第9話 間宮 良介 act 2~love at first sight~
「お~い!聞いてんのか!?間宮!」
「え?はい!見積もりの注意事項ですよね?」
「ハァ!?誰がそんな事教えてたんだよ!」
「す、すみません!」
ここ数日、毎日こんな感じだ。
先輩が色々と教えてくれているのに、まるで頭に入ってこない。
いや!数日と言ったが、元々入社してからも、あまり順当だとはいえなかった。
何故なら、自分の希望していた部署に配属されずに、何故か営業部に配属されたからだ。
間宮は元々、エンジニアとしてシステムの開発がしたくて、この会社に入社したはずなのに、人為的な都合とかで営業部に配属されたのだ。
面接の時に希望をしっかり伝えたはずなのに・・・何でだよ・・・
「おい!間宮!これから顧客回りに行くから、ついてこい!」
「は、はい!」
元からうまくいってはいなかったが、この数日特に酷いのは、ずっとあの電車で出会った彼女の事が頭からひと時も離れないのが原因だ。
四六時中、その子の事を考えていたら、うまくいかないのは当然だ。
切り替えようと努力するのだが、気を許すと無意識にまた考えてしまっている。
「はぁ・・・」
「おいおい!さっきから溜息ばっかりついてんなよ。」
食堂で同期の松崎が、そう苦言をこぼす。
「わるい・・・・はぁ・・・」
溜息ばかりついていたら、周りの人間まで気が滅入ってしまうのは、分かっているのだが、殆ど癖みたいになってしまっていて、止められそうになかった。
「まったく・・・おい、間宮!今晩空いてるか?」
「ん?あぁ、仕事終われば特に何もないけど?」
「んじゃ、今晩付き合えよ。悩み相談室やってやるよ。」
松崎が悩みを聞いてくれると言い出して、何を言ってるんだと思っていたはずだったが、気が付けば無意識にその事を了承している自分に驚いた。
まだ新人だった俺達は、特に残るような仕事を任されているわけではないから、あっさりと定時で仕事を終えて、2人で駅前の居酒屋へ入った。
「ま!とりあえず、おつかれ!」
「ああ・・・」
2人はジョッキを突き合わせて、ビールを喉に流し込んだ。
松崎は美味そうに飲んでいたが、間宮には今日のビールはやたらと苦く感じた。
適当に頼んでいた料理が運ばれ、チョコチョコと箸をつけながら、暫くほぼ言葉を発する事なく飲んだ。
そんな空気を断ち切る様に松崎が口を開いた。
「で?何があったんだ?」
「え?何がって?」
「あほ!ここのところ仕事してても上の空だっただろ?そりゃ普段からモチベ低いのは知ってるけど、最近に至っては酷過ぎだったからな!」
「そ、それは・・・」
同じ部署でもない松崎に気付かれている。
これは直接仕事を教えてもらっている先輩達には、相当印象を悪くしてしまっているんだと、今さらだが、最近自分に関わった先輩達の顔が浮かんだ・・・
このままでは現状を維持する事すらままならないと、観念したように松崎に満員電車の中で出会った女性の事を話した。
「なるほどな・・・何かドラマか漫画みたいな話だよな。」
松崎がそう言うのも無理はなかった。でも現実の話なのだと話に付け加えると、松崎は苦笑を浮かべた。
「わかってるよ。こんな嘘話を話す奴なんてヤバイ奴だもんな。」
どうやら信じてくれているようだ。間宮は安心して飲みかけのジョッキに口をつけた。
「んで?お前はその子をどうしたいわけ?つか惚れてんのか?」
ブッ!!
松崎にそう振られて思わず飲み干そうとしていたビールを拭きだした。
「うわ!きったねーなぁ!」
「だってお前が変な事言うからじゃん!」
何が変な事なのか松崎には理解出来ない様子だった。
それだけ毎日、毎日、悩んで日常生活に支障をきたす程の、存在なのだから、そう考えるのは自然の事だと松崎は主張した。
確かにそうかもしれない・・・
でも、何だかひっかかる・・・気になる存在なのは認めるけど、何だか今までとは違う感覚なんだよな・・
「なぁ、俺はどうすればいいと思う?」
「どうって聞かれてもな・・・もう1度会える偶然ってのに期待するしかないんじゃね?」
もう一度会って、モヤモヤしている気持ちが何なのか確かめるしかないと、松崎はそう言い切った。
もう一度会うしかないか・・・でも、名前も住んでいる場所も知らない、分かっているのは、恐らく最寄駅がV駅だとゆう事と、勤めている場所が俺が降りるO駅の隣駅だとゆう事だけだ・・・それもあくまで推測に過ぎない。
そんな偶然がそうそうあるものなのか?と、自分に自問自答を繰り返しながら、居酒屋を出て松崎と別れ帰宅の途についた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それから一週間が過ぎたある日
間宮は今日も先輩にこっ酷く絞られて、クタクタで帰宅しようと電車に揺られていた。
どうしても仕事に集中出来ない。
このままでは解雇だって有り得るんじゃないかと思えるようになってきた。
まぁ、それはそれで構わないかとも思っている自分がいる。
やりたい部署に配属されずに、無理矢理、営業職につかされている現状を考えると、そう考えてしまうのは仕方が無いのかもしれない。
仕事をなめるな!社会をなめるな!と言われそうだが、大学を卒業して間もない人間なら、そんな理由で転職を検討するのは珍しくない事だ。
実際、大学の同級生達は、既に数名辞表を出して別の道を模索している奴らもいるのだ。
はぁ・・・もう辞めちまうか・・・
