出した。

「ん?なんだ?」

「えっとね・・・その・・・この指輪、良ちゃんがはめてくれないかな?」

「あ、あぁ!うん、わかった。」

 間宮は早速ケースから指輪を取り出して、差し出された左手の薬指に指輪ははめた。

 薬指に光る指輪を、天井に翳してダイヤの輝きを堪能する。

「とっても綺麗、それにデザインが凄く可愛いね。」

「気に入ってもらえてよかったよ。」

 間宮は愛おしそうに指輪を眺める香坂に微笑んだ。

「当たり前だけど、一生大事にするね!」

「うん!当たり前だけどな。」


 あはははは!


 本当に幸せな雰囲気を惜しみなく溢れ出させて、2人は店を出て帰宅する為に、駅へ腕を組みながら歩いた。

 これからの幸せな未来予想図を描きながら。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 カシュッ!!

 ゴクゴクゴク!プハッ!!


 ドスンッ!


「今日も疲れましたよっと!」


 翌日、今日は各自お互いの自宅へ帰る事にした間宮は、仕事を終え帰宅後、缶ビールを喉に流し込み、疲れた体をリビングのソファーに体を預けた。

 開けたばかりの缶から、炭酸が弾ける音が聞こえる。

 今日はなんだか静かな夜だ。

 少しアルコールが体に回り、僅かに早くなった鼓動の音が聞こえる。

 何故か妙に緊張しているらしい・・・


 フゥ・・・


 軽く息を吐いて、ポケットからスマホを取り出す。

 随分とコールしていない番号を立ち上げてタップする。


「もしもし!」


 二回コールで電話に出たのは、間宮の父親、雅樹だった。


「あぁ!俺や、久しぶりやな。」

 ーん?俺?お前まさかオレオレ詐欺やな!そんなんに騙される程、ジジィちゃうぞ!ー

「そんなボケはええねん!クソ親父!」

 ーなんやねん!久しぶりに電話してきたんやから、付き合えや!アホ息子!で?なんや?ー

「あぁ、実はな近いうちに紹介したい人がおるねん。」

 ー紹介したい人?なんやその言い方、まるで婚約者でも連れてくるみたいやんけ!ー

「だから・・・そうゆう事や!」

 ーは?ー

「だから!婚約者を紹介したいって言ってんねんって!」

 ーはぁ?!お、お前結婚するんか?!聞いてへんぞ!そんな相手がおったんか?!ー

「そ、そうや!だから、先に向こうの御両親に挨拶してから、一緒に帰るからしその時会ってほしいんや。」

 ーそ、そうか〜まさか、お前にそんな人がおるなんてなぁ・・・で!どんな人なんや?ベッピンか?ベッピンなんか?!ー

「他に聞き方あるやろ・・・名前は香坂 優香ってゆう、超ベッピンさんや!」

 ーゆったな!これでオモロイ顔した子連れて来たら、遠慮なく笑わせてもらうからな!ー

「あほか!そんな事したら縁ぶった斬るからな!・・・まぁ、でも、その心配はないやろうけどな!」

 ーそりゃ楽しみやな!年はいくつやねん?何してはる人なんや?ー

「質問ばっかりやんけ!年は俺と同い年で仕事も、同じ会社ちゃうけど、同業のエンジニアしてはる人で!って、もうええやろ?詳しい事は当日直接話すから、とりあえず予定空けれるようにしといてや!」

 ーそうやな!わかった!オカンにもゆうとくわ!あっ!せめて見た目がどんな子か知りたいから、画像くらい持ってるんやろ?送ってくれ!ー

「はぁ・・・分かった!電話切ったら送るから、宜しく頼むで!じゃあな!」


 間宮は溜息を吐きながら、電話を切った。


 それから、見せてもあまり恥ずかしくなくて、しっかりと優香の事を知る事が出来る画像を選別して、雅樹のスマホに転送した。


 送った直後、雅樹が大興奮してまた、電話をかけてきたのは言うまでもない。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 同日 香坂家食卓にて


 香坂も仕事を終えて真っ直ぐ帰宅していた。

 一旦自室へ戻り、着替えている最中、どうやって結婚の事を両親に切り出そうか悩んでいると、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。


「やっほ!お姉ちゃん!おつかれです!」

「アンタは・・・・私まだどうぞって言ってないじゃん!」

「まぁ!まぁ!細かい事は気にしない!気にしない!」

 悪戯っぽく笑いながら、姉の抗議を受け流しながら、優香のベットに腰を下ろした。

「そういえば、この時間に優希がいるの珍しいね。」

「うん!たまには家族とご飯食べないと、私の存在忘れられそうだからなぁ!それに・・・」

 優希はそこまで話すと、ニヤニヤと着替えをしている優香を眺めだした。

「ん?それに?って何ニヤニヤしてるのよ!」

「別に~!あっ!そろそろご飯だろうから、先に降りるね!」

 バタンと優希はそう言って一方的に優香の部屋を出て、リビングへ降りて行った。


 優希は知っていた。

 昨日、遅くに帰宅して優香に借りたい物があった為、優香の部屋のドアをノックしたが、反応がなくて勝手に借りようとドアを開けると、優香はイヤホンで音楽を聴いていた。

 音楽を聴いていたから気が付かなった・・・・とゆうのは少し腑に落ちなかった優希は、そのまま何を言わずに優香を観察していると、何だか自分の左手を愛おしそうに眺めているではないか・・・・

 不信の思った優希は、姉の左手を凝視する。


 あっ!!


