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29  作者: 葵 しずく
4章 錯覚
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第3話 オファー

 sceneで間宮と川島は乾杯した後に、今日の会議で出た問題点を洗い直していた。

「ところで気になったんですけど・・・」

「ん?なに?」

「間宮さんが講義室へ入ったら生徒さん達が驚いてたじゃないですか?あれってどうしてなんですか?」

「あぁ、今回のシステムの購入を前向きに検討してくれる条件として、あのゼミの夏期講習の合宿に講師として同行するようにって、天谷さんに頼まれて伊豆の合宿に同行したからだよ。」

「え?間宮さんが講義したんですか?それじゃ、story magicってゆうのは・・・」

「ははは、俺の講義方法を生徒達がそう名づけてくれたんだよ。」

「へ~~!そうだったんですか。story magicかぁ!私もその講義受けてみたいです。」

「はは、勘弁してよ。」

 フフフフ・・・・

 和やかで、変な緊張もなくリラックスして2人は食事を進めた。

 心地の良いジャズが流れる店内を改めて見渡す川島。

「何か気になる所でもありますか?」

 そんな川島に関が首をかしげながら話しかけた。

「え?いえいえ!今、私が住んでいる所ではこんな雰囲気の良いお店なんてないものですから・・・」

 川島が勤めている研究施設は新潟県にあり、繁華街もここと比べてもかなり寂しい所らしく、仕事は充実しているのだが、アフターファイブはかなり寂しいらしい。

「気に入ってもらえたのなら良かった。こちらに滞在中にまた来て下さい。サービスしますよ。」

 片目を閉じてニッコリと微笑んで、川島を歓迎した。

「フフフ、ありがとうございます。じゃあ、また間宮さんに連れてきて貰おうかなぁ!」


 ブッ!


 グラスに口をつけていた間宮がそう言われて、思わずカクテルを吹きこぼしそうになる。

 川島は慌ててハンカチを間宮の口元に当てた。


 そんな2人を見て関はニヤリと悪戯っぽくい笑みを浮べた。

「また間宮君と一緒だと藤崎先生がヤキモチ妬くんじゃない?」


 ブフッ!


 今度は完全に吹きこぼしてしまった。


 ハンカチでは追いつかないと判断した関は、笑いながらおしぼりを間宮に手渡した。


「関さん!何言ってんですか!?」

「ははは、ごめん!ごめん!」


 聞き覚えがある名前が出てきて、川島は間宮にもう1つ質問した。


「藤崎さんってあのゼミで講義していた藤崎先生の事ですか?」

「え?あぁ、うん、そう・・・」

「もしかして藤崎先生とお付き合いされてるんです?」

「え??」

「講義室を出る時、すごく鋭い視線を背中に感じたんですよね。

 あの時は何でだろうって思ってたんですけど・・・なるほど!だからですか。」

「いやいや!変な誤解があるよ。俺と藤崎先生はそんな関係じゃないからね!」


 慌てる間宮を見て関は楽しそうに笑う。

 その後も3人で終電間際まで楽しく飲み明かした夜だった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 10月3日 


