第6話 大切な日
11月8日
瑞樹が通っているゼミで、先月に受けた全国模試の結果が、講義が終わった後にそれぞれ配布された。
瑞樹はすぐに結果をチェックする。
「よし!」
志望しているK大の合否判定がA判定になっているのを見て、瑞樹は1人で机の下に腕を隠して、小さく声を上げてガッツポーズを作って喜んだ。
あくまで、模試は模試だと解っていてもやはりA判定が出ると安心出来るし、自信も湧いてくるものだ。
それに瑞樹が喜んだ理由はまだ他にもあった。
もし今回の模試結果が良ければ、間宮の部屋に遊びに行かせてもらおうと決めていたからだ。
瑞樹はあの空間で間宮と過ごした時間が忘れられなかった。
こんな大切な時期にとは解っていても止められない。
それに優香とゆう人物の存在が、瑞樹にとってとても大きな不安を抱える原因になっていて、自分でも焦っている事を自覚していたが、どうしても行動に移さないと不安に押し潰されそうだった。
だから少しでも多く間宮との時間が欲しい。例え優香の事が聞けなくても、今の自分を支えているのは、間宮との時間なのだから。
ゼミを出て駅までの道中に早速、模試の結果をlineで間宮に報告した。
すぐに既読が付いたのを確認すると、続けて遊びに行く件をlineで送ろうとして、いつものホームでどうやって誘おうかと模索していたのだが、中々良い台詞が思いつかない。
どうしようと頭を抱え込んで、1人ベンチで悶えている瑞樹の前に、人影が近づいてきた。
「何やってんだ?頭なんか抱えて・・・」
「ふぇ!?ま、間宮さん!?」
凄く聞きたかった声、胸がドキドキしてるのに、安心も与えてくれる不思議な声・・・そんな声が耳に入った途端、頭で考えるよりも先に言葉が溢れ出した。
「さっき送った模試の結果見てくれた?」
「ん?あぁ!見た!見た!頑張ったじゃん!これ、頑張ったご褒美な!」
そう言って間宮は、缶コーヒーを手渡した。
ご褒美を缶コーヒーで済ませようとした間宮に、不服顔で黙ったまま受け取ったが、さっきから溢れてくる言葉に任せるように素直に口を再び開いた。
「ありがと。でもここまで頑張ったんだから、この辺で息抜きが必要かなって思うんだけど・・・。」
「息抜きか・・・いいんじゃないか?友達と遊びに行く予定でも出来たのか?」
イラッ!・・・
この天然鈍感男め・・・あの時に言ってくれた事もう忘れたの!?
そう文句を言ってやりたい気持ちを抑えて、冷静に気持ちを落ち着かせる。
「ううん、そんな予定はないんだけど、ほら!息抜きにまた遊びにおいでって言ってたじゃん?」
「あ、あぁ、そんな事言ってたっけな・・・」
「言ってたの!それで、遊びに行きたいなって思ってるんだけど、今週末の12日って間宮さん何か予定ある?」
「あ~。悪い!12日はどうしても外せない用事があるから、また今度だな・・・」
12日の予定を聞かれた間宮は、少し間を置いてからそう言って断った。
その時の間宮の目がどこか寂しげに見えた瑞樹は、何故か胸騒ぎを覚える。
「そ、そかそか!それじゃ仕方が無いね。また都合のいい日教えてよ。」
「わかった。また連絡するよ。」
その後、2人は受験勉強の話題で色々と話し込みながら電車が到着するのを待っていた下りの電車がホームへ入ってきた。
「あれ?間宮先生!?」
電車に乗り込もうとした時、後ろからそう声をかけられた。
少し驚きながら振り返ると、瑞樹と同じゼミの生徒が立っていた。
瑞樹は咄嗟に間宮との距離をあけて電車に乗り込む。
「聞きましたよ。この前、講義中に間宮先生が入ってきたって!」
「あぁ、仕事の事で皆さんの意見が聞きたくてお邪魔したんですよ。」
慌てて講師モードへスイッチして、講義室へ入った経緯の説明を始めた。
「・・・と言うわけなんですよ。」
「なんだそっか!てっきりstory magicを復活させたんだと思いましたよ。」
「はは!まさか、僕はただの営業マンですから。」
見知らぬふりをして、話し込む2人を眺めていた瑞樹だったが、優しい表情をその生徒に向けているのが面白くなかった。
「あ!私ここなので!それじゃ、先生!またね!」
「だから先生じゃないですってば。」
「いいじゃん!もう癖になってるんだから!」
そう言って女生徒は、間宮達が降りる1つ手前の駅で電車を降りていった。
扉が閉まり再び電車が走り出す。
離れていた瑞樹は、すぐに間宮の隣に移動してきて、間宮の事を怪訝な表情で見つめた。
「な、なんだよ・・・」
「べ~つに~!」
間宮は明らかに拗ねている瑞樹から視線を外して、車窓から流れる景色を眺めだした。
「ちょっと!そこは言いたい事があるなら言えよ!的な事を言う場面でしょ!?」
プンスカ抗議する瑞樹を横目で見ながら、軽く溜息をついた。
「言いたい事があるならどうぞ。」
逆らうと面倒臭そうなので、素直に瑞樹の要求通りの台詞を口にした。