 左手に意識を向けると、謎が一気に解けた。


 優香が愛おしそうに眺めているのは、綺麗なダイヤが輝く指輪だと気が付いたからだ。

 その指輪が婚約指輪だとゆうのは一目瞭然で、今日は彼氏とデートだと聞いていたから、恐らく今日プロポーズされたのだろう。

 あんな幸せそうな姉の顔を、正直、自分の記憶ではなかったと思う。

 そう考えると、自然と優希も嬉しさが込み上げてきて、優香に抱き着いて祝福をしたい言動に駆られたのだが、何だか盗み見してしまった事に気後れしてしまい、優希は静かにドアを閉めて自室へ戻った。


 この事から、今晩にでも親に婚約の報告があるのではと予想して、予定を切り上げて早く帰宅したのだ。


 着替えを終えて優香もリビングに姿を見せた。

 食卓にはすでに夕食が配膳されていた。


 ソファーでくつろいでいた父も呼ばれ、全員食卓に着席して母親が満足そうに呟いた。


「何だか全員そろって夕食を食べるの久しぶりね。それじゃ!」


 いただきます。


 母親の合図で皆一斉にそう言って、食事を始めた。


 両親はまずビールを一口飲んでから、おかずに箸を伸ばす。

 優希は自分のスマホを気にして弄っていたが、母親に食事の時はスマホから手を放しなさいと注意されて、渋々食事を始めだした。


 優香はいつもどおり食事を始めていたが、味なんて感じない程、緊張している。

 いつ切り出せば良いか・・・どんな感じで話せば良いか・・・・そもそも正面に座っている両親は、今機嫌が良いのか悪いのか・・・

 そんな事ばかり考えて食べているのだから、味なんてわからなくて当然だろう。


 なんだろう・・・・今日に限って妙に皆の口数が少ないように感じる。

 なんだか・・・空気が重い・・・


 そんな空気の中、中々言い出せないまま、食後のコーヒーを淹れようと母が席を立ち、父がまたリビングへ戻ろうとした時、もう後がないと覚悟を決めた優香は重い口を開いた。


「お父さん、お母さん・・・話があるんだけど、いいかな・・・」

 席を立ったばかりの2人が、優香を見つめた。

「大事な話?」

「う、うん・・・」

 母親がそう確認すると、両親は一旦立ち上がった席に戻った。

「で?なんだ?大事な話って。」

 父親が真剣に話を聞こうと、優香の話を促す。

「う、うん・・・あのね・・・」

 そこから沈黙が流れた。

 覚悟を決めたはずなのに、そこから言葉が続かない・・・

 でも両親は催促せずに優香から話し出すのを黙って待っていた。

 そんな三人を横目で見ていた優希が席を立ち、淹れようとしていたコーヒーを母親に代わって淹れだした。


 コポコポと落ち着く音が耳に入ってきた。

 それからコーヒーのいい香りが部屋に広がる。

 昔、誰かに聞いた事を思い出す。

 コーヒーの香りにリラックス出来る成分が含まれていて、コーヒーが飲めない人でも、香りだけ楽しむ為にコーヒーを淹れたりすると・・・

 優香はあまりコーヒーは好んで飲んだりはしないが、その時教えてくれた意味を今、理解できた気がした。

 香りをゆっくりと吸い込むと緊張で力が入っていた肩の力が自然と抜けていくのが分かる。


 俯いて閉じていた目を、ゆっくりと開いて、目の前に座っている両親の目を真っ直ぐに見た。


「2人に会って欲しい人がいます。」

 両親の目を見つめてそう告げると、2人は少し目を大きくした。


 また少し沈黙が訪れるが、すぐに父親が口を開く。

「優香・・・その・・・そんな言い方をするって事は・・・その・・・」


「はい!私はその人と結婚したいと思っています。」


 さっきから自分で自分が気になっていた。

 何故、この話を口にした時から、敬語で話しているんだろうと・・・


 緊張からだろうか・・・反対される事への恐れからだろうか・・・

 それとも・・・


 一筋縄ではいかない覚悟はしている。

 自分で言うのもなんだが、父親は私を溺愛しているのをよく知っているからだ。

 こんな時、父親は粗探しを始めるか、問答無用で反対するか・・・

 どちらにせよ、応戦したりしないように、我慢して最後まで話を聞き終えてから、自分のありのままの気持ちを両親に伝えよう。

 分かってくれるまで何度でも話そう。

 優香はそう覚悟を決めていた。


 だが・・・


「父さん達に会わせたい人の事を詳しく聞かせてくれないか?」