「ふぅ・・・今日の講義は手強かったなぁ・・・」

 ぐったりした表情を浮かべながら、瑞樹が講義室を出てロビー前まで移動すると、ハッっと思わず息を呑む人物が視界に飛び込んできた。


 間宮さん・・・


 疲れなんてどこへやら・・・駆け足で一目散に間宮の元へ飛んでいく。


「こんばんわ!間宮さん!」

「オス!おつかれさん。」

「間宮さんもお疲れ様です。えと、今日はもう終わりなの?」

「ん?あぁ、これから・・・・」

「お待たせしました、間宮さん。」

 聞き覚えのない女性の声が割り込んできた。

 瑞樹の前を横切り、間宮の前に到着したその女性は、預けていた荷物を受け取りながら仕事の話を始める。

「おつかれ!川島さん。」

「中々、ワガママ三昧の注文が来ちゃいましたよ。」

「そっか!イケそうなのか?無理ならそう言えよ。俺に気なんか使う事ないんだからな。」

「いえ!開発側から私が来たからには、間宮さんのサポートは完璧にこなしますから、安心していて下さい。」

「ははは!それは心強いな!頼りにしてるよ。」

「はい!お任せあれ!でも後はホテルに戻ってからですかね。」

「だな!んじゃ、行くか。」


 完全に瑞樹は蚊帳の外だった。ここまで目の前で自分以外の人間と、2人だけの空気を作られると、仕事だと理解していても面白くはなかった。


 ふくれっ面で睨むように2人を見ていると、川島がそんな瑞樹の視線に気が付いた。

 その表情から瑞樹がどんな感情を間宮に抱いているか、女の勘ってやつで即座に理解する。

「あ、あの、間宮さん。今日はここで失礼しますね。」

「え?いや、ホテルまで送っていくよ。荷物も結構あるし・・・」

「いや、その・・・それは有難いのですけど・・・」

 川島はそう言って、睨んでいる瑞樹の方を見て、間宮の視線を誘導した。

「ん?あぁ!じゃな、瑞樹!」

 そう言って空気を全く読まずに、ゼミのロビーを出ていく間宮を、川島は瑞樹に軽く会釈して慌てて逃げる様に追いかけた。


「おっ!瑞樹さん、おつかれ!俺チャリで来てるんだけど、駅まで乗っていかない?」

 同じ講義を受けていた男子生徒が、ロビーで立ち尽くしている瑞樹にそう声をかけてきた。

「結構です!ごきげんよう!!」

「え?なに?ご、ごきげん・・よ?」

 瑞樹は戸惑う男子をそのままほっといて、ふくれっ面のまま駅へ向かった。



 ビジネスホテルへ到着した間宮は、川島の荷物を渡しながら明日の予定を伝えた。


「・・・って感じかな?」

「了解です。あっ、そうだ!間宮さん。今週末の日曜日って何かご予定とかあったりしますか?」

「え?いや、特にないけど?」

「そうですか!よかった!じゃあ、その日都心の方へ行きたいんですけど、案内とかお願い出来ませんか?」

「ああ、折角出てきてるんだもんな。わかった、付き合うよ。」

「ほんとですか!?ありがとうございます。それじゃ、お疲れ様でした。」

「あぁ、おつかれ!」

 2人は日曜の約束を交わして別れた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 O駅ホーム


 瑞樹はまだふくれっ面で、いつもの人気が少ない方面のホームに設置してあるベンチに1人で座って電車を待っていた。

 いや、正確に言うと乗るはずの電車はもう2本通過していたが、そのいずれの電車に乗る事なく、ベンチから離れようとしなかった。


 何よ!ちょっと位相手してくれたっていいじゃん・・・ばか・・・


 座っている間、ずっと間宮に対して一人で愚痴ばかり、頭の中でこぼしていた。


「飲むか?」

 俯きながらボヤいているところに、頭の上から声が聞こえた。

 すぐに顔を上に向けると、額に温かくて硬い物体がそっと当てられた。


「ひゃい!なに!?」

「あはははは!下ばっかり向いてるからだ。」

「ま、間宮さん・・・」

 額に買ったばかりの缶コーヒーを当てて、悪戯っぽく笑っていたのは間宮だった。

「どうぞ。」

「あ、ありがと・・・」

 素っ気なく間宮から手渡された缶コーヒーを受け取って、間宮が座った逆方向に視線を落とした。


「何か機嫌悪くないか?」

「別に・・・」

「そう?」


 夏の虫から秋の虫達の鳴き声に変わっていくいつものホーム。

 毎日同じような事ばかりの生活だが、季節はしっかり変わっていく。

 ホットコーヒーが美味しくなる時期になった。

 そんな事を考えていると、何だか無償に寂しくなってくる。


「だれ?」

「え?」

「さっきの人・・・誰?」

「あぁ、今回瑞樹のゼミに導入しているシステムの開発担当者だよ。サポートの為に本社へ来て、一緒に仕事をしているんだ。」

「そう・・・綺麗な人だね。」

「まぁ、そうなんだろうな~。」

 どうもハッキリしない曖昧な返事が返ってきて、腑に落ちない。

「なに?曖昧な事言うね。」

「ん~~・・・だって、今、隣にすごく綺麗な子がいるから、返答に困るんだよな・・・」


 ボ、ボンッ!!!


 え?なに?今、この人・・・・なんて言ったの!?


