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29  作者: 葵 しずく
1章 最低な出会い
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第6話  運命の悪戯

 7月24日(月) 


 カタカタカタカタッ カチカチ! カチッ!ヒューン


「よし!こんなもんかな!」

 モニターに向かって今日の最後の仕事を終えてPCをシャットダウンさせて呟いた。


 デスク周りをチェックして、やり残しがないか確かめてから、両手を上にあげて、体を伸ばす。

「う~~~ん!やっと片付いた」


 ホッと一息ついてたら、後ろから「間宮!おつかれ!」と声が聞こえた。

 振り返ると隣の部署から、顔を出した松崎だった。


「もう今日はあがりだろ?あっちでコーヒーでもどうだ?」

 松崎が親指で自販機を指さす。

「あぁ、そうだな!」


 2人で自販機で缶コーヒーを買い休憩スペースの椅子に腰を下ろした。


「ここのところかなり遅くまで残ってたみたいだな」

 松崎がプルタブを開けながら話だした。

「まぁな」

 コーヒーを半分くらいまで一気に飲み干しながら答える。


「明日から出張なんだって?」


「あぁ!そうなんだよ。つかあれは出張と言えるのか怪しいんだけどな」

 間宮は溜息交じりにそう返した。


 松崎は苦笑いしながら続けた。

「あぁ!聞いた!聞いた!最初聞いた時はビックリしたぜ!」


 間宮も苦笑いを返しながら、頷いた。

「だろうな!でも本人が一番ビックリしてるんだぞ!まさかあんな案件が通るなんて思ってなかったから、二度ビックリだったよ」

「ははは!ほんとだよな」

 笑う松崎にそのまま愚痴をこぼす


「だから元々のスケジュールを可能な限り前倒して、片づけたんだけど、忙し過ぎて、明日からの出張の準備があまり進んでなくてさ。これから帰って準備しないとなんだよな。」


「そうか、まぁ!気を付けて行ってこい!土産と土産話を楽しみにしてるからよ!」

 ゴミ箱へ缶を捨てながら松崎がそう催促してきた。


「何があるかよく知らないんだけど、美味そうなのがあれば買ってくる。土産話は失敗話ばかりにならないように気を付けるよ」


「ははは!おう!じゃあな!お疲れ!」

 手を上げながら自分の部署へ松崎は戻っていった。

 奴はまだ仕事のようだ。


「じゃあな!おつかれ!お先な!」

 挨拶をして、俺も自分の部署に戻った。


 帰り支度を済ませてから、課長の席へ向かう。


「それでは課長!明日から行ってきます!」

 明日からの出張に出る挨拶をした。

「うん!お疲れさん!頼んだぞ!」


「はい!もし何かありましたら、可能な限り携帯に出れるようにしておきますので、連絡いただければ」

 そう言ったのだが、課長は首を横に振った。


「いや!こっちの事は向こうにいる間、忘れてくれていい。

 間宮は向こうの事だけを考えて、先方さんの期待に応えてくれ!」


 予想外の返答が返ってきて驚いた。


「えっ!でもそれでは」


 予想外の返事を否定しようとしたが、課長は間宮の言い分を途中で制止して、そう話した事情の説明を始めた。

「ここ数カ月ウチの部署の数字が芳しくない。ここで間宮の商談がまとまれば、一気に業績が上がるんだ。

 期待している!しっかりと頑張って先方を満足させてこい!」

 課長が勢いよく発破をかけるから、話しかけていた言葉を飲み込む事にした。

「はい!精一杯やってきます!」と挨拶を済ませて、帰宅を始めた。


 帰宅して軽く食事を済ませてから、早速明日からの準備に取り掛かった。


 そうは言っても男はこの手の準備なんて適当である。

 必ず用意しなければいけない物以外は雑にスーツケースに押し込み、足らなかった物は現地で買えばいいかなと準備を済ませた。

 明日はいつもよりかなり早い時間に出ないといけないので、シャワーを浴びて早めに寝室へ向かった。

 ベッドに入る前にビールを飲みながら、明日からの資料に目を通して、色々と考え込んだ。


「まさか、また俺がアレをやる事になるとはな……期待に応えられる自信はあまりないけれど……

 天谷社長は俺が思った通りにやってくれればいいと言ってくれてるし、頑張ってみるかな!」

 明日からの出張を意気込んで眠りについた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 7月25日(火) AM5時


