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29  作者: 葵 しずく
4章 錯覚
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第7話 兄になるはずだった人

 もぐもぐもぐ・・・・ちゅっちゅっ・・・


 間宮は供えていたフィナンシェを半分食べて、指に付着した脂分を口で舐めて取り除いた。

 いつもこうして半分ずつ分けるようにして食べて、最後に決まった台詞で締める。


「じゃあな!優香。また来るよ。」


 墓の前にドッカリと座り込んでいた体をゆっくりと立たせて、寂しそうな表情でそう言って立ち去ろうと少し墓から離れた。


「やっぱり、あなただったんだね・・・良ちゃん」


「・・・・・・!!」


 少し肌寒く感じる空気の中、夕暮れに染まる墓地で自然と耳に馴染む声で、そう話しかけられた。

 違和感しかなかった。自分の事をそう呼ぶ女性は1人しか思い浮かばない。

 だがその女性は、目の前の墓で安らかに眠っているからだ。


 恐る恐る、声をかけられた方に振り返ると、そこにはニット帽を被り細い黒縁の眼鏡をかけ、そのニット帽からの淵から伸びる髪が夕暮れ色に綺麗に染まった女性が立っていた。


「・・・・・・・・ゆ、優香・・・」


 間宮は思わず優香の名前を口にする。

 そんなはずがないのは解っているのだが、自然とその名前が出てしまう程、目の前に立っている女性が優香に似ていたのだ。


 勿論、生き写しとまでは似ていない。服装の好みも違うし、髪の色だって違う。

 だが、ニット帽や眼鏡をかけていても分かる。顔の作り、特に大きな瞳、小顔でシャープな印象を受ける輪郭、長い手足・・・・それに何より、立ち姿が間宮の記憶にある優香の雰囲気とそっくりだった。


「やっぱり良ちゃんが相手だと、この程度の変装は意味なかったね。でも!」


彼女はそこまで言うと、被っていたニット帽や眼鏡を外して、また間宮を見つめた。


「私は優香じゃないよ。」


 そう言われて我に返った間宮は、もう1人自分の事をそう呼んだ女性の事を思い出した。


 そうだ!あの文化祭に時に、楽屋へ呼ばれて自分のライブチケットを手渡した女だ。確か名前は・・・・


「神楽 優希だよ!良ちゃん!」


 そうだ!文化祭で凱旋単独ライブを行ったプロミュージシャンの神楽 優希だ。


 声をかけてきた人物の確認が、自分の中でとれてようやく神楽に話しかけだした。

「あの、何で君がこんな所に?」

 当然の質問だった。こんな墓地で有名芸能人がいて、それもその人が自分に声をかけてきたのだから・・・


 神楽は間宮の質問に対して苦笑いを浮かべ、その質問の返答を始めた。


「1年に3度、こうやって花とお菓子と缶コーヒーを供えて、線香をあげてくれてたよね。最初は理由とか誰がとか全然解らなかったんだけど、3年目から参ってくれる日にちの意味が分かったんだ。」


 そこまで聞くと、この子は優香の身内だと理解した。

 他人だと自分が訪れる日にちの意味が分かる程、ここを訪れるはずがないからだ。


「付き合いだした記念日、誕生日、そして今日は・・・結婚するはずだった日だよね?」


 正解だ・・・・俺はこの3日間だけ優香の墓を参っていた。

 あいつがよくショッピングを楽しんでいた代官山を歩き、そしてその通りにあるスイーツショップの優香が大好きだったフィナンシェを買って、ここに供えて半分自分が食べ、半分優香に渡して前回訪れた日から今日までで、印象に残った事や、可笑しかった事、それに悩みや、2人の思い出話を一方的に話しに来ていたのだ。


「改めてになるけど、はじめまして、香坂 優希です。」


「・・・・・・・え?・・・香坂って・・・」


「うん!神楽は芸名なんだ。本名は香坂 優希。

 香坂 優香の妹です。」


「い、妹!?君が!?」


 そういえば妹がいるのは聞いていた。話を聞いているだけで、どれだけ妹を可愛がっているかが容易に分かる程、楽しそうに話していたっけ・・・


「そう!そう!これ!これ!よくこのお菓子を持って私の部屋に来たっけ。

 優希!一緒に食べようって・・・」

 墓の前に供えられていたフィナンシェが入った箱を、懐かしむ様な表情で見つめながらそう話した。


 これだけ溺愛している妹だったが、俺は会った事がなかった。

 付き合っている時は、一度も優香の家に行った事がなかったし、初めて家に行った時は、優香の両親に結婚の許しを得る為だった。

 その席でも優希はすでにインディーズで音楽活動を行っていて、その日は遠征ライブがあった為、不在だったのだ。


 昔からテレビはあまり見る方ではなく、音楽番組も希に部屋のBGM代りに流していた程度だったから、神楽 優希の歌は少し聞いた事があってもテレビの向こう側から顔をまともに見た事がなかった。


