第2話 パートナー
同日の9月30日
「んじゃ、おつかれさん!」
カシャン!
ビールジョッキを合わせていたのは、休日出勤を終えた間宮と松崎だった。
「プハッ!うまっ!!」
「益々、その台詞が似合ってきたよな、お前。」
「うっせ!お互い様だろ!そんなもん!」
あははははは!
「とりあえずサンキュな!あの後、あんなフォローしてくれるとは思ってなかったから、正直助かったよ。ここはその礼だから好きなだけ飲んでくれ!」
間宮はあの乱闘後に、松崎が平田を謝罪して回らせたおかげで、瑞樹が完全に過去のトラウマを克服できた事に感謝した。
「別に感謝される事はしてない。それどころか俺は謝らないといけない立場なんだからさ・・・」
「別にお前が悪いわけじゃないんだから、謝る必要なんてないだろ。」
「あるよ!義理とはいえ弟がやらかした事なんだから・・・」
「しっかし、お前に義理の弟がいるなんて初耳だったから、驚いたわ。」
「正直、存在を隠したいと思ってたくらいの、カス野郎だったからな。」
次々と注文していた料理に舌鼓をうちながら、平田のその後や、今抱えてる仕事の事などを話し合った。仕事はお互い忙しかったが、いつもの平穏な日常を実感出来る時間だった。
「そういえば良かったのか?今日って瑞樹ちゃんの食事会に誘われてたんだろ?」
「あぁ、何か一生懸命誘ってくれたから、行きたかったんだけどな・・・今はちょっと無理だろ・・」
「そうだよな。天谷さんとこの納品は最優先事項だしな。」
「お前だけでも行ってくればよかったのに。」
「間宮が行かなくて、俺だけ行くとか無理だろ。本当に礼なんて言われる事してないんだから。」
やはりどんなに言われても、今回の件は平田と共犯とゆう意識は消せないらしい。
「そういえばさ、今だから言うけど、正直間宮が高校生と関わりだしたって知った時、何考えてんだって思ってたんだよな。」
「ん?」
「今時のガキなんて、常識がなくて言葉遣いすらなってなくて、ただの馬鹿ってイメージだったから、よくそんな奴らと関わるなってさ!」
「あぁ、言ってる事は理解出来るけどな。」
「でも!瑞樹ちゃんやその周りにいる子達は違ったわ。」
「何かあったのか?」
松崎は先日、加藤が会社前で待っていて、助けてくれたお礼に食事をご馳走された事を話した。
正直、何かをしてもらうのは当たり前で、感謝なんてするわけないと決めつけていた松崎にとっては、驚きの光景だったらしい。
「そうか、加藤がそんな事を・・・でも結局加藤に支払わせなかったんだろ?」
「あぁ、俺にだってメンツってもんがあるからな。気持ちだけで十分だったし。ただ・・・」
「ただ?なんだよ。」
「彼女が立ち去り際に見せた寂しそうな表情が気になってな・・・悪い事しちゃったかなって・・・」
「そうか、お前がそう思うなら、今度加藤の顔を立たせてやればいいんじゃないか?」
「そうなんだけど・・・」
ヴゥ!ヴゥ!