 目覚ましが鳴りベッドから眠たい目を擦りながら出た。


 カーテンを開けるとまだ薄暗い時間帯だった。


 目を覚ます為にシャワーを浴びて、身支度を済ませてキッチンへ向かう。


 ウチは両親が共働きだから、母親も今日仕事があるので、早くに起こしたら悪いからと、自分で簡単な朝食を作り、今日から始まる合宿のスケジュールを確認しながら朝食を済ませた。


 うちのゼミは参考書や教科書等を、全てゼミ専用のタブレットを使っているので、大した荷物にならないと思って自転車で運べるボストンバッグで行くつもりだった。

 だが、流石に女の子の7泊8日は色々と物入りになり、結局スーツケースに変更せざる負えない状況だったので、駅まで歩いて行くことにした。


 早朝とはいえもう7月下旬!夏本番へ突入していたから、日中よりは涼しかったが、スーツケースを引っ張りながら、歩いていると少し汗が出る程暑かった。


 駅前に着くと駅周辺の木々から蝉の鳴き声が聞こえる。

 来年の夏はどんな気持ちで、蝉の鳴き声を聴いていられるだろう。

 志望校に合格して、晴れて大学生としてこの駅へ通って、蝉の鳴き声を聴けるように、今日からの合宿がんばろう!と気持ちを高めて出発した。



 ゼミのビルの向かいにある広い駐車場に到着すると、もうバスが待機していて、わりと早めに到着したつもりだったが、すでに半数以上の参加者が集まっていた。


「わあ!早めに来たつもりだったけど、皆気合入ってるなぁ」

 感心しながら、周りを見渡していると、集団から少し外れた場所から

「瑞樹さ~~ん!」と自分を呼ばれる声が聞こえてきた。。

 声がする方へ視線を向けると、男子が満面の笑みでこっちに走ってきた。


「おはよう!瑞樹さん!今日も暑いねぇ」

 この前ゼミの帰りに声をかけてきた佐竹だった。

 私は早速スイッチを切り替える事にした。

「おはようございます」とだけ返事をする。

 佐竹はそんな事も相変わらず、全く気にする様子を見せずに、グイグイと距離を詰めようとしてくる。

「うわ!私服姿の瑞樹さんって初めて見たけど、すごく可愛いね!」

「そうですか?ありがとうございます」

 勉強をする為に行くとはいえ、今日はバス移動があるし、まともな恰好をしてきたつもりだけど、佐竹に褒められても、ちっとも嬉しくない。

 だが、社交辞令的に一応お礼は言っておいた。


 周りの女子達を観察していると、今からどこへ行く気だ?と聞きたくなるような奇抜は恰好をしている子もいる。

 逆にもうすでに勉強体制に入っているような超カジュアルな恰好をしている子まで様々なようで、眺めていて面白かった。

 私はと言えば、夏らしく白を基調としたノースリーブのワンピースでスカート部分は少し短めの服を着て、白の少しだけヒールが入ったサンダルにチャラくならない程度のアクセを散りばめた格好で、手には水色と白のボーダー柄のトートバックを持っていた。

