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29  作者: 葵 しずく
4章 錯覚
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第11話 間宮 良介 act 4~Declaration of declaration from rival~

 

 翌日 昼休み sceneにて


「はぁ・・・」

 行きつけになりつつある、会社から徒歩3分程の距離にあるsceneのカウンターでナポリタンを溜め息混じりに食べる間宮にママの杏が抗議する。

「ちょっと、間宮君!そんな顔で食べないでよ!凄くマズイみたいじゃない!」

「あ!すみません!美味しいですよ!凄く」

 我に返って慌てて美味しそうにナポリタンを食べる間宮を隣で、同じ物を食べていた松崎が、杏に間宮の心境を説明し始める。

「まぁ!まぁ!杏さん!今日は勘弁してやってよ!愛しの優香ちゃんとの初デートの事で頭がいっぱいなんですよ。」

「松崎!お前!」

 慌てる間宮を押しのけて、杏は興味津々に食いついてきた。

「なになに!?間宮君、彼女できたの?」

「いや~!まだそんな關係じゃないんですけどね!今度初デートらしいんですよ・・・」

 松崎覚えてろよ・・・・


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そう!今度彼女とデートする事になった。


 この前一緒に食事をした時、勢いでアドレス交換を頼んだら、快く承諾してくれて、それからは偶然を装う事なく、事前に連絡を取り合い時間を合わせられる日は、彼女が降りる駅まで一緒に帰る事が出来るようになった。


 そんな日が続いたある日、いつものように今日一日あった事をお互い話しながら電車に揺られていると、香坂が車内の天井に飾られている映画の広告を見て、その映画の話題になった。


「あっ!これ最近よくCMで流れてるやつだよね。」


「ん?あぁ、そうだね。興行収入も凄いらしいよ。」


「そうなんだ!面白いのかなぁ。」


「優香ちゃんって1人で映画館行ける人?」


「ううん、そこまで映画好きじゃないから、やっぱり1人だと・・・ね。」


 香坂は少し困ったような表情でそう返した。

 間宮の手摺りを握る手に力がはいる。


「じゃ、じゃあさ!よかったら今度、お、俺と一緒に観に行かない?」

「えっ?ホント?連れて行ってくれるの?」

「う、うん!俺で良かったらだけどね・・・」

「行く!行きたい!連れて行って!良介君!」

 彼女の表情がパァっと明るくなった。そんな顔で見つめられ、物凄く照れくさくなり、思わず間宮は香坂から視線を外して、見ていた広告の方を見る。


「フフフ・・・」

「え?なに?」


「実は誘ってくれないかなってカマかけたんだよね。」

 顔を少し赤らめながら、笑顔で間宮にそう告げた。


 なんだ?この可愛い生き物は・・・


 そんなアホな事を考えて、香坂に負けないくらい顔面を赤く染めて俯いた。


 少し2人の間に沈黙が流れる。

 でも嫌な時間じゃなく、何とも表現しにくいのだが、帰宅を急ぐ騒がしい車内で、2人の間だけ優しい空気が流れてる様な感覚だった。


「えっと、それじゃ、今週の日曜日って優香ちゃん何か予定ある?」


「日曜日は午前中少し予定あるけど、午後からは空いてるよ。」


「そっか!それじゃ、昼頃に待ち合わせて、どこかでランチしてからその映画観に行かない?」


「うん!わかった!楽しみにしてるね!」


 そう言った香坂は、本当にいい笑顔を間宮に見せる。

 そんな笑顔を見せられたら、単純な間宮は期待せずにはいられなくなった。


 その後プランを話し合った結果、折角だからと香坂の駅で待ち合わせて、都心まで出てそこで映画メインで遊びに行くことになった。


 V駅へ到着して香坂は出口向かう。


「それじゃ、日曜日楽しみにしてるね!良介君。」

「うん、俺も楽しみにしてる。またね!」

「うん!またね。」

 2人は小さく手を振り合って別れた。


 この件が原因で現在に至り、溜め息をついていたのだ。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ムスっとした表情でナポリタンを食べ続ける間宮に、杏は空気を読まずに切り込んできた。