テーブルに置いてあった間宮のスマホが震えた。
立ち上げてみると、瑞樹から画像が送られていて、その画像を見て間宮は柔らかい笑顔を落として、スマホの画面を松崎に見せた。
「ほら!お前が守った奴らの笑顔だ。こんな笑顔を曇らせる大人になっちまったのか?」
松崎に見せた画像は、今日行われている瑞樹の食事会の様子を撮った画像だった。
その画像を見た松崎も、優しい笑顔がこぼれた。
「そうだな。今度彼女と話をしてくるわ。」
「ん!それがいいだろうな。」
そう言って2人は改めてグラスを合わせた。
それから暫く飲んで、店を出た所で偶然、帰宅途中の藤崎とバッタリ出会ってしまった。
「間宮さん・・・」
「あ、藤崎先生・・・・こんばんわ。」
2人は藤崎のハイツの前で、彼女から告白されて以来会っていなかった。
お互いあの日の事を意識してしまい、気まずい空気が流れた。
「んじゃ、俺は先に帰るから!おつかれ!」
「あ!お、おい!」
空気をいち早く読んで、退散しようとする松崎を呼び止めようとしたが、聞こえないフリをして、駅へ向かう松崎を恨めしそうに睨んだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「えと、じゃあ、僕も失礼しますね・・・」
そう言って一方的に立ち去ろうとしたが、瞬時にスーツの裾を掴まれて止められた。
「あ、あの、急ぎの用がないのなら、少しでいいので・・・お時間もらえませんか?」
「あ、はい・・・」
藤崎にそう言われたら断る理由もないので、大人しく従う事にした。
駅前のベンチに座ると藤崎が財布を用意して自動販売器から声をかけてきた。
「あの、何か飲まれますか?」
「あ、えと、それじゃ水を貰えますか?」
「わかりました。」
藤崎が飲み物を買い、間宮に手渡すと藤崎も隣に座った。
辺りを見渡すと、仕事を終えて真っ直ぐに帰宅する人、帰りにいっぱい飲んで上機嫌で帰る人、疲れ果てて足取り重く帰宅する人と様々な人達が、2人の前を交差していく。
そんな光景を何となく眺めていると、藤崎が口を開いた。
「あ、あの・・・楽しく飲んでいらっしゃるところ、呼び止めてしまってすみません。」
「いえ、大丈夫ですよ。」
それからまた沈黙が流れる。正直あの日から自分に会いたくないだろうと、何度も天谷のゼミに出入りしていたが、藤崎には声をかけずにいた。
そんな藤崎から声をかけられたのだから、妙に緊張するのも無理はなかった。
「何だか・・・その・・・お久しぶりって感じですね。」
「ですね・・・」
「今日呼び止めたのはですね・・・・どうしても聞きたい事があって・・・」
何を聞くつもりなのか、すぐに見当がついていた。
あの時、本当は言いたくはなかった。でも彼女が本気で気持ちを打ち明けてくれたから、下手な嘘はつけないと判断して伝えた言葉だった。
「あの、人を好きになる資格が無いってどうゆう意味なのか聞いていいですか?」
やはりその事だなと心の中でため息をついた。
「どうって聞いたままの意味ですよ・・・」
「だから何があったかを・・・」
「藤崎先生・・・」
ピクッ!
藤崎は以前、合宿で間宮を怒らせた事があった。
だから、この事に触れると、また怒らせてしまうかもと不安はあったのだが、
どうしても聞かせて欲しいとゆう思いで、意を決して聞いたのだ。
だが、予想に反して、間宮は静かに藤崎の名前を言っただけだった。
しかし、その声色はゾッとするほど低くて、何か込み上げる物を抑える様な雰囲気を滲ませていた。
「はぁ・・・」
ため息をつきながらベンチを立ち上がる間宮は、藤崎に背中を向けながら話しだした。
「誰にだって気安く踏み込まれたくない事ってあるでしょ?僕にとってはそこなんですよ・・・あれは僕の失言でした・・・だから忘れて下さい・・・お願いします。」
そう言って藤崎の方を向く事なく、駅へ立ちさそうとした。
「軽い気持ちで聞いたんじゃありません!あなたの事が本気で好きだから、あなたの事をもっと知りたくて・・・だから・・・」
今の藤崎の包み隠さない本当の気持ちを間宮にぶつけた。
「その話はもうしたくないんですよ。すみません・・・失礼します。」
困った表情を藤崎に向けてそう話した間宮に対して、強い気持ちをもって見つめた
「私!本気ですから!だから・・・・・だからまだ諦めません!諦められないんです!」
藤崎のその宣言に視線を逸らして
「すみません・・・」
と一言だけ伝えて間宮は駅へ消えていった。
あの人があんな風に言うなんて余程の事だ。でもどんな事だって受け止めてみせる!癒してみせる!だって・・・こんなに人を好きになるなんて初めてなのだから・・・諦めない。
藤崎は人ごみに消えていく間宮の背中を見つめながら、そう自分に誓いを立てた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
2日後の10月1日
朝、出社して、朝の課別のミーティングを終えた間宮に、直属の上司である課長に呼び止められた。
「おい、間宮!このあとブリーフィングルームへ来てくれ。」
「え?あ、はい!わかりました。」
この後、顧客の元へ向かう予定だった間宮は、慌てて準備を済ませて言われた通り、ブリーフィングルームへ向かった。
コンコン!