 全体的には真ん中位の恰好で目立ってはいないはずだ。


 早速佐竹がエスコートに名乗り出てきた。

「あっ、瑞樹さん!先にスーツケースを預けておいでよ。手ぶらの方が楽でしょ?」

 佐竹はバスの方に手を向けてと案内する。

「そうですね、じゃあいってきます。」

 バスの方へ向かおうとしたら、やっぱり当然のようについて来る。

「スーツケースは僕が運ぼうか?」とか

「バスの席は基本的に自由なんだけど、よかったら一緒に座らない?」

 とか朝からしつこくて、合宿中ずっとこんな感じだとたまったもんじゃないと溜息を軽くつく。

「結構です!自分でやるのでお構いなく!それとバスの席は流れにまかせるので、約束は出来ません」と突き放した。

 流石の佐竹もここまで言われるとついてきた足を止めて

「……そうか、余計なお世話だったね……ごめん」

 自分がした事は迷惑なだけだったと認めて、動きを止めて俯いた。


 私はそれを聞こえないふりをして、バスへ向かいスタッフに渡された名札をスーツケースに取り付け預けた。

 そのままの場所で少し待っていたら、バスへ乗り込む時間になったので、流れに沿って乗り込むと見事に窓際だけすでに埋まっていた。


 少し奥まで歩いていると、周りの男子達から「おぉ!」とゆう声が聞こえる。


 ……嫌な予感しかしない


 やはり嫌な予感は的中してしまい、バスの通路を進む度にあちこちから、窓際空けるから一緒にどう?とか声をかけてきた。

 そのパターンは様々で、すでに白々しく窓際を空けて、この窓際空いてますよアピールしてきたり、中には狭いバスの車内で立ち上がり、手をそっと窓際の席に添えて、エスコートする者までいた。