「その子の事好きなの?ねぇ!ねぇ!馴れ初めとか聞かせてよ!間宮君!」

 詳しく間宮から聞き出そうとした杏を、チラっと横目で見てから、ナポリタンの料金をカウンターに置いて立ち上がった。

「仕事に戻ります。ごちそうさまでした。」

 それだけ言い残して間宮は店を足早に立ち去った。

「あらら・・・誂かい過ぎちゃったかしら・・・」

「クックックッ!あの年でまるで中坊の初恋みたいでウケるでしょ?」

「そうね!可愛いじゃない!フフフ・・・」

「あいつ、自分からデートに誘ったのはいいけど、上手くいかなかったらどうしようって悩んでるんですよ!」


 その日の帰宅時、事前連絡をしていないのに、偶然に電車で香坂と乗り合わせになった。

「あら!こんばんわ!偶然乗り合わすのって久しぶりだね。」

「そ、そうだね。」

 今日一日香坂の事で頭がいっぱいで過ごしたからか、まるで導かれるように出会えて胸を躍らせた。


「そういえば、あれからあの先輩とどうなった?」

「うん、今の所は大丈夫かな?時々チラチラ見てくる視線が気になるけど、以前に比べたら全然マシだしね。」

「そっか!それならよかった。」

「フフ、ありがと!心配してくれて。」

「そりゃ、モメてしまったのは、俺のせいだから、心配くらいするっての!」


 嬉しそうに笑顔でそう答える香坂の顔を直視出来ずに、視線を逸らしながら、間宮はそう言い訳をした。


「あはは!良介君のせいじゃないよ。あの時は本当に助かったんだから。」


 そう言われると益々ナイト魂に火がつく思いだった。


「そうだ!日曜日の事なんだけどさ・・・」

「うん。・・・ん?あっ!もしかして無理になっちゃったとか?」

「違くて!!」

 何があろうともキャンセルなんてするわけがない!

 間宮はそんな事を心の中で強く否定して、話を続ける。


「ランチとか映画以外のその他諸々をさ、俺に任せてくれないかなって。」

「え?良介君って都心部詳しいの?」

「えと、仕事が営業だから、顧客の対応とかであちこち使っててさ。」

「そっか、そうだよね。うん!じゃあ、おまかせして、良介君についていくね。」

「あぁ!まかせて!」

 この前散々、醜態晒したんだから、ここで一気に挽回する為に、そう提案した間宮は気合いを入れた。


 電車がV駅に到着してドアが開いた。

「それじゃ、またね!」

「うん、また!」

 2人はいつものように手を振りながら別れた。



 香坂と別れた間宮は、最寄駅のA駅に到着して、改札を潜ぐり駅の外へ出た。

 さっきまで一緒にいた香坂の事を考えながら、体はいつものように駐輪場へ向かう。


「おい!」


 駅を出た直後、駐輪場の反対側から、声が聞こえた。

 だが、ボンヤリしていた間宮は、自分が呼び止められた事に気が付かずに、足を止めずにいると誰かに右肩を掴まれる。


「えっ?」


 その事に驚き我に返った間宮は、掴まれた方角へ振り向くと、そこには香坂の同僚の東が立っていた。


「無視かよ!」

「アンタ確か優香ちゃんの・・・」


「ゆ、優香ちゃんだ?!」

 東は目の前にいる男が、香坂の事を名前で呼んでいる事が気に食わなかった。

 間宮は東のリアクションで、思わず彼女の事を名前で呼んだ事に気が付く。

 そういえば、本人以外に名前で呼んでいるのを聞かれたのは、初めてでその事に気が付いて、何だか気恥かしくなった。


 だが、冷静に考えると、不可解な事態になっている。

 何故、この人がここにいるのか、何故、自分に声をかけてきたのか・・・

 でも解らないから、すぐに考えるのをやめた。


「こんなとこで何やってるんですか?」


 とにかく、ここにいる理由を知ろうと、冷静な口調でそう聞いた。


「何ってお前を待ってたんだよ。」


 は?お前?!


 初対面の時同様に、馴れ馴れしくそう言われた事に、またイライラが募る。


「俺に何の用ですか?てか、何で俺の降りる駅を知ってるんですかねぇ。」

 少し睨みを効かせながら、東に状況の説明と用件を聞き出し始めた。


「用件は優香の事に決まってるだろ!ここで待ってたのは・・その・・・」


 !!