「そうか・・・君が優希ちゃんだったのか・・・優香からよく話は聞いていたよ。」

「そうなんだ。どんな風に話してたの?私と違って出来の悪い妹がいるみたいな?」

「いや!可愛くて仕方が無い妹がいるってね。」

「そっか!良ちゃんにはシスコンぶりを隠さなかったんだね。フフフ・・・」


 クスクスと笑う笑顔が心臓が跳ねる程、優香にそっくりで間宮は言葉に詰まった。


「必ず今日ここに来れば、良ちゃんに会えると思って、オフをこの日に調整してたんだ。狙いは当たったけど、まさかこんな時間に来るなんて思わなかったよ。朝からずっといたから待ってるだけで1日潰れちゃったよ。」


「どうしてそこまでして、俺を待っていたんだ?」


「文化祭の時に会ってから、私に聞きたい事があるんじゃないかって思って!私も良ちゃんに話したい事あったしね。」


 そう言って優希は悪戯っぽく片目を閉じて笑みを向けた。


 自分のマネージャーが、間宮の妹だと知って何度も番号を教えて貰おうとしたが、スキャンダルの元になるからと断られていた為、実力行使で待ち伏せしていたらしい。こんな寒い日に1日墓地で待っていたかと思うと、何だか申し訳ない気分になってきた。


「今朝、朝ごはん食べたっきりだったから、お腹ペコペコなんだけど・・・これから晩ご飯付き合ってくれますよね?」


 夕食に誘われた間宮は、即了承して墓地を2人で離れた。



 何だか不思議な気分だった。1人で優香の墓参りをしてはずなのに、優香と2人でここへ訪れた様な錯覚に陥りそうになる。

 それだけ隣で歩いている優希の雰囲気が、優香にそっくりだったのだ。


 霊園前に出て、国道を走るタクシーを捕まえ2人は移動した。


 指定した場所にタクシーが到着すると、優希はまたニット帽を被り、伊達めがねをかけて変装してからタクシーを降りた。


 向かった先は都心からは少し離れた場所にあるカフェバーだった。

 優希はこの近くに住んでいるらしく、よく1人でこの店を訪れているらしい。


 大きな通り沿いにある店だったが、店内に入ると外の騒がしさが消えて落ち着いたBGMが流れている、雰囲気の良い店だった。


 優希の素性を知っているこの店のマスターが2人に気が付くと、気をきかせて他の客の視界には殆ど入らないような、柱の影に隠れているテーブルへ案内してくれた。


 優希がマスターと一言、二言、挨拶をしてから、お互いビールと適当に料理を注文した。


「でわ!でわ!乾杯です!」

 運ばれてきたグラスを持って、明るく乾杯の音頭をとった優希は、美味しそうにビールを喉に流し込んだ。


「おいし~~~~い!!」

 手に持っていたグラスをぎゅっと握り締めて、飲んだビールの余韻に浸っていた優希をじっと見つめていると・・・

「何見てるんですか?」

 間宮の視線に気が付いた優希は、少し睨む様に間宮を見つめ返した。


「あ、あぁ!いや、まさかロック界のカリスマとこうして向かい合って、酒を飲んでるなんてなって思ってさ。」


「私のどこがカリスマなんですかねぇ・・・・」

「だって、皆、優希ちゃんの事そう呼んでたし・・・」


 優希は自分の事をカリスマと呼ばれる事を拒否したいようだった。


 カリスマなんて、事務所が売り出す為にこじつけただけだと話しだしす。

 本物はこんなレベルのステージには姿すら見せない。

 売れる売れないを意識して曲を作っているうちは、自分は偽物だと言い切る。

 そんな音楽活動に最近疲れているらしく、どこかへ逃げ出したい衝動にかられる時もあると言う。

 だが、本当に伝えたい曲、響かせたい音楽が自分の中に存在している限り、いつか本物のカリスマ達に肩を並べるようになって、そんな音楽を広く広く響かせる事が、自分の夢なんだと熱く語る優希が、間宮には眩しく見えた。