 そんな男共にウンザリしていると、後ろの方の窓際にショートカットの女の子が座っているのが目に入った。

 瑞樹は男共の誘いを全て無視して、その女の子が座っている席へ急ぐ。

「あの!すみません!隣いいですか?」とその女の子に声をかけた。


 女の子はスマホでイヤホンを使って音楽を聴いてたようで、私に気付いて驚いていた。

「あ!気付かなくてすみません!どうぞ!座って下さい」

 そう快く受け入れてくれた。


「ありがとうございます」

 お礼を言いながら、ホッとした表情で席に座った。


「私 加藤 愛菜なまって言うの!愛菜でいいよ!よろしくね」

「私は 瑞樹 志乃と言います。じゃあ私は志乃で!よろしくね、愛菜」

「うん!よろしく!志乃」

 笑った顔が凄く可愛らしい女の子だった。


 愛菜はそのまま話しかけてきた。

「でも志乃は私の隣でよかったの?」

「なんで?」

「だってすごく綺麗な人だし、こっちに来る前までに、あちこちの男子達の隣に誘われてたじゃん?音楽聴きだす前に聞こえてたんだよね」


「あぁ!……あれね」

 そう言って愛菜の方を向いて手招きした。

「え?なに?」

 愛菜が近づいてきたので、耳元に手を当てて小さく話し出した。

「何しにここへ来たんだ?って言ってやりたい位に鬱陶しかったんだよね。だから愛菜がいてくれて本当に助かったよ!ありがとうね」と囁く様に言った。


 すると加藤は最初驚いた顔をしたが、瑞樹の目を見て、手を口元にあてて「プッ!」と吹き出した。

「あはははは!それマジ!?そんな事考えてたの!?格好良すぎなんだけど!」と爆笑しだしたから、瑞樹も頷きながら一緒に笑った。


 それからは二人でどこの大学を狙っているとか、何の科目が苦手とか受験生らしく勉強中心の話で盛り上がった。


 そんな状態で何度か休憩を挟みながら、数時間程で目的地である静岡の伊豆高原にある会議施設へ到着した。

 ここは大、中、小と様々な会議施設が備わっていて、多目的に使われている施設らしい。


 会議施設ではあるけれど、宿泊施設も完備していて、快適に過ごせるようになっているそうだ。


 バスから降りて他のバスから降りる参加者に目をやっていたら、気になった事があった。

「ねぇ!愛菜。」

「ん?どうしたの?」

「合宿に同行する講師ってバスに乗ってなかったんじゃない?」

「あぁ!講師は車で先乗りしてて、打ち合わせをしたりしてるらしいよ」


「へぇ、そうなんだ」


 そんな事を話していると、まずスタッフが部屋割りのプリントを各個人に配布し始めた。

 プリントを受け取り自分の名前を探していると、後ろから「キャー!」と言う声と同時に抱き着かれた。

 後ろを振り返ると、抱き着いてきたのは加藤で

「志乃!私達同じ部屋だよ!」

 嬉しそうにはしゃいで言った。

「えっ!?あっ!!本当だ!やったね!愛菜!」

「うん!楽しい合宿になりそうだね!頑張ろう!志乃!」

「うん!頑張ろうね!」


 二人でキャッキャと騒いでいたら、そのまま中央ホールへ行くように指示された。

 中央ホールと言うのはこの施設の最大規模の会議室で、参加者全員やスタッフも余裕で入れる大きな会場だった。


 そのホールの入口でまたプリントが配布されていて、プリントを見てみると合宿前に行った全教科のテスト結果を踏まえて、決定された各教科のクラス分けが印刷されていた。


 そのプリントを愛菜と見比べていると、私は他の科目は大体Aクラスだったが、予想通り英語だけはCクラスだった。


 私のプリントを愛菜が興味津々に覗き込んできた。

「うわ!志乃すごいじゃん!4科目もAだし、Cなんて英語だけじゃん!美人で頭が良いとかズルくない?」

 そう話して、拗ねるふりをしてる愛菜が可愛かった。

「私なんか見てよ!Aなんて物理だけ!BよりCの方が多いんだよ!?」半泣きでそう訴えてきたから

「あははは!本当だね!でもね愛菜?この評価を覆す為に、ここに来たんだよ?だから最初の評価なんてクラスを分ける為だけのものだって思わない?最後に上がってればいいんだよ!」

 そう加藤をフォローする。決して嘘は言っていない。

「うん!そうか!なるほど!何てポジティブな考え方だ!よし!やる気出てきた!サンキュー!」

「うん!そうだよ!頑張ろ!」


 そして全員がホールに入ったところでゼミのオーナーが挨拶を始めた。

「この合宿に参加された生徒の皆さん!長距離の移動お疲れ様でした。オーナーの天谷です。

 この合宿は参加した皆さんの人生を良い方向へ導く為の合宿だと確信しています!

 どうかこの貴重な時間を最大限に生かして、大学受験に大いに役立てて頂きたいと願っています。皆さん、これから帰るまでの8日間頑張って下さい」


 パチパチと拍手がおこる。拍手をしている参加者の目つきが変わったのが分かった。

 私も負けられないと気合を入れなおしていると、次に講師の自己紹介が始まった。


 担当講師が壇上に並び一人ずつ挨拶を始める。

「皆さんはじめまして!英語Aクラスを担当させて頂く事になった藤崎 真由美と申します。

 今日から8日間皆さんの力になれるよう精一杯頑張りますので、宜しくお願いします」

 そう挨拶し綺麗なお辞儀をした。

 会場の男子から「おぉ!!」と、どよめきと拍手があがった。


 女の私から見ても、どよめきが起こるのは理解出来るなと思う程に凄く綺麗な女性だった。


 それから順番に挨拶は進んで、笑いを狙った挨拶をした講師がいたり、厳しくいくぞ!と参加者をビビらせる講師がいたり、

 バラエティーに富んだ講師が集まってくれたなと愛菜と話しながら、自己紹介を聞いていた。


 そして最後の講師にマイクが回った。


 マイクを持った講師の顔を見た途端

 思わず目を見開いたまま、体が固まった

 プリントを持つ手が小刻みに震える


「……えっ?」



「皆さんはじめまして!英語Cクラスを担当する事になった間宮 良介と言います」



「……な、なんで!?」


「うそでしょ?」


「29」   1章  最低な出会い   (完)


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