「もしかして、この前会った時つけてたんじゃないですよね?」


 更に睨む眼光を鋭くさせて問いただした。

 それに馴れ馴れしく、彼女を呼び捨てにする東が気に入らない。


「いや!半分当たってるが、半分だけだからな!」


「は?」


「だから、あの時電車を降りて、すぐに乗り直して帰ったんだけど、こっち方面に用事があって、最寄駅から電車に乗ったら、お前を見かけてさ・・・それでお前がここで降りたのを見たから・・・」


 はぁ・・・


 ここを知った経緯を聞いて、間宮は深く溜め息をついた。


「それで?俺に何か?」

「いや、ちょっとお前と話をしたくてな・・・」


「間宮です!」

「え?」

「だから、俺の名前ですよ。お前なんて名前じゃないんで!」

「あ、あぁ、そうか。わかった・・・すまん。」


 これ以上お前呼ばわりされたら、余計にイライラするから、自分の名前を名乗って釘を刺した。


「俺は東ってんだ!よろしくな!」

「どうも!あそこのベンチでいいですか?」


 駅前に設置してあるベンチを指差して、間宮が歩き出すと、東は黙ってついてきた。


 ベンチ手前にある自販機で立ち止まり、東の方に振り向く。


「何か飲みます?」

 そう言ったのが意外だったのか、東は少し驚いたような顔になった。


「いや!俺が一方的に来たんだから、俺が払うとこだろ。」

「別にこれくらい構いませんよ。財布を出したついでです。」

 そう言って、間宮は自分の飲み物を買った後、金だけ入れて自販機から離れた。

 たかが缶コーヒーだったが、僅かでも東に借りを作るのを嫌ったのだ。

「じゃあ、いただくよ。何か悪いな。」

「別に・・・」


 東も缶コーヒーを買って、間宮が座っている隣に腰かけた。


 缶のプルタブを開けて、コーヒーを一口飲み、喉を潤してから間宮が口火を切った。


「それで?優香ちゃんの事で話って何ですか?」

「あ、あぁ!単刀直入に聞くけど、おま・・・じゃなくて、間宮は優香の事どう思ってんだ?」


 ストレートだなぁ!俺より2つも年上なんだから、もっとこう、スマートに話を運ぶとか出来ないのかよ。と率直にそう思った反面、わかりやすい人なんだとも思った。


「どうしてそんな事聞くんですか?」

「そんなの決まってんだろ!俺はあいつの事が好きだからだよ!」

 真っ直ぐに微塵の照れもなく、東はそう言い切ってみせた。


「はぁ?!俺にそんな事を宣言してどうするんですか?」


「マジで悔しいけど、あの時、間宮に会った時の優香を見て、分かっちまったんだよ。」

「何をです?」

「今の優香が一番気を許してるのがお前だって事をだよ!」


 またお前って言いやがったな!と思ったが、話した内容が自分にとって気分のいい話だったからスルーする事にした。


「そ、そうですか?俺なんかより、もっと仲のいい奴とかいると思いますよ。」


「俺の知る限りじゃ、間宮以上の奴なんていねぇよ!」


 口を尖らせて、忌々しそうにそう告げた東が、なんだか可愛らしく思えてきた。


「で!どうなんだよ!好きなのか?」


 何だかまるで、高校生の恋バナしている気になってきて、思わず吹き出しそうになるのを堪えた。


「この話ってオフレコですよね?」

「当たり前だ!ライバルに有利に働く情報を伝えるわけないだろ!」


「クックック!理由がセコ過ぎんだろ!」


 素直すぎる理由を聞かされて、思わず素が出て、まるで友達に話すような口調になってしまった。


「で!どうなんだよ!」

 仕切り直し、改めて間宮の気持ちを問う東に、間宮も真剣な表情を向けた。


「アンタがどんな返答を期待してるのか知らねぇけど、俺も彼女に惚れてるよ。出会ってまだ短い時間だけど、心底惚れてる。」


 東との視線を外す事なく、また東と同様に照れもなく、間宮はそう言い切った。


 駅前のベンチでそんな真剣な表情で見つめ合う男2人を、通行人達の視線を集めていた。


 だが2人共そんな事は全く気にする様子もなく、間宮からそう答えられた東は、口元をニヤリと緩める。


「ハッ!やっぱそうだよな!正直、いい友人とか、よく解らないとか、そんな曖昧な返答を期待してたんだが・・・」


「それは期待に応えられなくて悪かったな。で?それを聞いてどうすんだよ?」


「別に!ライバルがまた1人増えたって事が確認出来ただけだな。」


 !!


「アンタ、まさか本当にそれを聞きに来ただけなのか?」


「あ?だからそう言っただろうが!」


「たったそれだけの為に、わざわざ待ち伏せまでして?!」


「んだよ!暇人で悪かったな・・・」


 そう言った東は、照れ臭そうにそっぽを向いた。


 間宮は呆気にとられた。

 今時、典型的な恋愛ドラマでもやりそうにない事を、東は当然のようにやったのだ。


 プッ!クックックッ・・・

 ア〜ハッハッハッハッ!!!