「失礼します!」
入室前の挨拶を済ませ、ドアを開けて中へ入ると、課長と見知らぬ女性がいた。
「彼女は今回のシステム開発チームでチーフを務めている川島さんだ。
今日から2週間こちらに滞在してもらって、天谷様のシステムの導入のサポートと、追加プログラムの作成をお願いしているから、今日から同行してもらってくれ。」
課長が川島をそう紹介すると、彼女は一歩前にでた。
「はじめまして!開発担当の川島 夏希です。今回、間宮さんのサポートをさせて頂く事になりました。宜しくお願いします。」
「はじめまして、営業の間宮です。こちらこそ宜しくお願いします。」
2人が挨拶を済ませると
「それじゃ、2人共、あとは頼んだよ。」
課長はそう言って間宮の肩をポンと叩いて部屋から出て行った。
「えっと、それじゃ、今日は17時に天谷さんの所へ向かう予定なので、その時に同行お願いします。」
「はい!わかりました。」
すぐに2人はブリーフィングルームから出て、間宮がいる営業フロアの面々に簡単に挨拶を済ませて、導入が始まって現在までの問題点をまとめた資料を手渡し、説明を済ませてから間宮は外回りに出かけた。
待っている間に問題点を潰して、今日の会議の席で説明する事になった為、川島は間宮のデスクを借りて、機材を用意して作業に取り掛かった。
間宮はそのまま一度も戻らずに、16時過ぎに帰社して、すぐにまた川島を連れて外出した。
「あの、やっぱり営業って大変なんですね。」
「ん?なんで?」
「だって朝出て行ってから、今まで一度も戻らずに戻ってきたかと思えばまた出て行って、大変じゃないですか。」
「あぁ、営業は外回りしてナンボって感じだからね。もう慣れちゃったよ。」
「そうなんですね・・・あ!今回の導入の件では、間宮さんの負担を少しでも軽くする為に、頑張りますね!」
「ん!頼りにしてるよ!」
頑張る宣言した川島に、柔らかい笑顔を向けて、期待していると伝えた。
ゼミに到着して受付に向かうと、すでに役員達が集まっているとゆう事だったので、そのまま会議室へ通されて会議が始まった。
間宮は川島の事を役員に紹介して、簡単な挨拶を終えてその後の事を川島に任せた。
システムの変更点、操作方法やリンク内容を改めて説明した後は、気になった点や、改善要望を取りまとめて早急に対応すると確約を交わして、今回の会議は終了した。
「間宮君、お疲れ様。ちょっといいかしら?」
役員が次々と会議室から退席する中、天谷が間宮達に声をかけてきた。
「はい、なんでしょうか?」
「この後、時間に余裕があるなら講義室に入って、現場の人間の意見も聞いてくれたら嬉しいのだけれど、どうかしら?」
天谷からそんな提案を受けて、川島に視線を移すと、軽く頷いた。
「わかりました。確かにそれは重要なファクターになりますので、是非同席させて下さい。」
川島がそう天谷に返答すると、満足気に天谷は頷いた。
「間宮君、良い助っ人がついてくれて良かったわね。」
「はい、これで天谷社長に迷惑をかけずに済みそうで安堵しています。」
2人は川島の事を高評価するのを聞いて、照れくさそうに川島は俯いた。
その後天谷と別れて、案内された講義室のドアをノックした。
コンコン!
少し遅れてドアが開くと、講義室から出てきたのは藤崎だった。
「え?ま、間宮さん?ど、どうしたんですか?」
「あ、えと・・・この講義室は藤崎先生の講義だったんですか・・・」
「え、は、はい・・・」
つい最近あんな事があってすぐだった為、お互い微妙な空気を作ってしまい、沈黙がまた流れそうになった時、川島がすばやく口を挟んできた。
「あの、私は今回のシステム開発を担当している川島と申します。天谷社長のご依頼で、導入を進めているシステムの改善点を現場の方からも聞いて来て欲しいと言われて、お邪魔させて頂くことになったのですが、よろしいでしょうか?」
一連の流れを説明した川島は、俯いている藤崎の返答を待った。
「そ、そうですか。社長から許可が下りているのなら問題はありませんので、どうぞお入りください。」
そう言って藤崎は、講義室へ案内した。
講義室の中に間宮の姿が現れると、合宿に参加した生徒達から歓声が沸き起こった。
「あれ!?間宮先生じゃん!」
「えぇ!?どうして間宮先生がいるの?」
「キャー!間宮先生!お久しぶりですぅ!」
「え?なになに?またstory magicが受けれるの!?」
そんな歓声を受けている間宮に川島は驚いていた。
生徒達の歓声を受けて、間宮が簡単な挨拶を始める。
「え~と、皆さん、お久しぶりです。今日は、新しい端末を導入させて頂くにあたって、皆さんの要望等を聞かせて頂く為に、お邪魔させて頂きます。」
そう挨拶をして、間宮と川島は軽く会釈して、用意された椅子に座った。
「え~!?講義してくれるんじゃないんですか!?」
「久しぶりにstory magic聞かせて下さいよ!」
パンパン!!
