第10話 間宮 良介 act 3 ~Wandering knight~
あの偶然の出会いから、週に何度か電車で会っている。
でもそれは偶然ではなく、意図的に時間を間宮が合わせているからだ。
ちょっとストーカーぽいが、これしか会える機会がないのだから仕方が無い。
電車で会うようになってから暫くして、今日は3日ぶりに会う事が出来たのだが、今日はいつもと彼女の様子が違った。
よく見ると1人ではなく、男と一緒だったのだ。
正直ショックだった。
2人連れ添っているのを見て、声をかける事が出来ずに、少し離れた所から横目でチラチラと眺めるしかない。
だが、その後驚くことが起こる。
「あ!間宮君!お仕事お疲れ様!」
優香は、連れの男を置き去りにして、空いている車内で小走りに間宮の方へ近寄ってきて声をかけてきたのだ。
間宮は驚きながらも、挨拶をかえした
「お、お疲れ様!香坂さん。」
その時、彼女は顔を間宮の肩に当たる位に近づいて小声で間宮に話しかける
「お願い!間宮君!今日はこのまま私とご飯を食べに行くって事にしてくれない?」
「え?」
「あの人、ウチの会社で二年先輩の人なんだけど、前々から食事に誘われてて、ずっと断ってるのにしつこいんだよ。」
そう事情を聞いていると、その先輩の東が間宮達に近づいてきた。
「あれ?優香ちゃん!その人知り合いなの?」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて、東はそう言いながら2人に近づいてきた。
「え、ええ、そうなんです。今日、これから一緒に食事の約束をしてて・・・」
食事の相手と聞かされて、東の目つきが変わった。
「それはひどいなぁ!俺の誘いは散々断っておいて、こいつとは食事に行くんだ。」
そう吐き捨てながら、東は間宮を睨みつけた。
は?こいつ?!
その迫力に一瞬怯みかけたが、初対面の自分をこいつ呼ばわりされてイラついた。
少し怯える表情で自分のスーツの袖を指でキュっと握っている香坂を見て、間宮は奮い立った。
「そうゆう事だから、いい加減空気読んだ方がいいんじゃないですか!?」
間宮はなるべく冷静な口調で睨みつけている東を睨み返しながら言った。
「ああ!?なんだと!?何でお前にそんな事言われなきゃなんねえんだよ!」
東が語尾を荒げると、優香の肩がビクッ!と跳ねた。
怖がる彼女を見て、間宮のイライラが増す。
何故彼女はハッキリと断っているのに、こんな怖い目に合わないといけないんだ!
そう考えるのと同時に、そんな時に自分を頼ってくれたのが嬉しかった。
「少しでも早く仕事を覚えようと、頑張ってる彼女に、先輩としてしてあげる事って他にあると思いませんか?」
あくまで冷静に対応していると、熱くなった東に車内の乗客の視線が集まる。
その視線に気が付いた東は、バツの悪そうに後ずさる。
それから暫く睨み合いの硬直状態が続いたが、電車が駅に到着すると周りの視線に耐え切れなくなった東は、舌打ちしながら電車を降りていく。
その一部始終を見ていた周りの乗客から、拍手が起こり東と対峙する事に集中していた間宮は、ようやく我に返った。
だが、間宮はその拍手を気にする事なく、自分の後ろへ隠すようにしていた香坂の方を振り返る。
彼女は周りの反応が気になっているようで、あちこちに恥ずかしそうに会釈しているのを見て、電車が次の駅に到着し、ドアが開くと同時に香坂の手首を握り出口へ歩き出した。
「え?な、なに?」
香坂の戸惑う声は聞こえていたが、間宮は無言のまま、香坂と電車を降りた。
電車を降りたところで、間宮は足を止め駅を出て行く電車を見送ると、香坂に振り向いく。
「間宮君?」
彼女が困惑しているのが、一目でわかる。