 顔を真っ赤にしながら、間宮の方をそっと見ると、秋の虫達の鳴き声を目を閉じて、心地よさそうに缶コーヒーの缶をゆらりと回しながら静かに座っていた。

 そんな横顔と爆弾発言で、さっきまでのイライラがスっと消えていくのが自分でも分かった。


 受験勉強に追われて、中々、間宮の顔を見る事が出来ないが、今日の瑞樹は数週間分の元気を、この短い時間の中で充電出来た。

 本当に自分は単純だなとしみじみ思い、クスクスと相変わらず真っ赤な顔で嬉しそうに笑って、また明日から頑張ろうと持っていた缶をギュッと握り締めた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「お待たせしました!待ちましたか?」

「いや、今来たとこ。おはよう川島さん。」

「おはようございます。今日は宜しくお願いします。」

「任された!んじゃ、いこっか。」


 2人は電車に揺られて都心へ向かった。

 どこを回るか希望を車内で予め確認をとっておいて、なるべく希望している場所を全部回らせる為に、無駄な移動を無くすようにプランを練る。

 東京はこれが出来るから便利だと思う。


 目的の駅に到着すると、間宮がエスコートを始めた。


 スカイツリーに表参道ヒルズ、お台場etcと希望ポイントがベタだったが、合間、合間にガイドブックには中々載らないコアはポイントを織り交ぜながら、東京観光を楽しんで貰う為に、間宮はエスコート役を完遂した。

 予定していたコースを回り終えると、新潟では手に入らない服や、ファッションアイテムを求めて、ショッピングを始める事になった。


 清々しい秋晴れのなか、2人は楽しい時間を過ごす。

 傍から見れば会社の同僚ではなく、どこから見てもカップルにしか見えない程、いい雰囲気を醸し出していた。


「今日はありがとうございました。お疲れ様でした。」

「俺も楽しかったよ。おつかれ!」

 カチ~~ン!


 洒落たレストランで夕食を摂ることになった2人は、グラスを合わせた。

 食事中は、今日廻った場所の話題で盛り上がり、コース料理の終わりが近づいて、最後のコーヒーを待っている時に、今まで楽しそうな表情だった川島が、真剣な顔を見せて間宮に口を開き出した。


「あの、間宮さん。大切な話があります。」

「ん?なに?」

「間宮さんは私達のようなエンジニアに興味ありませんか?」


 突然の質問に間宮は、キョトンとした表情を見せたが、すぐに間宮も真剣な眼差しを川島に向けた。

「興味ってゆうか、いつかエンジニアとして仕事がしたいと昔から思ってる。」

「その台詞を聞いて安心しました。実は私がこちらへ来たのは他でもありません。間宮さんにその意思があるか確認する為だったんです・・・それと・・」


 川島が言うには、通常だと組んだシステムの導入で技術者が必要な場合、もっと駆け出しのスタッフが当たるのが順当なのだ。だからチーフである川島が、サポートスタッフとして同行するなど、通常なら考えられないそうだ。