 予想外の反応だった。

 いや、詳細を聞いて粗探しを始める気なのかもしれない。

 優香は慎重に言葉を選びながら間宮の事を話した。


「そうか・・・・それで?」

「え?」

「優香は幸せなのか?迷ったりはしていないのか?」



「はい!私はこの人でないと幸せになれません。」

 父に迷いなくそう言い切った時、何故敬語で話しているのか分かった。


 それは多分・・・・自分の決意を伝える為、ここまで育ててくれた両親からの巣立ち・・・勿論、感謝はしている。だからこそ、甘えが出ないように自分にけじめをつけたくて、敬語で話しているんだ。

 いくつになっても、子供はいつまでも子供だとよく聞く台詞・・・

 間違っているとは言わない。

 でも、子供の立場をいつまでも使いたくなかったんだ。

 甘えずに、人生の先輩と後輩として、追い越す資格を得る為に・・・・


「そうか・・・わかった。会ってやるから連れてきなさい。」

「え?い、いいんですか?」

 驚いた。絶対反対されると思っていた。

 それが、こんなにあっさり会ってくれると言われるとは考えた事もなかった。


「あぁ!優香が彼の所へ頻繁に通っているのは知ってたから・・・そろそろそんな話をしてくると思ってた。」


「そうよ!初めの頃は、お父さんの機嫌が悪くて大変だったんだから。」

 母が苦笑いしながらそう話す。


「うるさいな!まぁ、なんだ・・・優香が選んだ相手なんだ・・・間違いはないんだろう・・・」

「ふふふ!はいはい。それじゃ、その日は御馳走作らないとね。」


「お父さん・・・お母さん・・・」


「それより、さっきから何で敬語で話してるんだ?まぁ、何となく理由は想像つくが・・・」

「あ、これは・・・その・・・」

「卒業のつもりなんだろ?その気持ちは尊重するが、優香が家を出ていく日までは、いつもの親子でいさせてくれ・・・」


 そう言ってくれる父親の顔が、ぼやけてよく見えない。

 涙が次から次へと溢れては、流れ落ちていく・・・


「ありがとう・・・お父さん、お母さん・・・」

 流れ落ちる涙をそのままに、優香は両親の前に立って深く頭を下げた。

 顔を上げると、父と母も涙を拭っている。

 私もいつか、この涙を流す日がくるのだろう。

 だから、今の両親の顔をしっかり忘れないように目に焼き付けよう。

 同じ涙を自分の子供に流せるように・・・


「おめでと!お姉ちゃん!」

 コーヒーが淹れ終わり、テーブルに人数分のカップを配りながら、優希は祝福した。


「ありがと、優希・・・」

 優希に笑顔でそう答える。


 カップを配り終えた優希は、ソファーの陰に隠してあった物を取り出して優香に差し出した。

「え?なに?これ・・・」

「婚約祝いのプレゼントだよ!本当は、良ちゃんが挨拶に来た時に渡したかったんだけど・・・来週末からライブの予定が詰まってて、多分、同席出来そうにないんだ・・・ごめんね。」


「ありがとう、優希!開けていい?」

「うん!もちろん!」


「うわぁ!可愛い!」

 綺麗にラッピングされた箱の中身は、可愛らしいデザインのフォトスタンドだった。

「やっぱり、結婚式の前撮りでウェディングドレスのお姉ちゃんと、タキシードの良ちゃんの写真って撮ったりするんでしょ?その写真をこれに入れて、新居に飾ってほしいなぁって!」


「うん!大切に使わせてもらうね。」

「えへへ〜!」


「ん?でも、何で今日結婚の事を話すって知ってたの?」


「あっ!・・・それは、その・・・」


 ??


「昨日帰ってきて、お姉ちゃんの部屋に行ったら、幸せそうに婚約指輪眺めてたから、今晩あたりにお父さん達に話すんじゃないかなって・・・」


「アンタ見てたの?!」

「だ、だって、ちゃんとノックしたんだよ?でも、お姉ちゃん音楽聴いてて、反応なかったから・・・つい・・」



「あらあら!もうお父さんが結婚の事を許したみたいに話が進んじゃってるわね。」

「ゴホンッ!!」



 姉妹が新婚の事で盛り上がっていると、母親が苦笑いでそう話して、父親は少し眉間に皺を寄せて咳き込む姿が、何だか可笑しくなり家族みんなで笑いあった。


 私はこの家庭に生まれてきて、本当に幸せだと心の底から感じた夜だった。


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