「あ〜・・・何か目立っちゃって香坂さんが、大変そうだったから、つい・・・ごめん。」
「!! フフフ、そっか!そっか!謝る事なんてないよ。気を遣わせちゃってごめんね。それと、助けてくれてありがとう、間宮君。」
連れ出した理由を説明すると、彼女は微笑みかける。
だが、間宮の本心は少し違う。
彼女が困っているからって理由は嘘ではない。
嘘ではないのだが、根っこの部分では、単純にまだ一緒にいたかっただけだ。
それを彼女の為なんて、恩着せがましく言った自分が恥ずかしくなった。
そんな複雑な心境で、何も言えなくなり無言の空気を作ってしまった。
自分勝手な都合で、無理矢理連れ出したくせに、何も言えないとか・・・馬鹿過ぎて自分を自分で殴りたくなる。
そんな空気の中、香坂はある提案を間宮に話し出した。
「そうだ!折角だし、嘘を本当にしちゃおっか!」
「え?」
完全にテンパっている間宮は、香坂が何を言っているのか理解出来ずにいた。
「だから!食事の約束していたって嘘ついたじゃない?」
「う、うん。」
「これからご飯食べに行って、本当の事にしちゃおうよ!」
香坂はポンと両手を叩いて、間宮にこのまま食事に行こうと誘ってきた。
考えもしなかった提案に驚いて、間宮は言葉を発せずに固まっていた。
「あれ?迷惑だったかな?」
少し慌てる様子で、香坂は自分の提案に難色を示し出した。
「いや!違くて、その、驚いただけで・・・ホントにいいの?」
「フフフ!もちろんだよ!付き合ってくれる?」
「もちろん!」
2人は降りた駅から外へ出た。
咄嗟に降りた駅だった為、2人共土地勘がなく、駅前の目に入ったレストランに入る事にした。
好きな食べ物、嫌いな食べ物を聞かれたが、正直彼女と食事をする事実だけで、胸いっぱい、腹いっぱいで、何を食べるかなんてどうでもよかった。
店に入って適当にオーダーを通して、事前に運ばれてきた水を一口飲み喉を潤して、口を開く。
「あの先輩って人とあんな感じになったけど、明日から大丈夫?余計な事言ったよな?」
「ん?あぁ!大丈夫だよ!これで集中してお仕事出来るもん!」
「そっか!あっ!でも、もし何かあったら言ってくれよ!必ず助けに行くから!」
「フフフ!ありがと!」
その微笑む表情が、苦しいくらいに胸を締め付けた。
なんだよ、これ・・思春期の中学生じゃあるまいし・・・
オーダーしていた料理が、運ばれてきた。
ここで一旦会話が切れる。
この話題を続けると、暴走してしまう気がして、会話が切れたのを利用して話題を変える事にした。
「そういえばさ、香坂さんもIT関係って言ってたけど、開発側なの?」
「うん、まぁ、そんな感じかな。まだまだ猛勉強しないとだけどね。」
「そっか!いいなぁ。俺もエンジニアになりたくて、今の会社に就職したのに、訳の分からない理由で、営業に回されてさ、実はちょっと腐ってたんだ・・・」
苦笑いして、香坂に本音を話し出した。
こんな事を好きな子に話すなんて、格好悪いと思って、話す気なんてなかったはずなのに、彼女の前だと何故か、ポロポロと我慢してきた事が口から次から次へと零れ出す。
「それに加えて、元々モチベが低いのに、この数週間は更に仕事しても上の空になってて、もう辞めようかって考えてたりしてたんだよ。」
本当に止めどなく情けない話が止まらない。
こんな話を聞かされても困るだけだ。
それもつい最近知り合った女性に、しかも一目惚れしている相手に話す事じゃない。
わかっているのに・・・
話す口を止める為に、運ばれてきた料理を口に運び出した。
何か口に入れていないと、更に醜態を晒しそうで怖かったのだ。
香坂のほうを見ると、間宮が話した事に対して、何も言わずに彼女も食事を始めていた。
引かれた?!情けない奴って思われた?!いや、もしかして嫌われたのか?!