そんな投げ遣りな事を考えていた間宮の肩に、ポンポンと軽く叩かれる感覚があった。
なんだよ・・・面倒くさいな・・・
もう腐った感情でしか、物事を考えられなくなっていた間宮は、機嫌が悪い事を隠さない表情で、叩かれた方に視線を向けた。
「こんばんわ!お仕事帰りですか?」
電気が体中に走った。
よくそんな感覚的な表現を耳にする。だが現実にそんな事あるわけがないと思っていた間宮だったが、即座に自分の考えが間違っていたと訂正した。
こんな事ってあるんだ。電気が走って痺れるような感覚があり、体は勿論、言葉すら発せなくなり、間宮は声をかけてきた人物の前で、呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。
「あれ?もしかして、この前の事怒ってて無視してます??」
硬直してフリーズ状態だったのを勘違いされていると気が付いた間宮は、慌てて飛んでいた意識を呼び戻した。
「い、いや!こ、こんばんわ・・」
「私は仕事帰りなんですけど、偶然ですね。」
「う、うん。俺も仕事帰りなんです。」
自分とちゃんと会話してくれたのに安心したのか、彼女はそんな会話をして微笑むような笑顔を見せてくれた。
その笑顔を見て、この数日モヤモヤしていた気持ちが、一撃で吹き飛ばされ悩んでいた事自体が、バカバカしく思えてきた。
これを期に、推測でしかなかった事の確認を試みた。
「あ、あのK駅周辺に務めているんですか?」
「はい、そうですよ。一応IT関係の仕事をしているんです。」
「え?そうなんですか!?実は僕もIT関連の仕事なんですよ。と言っても、僕は開発側ではなくて、営業職なんですけどね・・・」
「ええ!?それはまた偶然ですね!まさか同業の方だったなんて!」
同業者同士と分かって、2人共驚いたが、凄く身近な共通点が存在して、自然と会話が弾んだ。
だが楽しい時間とゆうのはあっとゆう間で、あとわずかで彼女が降りるV駅へ到着するアナウンスが車内に流れた。
こんな偶然、次を待っていたらいつになるのか分からない。
このチャンスを逃してしまったら、物凄く後悔する!絶対にする!
間宮は気持ちを必死に落ち着けて、どうしても聞きたい事を聞いた。
「あ、あの、俺・・・間宮って言います。その・・・名前を聞いてもいいですか?」
そう聞かれた彼女は、少し間を置いて顔だけ間宮の方に向けて話していた状態だったのを、体ごと間宮に向き直った。
「香坂・・・香坂 優香といいます。」
ようやく彼女の名前を知った。
ただそれだけの事なのに、間宮は嬉しくて、嬉しくて仕方が無かった。
その直後、電車がV駅のホームに近づき減速を始める。
その挙動の変化に体が揺れて、彼女の肩が僅かに自分の体に触れた。
減速している間、香坂は間宮に触れた状態を、元の体制に戻そうとはせずに、
電車が止まり切るまで、間宮に体を預けていた。
香坂の肩が間宮の胸に触れている間、鼓動の速さを悟られまいと必死に落ち着こうと努めた。
自分に体を預けている時、香坂の表情が見えなかった。
少し下を見つめて俯いていたからだ。
完全に電車がホームへ到着してドアが開いた。
香坂は出口の方をチラリと見てから、肩に下げていた鞄を整えて、出口の方へ体を向けて歩き出そうとした。
「あっ・・・」
一歩だけ歩いた所で、間宮は思わず声が漏れた。
その事に気が付いたのか分からないが、香坂は足を止め、間宮の方を向き直り少し顔を傾けて笑顔を向けて、小さく手を振った。
「それじゃ、またね。間宮君。」
初めて自分の名前を呼んでもらえた間宮は、体がブルッと震えた。
なんだ、これは・・・
こんな感覚は今まで味わった事がない。
「うん!またね!香坂さん。」
彼女の名前を口にするのが、凄く照れくさくて、そう言った時の自分の顔は、相当引きつっていた事を自覚していた。
電車を降りた香坂は、改札へ向かって歩き出した。
そのこと自体は、初めて会った時と同じだ。
ただこの前と違ったのは、彼女も車内にいる俺を見ていてくれた事、
そして、ドアが閉まった時、また小さく間宮に向かって手を振ってくれた事だった。
勿論、間宮は前回同様に、香坂の姿が見えなくなるまで視線を外すことはなかった。
・・・・・・もう認めるしかない。
とゆうかそれ以外に今の自分の気持ちに説明がつかない。
俺は初めて出会った時に、彼女に一目惚れしてしまったんだと・・・・
こんな事は初めてだ。
今まで女性を好きになった時とは、まったく違う感覚だ。
だからどうしていいのか、正直分からず戸惑っている自分がいる。
彼女が言っていた。
あの日、あの時、あの電車で出会ったの偶然だったのだと。
勿論、偶然以外の何者でもないと思ったのだが、そうではなくて、いつもはあの通勤ラッシュに耐えられない為、一時間早くに家を出てK駅前のカフェでモーニングを食べるのが彼女の通常らしい・・・
でもあの日の前日に友達と飲んでいて、うっかり終電を逃してしまいその友達の家に泊めてもらっていた。
同じ服で出社すると、変な誤解を招く恐れがある為、始発で自宅へ戻って、また身支度を整えてから家を出たから、あのラッシュ時間に出勤する事になってしまったそうだ。
そんな話を聞かされたら・・・運命を感じずにはいられなかった。
本当の出会いってものは、そんな偶然が重なり合って初めて成立するものなのかもしれない・・・
まるで小説の主人公になったみたいに、そんな事を呟き、自分の中で生まれたこの気持ちを素直に幸せを感じた夜だった。