「そっか!でもその夢を叶える為には、ちょっと意識を変えないとだな。」

「どうゆう風に?」

「夢ではなくて、目標として持つ事が大事だと思うんだ。」

「・・・・・・・・!!」


 優希にそう語った間宮の目が、凄く力強いものに見え、優希は思わずその目に見とれてしまっていた。


「フフ!そうだね!これからは目標にして頑張るよ。」

「うん!頑張れ!優希ちゃんなら出来るさ!」


 間宮がそう言って、2人はまたグラスを合わせた。


 間宮は残っていたビールを一気に全部飲み干すと、優希が微笑んでこちらを見ている事に気が付いた。

「なに?」

「ん?この人がお義兄にいさんになるはずだった人なんだなって思って。」

「そうなるはずだったんだけどな・・・」

 間宮は少し辛そうな表情で、そう呟くように言った。


「私ね!本当は昔、お姉ちゃんの事、嫌いだったんだ。」

「え?どうして?」

 昔から凄く可愛がっていた姉の事が嫌いだったと聞いて、その感情を理解出来ない間宮はその理由を訪ねた。


 昔から何をやっても完璧だった姉に対して、自分はいつも姉と比較されていたらしい。

 勿論、優香にそんな気なんて全くなくて、純粋に自分を想ってくれているのは分かっている。

 だが、どうしても姉に対しての劣等感が拭いきれないまま、せめて優希は優香と比較されない場所が欲しくて、姉のいない英城学園に入学した。

 その時、優希は運命の出会いを果たしたのだと言う。


 それが音楽だった。クラシックや吹奏楽ではなくて、ロックサウンド。

 つまり軽音部の存在が、優希の未来を大きく変えた。


 小さい頃から、歌うのが好きだった優希は、唯一勝てるのが歌う事でもあった為、入学して部活勧誘を兼ねた、新入生に向けたクラブ紹介に参加した後、すぐに軽音部のドアを叩いたのは必然だったのかもしれない。

 何でもいいから、1つでも姉に勝てる事を目に見える形で証明したかったのだ。


 軽音部には数バンドが在籍していた。

 その1つにボーカルが不在のバンドがあり、そのメンバーに加入させてもらおうとしたが、経験がない奴とは組めないとあっさり断られた。

 だが、負けん気が強い優希は、1度だけでいいから歌わせて欲しいと訴えて、バンドのリーダーは根負けしてテストをする事になった。


 曲は当時有名な曲で、当然優希もよく聴いていて覚えていたから、すぐにテストは行われた。


 マイクスタンドの前に立ち、集中していると曲の伴奏が流れ始めた。

 その音量が背中から襲い掛かり思わず前に倒れそうになった事を、今でもハッキリと覚えているらしい。

 だが、その圧倒的なまでの音量と音質を全身で浴びていると、体の細胞が反応して、自然とマイクを握りしめて息を大きく吸い込み、第一声を吐き出した所までは覚えているのだが、気が付けば曲が終わりスタジオに静寂が戻っていた。

 歌い終わったであろう優希は、息が大きく弾み気が付けば床にしゃがみこんでいた。


 座り込みながら、後ろのメンバーに目をやると、全員こちらを目を見開きながら見下ろしていた。


 すぐにリーダーが近づいてきて、優希に手を差し伸べてこう言った。

「正直驚いた!まさか、こんなに上手いとは思ってなかった。さっきは素人だと馬鹿にしてすまなかったな。是非、ウチのボーカルとしてきてくれないか?」


 優希も正直このバンドがここまで凄いチームだと思っていなかった。

 このメンバーとなら本気になれると確信して、差し出された手を握って立ち上がり、正式なメンバーとして加入する事を承諾した。


 この学校へ入学して、このメンバーとの出会いがなければ、今の自分は存在しないと言い切れる程、大きなターニングポイントになった瞬間だった。


 その後、文化祭でデビューライブを決行して、その勢いのまま地元のライブハウスで名を売って、破竹の勢いで有名バンドへ成長を遂げた。

 優希は当然このままプロを目指すのもだと思っていたのだが、メンバーはそこまでの意思はなく、優希より1つ上の連中の卒業と同時にバンドは解散した。


 夢を諦められなかった優希は、ソロシンガーとして活動を続けて、今の事務所のオファーを受け、インディーズを経てメジャーデビューを果たした。


 だから、恩返しとして自分の原点でもあるこの文化祭ライブを凱旋ライブとして行い、感謝の気持ちを伝えたかったと話した。


 そこで間宮と出会ったのは、姉の優香が引き合わせてくれたんじゃないかと思い、こうして待ち伏せていたのだと説明した。



「だから、お義兄さんになるはずだったあなたと話してみたかったんだよね。」

「そっか。こんな普通の奴でガッカリしたんじゃないか?」


「ううん!お姉ちゃんが、何故、良ちゃんを選んだのか少し分かった気がするよ。」

「殆ど初対面でわかるのか?」

「なんとなくね!雰囲気って言うのかな・・・何かいいなって思ったよ。」

「それはどうも!」


 間宮は妙に過大評価されて、照れくさくなりマスターにビールのおかわりを注文した。


「親に挨拶に来た時、いなくてごめんね。」

「いや、優希ちゃんには当然優先する事だったんだから、謝る事ないって。」

「そう?お父さんには帰るなり、優香の大切な日にお前は何やってたんだ!って凄く怒られたんだよ。」

「ははは、それは災難だったな。」


 2人でそう笑い合っていると、追加していたビールが入ったグラスが運ばれてきた。


 優希はそのグラスの淵を指でゆっくりとなぞりながら、遠い目をして呟く。


「あれから、もう4年になるんだね・・・・・」


優希は気を決して、待ち伏せまでして聞く。


「ねぇ、まだあの時の事気にしてるの?」


ドンッ!!

「当たり前だ!時間が解決してくれる類のもんじゃねぇだろ!」


間宮は、強くテーブルを叩き、そう答えると、一呼吸おき、辛そうにギュッと目を瞑り


「優香を殺したのは・・・

俺なんだからな・・・」



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