話の内容が内容たけに、香坂のリアクションの無さが、どうしてもネガティブな方向に考えてしまう。
店に入る前の何を食べても、同じだとゆう気持ちとは、違う意味で味が分からなくなった。
とにかく食べる事しか出来ない間宮は、ひたすら料理を口に運んだ。
香坂も黙々と食事を進めていたが、その表情は何やら考え込んでいるように見えた。
メインの食事を終えた2人は、デザートに手をつけようとした時、急に香坂が沈黙を破り出した。
「ん〜・・・さっきの話で気になったんだけど・・」
「何?」
「ここ数週間は更に酷くなって、上の空だったって言ってたけど、何があったか聞いていい?」
「あぁ、それは香坂さんの事が頭から離れなく・・・」
「えっ?」
「え?」
ネガティブな事を考えながら、香坂の質問に答えてしまい、言うつもりのない事を思わず口にしてしまった。
「あっ!!」
思わず口を手で塞いだ間宮だったが、その行動が余計に冗談だと言えない状況を作り出してしまった。
「え、ええ、えっと・・・」
間宮の口から返ってきた返答に、香坂はあたふたと落ち着きがなくなる。
「あ、こ、これは・・・その・・・」
もう半分以上告白してしまったようなものだ。
しかし、間宮はどうにか誤魔化せないものかと、必死に思案している最中に、落ち着こうとコホンと咳払いした香坂が、先に話し出した。
「えっと、その、さっきのエンジニア志望だったのに、営業に回されて腐ってたって話なんだけど。」
「あ、あぁ、うん。」
僅かだが話のポイントが外れて、間宮は安堵して相槌をうった。
「今の間宮君はいい経験してると思うよ。」
「え?いい経験?」
言っている意味がわからない。
エンジニアをやらずに、営業活動を強いられている、この状況がいい経験?どこがだよ!そう言い返そうとした時、香坂が話を続ける。
「営業さんって、エンジニアが組んだシステムを末端ユーザーと取引してるじゃない?」
「うん。」
「それって、一番近くで市場からどんな物を求められているか、知る事が出来るって事でしょ?」
「まぁ。そうかな・・・それが?」
「初めからエンジニアやってる人間って自分の周りや、自分の想像でこんな物があったら売れるんじゃないか?って流れでシステムを構築していったりするんだよ。」
「?・・・だから?」
「でも間宮君達、営業の人達って実際購入して、使用するお客さんに直接関わるお仕事じゃん。」
段々話に熱を帯び出す度に、顔の茹で上がりが、徐々に冷め出している。
「と言う事は、市場は何を求めているか把握してるって事なんだよ!」
「うん。それで?」
「このまま営業の経験を積んだ間宮君が、開発側に来たらどうなると思う?」
ハッとした。ここまで香坂の話を聞いていると、彼女が言わんとしている事に気がついた、
「そう!市場の事を熟知している、間宮君にしか組めないシステムが作れるって事だよ!」
確かに香坂の言う事は一理ある。
さっきまであった恥ずかしい空気も一瞬で消え去り、間宮は手を顎先に当てて、香坂の話した事を頭で噛み砕いて、考え込みだした。
「それってエンジニア的に凄くアドバンテージがあると思わない?」
間宮は黙ったまま、香坂を見つめて力強く頷いた。
そうか!そんな考え方もあるのか!
間宮にとって香坂のその言葉は、まさに目から鱗だった。
斜め下を向いていた間宮の瞳に光が戻る。
そうだよ!同じ職種にいるんだから、無駄な事なんてなかったんだ。
今までも、これから経験する事だって、最終的に自分の財産になるんだから・・・
腐ってる場合なんかじゃない!
スッキリした表情で俯いて考え込んでいた顔を上げると、香坂が優しく微笑んで間宮を見つめていた。
「ありがとう!香坂さん!何かスゲーやる気出て来たよ!」
「フフフ、よかった。」
不思議な人だな。
あれだけ情けない事言ってる俺に、幻滅するどころか、こんなに力を与えてくれるなんて・・・
よし!もう泣き言なんて言ってられない!少しでも香坂さんに相応しいデキル男になってやる!