「はい!いい加減静かにして!講義中なんだから騒がない!それじゃ、講義を再開するよ!」
騒めく生徒達を一発で鎮めた藤崎を見て、成長したなと間宮は嬉しそうだった。
再開した講義も無事に終わり、いつもならすぐに解散するか、個人的に質問を受け付ける時間なのだが、藤崎は壇上から降りて、その場を間宮達に明け渡した。
その壇上に川島が立ち、生徒達に自己紹介を済ませて、現在使っている端末で不便なポイントがあるなら、可能な限り対応したいから、挙手で意見を聞かせて欲しいと頼んだ。
次々に手が上がり、色々な意見交換が行われ、川島は手持ちの端末で意見をまとめるのに大忙しだった。
そんな川島を眺めていると、藤崎が近寄ってきた。
「随分と頼もしい助っ人が来てくれたんですね。」
「ええ、おかげで僕はやる事があまりなくなってしまいましたよ。ははは」
「フフフ、いいじゃないですか。間宮さんは私から見ても働き過ぎだと思ってましたから。」
「ははは、ありがとうございます。」
「でも・・・」
「?」
「どうしてスタッフが女性なのか疑問ですけどね!」
「え!?い、いや、別に他意はないですよ!他意は・・・」
訴えるような視線を向ける藤崎の迫力に押されて、間宮は苦笑いしてその場を流した。
そんな尋問に近い会話をしていると、生徒達の意見を取り終えた川島は最後に藤崎の意見を求めてきたので、尋問を諦めて川島の側へ歩み寄りだしたのを見て、間宮はホッと胸を撫でおろした。
「ありがとうございました。皆さんの意見も持ち帰り可能な限り対応しますので、楽しみにしてて下さいね。」
川島が生徒達にそう挨拶をすると、熱意が生徒達に伝わったのか、自然と拍手がおこった。
今日の予定を全て消化した2人はゼミを出て、会社に川島の荷物を取りに戻り、宿泊先に用意していた駅前のビジネスホテルへ移動した。
ロビーで受付を済ませた川島は、間宮の元へ戻ってきた。
「それじゃ、お疲れ様でした。また明日から宜しくお願いします。」
そう挨拶をしてきた川島に対して、
「お疲れ様でした。それはそうと川島さんも夕食まだだよね?」
「え?はい。荷物を部屋に置いたら、どこかで適当に済ませるつもりですけど?」
「それなら、短い期間だけど一緒に仕事をするパートナーとして、簡単だけど歓迎会させてもらえないかな?近くに食べ物も美味い行きつけのバーがあるんだけど。」
「え!?バーですか?私お酒好きなので嬉しいです。」
「決まりだな!それじゃロビーで待ってるから、荷物を部屋へ置いておいで。」
その後ホテルを出た2人は、sceneを目指して歩きだした。
月曜だからか、あまり仕事帰りに飲んでる人は見かけられず、比較的通行人の少ないビジネス街を歩いた。
それでも地方から来た川島に言わせれば、人が多いらしく歩きにくいとボヤくのを聞いていると思わず笑いそうになるのを堪えた。
sceneに到着して間宮がドアを開けて川島を店内に案内する。
ここも月曜日で比較的客が少なく店内を見渡せば、席もかなり空いていて、選び放題の状態だった。
「こんばんわ、関さん。」
「あれ?間宮君?月曜に来るなんて珍しいじゃない。」
「ええ、まぁ・・・」
関に挨拶をしていると、間宮の隣に川島が並んだ。
「あっ、関さん。こちらウチのエンジニアをやっている川島って言います。」
「川島です。こんばんわ。」
「いらっしゃいませ。マスターの関です。どうぞこちらへ。」
そう言って関の前にあるカウンター席に案内した。
「お疲れ様!」
「お疲れ様です。」
2人は席に座って、関のおすすめメニューとビールを注文した。
ビールと関のサービスで簡単な一品料理が運ばれてきたところで、
グラスを合わせて今日、一日のお互いの労をねぎらった。