「なのに、何故私が来たのか・・・それは間宮さんを動けない様にしている原因を探る為に本社へ出向いたんです。」


「え?それって・・・」


「間宮さんは入社してから、社内コンペにプログラムを出していますよね?」

「あ、あぁ。」

「私達は初めの年から、間宮さんのシステムに高い評価をしていました。それで3年前から間宮さんを開発部門へ欲しいと本社に訴えかけてたんです。」


「え?ちょっと待てよ。俺そんな話一度も聞いた事ないぞ。それに俺だってずっと異動希望だしてたんだ。」


「やっぱり・・・」

 川島はその事を聞いて、疑惑が確信に変わったように右手を顎の当てて、鋭い視線を間宮に向けた。


「それじゃ説明しますね。」


 川島は本社へ来た本当の理由の詳細を話しだした。


 3年前からオファーを送っているのに、良い返事がこない。

 なのに毎年、毎年、審査員を唸らせる作品ばかり出品してくる。

 どう考えてもエンジニア志望のはずだ。でなければこんなプログラムを組めるはずがない。

 不信に思った所長の北村は、今回のサポートメンバーにチーフの川島を推した。彼女も審査員で、間宮に高評価をしている人物だ。

 川島は本社へ入り込み、間宮と同行していない時に水面下で色々と調べていた。

 その結果・・・


「間宮さんて営業としてもずっと好成績を収めてますよね?」

「え?そうなのかな・・・よくわからないけど・・・」

「何故、間宮さんの異動希望が受理されなくて、こちらのオファーも届かないのか・・・・それは今の部署が間宮さんの事を手放したくないからです。」


 開発側の申請も、間宮の異動希望もトップへ届く前にもみ消されていると、川島はそう言い切った。

 間宮の営業能力が高く、抜けられると相当な戦力ダウンは避けられない。

 だから、双方の話を相手の耳にはいる前に消滅させる事で、均衡を保っているとゆう。

 だから、今回その事のウラをとって、近いうちに社長に所長が話をつけに行く事になっている。

 その前に本人の了承を得る事が必要だった為、川島はここでその話を切り出したのだ。

「そうか・・・それで・・・」

「はい。なので次こそは必ず間宮さんをウチへ迎え入れる事が出来ます。

 あとは間宮さんの返事次第で、アクションを起こす準備は整えてあります。」


 もうこれ以上ないって程の良い話だった。

 少し前までの自分なら即返事して行動に移っていただろう。


 ・・・・・でも


 眉間に少し皺を寄せた間宮の表情を見て、思うところがあった川島は、肩に入っていた力を抜いて笑みを浮べた。


「もちろん、大切な事なので返事をすぐに求めたりしません。」

 確かにいい話なのだが、色々と考えないといけない話でもあった。

 間宮は営業マンとして評価が高く、すでに出世コースにものっていて、収入も安定している。だがエンジニアとして再出発するとなると、未来への保証もなくなり、収入もリスタートされる。年齢を考えれば悩むのも当然かもしれない。


 それに・・・・・・


「よく考えて今年中に返事を貰えますか?」

「・・・・うん、わかった。ありがとう、川島さん。」


 店を出て、川島を宿泊先まで送り間宮は帰路に着いた。

 車内で流れる景色を見つめながら、間宮は嬉しい誘い話のはずなのに、どこかうかない表情を浮かべていた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 それから6日が経った土曜日


「これでメニューは終了しました。ありがとうございました。」

「こちらこそ、アフターフォローを含めて満足しているわ。ありがとう。」


 システムの導入が完全に終了して稼働するのを見届けた川島は、天谷や役員に挨拶を済ませて、その足で空港へ向かった。

 荷物が多くなった事もあり、同行していた間宮もそのまま空港まで見送る事にした。


 空港へ到着して、まだ時間がかなり余っていたので、2人は空港内のカフェへはいった。


 川島は東京を堪能出来て満足気な笑顔を見せてくれた。

 この2週間、ほぼ毎日一緒に仕事をしてきたからか、もう暫く川島のそんな顔が見れないと思うと、寂しさが滲んでこぼれ落ちそうになる。

 だが、自分がそう望めば川島と一緒に憧れだったエンジニアとして働けるようになる。そんな風に考えると何故か可笑しくなった。


 クスッ!


「どうしたんですか?急に笑ったりして・・・」

「いや、別に!」


 どちらの選択を選んでも、得るものがあり失う物がある。

 どちらを選んでも、良かったと思える事と後悔があると考える。

 自分にとって大切な物とは何か・・・しばらく悩む必要がある。


「あ、間宮さん!そろそろ搭乗口へ向かわないといけない時間ですね。」


 川島がそう言って、2人はカフェを出て搭乗口に向かった。


「それじゃ!間宮さん!色々とお世話になりました。すごく楽しかったです!」

「おつかれ!川島さん。俺も楽しい時間を過ごせたよ。こちらこそありがとう。」


 そう挨拶を交わしたあと、川島は間宮に握手を求めた。

 間宮は川島と笑顔で握手を交わす。

「東京を案内してれたお礼に、こっちへ来たら真っ先に新潟を案内しますね。」

「うん、楽しみにしているよ。」


「それじゃ!」

 間宮と川島はそんな話をしていると、ゲートオープンの告知放送が空港内に流れた。


 ゲートの外から川島の背中を見送り、今度彼女を見る時はエンジニアとして再出発を決意した時だと、選択を選ぶ覚悟を決めて間宮は空港を後にした。


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