そう心の中で強く決意した。
最後に食後のコーヒーを飲みながら、色々な話をした。
この店に入ってくるまでは、平静を装っていたが、格好付ける事ばかり考えていたのに、今は純粋に彼女との会話を楽しめている自分がいる。
取り留めのない会話をしていると、あっとゆう間に、電車の時間がやばくなってきた。
名残惜しかったが、そこで精算を済ませて店を出て、2人は駅へ向かって歩きだした。
その間、あれだけ会話が弾んでいた2人の間に沈黙が流れていた。
彼女の沈黙の意図はわからない。
でも俺は、別れるのが嫌で、さっきまでの楽しさが今は寂しさに変わり、その感情が体を支配して口が開かなくなったのだ。
もし、彼女の沈黙の理由が、俺と同じだったらいいのにと、心の中でそう願った。
2人は改札を潜り、同じ下り線のホームで電車を待った。
電車を待っている時に、香坂がようやく口を開いた。
「あ、あの・・・」
「ん?なに?」
「さっきの東先輩の事なんだけど」
「うん。」
「ホントに甘えていいの?」
香坂の言いたい事は、恐らく今後また、今日みたいな事があったら、助けてくれるのかと聞きたいのだと、間宮は瞬時に理解した。
「もちろん!なんでも言ってよ。必ず力になるよ!」
間宮の台詞を聞いて、少し顔を赤らめながら、安心した表情を見せた。
「ありがと!それじゃ、頼りにしてるね、ナイトさん。」
ナイト・・・騎士か・・・
うん!少し恥ずかしいけど、いい響きだと思った。
ポケットに突っ込んでいた、両手に力を込める。
「あぁ!まかせとけ!お嬢様!」
ナイトと呼ばれたお返しに、間宮は香坂にそう返した。
あははは!
2人は照れ臭そうに笑い合う。
間もなく電車がホームへ入ってきた。
2人を乗せた電車の車内で、間もなくV駅へ到着する案内放送が流れた。
それを聞いた香坂は、2人並んで座っていたシートから、体を離して立ち上がった。
それから、すぐに間宮の方を振り向き、そうだ!と思い出したように口を開く。
「前から思ってたんだけど、その香坂さんって呼び方やめない?」
「え?でも・・・」
「馴れ馴れしい人は苦手なんだけど、仲のいい人から、ずっと苗字で呼ばれるのも、同じくらい苦手なんだよね。」
少し苦笑いを浮かべながら、香坂はそう話す。
「えっと・・・それじゃあ、優香・・・さん?」
「う〜ん、同い年の人にさん付けされても、違和感しかないかなぁ。」
「じ、じゃあ、優香・・・ちゃん?」
「それだ!それでいこう!」
間宮に指を立てて、今後の呼び方に合格をもらった。
「そ、それじゃ、俺の事は・・」
間宮も苗字ではなくて、名前で呼んでもらおうと言いかけた時、香坂は間宮の言葉を途中で切って、話を続けた。
「良介君!良介君って呼んでいい?」
彼女の口から、自分のファーストネームが出て、自分の耳に入ると、凄く幸せな感情が体から溢れ出そうになる。
「う、うん。それでいいよ。」
間宮は照れ臭そうに、頬を指で掻きながら、その呼び方を承諾した。
フフフ!
2人は照れ臭そうに微笑んだ。
間もなく電車がV駅に到着してドアが開いた。
香坂は出口に向かって歩き出そうとした時に、
「またね!良介君!おやすみなさい。」
そう言って、間宮に小さく手を振った。
「うん!またね、優香ちゃん!おやすみ!」
まだ照れ臭い呼び方をして、間宮も香坂に手を振った。
彼女は笑顔を間宮に向けて、電車を降りた。
電車が再び走り出すまで、お互い手を振り合う。
周りから見れば、カップルにしか見えないだろう。
でも、違う。
ようやく友達らしい友達になれたばかりだ。
ここからが頑張りどころだ!
ライバルは少なくないだろう!
けど、俺だって負けない。
そう決意しながら、また香坂の姿が見えなくなるまで、見送ったのは言うまでもなかった。