 間宮は堪えきれずに、腹を抱えて大笑いした。

 その笑い声が駅前の広場に響き渡る。


 通行人達が何事かと足を止めて、大笑いしている間宮に視線が集まった。


「そんなに笑う事ねぇじゃねぇか!そうしないと気が済まないタチなんだよ!俺は!」


 あんなに真っ直ぐ照れもなく、香坂の事を好きだと宣言した男とは思えないほど、顔を真っ赤にして大笑いする間宮に抗議する。


「クックックッ!わ、悪い!悪い!

 アンタかなりアツイ奴だったんだな。」


「な、何言ってんだよ!急に!」


 益々顔が茹で上がる東を見て、更に笑いが込み上げてきたが、今度は何とか耐え、気持ちを落ち着かせて、改めて東を見た。


「正直、初対面の印象がゴミ過ぎて、頭の中じゃ何度も殴り倒してた存在だったからさ!俺の中のアンタは!」


「あん時は、あんな感じでゴリ押せば優香を落とせると思ってたんだよ!スゲー勘違いだったけどな・・・」


 それは痛い勘違いだったと、更に印象回復するには、かなり大変だと言った間宮に、東は少しスタートが遅れるだけで問題はないと言い切った。


 それから間宮の知らない、香坂に関しての情報を話し出した。


「まぁ!優香を狙ってる奴は、俺や間宮だけじゃないしな!俺が掴んでるだけでも、他に4人はいるぜ!しかも、間宮と違って皆、同じ職場だしな!」


 東はニヤリと笑みを浮かべながら、間宮にそう告げた。


「ライバルは少なくない事は、最初から分かってたさ!でも!」


「でも?なんだ?」


「彼女に関してだけは、誰にも負けるつもりはねぇよ!」


 真剣な眼差しを東に向けて言い切った。


「ハッ!上等だよ!勝負だ!小僧!」

「誰が小僧だ!オッサン!」


 クックックッ!

 2人は声を殺す様に笑い合った。


「それじゃ、暇人はそろそろ帰るわ。」


「あぁ!さっさと帰れ!暇人!」

「うっせ!じゃあな!」

「じゃあな!・・・あ、あのさ!」

 このまま別れる流れにを、間宮が切った。


「ん?なんだ?」


「その・・・なんだ・・・アンタと話せて良かったよ・・」


「は、ハァ?!何だよそれ!俺ら恋敵ってやつなんだぞ!」

「分かってるよ!でもアンタと話して、色々グズってた事が吹っ切れたんだ。」

「なんの事かサッパリだけど、まぁいいか!んじゃな!」


「おう!またな!」


 間宮の言ってる事が理解出来ない様子だったが、気にする事をやめて東は駅に向かって歩き出した。


 本当に些細な事だった。

 周りからすれば、何でそんな事が出来ないんだと言われそうな事が出来ずにモヤモヤしていた、


 出来なかった事、それは、番号やアドレスを交換して、lineでのやり取りはしていたが、電話をかける事が出来なかった。

 もちろんlineでのやり取りも楽しかったのだが、彼女の声が聞きたいのに、会った時、それも10数分足らずで終わってしまう会話では、満足出来なかった。

 だから電話でゆっくり話をしたかった。

 でも、特に用事もないのに、電話をかけたりしたら、迷惑じゃないか?嫌われるんじゃないか?仕事の疲れがとれなかったりしたら?

 そんなくだらない事ばかり考えてしまって、今までかける事が出来なかった。


 だから、吹っ切れたと言っても東に理解出来ないのは当然だ。


 それでも間宮は、東に感謝した。

 あんなにストレートに気持ちを口に出来る東を見て、ウジウジしいるのが、本当に馬鹿らしくなったからだ。


 東の姿が見えなくなるまで、見送ると飲みかけの缶コーヒーを飲み干して、間宮も帰宅する為に駐輪場へ向かった。


 今晩絶対に電話しよう!

 特に用事はないけど、彼女の声が聞きたいから・・・


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「お姉ちゃ~ん!入るよ。」

 ガチャッ!