「女子高生にチヤホヤされて楽しそうだったね。」
「楽しそうに見えたか?」
「うん!もうね、デレまくりだったじゃん!」
どこがだよ!と否定しようとしたが、何を言っても無駄だと諦めて、反論するのを止め無言を決め込んだ。
「ほ~!シカトですか!?ほ~!」
「お前はフクロウか何かなのか?」
そう言いながら瑞樹を見ると、周りの乗客の・・・特に男性客の視線が瑞樹に集まっている事に気が付いた。
やっぱりこの子と一緒にいると自然と視線を集めてしまう。
勿論、可愛らしい女の子だとは思うが、それだけでここまで他人の視線を奪う事など出来ないだろう。
原因は恐らく、瑞樹のコロコロとよく変わる表情だと思う。
表情がよく変わる人間なんて、どこにでもいるだろう。
だが、瑞樹の場合は少し違っていて、まるで売れっ子モデルように、いちいち見とれるような視線とそれを飾る仕草が普通ではないのだ。
プロは当然それを計算して表しているのだが、瑞樹の場合は完全に天然なんだ。
だからわざとらしさが無く、嫌味がない為アンチな感情を持たれる事もなく、自然と美しいものを見ている感覚になってしまうのだろう。
しかし、いつからこんな風に立ち回るようになったんだろう。
知り合った当時からでは考えられない変貌ぶりだと思う。
あの頃は、何かに怯えて、その事から自分を守る為に、まるで作られたロボットみたいな印象だったはずだ。
それにこの周りの視線だってそうだ、。
以前の瑞樹ならこんな視線は拒絶したはずだ。
だが、今は視線そのものを気にする事なく俺と会話をしている。
普通と言ってしまえばそうなのだが、瑞樹の過去が過去だっただけに、大きな進歩だと感じて、豊かになった瑞樹の表情をもっと引き出してやろうと、誂い半分で話を続けた。
「別にデレてなんかないよ。つか・・・もしかして妬いてんの?」
そう言って、そんなわけないか!と続けようとしたが、
「妬いてますよ・・・」
「え?」
瑞樹は車窓に視線を移して、口を小さく尖らせながら、そう呟いた・・・
茶化すつもりで振った話題が、まさかの返答で間宮はその後の言葉に詰まる。
瑞樹も真っ赤になり俯いて、その後は黙り込んでいる。
この表情を引き出すのは想定外で、どっちが誂われたのか解らない・・・
そんなやり取りを見ていた男性客陣から、痛い視線が突き刺さっていたのだが、そんな事を気にする余裕は今の間宮にはなかった。
A駅へ到着して、お互いの自転車を駐輪所から押し出した。
「それじゃ、またな!おやすみ。」
「うん・・・おやすみ、間宮さん。」
挨拶を済ませた間宮は、すぐに自宅へ向かって自転車を漕ぎ出した。
その後ろ姿を見ていると、さっきまであったドキドキ感が消え失せて、特に理由もないのだが、どうしようもない不安に苛まれた。
何故か間宮が遠くへ行ってしまう気がする。
すぐに背中を追いかけてたい衝動にかられたが、足を一歩前に進ます事が出来なくて、間宮の姿を見えなくなるまで見送る事しか出来なかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
11月12日
天気の良い朝だった。
間宮はいつもの様に朝食を取り、溜まった洗濯物を片付けて、部屋の掃除を済ませた。いつもの日曜日に行う工程だったが、この日の間宮は表情が冴えなかった。
用事を全て終えると、身支度を整え午後から自宅を出てA駅へ向かった。
午前中に何件か着信があったのだが、一度もスマホに触れる事なく応答せずに家の用事に没頭していた。こんな行動をとる日が間宮には1年に3度ある。
後日、誰に理由を聞かれても言葉を濁して答えようとしない。
間宮にとってこの3日間はそれだけ大切な日なのである。
A駅から電車に乗り込み、空いていたシートに座る。
休日とゆう事で車内はそれなりに混んでいたが、周りがどんなに騒がしくても今日だけは気に留める事なく、座ってからすぐに鞄から文庫小説を取り出して読み出した。その本は随分とくたびれていて、相当、何度も読み返した本である事は容易に想像出来た。
目的地に到着して本を静かに閉じて電車を降りる。
駅を出て少し歩き、目的地の代官山の本通りに到着した間宮は、周りをじっくりと眺めながらゆっくりと歩き出した。
11月になって急に気温が下がった為、街にいる人々は厚手の服装でもう冬だなと実感させられる。
間宮の歩き方は随分この辺りの土地勘がある歩き方で、休憩する場所や休憩方法、それにこの通りの散策の仕方が、まるで誰かと2人で訪れている様に見えた。
所々、ショップへ入り、店員に話しかけたりしていたが、その会話をしている様子を見ると、馴染みの客の様に店内で明るい笑い声が聞こえる。
本通りをかなり奥まで歩いた所にあるスイーツショップに到着した。
その店の前ではかなりの行列が出来ていて、人気の具合が伺えた。
間宮はその行列に躊躇する事なく最後尾に並んだ。