「え?ちょっ・・・!」

「何やってるのよ・・・お姉ちゃん・・・」

 優香の部屋のドアを開けた妹の優希が見たのは、いそいそと部屋中の服を引っ張り出して、ファッションショーをしている姉だった。


「なんかさ・・・」

「な、なによ・・・」

「まるで好きな男とデートする事になって、はしゃいでる女に見えるのは私の気のせい?」

「す!?す、好きとかまだよくわからないよ・・・・で、デートでもない・・・ような気がしないでもないかな・・・」

「どっちよ・・・」

 顔を真っ赤にして、慌てて引っ張り出した服を片付ける優香を眺めて、ため息混じりに続けた。

「マジでデートなんだね。あの奥手のお姉ちゃんがねぇ・・・」

「・・・・・・・」

 優希のセリフに無言を貫いて片付けを続ける。


 片付けが終わって、ベッドに座った優香が口を開く。

「それで?何か用事があったんじゃないの?」

「ん?ああ!そうだ!忘れてた!あのね、お姉ちゃん!私バンドやることになったんだよ。」

「バンド?バンドってあの音楽のバンド?」

「そう!」

 目をキラキラと輝かせながら、鼻息荒くそう優香に報告した。

 ここ数年、自分は何がやりたいのか解らなくて悩んでいる姿しか見てこなかった優香は、全身からワクワクしている雰囲気が伝わる程、充実した表情をした優希を目の当たりにして、嬉しそうに微笑んだ。

「そっか!ついにやりたい事が見つかったんだね!」

「多分ね!まだ確証はないんだけど、何だかやれそうな気がするんだよ!」

「そう思える事に出会えただけでも凄く前進したと思うよ。おめでとう!お姉ちゃんに何か手伝える事があったら言ってね!」

「うん!ありがとう!私、頑張ってみる!」

 そう報告をして、満足気に自分の部屋に戻った優希を見て、「よかったね。」と自分事の様に嬉しそうな表情を浮べた。


 優希が部屋から出て行った事を確認した香坂は、コロンとベッドに寝転んだ。

 そして、間宮の事を思い出す。

 引っ込み思案の自分にしては、よく頑張ったと思う。

 東さんには悪いけど、彼の存在が良いきっかけになった。


 初めて会った時から、自分でも信じられない行動の連続だったと思う。


 電車で彼の姿を見かけて、先輩がいたのに、そっちのけで彼に駆け寄ったり、映画の事をきっかけにして誘ってくれないか、誘導じみた事したり、わざわざ自分から、苗字ではなく、下の名前で呼ばせたり・・・


 そもそも、初めて顔を合わせた時なんて、通勤ラッシュの圧を回避する為だとはいえ、見ず知らずの男性の腕の中に飛び込んで、息がかかりそうな距離まで近づいたりしたんだ。


 あの時の事は、何度思い出しても顔から火を吐きそうになる。


 クスクス!


 香坂は無意識に手で口を覆い、静かに笑う。


 彼の独特の雰囲気に引き寄せられた。

 敢えて、彼に近づいた理由を説明するなら、これしか思いつかない。


 良介君か・・・


 そんな事を考えている時に、香坂の携帯が鳴った。


 着信音からメールではなく、電話だと認識して、手帳型のスマホケースを開いて、液晶を覗き込むと、そこには『良介君』と表示されていた。


 香坂は目を見開いて、少しの時間鳴り続けるスマホを手に持ったまま固まった。


 だが、すぐに固まっている場合ではないと、慌てて電話にでる。


「も、もしもし!私です!」

 いきなりの間宮からの電話で、緊張し過ぎて、妙な電話の出方になってしまった。


「あ、も、もしもし。あの、間宮です。えと、今、大丈夫?」

「え?あ、うん、全然大丈夫!えっと、どうしたの?」

「うん、特に用ってのはないんだけど、その、何してるかなって思って・・・」

 2人共緊張していた上に、特に用事があって連絡したわけではなく、お互い必至に言葉を探しながら話をした。


「今?えと、さっきまで妹が部屋に来てて話してたよ。」


「妹?へぇ!妹さんがいるんだ。」

「うん!可愛い妹でね!大好きなんだ!」

「優香ちゃんってシスコンだったんだ。」

「ちが!もう!そんなんじゃないってば!」


 あはははは!


 少しからかって、香坂の反応が可愛らしくて、間宮が思わず笑うと、釣られて香坂も笑った。


 やっと電話で声が聞けた。

 その後も色々な他愛もない話をした。

 楽しくて楽しくて仕方がなかった。


 香坂も徐々に緊張がほぐれてきて、口調が会っている時と同じようになってから笑う事が増えた。


 そんな優しくて幸せな時間は、夜遅くにまで続いたのだった。




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