並び出してすぐにまたあの本を取り出して、本に視線を落とした。
行列の中にいるのに、間宮の周りだけ時間がゆっくりと流れている様に錯覚する。それは並んでいる客とあまりにも空気感が違うのが原因なのだろう。
間宮の順番がきて、本を閉じながらそのショップの看板商品であるフィナンシェを1ケース購入して、歩いて来た道を戻り駅へ向かった。
また電車に乗り込み次の目的地を目指す。
勿論また、あの小説を読みながら電車に揺られた。
暫く電車で移動してC駅へ到着した間宮は、ポンっと音を立てながら本を閉じて電車を降りる。
駅を出て駅前に待機していたタクシーに乗り込み更に移動した。
間宮が指定した場所にタクシーが到着して、間宮は運賃を支払い車を降りて、到着した敷地内へ足を踏み入れた。
最近まで真っ赤に染まっていた美しい紅葉の葉が落ちて、間宮が向かおうとしている場所までの道をまるで赤い絨毯の様に赤く染め上げていて、それを見た間宮は少し驚いて足を止めた。
間宮にはその赤い絨毯が、まるでヴァージンロードの様に見えて声を失った。
暫くその赤い道を見つめて立ち尽くしていた間宮は、持っていたフィナンシェが入った袋の取っ手を強く握り締めて、歯を食いしばり俯いた。
そこから一歩。また一歩とゆっくりと歩を目的地に向かって進めた。
時折吹く風が落ち葉を揺らす音だけが聞こえる。
その音が聞こえる度に、間宮の肩が小さく震え哀愁を漂わせていた。
ジャリ・・・ジャリ・・・・ジャ・・・
目的地へ到着して足を止めた。
「よっ!久しぶりだな!優香。」
「・・・・・・・・・・・・」
「お前の好きなフィナンシェ買ってきたぞ。」
「・・・・・・・・・・・・」
「この前会いに来た時から、色んな事があってさ!話したい事たくさんあるんだ。」
「・・・・・・・・・・・・」
「一番笑えるのが、取引先の依頼でゼミの夏季合宿に英語の講師として同行する事になってさ!俺が講師だぜ?笑えるだろ?はははは」
「・・・・・・・・・・・・」
「まさかこの年で高校生の集まりに放り込まれて講義する事なんて、考えてもなかったから大変だったよ。」
「・・・・・・・・・・・・」
「その中で瑞樹ってちょっと変わった女の子がいてさ、その子と話していると何だかほっとけなくて、色々とフォローしてたんだけど・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「その子が実は、少し前に鍵を拾って届けただけなのに、物凄い罵倒された相手だって知って驚いたんだ。」
「・・・・・・・・・・・・」
「でもその女の子はその事を凄く気にしていたみたいで、泣きながら謝ってくれたんだよな。何て女だって腹をたてた事もあったけど、本当は優しい女の子だったよ。」
「・・・・・・・・・・・・」
「でさ!その女の子が今年受験でさ、俺と同じ大学を志望しているらしいんだ。」
「・・・・・・・・・・・・」
「何だか妹みたいで気になってさ。無事に合格出来る様に、優香も祈ってやってくれよな。」
「・・・・・・・・・・・・」
「受験って何だか懐かしいよな。優香は東京から東京の大学だったからいいけど、俺なんてわざわざ大阪からK大受験したから大変だったよ。」
「・・・・・・・・・・・・」
「その合宿から妙に高校生と関わる事が多くなってきてさ。この前なんて高校の文化祭に行ってきたんだ。」
「・・・・・・・・・・・・」
「教室の机を並べてクロスを敷いただけのテーブルで、軽食を食べたんだけどさ、もう椅子の座り心地とか超懐かしくて、思わずニヤケそうになったよ。」
「・・・・・・・・・・・・」
「今の子達って所謂、ゆとり世代とか悟り世代とか言われる世代だったから、関わるのに抵抗があったんだけどさ・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「皆が皆、そんな奴達じゃないって思ったんだ。何てゆうか、馴れ馴れしい所もあるんだけど、しっかり締める所はしっかり言葉使いとか、対応がきちんと出来てる奴らもいたんだなって感心したりな。」
「・・・・・・・・・・・・」
「それと優香がお気に入りだった小説なんだけど、何度も、何度も読み返してて、随分とくたびれてきたんだよ。流石にブックカバー位は新調しようと考えた事があったんだけど・・・何か、変えてしまうと優香の事が遠くに感じる様な気がして替えれなかった。」
「まぁ、最近の報告だとこんな感じかな。とにかく俺は元気にやってるよ。」
「・・・・・・・・・・・・」
「お前はどうだ?楽しくやってるか?優香・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
そう優香に質問をして、優しい表情で見つめていたのは・・・・
側面に香坂 優香と掘られている墓石だった。




